その12-2 足手まといは足手まといなりに
力になりたい。放っておけない。
それが少年の嘘偽りのない想いだった。
だが想いだけではどうしようもならない現実と直面している。
想いだけでは覆せない未来も迫ってきている。
明日この村は滅ぶかもしれない。何とかなったとしても大きな被害が出るだろう。
人がたくさん死ぬかもしれない。ヨーヘイもペペ爺もヒロコも。
それでも自分は見捨てて逃げるしか道はないのだろうか。
死にゆくであろう人々を置いて、自分の身も護れない『足手まとい』はこの村を出るしかないのだろうか。
今ほど思ったことはない。
力がないということがこんなにも悔しいことだったなんて――
前屈みで手を組み、俯いたカッシーは砕けるほどに歯を食いしばる。
「カッシー……その、元気出しましょ? ヨーヘイさんだって、私達の事を思って言ってくれたんだと思う」
「……」
負けず嫌い。意地っ張り。我儘小僧――周りからは呆れるほどにそう言われている少年の打ちひしがれた姿。
日笠さんは心配そうに彼を見下ろしながら、何と声をかけようか選ぶようにたどたどしく言葉を紡ぐ。
しかし少女の慰めに言葉を発さず、カッシーは組んだ手を耐えるようにして、ただひたすらぎゅっと握りしめていた。
小さな溜息を吐き、日笠さんは仕方なく残りのみんなを振り返る。
「気持ちを切り替えましょう。どうするかを考えなくちゃ」
「んーわかっちゃいるけどよー?」
「……面と向かって言われると結構くるわね」
こーへいはのほほんとしかし眉尻を下げながら、東山さんは眉間のシワをより深く刻みながら各々日笠さんの言葉に反応する。
確かに別の世界に飛ばされたという事実から、知らず知らずのうちに視線を背けていたかもしれない。
元の世界の直線上にいるつもりで、何とかなるだろうとどこか楽観的に構えていた部分があったかもしれない。
もし河原で先に遭遇したのがヨーヘイ達でなく盗賊だったら。
もしあの時ヨーヘイが矢から庇ってくれなかったら。
そしてもし、盗賊団があの時虚報を見抜き、撤退しなかったら――
いずれも命の危機に晒されていただろう。
早い話が自分達は本当に運がよかっただけなのだ。
だからヨーヘイの真意は十分すぎるほどわかる。
この世界で自分の身を護る術を知らない、そういう奴等は足を引っ張るだけ――彼が自分達を憂慮して言ってくれた言葉だということも分かっている。
そうわかっていても、やはりずしりと堪える言葉だった。
「ショーガナイヨー、これから気をつければいいジャン。 クヨクヨしてても意味ナイデショー?」
と、壁に寄りかかり胡座をかいていたツンツン髪の少年が、何とも彼らしい前向きな発言をしながら頭の後ろで手を組み直す。
もっともこのバカがどこまで本心でそう思って発言しているかは疑問の残るところだが。
「かのー……たまにはいいこというわね」
「ムカッ! 『たまに』は余計ディスヨイインチョー!」
「まー確かにかのーの言うとおりだな? 落ち込んでてもしょうがねーか」
終わったことは終わったこと。何したって過去は覆らない。
後悔よりも反省すること。ここは異世界、それをしっかり肝に銘じて行動しなければ。
気持ちを切り替えよう――
日笠さんの提案を受け入れて、クマ少年と音高無双の風紀委員はお互いを見合うと小さく頷きあった。
だがしかし。
「ただなー?」
「それはそれ、これはこれ……よね?」
そう言って二人は日笠さんを向き直る。
はっきり言われた。足手まといだ――と。
面と向かって本当にはっきりとだ。
だとしても、釈然としない。
楽観視していた。
運が良かっただけだった。
身を守る術も知らないかもしれない。
それは認める。
だとしても。
やはりそう。
それはそれ、これはこれだ――
目は口ほどになんとやら。
訴えるようにしてこちらを見つめる二人に気づき、日笠さんは目をぱちくりとさせた。
だがすぐに彼女は嬉しそうに、しかし困ったように苦笑を浮かべ二人へと首を傾げてみせる。
わかってる。あなた達が何が言いたいかなんて。
だってそれは私だって一緒だから。
同じ気持ちだから――
「じゃあ……どうする?」
どうする? とはもちろん。
ヨーヘイに言われた通り、『足でまとい』はこの村を発つか?
