嵐
第54話 嵐の前の静けさ
9月だと言うのに石垣島は暑かった。
残暑なんてもんじゃなくて夏真っ盛り……
で夜はクーラー無しじゃ寝れないんだよ。
それに最近パワーが出ないって言うか、調子があまり良くないの食欲もないしさ。
「最近、だらけ過ぎじゃないのか?」
「うう、言い返す言葉も無いよ。だって、体がだるいんだもん」
「そりゃそうだろ、飯もろくに食べないでアイスばかり食べているからだ」
「だって、食べたくないんだもん。パパは何でそんなに元気なのさ」
「伊達に20年も石垣に住んでいる訳じゃないんだ。体が慣れたというか島に馴染んでいるんだよ。美緒は完全に夏バテだな、ちゃんと食事を摂らないと体を壊すぞ」
パパに言われなくても判ってますよーだ。
でも仕方が無いじゃんパパの料理が美味しくない訳が無いんだけれど、食欲が無くって料理を目の前にすると食べたくなくなっちゃうんだもん。
「仕方の無い奴だな」
「……ぶぅ」
パパがキッチンで夕食の準備をし始めた。
トントンと何かを包丁で叩いている小気味の良い音が聞こえて来る。
う~ん、今日の夕ご飯は何なんだろう? 食べられるかな?
少しだけ気になってパパに聞いてみたの。
「パパ、今日のご飯はな~に?」
「チャーハンと温かい麺にサラダだ」
「……」
私は絶句した……
あれ程食欲が無いと言ったのに……チャーハンに温かい麺って…… 本気で凹んだ……
パパは美緒の事をどう思っているんだろう。
美緒の体は心配じゃないのかなぁ?
そんな事を考えながらむくれてテーブルに頬杖を付いているとパパが料理を運んできた。
「美緒の体が心配だからだ」
「へぇ?」
目の前に出されたお皿には綺麗なピンク色のご飯のなかに黄色と緑がちりばめられたチャーハンが盛られているんだよ。
「パパ、こんなチャーハン見たこと無いよ」
「オリジナルに近いからな」
一口頬張ると……す、酸っぱい?
「う、梅干のチャーハンだ! サッパリしてて美味しい!」
そして、丼に目を移すとにゅうめんみたいに見える。
なんだか良い匂いがする、汁も凄く澄んでいてそして口をつけると……
「柚子? なんだか柑橘系の香り、もしかしてシークワーサー?」
そんでね、具は焼き茄子とかマコモダケとか湯剥きしたトマトと……?
何だこれ?
不思議な物が入っているのそれだけ天ぷらにされているんだけど、食べるとオクラみたいにネットリしているんだけど何かの蕾の様にしか見えないの。
「パパ、これは何の天ぷらなの?」
「ドラゴンフルーツの蕾だよ」
「ど、ドラゴンフルーツ? サボテンのお化けみたくって赤い実でキウイフルーツみたいな味の微妙な奴?」
「の蕾だよ、この時期限定で出回るんだ」
「初めて食べたけど美味しいね」
それでサラダはね豚肉の冷やシャブが乗っててピリ辛の胡麻ダレがかかってて……
「そんなに慌てて食べると胃袋がびっくりするぞ」
パパの声は遅すぎだよ……
梅干の酸味で食欲が湧き出して、にゅうめんで体が温まってきて、ピリ辛のサラダで汗が噴出した。
「く、苦しい……お腹がパンパンだ……」
堪らずテーブルの横にゴロンと横になると、パパは食べ終わるといつものように食器を片付け始めた。
「私が……」
「今日は片付けは良いから少し休んでいろ」
パパが食事を作ってくれる時は私が片付け当番になっているのに、今日は大目に見てくれるみたい。
でも、実際のところ今すぐに動けるかと言えば絶対に苦しすぎて動けなかった。
「ねぇ、パパ。今年は台風って来ないの?」
「そうだな、今年は少ないな。それに暑くないしな」
「……これで暑くないの?」
思わず閉口したくなった、これで暑くない方なの?
確かにニュースでは内地の記録的な猛暑が連日報道されているけどさ。
なんで今年は台風が少ないんだろう、そんな事を考えているとパパが教えてくれた。
「異常気象の所為だろうエルニーニョだのラニーニャだの。それに内地が猛暑の時は大体沖縄は冷夏なんだよ。そして内地が暖冬の時は沖縄は寒くなる傾向がある。もしかしたら今年はでっかい台風が来るかもしれないぞ」
「そんな大きな台風が来たら大変じゃん」
「5年前に来た13号は30数年ぶりの大型台風で、ベランダの窓ガラスが吹き飛んだけどな」
「…………」
私は口をあんぐりと開けたまま度肝を抜かれてしまい、思わずベランダのサッシに目をやった。
金網が入っている窓ガラスが吹き飛ぶことなんて考えられなかった。
「そんなに凄いんだ」
「最大瞬間風速は100を超えていたって話だ。石垣島での観測では67メートルだったけどな」
「風速って秒速でしょ」
「時速にしたら300キロ越えだな。新幹線より速いな」
「嘘……でも、パパは良く覚えているね」
「まぁな、人生の中でも最悪の夏だったからな」
「最悪って?」
「海で置き引きにあって、バツイチになって、車を盗まれて事故を起こされて。まぁ、色々と遭ったんだよ。バツイチになったのは俺の責任が大きいけどな」
私はそれ以上話を突っ込む事が出来なかった 。
それにしても静かだったいつもの様に近況報告をしても『楽しそうね』の一言で……
これが嵐の前の静けさだったなんて気付く事さえ出来ずに。
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