第6話 現実に


「はぁ~、俺にどうしろと?」

考える猶予も余地も無い。

これだけの準備をしてきたという事は、それなりの覚悟を決めてきたのだろう。

それにしてもだ。

母親である真帆は放任主義なのか?

祖父母は何を考えて……

グルグルとカオス状態の頭の中をかき混ぜる。

彼女の言う事を鵜呑みにする訳にもいかず。

とりあえず、美緒に聞いて彼女にとっては祖父母である真帆の両親に連絡をしてみた。

その結果が冒頭の溜息交じりの諦め台詞である。

『どうかお願いします』って……

確かに遥か昔に一度だけ会って挨拶を交わした事があるが、そんな男に孫を預けて良いものなのか?

真帆本人とは全く連絡が取れないらしい。


昔から自由気ままに海外の島々に遊びに行っていたのを思い出した。

今は何処に居るんだ一体?

セブ・パラオ・バリ・タヒチ・フィジー・ハワイ・ロタ……

考えれば考えるほどテンションが下がっていく。

美緒の顔をみれば、どこ吹く風なのか不機嫌なのか。

部屋の中を見渡している。八方塞とはこの事を言うのだろう。

追い込み漁で逃げ場の無い網に追い込まれたグルクンの気持ちがこの時は良く判った。

それとも『まな板の上の鯉』なのか?

まな板の上の鯉だって本当は暴れまくる、それを板前さんが側線器と言う敏感な器官を包丁の裏で撫でると鯉が失神しておとなしくまな板の上の鯉になるらしい。

俺にとって真帆の両親の言葉がそれだった。

鯉の様に失神しているうちに身包み剥がれる訳にもいかず、壊れかけのパソコンみたいな脳みそを何とか起動させた。

『動かしようの無い。現実に目を向けよう……』

大きく一息ついて、美緒の目を直視した。

「帰る気はないんだな。この島には他に知り合いも居ないのだろうから、暮らすなら俺と一緒という事になるが構わないんだな」

美緒がどこまでも澄んだ瞳で真っ直ぐに俺の濁りかけた目をみて大きく頷いた。


狐か狸に化かされた方がまだマシかも知れない。

腑に落ちない事だらけだが、何時間話していても何も動かない。

それならば俺が動くしかないのだ、取り急ぎ役所関係の手続きだろう。

短い春休みは間もなく終わる。

義務教育の美緒を学校に行かせない訳には行かないからだ。

「その書類を持って出かけるぞ」

美緒に声を掛けてから寝室に向かう。

パソコンデスク代わりにしている押入れから印鑑を探し出し、ポケットに財布を突っ込んで携帯と鍵を持って玄関に向った。




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