それとも――
と、徐に立ち上がる人物が一人。
後悔と意地の狭間で葛藤していた少年は、俯いていた顔を上げ皆を振り返る。
黙して語らず自分達のやり取りを聞いていたであろうその少年の挙動に気づき、日笠さんだけでなく、こーへいも東山さんもそしてかのーも各々笑みを浮かべていた。
ああこいつ、いつもの顔だ――と。
「カッシー?」
「ごめんみんな……俺、やっぱこの村に残る」
そう言って口をへの字に曲げた少年の顔は、彼等が三年間よく見慣れてきた、言い出したら梃でも変わらない意地っ張りの顔つきだった。
あの時確かに、足もすくんだ。動けなかった。
死にたくないって思ってしまった。
逃げ出したいとも思ってしまった。
悔しかった。
だから足手まといって言われても仕方がない。
でも――
「この村を見捨ててヴァイオリンに逃げたら、なんていうかそのさ……俺、この先どこに行ってもずっと足手まといなままの気がするんだ」
理屈じゃわかってる。
けどさ。
あんなにいい人達置いて、自分達だけ逃げるなんてやっぱりどうしても納得がいかない――
また戦になったらやっぱり足も竦むかもしれない。動けなくなるかもしれない。
それでも逃げたくない。
もう二度と後悔したくない。
逃げたらこの先どこに行っても逃げ続けるしかできなくなる気がするから。
誰かを頼って、ダメなら逃げて、そしてまた誰かを頼って逃げ続ける……
これから先どこに行っても今と同じままの、誰かに頼ってばかりの自分になる気がする。
いつか強くなってみせる。
今はまだてんでダメだけれど、いずれ自分の身は自分で護れるようになってみせる。
自分だけじゃなくて他のみんなも護れるようになってみせる。
だから今は逃げずに踏ん張る時だ――
無理して戦わなくてもいい。どうせ足手まといだし。
けど足手まといでも、自分にできることでこの村を護ろう。
はにかむように、にへら――とカッシーは笑った。
「悪い『逃げる』なんて言って。そういうつもりじゃないんだ。だからその……みんなは先にヴァイオリンに行っててくれよ。俺、後から追いかけるからさ」
気持ちの整理がついた、吹っ切れた表情だった。
いつも通りの、こうと決めたら絶対曲げない意地っ張りの少年が復活して、日笠さんは呆れと嬉しさ織り交じった表情を浮かべる。
「くさい台詞ねまったく。でもほんと、カッシーらしい自分勝手な理屈だわ。強情張りもそこまで行くと国宝級ね」
不意に部屋の入り口からそんな毒舌が聞こえてきて、カッシーはうっと怯みながら振り返った。
立っていたのは微笑が似合う美少女――だけではなく、それに加えてササキの姿も見える。
「なっちゃん、もう大丈夫なの?」
「おかげさまでよく眠れたわ。さっきササキさんに聞いたけれど、色々あったみたいね?」
心配そうに尋ねた東山さんに対して、なっちゃんはいつも通りの微笑を薄い唇に浮かべて頷いてみせた。
顔色も元に戻っているし、確かにもう大丈夫そうだ。
にしても、あの戦の中で熟睡できるとは肝が据わっているというかなんというか。
心臓に毛生えてんじゃねーか?――と、こーへいは思ったが口に出したら人生が終わると思ったので黙っていた。
「会長も無事だったんですね」
「うむ、Ωの修理が一段落したのでそろそろ宿に戻ろうか、と思ったらあの盗賊騒ぎだ。ぺぺ爺さんの家に隠れてしばらく様子をみていたのだよコノヤロー」
椅子がないので仕方なく窓のへりに腰掛けると、ササキはこれまでの経緯を掻い摘んで話した。
「で、盗賊も去ったのでやれやれと一息ついていたら、話し合いをするから悪いが出て行ってくれと体よく追い払われてしまってね」
「そうだったんですか」
「君達も無事だったようでなによりだ。それより話はヨーヘイ君に聞いたぞコノヤロー。随分無茶したようじゃないか」
ここに来る途中でばったり出会った、チェロ村の青年団長から大よその話は聞いていた。
うちの部員はまったく無茶をする――ササキはひげを撫でながら苦笑する。
「私も言われたぞ「村を出ていけ」とな」
「……」
「原因を作った私が言うのもなんだが…確かに我々は「覚悟」が足りなかったかもしれん」
「覚悟……ですか?」
「そうだ。ここは異世界、似通う部分はあるが、我々の慣れ親しんだ「日本」の常識は通用しない」
日笠さんの問いにササキそう答えると、皆を見渡した。
「だがそれでも、この状況を乗り越えて絶対に仲間を探し、絶対に元の世界へ戻ろうとする覚悟だ」
それが決まればおのずと自分を守る術も身につくだろう。ササキはそう考える。
