第21話 学校を後に


相手の母親が尻尾を巻いて逃げ出し、学校側も何もお咎めなしで決着がつく頃には日が少し傾き始めていた。

とりあえず学校を後にする。

「もうこんな時間か」

「ごめんなさい」

学校の昇降口を出た所で美緒が立ち止まって謝ってきた。

「それは何に対してなんだ? 俺か? 時計か?」

「両方だよ、あんなに高い物だって知らなかったんだ」

「あれはブラフだよ」

「ブラフ?」

「確かにセイコーには1500万や数十万する腕時計もあるけれど、あの時計は俺の母親と妹からの誕生日プレゼントにもらった物だよ。俺の家は庶民中の庶民だからなそんな高い物が買える訳が無いだろ」

「それでも、大切な誕生日プレゼントを私が……」

美緒が今にも泣き出しそうな顔をしてしょげ返っていた。

「いつまでそんな顔をしているつもりだ?」

「だって……」

「しょうがない奴だな、あの黒いバイクの所で少し待ってろ」


美緒を先に歩かせて俺は『ニライ・カナイ』の野崎オーナーに電話をして掻い摘んで事情を説明した。

「オーナー、悪いがもう少し遅れる」

「まぁ、仕方が無い。なるべく早く戻って来るように」

「判った」

駐車場に停めてあった美緒が待っているバイクに向かい、バイクからヘルメットを外してシルバーのヘルメットを美緒に渡した。

「行くぞ」

「えっ?」

「えっ? じゃなくってヘルメットを被ってくれ」

「う、うん」

美緒が訳も判らずにヘルメットを被った。

バイクに跨りエンジンをかけてタンデムステップを降ろしてシートを叩くと、美緒がよじ登るようにして後ろに座った。

「美緒、パンツ見えちゃうぞ」

「馬鹿! 見えないもん」

「出すぞ、しっかり掴まっているよ」

「う、うん」

美緒の手が俺の腰に回るのを確かめてからバイクを出す。

マンションとはまったく正反対の方向に向ってバイクを走らせ学校を後にする。


信号で止まると美緒が背中を叩いて話しかけてきた。

「なぁ、どこに行くんだ?」

「なんだって、良く聞こえないな」

「どこに行くんだよ!」

「ツーリングだ」

「ツーリング?」

「少し流しに行くだけだよ」

信号が青になりバイクを走らせた。

蛍を見に行った万勢岳とバンナ岳の間を抜けて峠を過ぎて下り坂を流していく。

しばらくすると右手に石垣島の精糖工場が見えてきた。

再び信号で止まると美緒がしゃくり上げているのに気がついた。

「泣いているのか?」

「泣いてなんかない!」

美緒が俺の肩甲骨の辺りを力任せに叩いた。

「そうか、それなら良いんだ。飛ばすから振り落とされないようにしがみ付いていろよ」

美緒に声をかけ信号がブルーになりアクセルを思いっきり開けた。

前輪が持ち上がりそうになるのを力で押さえ込んだ。


元名蔵を抜けて石垣やいま村を過ぎると正面に名蔵湾が見えてくる。

海に突き当たり右折して海沿いの県道79号線をかなりの速度で飛ばした。

名蔵湾が後ろへと飛んで行き川平方面にむけてバイクを進める。

川平の集落が見えてきて速度を落とし川平郵便局の前を左に曲がり進むとロータリーが見えてくる。

底地ビーチ方面ではなく石崎方面にバイクを走らせ、シーサイドホテルを過ぎて直ぐの農道にバイクを入れると美緒の手に力が入った。

「道が荒れているからしっかり掴まっておけよ」

草木が両サイドから生い茂っている未舗装の道を突き進む。

俺が体を起こすと美緒が俺の体に隠れるように小さくなった。

しばらく草木を体で受けながら走ると開けた場所に出て道が行き止まりになり、バイクを停めてエンジンを切った。




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