第11話 現を


瑞穂がパスタをテーブルまで運んでくれて、取り皿も用意してくれた。

用意してくれた取り皿に取り分けると、美緒の顔から緊張が解けて美味しそうにパスタを頬張り始めた。

「それにしても流石に親子ね。良く似ているわね」

「ママの事を知っているのか?」

「写真で見せてもらっただけだけどね。凄く可愛い子だと思ったわ」

美緒が瑞穂に話しかけられて俺と瑞穂の顔を交互に訝しげに見た。

「頼むからあまり余計な事を吹き込まないでくれよ。これからの生活に支障をきたすから」

「はぁ? これからの生活にって岡谷あんたまさか……」

「そのまさかだ。このお嬢様はご丁寧にも転出届けと転校に必要な書類を完璧にそろえて俺の所に来た訳」

「で? 仕方なく一緒に暮らすと?」

「いけませんか? 詰め将棋でいきなり詰められちゃったんだから仕方が無いだろ」

「馬鹿だね」

「はい、馬鹿で十分です」

すると美緒が不機嫌そうな声で口を挟んできた。

「仲が良いんだな」

「はぁ? 瑞穂と? まぁ、付き合いは長いからな。親友と言うか戦友と言った方が良いかな。昔から2人で良く酒を飲んだし、恋愛感情は全く無いぞ」

「Ohanaだもんね」

「Ohana?」

「ハワイの言葉で家族とか気の置けない仲間と言う意味よ。ね、岡谷」

「ふぅ~ん」


それからしばらくは美緒は何も喋らずに頼んだ料理を食べていた。

食事も済んで美緒は食後にデザートを出してもらいアイスティーを飲んでいる、俺は何杯目かになる白ワインを口にしていた。

「それじゃ、これからの事を話しようか」

「これからの事?」

「そうだ、こんな言い方は語弊があるかも知れないがお互いによく知らない者同士が一緒に暮らすんだ。最低限のルールを決めておこう」

「そうだな」

「基本的に俺が使っている物は自由に使って構わない。パソコンやカメラその他の物もな、ただし大切に使って欲しい。俺の生活は下の中と言ったところだ、壊れても直したり買い換えたりは直ぐには出来ないからな」

「判った」

「それと自分の事は自分で出来るな。俺が家に居る時は食事の用意はするが夜も仕事が入る時の方が多いから、少しは料理出来るんだろ」

「ちょっとだけだけど出来る」

「そうか、判った。それから必要な物があれば言ってくれ、島で手に入らなければネットで探すからな」

「はい」

初めて美緒の真剣な表情をした返事を聞いた気がした。

「そうだ、婆ちゃん達に石垣で暮らせるようになったって電話してくる」

そう言って美緒は携帯を持って店の外に出て行った。


美緒が店を出て行くのを確認してから瑞穂が心配そうな顔をして話しかけてきた。

付き合いが長く俺の裏表まで知っている瑞穂だからなのだろう。

「ねぇ、岡谷。大丈夫なの?」

「何がだよ、ちゃんと真帆の娘だったぞ。転出届に記載されていた前の住所は実家の住所みたいだったけどな」

「そうじゃなくて騙されているとか」

「俺が? 別に構わないさ」

「本当に馬鹿なんだね、そのうちにきっと痛い目に遇うから」

「騙されているのならそれで良いじゃないか」

「あんたってドMなんだ」

「違うかな自分にSって言われたことがある。万が一、怒りで理性の箍が外れたらその時はどうなるか俺にも判らない。自分に向いていた物が外に向いた時はどうなる事か」

瑞穂が呆れ顔で溜息をついた。

「岡谷の場合はマジで怖そう。犯罪者だけにはならないでね、それと自虐も駄目だからね。まぁ、誰の心にも鬼は住んでいるんだけどさ」

「お、鬼って何ですか?」

怖い話でもしていると思ったのか美緒が俺と瑞穂の顔を伺いながら店に戻って来た。

「美緒ちゃんを泣かせたら私が鬼になって岡谷を成敗するって事よ。岡谷なら色々と経験豊富だから安心だけどね」

「け、経験豊富?」

「あのな、瑞穂。そう言う誤解を招くような事を言うなと釘を刺したはずだけどな」

「あら? 余計な事を吹き込むなとは言われたけど誤解を招くような事を言うなとは言われて無いけど」

楽しそうに笑いながら空いた食器を片付けていた。

「冗談も程ほどにしてくれ。そうだ瑞穂、美緒が飯を食べに来たら悪いが後払いで俺が支払うから」

「まぁ、岡谷の頼みならしょうがないか。貸しは倍返しでね」

「了解」

「なぁ、ここに食べに来ても良いのか?」

「ここなら安心だからな」


そんな事を話していると店のドアが開き、女性客が入ってくるなり俺に話しかけてきた。

「お! お久しぶり? あれ? 今日は独りじゃないんだ」

「連れが居たら変ですか?」

「いや、珍しいなって……この可愛いらしい女の子誰なの?」

「岡谷の娘さん」

「瑞穂ちゃん! 嘘でしょ?」

「あのな、瑞穂。いい加減にしろよ」

「良いじゃないMEIちゃんなら」

俺が溜息を付くと美緒が訪ねてきた時の様な冷たい視線で俺の顔を睨みつけていた。

「彼女は瑞穂の友達だ。それと俺のネット友達の友達でもある」

「そのネットの友達も女なのか?」

「女性だが問題でも?」

「なんでお前の周りには女ばかりなんだ」

「男の知り合いも居るけれどそう言えば仕事があるからあまり会わないな」

「いいじゃん、ハーレムみたいでね。岡谷」

「あのな、瑞穂。いい加減にしてくれ」

それっきり美緒は一言も喋らなくなってしまった。

少しやりすぎたのを反省したのか帰り際に瑞穂が両手を合わせて申し訳なさそうにしていた。


マッドティーパーティーを出て家路についていると瑞穂からメールが届いた。

『本当に馬鹿だね。あんまり現を抜かしていると辛くなるのは岡谷だよ。辛くなったら酒でも飲もう!』




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