だが、その『覚悟』も至った経緯は異なれど、もう各々決まったようだな。ヨーヘイ君のおかげで――皆の顔つきを見てササキは確信する。
ならば動き出そう。決まったら行動は早いのが我々の長所だ。
改まってカッシーを向き直すと、ササキは彼にしては珍しく神妙な顔つきで少年を見据えた。
「でだ、柏木君、君もこの村に残るのだな?」
「君も――って、会長も残る気ですか?」
「当たり前だろう。何故我々が出ていかねばならん。たかが盗賊のために移動するなど、そんな面倒くさいことできるかコノヤロー」
二日歩くという肉体労働も嫌だしな――と、付け加え、ササキは怪しい含み笑いを浮かべながら日笠さんにウインクした。
ぞっと鳥肌が立つのを必死に抑えて、日笠さんは不純な動機を口にしたササキをジト目で睨みつける。
「ササキさん……」
「私自身の事を考えて、きわめて合理的な結論に至ったのみだ」
「私もここに残るわ」
「なっちゃんも?」
「あなたと同じよ。夢見が悪くなるのは嫌なの」
当然でしょ?――カッシーに向けられたその瞳は実に彼女らしい微笑みと共に、そう語っていた。
なっちゃんはおもむろに残りの四人を振り返る。
「で、みんなはどうするの?」
「決めたわ。私もここに残ることにする」
なっちゃんのその問いかけに、誰よりも曲がったことが嫌いな風紀委員長は、実に男前な笑みを浮かべて頷いた。
「義を見てせざるは勇無きなり、よね」
「恵美……」
「んー要はよー? 足手まといにならなきゃいいんだろ?」
「ムフン、なんか面白そうディス。俺も混ぜろ」
と、にんまりと猫口に笑みを浮かべるクマ少年。
ほぼ同時に、ツンツン髪の少年もそう言って何も考えてなさそうにケタケタと笑った。
ついさっき足手まといだから出ていけって言われたのに、全員残るという選択をするとは。
まったくうちの部員ときたら、ほんとに我が道を行く自由人ばかりだ。
でも――
日笠さんはどこか嬉しそうに、そして誇らしげに皆を見渡していた。
みんな答えは一緒だったんだ――と。
「まゆみはどうするの?」
「私? 決まってるでしょ」
元敏腕部長。名実共にこの自由人達のまとめ役である少女は、意外そうな顔をしてなっちゃんを振り返った。
そんなのわかりきったことだ。
「あなた達を放っておいたら、それこそどんな事になるか心配でたまったもんじゃないわ。残るに決まってるじゃない」
てなわけで。
三者三様。もとい七者七様…でも結論は一緒だった。
結局ヴァイオリンへ行くのは少しだけ延期となる。
「みんな……ありがとな!」
「キモイ。カッシーなに眼を潤ませてるの?」
「えっ?!」
「うむ、別に君のことを心配して残るわけじゃないからなコノヤロー」
「うっ……わ、わかってるっつーの!」
「自意識過剰ね、柏木君」
「ブッフォー! カンチガイハズカシー!」
「おーい、許してやれって。カッシー泣いちゃうだろー?」
「な か ね ー よ ボ ケ ! !」
皆の厚い友情にうるっときかけていたカッシーは、すぐさま顔を真っ赤にしながら、誤魔化すように一同を睨み返した。
「もー、緊張感ないなあ……」
日笠さんは、やれやれといかにも苦労人らしい溜息をつくと、パンと手を打ち合わせてから皆に手を差し出した。
「よし、景気付けに、『あれ』やっときましょうか」
そう言って少女はクスリと笑う。
残りの六人はお互いを見合わせた後に小さく頷くと、日笠さんの差し出した手の上に自分の手を次々と乗せていった。
全員が乗せたのを確認すると、日笠さんは隣にいたカッシーをちらりと見る。
「カッシーよろしくね?」
「え、いいの?」
「いいだしっぺでしょ?」
「じゃ、じゃあ遠慮なく……」
これ一回やってみたかったんだ――ちょっと嬉しそうに口元を緩ませると、カッシーはコホンと咳払いしてから皆を一瞥して、大きく息を吸った。
「足手まといは足手まといなりに……やってやろうぜみんなっ!!」
『おーっ!!』
最初は誰が始めたのか。あれは、そう確か一年前、初めての演奏会の時。
いよいよ本番、ステージ脇で出番を待ちながら緊張するみんなの前に、誰かがすっと手を差し出したのだ。
誰ともなしに、次々とその差し出された手の上に自分の手を乗せていっていた。
ゲン担ぎ、景気づけ、おまじない、儀式――捉え方は人それぞれだったと思う。
以来、何かの正念場ではなんとなくやるようになっていた。
そしてまた今回もまさに『大』正念場。
少年少女は『覚悟』を決めて――
チェロ村の存亡を賭けた長い一日に臨むことを決めた。
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