第22話 学ばない

バイクから美緒を降ろしてスタンドを立てて、バイクから降りヘルメットを外して歩き出した。

「ここはどこだ?」

美緒が後ろから質問してきた。

「行けば判るよ」

「なぁ、その……」

「まだ、何か言い足りないのか?」

立ち止まり振り向かずに美緒に聞いた。

「時計弁償するから」

「いい加減にしろよ。子どもが親の物を壊したから弁償させる親がどこに居る?」

「でも、岡谷さんは……」

「俺は何だ」

「その、だから」

「ただの保護者か? 美緒は石垣島に何をしに来たんだ? 何故、俺のところに来たんだ?」

「それは父親を探しに……可能性が高いのは……だから。それに」

「そうだったな。真帆が楽しそうに話すくらい楽しそうなこの島で暮らしたいだったな」

「うん」

美緒の返事がフェードアウトしそうになっていた。

「楽しく暮らせると思っていたのに学校ではイジメにあって借りた時計は壊されて、相手には怪我をさせてしまって落ち込んでいると」

「イジメなんて」

「無かった訳じゃないだろ」

「何でそんな事」

「言わないのに判ったか? 俺は経験豊富なんだそうだ」

「また、それか」

「もう、この話はお終いにしよう」

美緒は何も言わずに動く気配を感じられなかった。

「まだ、なにか不満でも?」

「何で怒らないんだ?」

「怒られたいのか? 俺は嬉しかったけどな」

「嬉しかった? 何で」

「俺の時計を壊された事に腹を立てて同級生に向っていったんだろ。弾みで相手が怪我をしてしまったけどな」

「それは、ただ人の物を壊したから」

美緒の言葉が尻すぼみになっていく。

「時計なんて大量生産されているんだ買い換えれば済む事じゃないか。そんな事で俺は美緒との関係がぎくしゃくするのが嫌なんだ。美緒だって楽しく過ごしたいんだろ、まぁ、生きていれば楽しくない事だってあるけどな」

「本当に時計は良いのか?」

「しつこいぞ、何か? 俺が時計の方が大事だと思っているとでも?」

「それは……」

「時計の換えなんていくらでもあるだろう。でもな、美緒はこの広い世界でたった1人しか居ないんだ。俺の側に居る間は俺が全責任を負う、そして全力でお前を守ってやる。それでいいな」

「……うん」

美緒が俺の背中にこつんと額を押し付けて声を殺して泣いていた。

「泣きたい時には思いっきり泣いて、楽しい時には心の底から笑え」

声を上げて美緒が泣き始めた。

抱きしめてやる事も出来ずに、ただ背中を貸してやるのが精一杯だった。


「泣き止んだか?」

しばらくして美緒に声を掛ける。

「泣いてないもん」

美緒が鼻を啜りながら答えるといきなり走り出した。

「危ないぞ」

俺の言葉も聞かずに砂の小道を駆け上がり立ち止まった。

「海だ、綺麗……」

「俺の一番のお気に入りのビーチだからな」

美緒の目の前には日が傾いているとはいえ、太陽の光りを浴びて世界中の色とりどりの青を集めたようにキラキラと光り輝く、えも言えないグラデーションの海と真っ白い砂浜が広がっていた。

「凄い! こんな海始めてみた!」

美緒が波打ち際まで白い砂のビーチを一気に駆け下りて振り返った。

「パパ! 早く早く。凄いよ!」

「パパか……」

先ほどまで泣いていたとは思えない満面の笑顔は母親の真帆にそっくりだった。

心の奥底でちくりと痛みが走った。

「なぁ」

「好きにしろ」

美緒の側まで歩いていくと美緒が海を指差して何か言いたそうに声を掛けてきた。

「本当に良いのか?」

「好きにしろと言ったはずだ。転んでびしょ濡れだけは勘弁してくれ」

「うん!」

海にも負けないくらいに輝いた瞳を大きく見開いて、ローファーを脱ぎ黒いハイソックスを脱ぎ捨て海に駆け出した。

「気持ち良い!」

美緒が歓喜の声を上げている。

俺は美緒のローファーにクルンと丸まって砂浜の上に投げられている靴下を入れて、近くの流木に腰を降ろした。

「パパ、ありがとう。それとこれからもよろしくね」

紺色のチェックのスカートが翻り美緒が振り向き様にそう言った。

「こちらこそ、やまんぐうは程ほどに頼むぞ」

「やまんぐう?」

「これからは少し島の言葉も学ばないとな。やまんぐうはお転婆と言う意味だ」

「それは、却下! こんな楽しい島で、はしゃがずにいられないもん」


店に戻るとオーナーが鬼の形相で仁王立ちしていて、テルは泥と草塗れになったFTRをみて『お、俺のフィナ・T・ラナリーが……』と訳の判らない名前を叫びながら泣きくずれた。

そんな美緒と俺との距離が少しだけ縮まった一日がやっと終わろうとしていた。

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