その21-2 戻れるかもしれない?
「欠陥って?」
「このΩは確かにVR――立体音響装置だ。演奏を始めると自動的に曲を聞いてセンサーが反応し、プログラムした空間と同様の音響効果を場に作ってくれる」
「実際にはとんでもないポンコツだったけれどね」
「……すまない茅原君」
「別にいいわ。今更責めてもしょうがないことだし」
予想外にあっさりと詫びを入れたササキに、なっちゃんは拍子抜けしたように頬杖をついてそっぽを向いてしまった。
今更誰のせいと責めても何の解決にもならない。それは彼女もわかっているのだ。
それよりも今は楽器に起こったあの現象の原因を知りたい。
「話を進めよう、このΩにはレコーダー機能がついている」
「何故そんなものを?」
「演奏を蓄積してデータ解析し、次回以降よりリアルな音響を作るためのサンプルを収拾するためだ。その球体の表面についてる小さな穴がそれにあたるのだが、そのデータを蓄積しておくストレージに欠陥があった」
「はあ……」
「録音したデータはパケット化してストレージに送っているんだが――あー……専門的な話は省略して掻い摘んで説明した方がいいかねコノヤロー?」
「是非ともそうしてほしい」
なにを言ってるかちんぷんかんぷんだ。
カッシーだけでなく、こーへい、東山さんの表情までがそう訴えているのに気づき、ササキはやれやれと面倒くさそうに眉尻を下げつつも説明を続けることにする。
「つまりだ、その欠陥によって、Ωの光を浴びた君達の楽器は、ある条件を満たした時「曲に込められた感情やイメージを具現化してしまう」効果を発動するようになってしまったようなのだ」
「曲のイメージを? どういうことだ?」
「柏木君、君があの時演奏した『魔法使いの弟子』は、どのような内容をイメージした曲だったかね?」
「そりゃあ、魔法使いの弟子が、師匠が留守の間に魔法を使って、箒に魔法をかけて動かす――」
そこまで言ってからカッシーははっとして言葉を止めた。
「まさか……」
「そうだ。茅原君が「無伴奏チェロ組曲 第1番 」を演奏した時、村の者の傷が治った。ぺぺ爺さんの古傷もな」
ササキはそういってぺぺ爺を見る。
ペペ爺はその通りと頷いていた。
「そして、日笠君や君達が合奏した「魔法使いの弟子」の時は道具達が動き出し、しまいには森の樹々さえも動き出した。これがどういうことかわかるかね? 柏木君」
「……曲を実体化させてる?」
自分で言ってて笑っちゃうほどありえない話だ。
しかし、そうとしか考えられなかったカッシーは眉根を寄せてササキに答えた。
「そうだ。どうやらこの効果は、演奏した曲に込められたイメージや感情といった、ひどく抽象的な物を具現化する効果があるらしい。しかも、作曲者のイメージも含めてな」
「作曲者のイメージまで?」
「そして、その効果を引き起こす「条件」は恐らく「演奏」――そうでしょササキさん?」
黙ってやり取りを聞いていたなっちゃんがにこりと微笑んで尋ねる。
ご名答といいたそうに、ササキはにやりと笑った。
「なるほど、そー考えるとまーつじつま合うディスね」
「かのー……おまえ、今の話わかったのか?」
「ムフ、半分くらいわかった」
かのーが椅子をこぎながらそう答えると、カッシーは聞いた俺がバカだったという感じで溜息をついた。
「でも光を浴びたくらいで、楽器がそんな変化を起こすかしら? 魔法じゃあるまいし」
いくらなんでも突き詰めれば楽器はただの木材であり、金属だ。
Ωのような精密機械ならまだわかるが、ただの楽器が光を浴びたくらいで、複雑怪奇極まりない現象を生み出すことができるだろうか。
なっちゃんは不可解極まりない、だが現実に起こってしまっているこの『事象』に不条理を感じながら尋ねる。
だが、なっちゃんのその疑問についてもササキは解明済みのようで、逆にその疑問まで一人で到達した聡明な美少女に感心するように何度も頷いていた。
「それについては、この世界の『魔法原理』が大きく関係しているようだ」
「魔法原理?」
「説明したいが、後回しでよいだろうか。まずは、楽器の持つ効力について結論を述べたい」
「わかったわ」
今その答えを説明することは脇道にそれることになる。
後ほど必ず答えることをササキが確約すると、なっちゃんもそれ以上追究しようとはせず、話の先を促した。
「さて、本題に戻ろう。『演奏をすることによって、曲のイメージを具現化する』――もしこの説が正しければ、何故私達がこの世界に飛ばされたのかも、おのずとわかってくる」
「この世界にきた原因?」
つまり、何かの曲の効果で自分達はこの世界に飛ばされたってことだろうか。
カッシーは頬杖をつきながら、あの日の記憶を手繰り寄せ、何が原因だったのかを考える。
思い出せ、あの時俺達が弾いていたのはなんだったか。
と――
「わかったわ! 『運命』ですね会長?」
ピンときた東山さんが答えると、ササキはニヤリと笑いながらその通りと頷いた。
「『運命』……ベートーヴェン第五番のこと?」
「東山君の言うとおりだ。飛ばされる直前、私達がで演奏していた曲はなんだったか?ベートーベン交響曲5番だ。副題は『運命』」
「それじゃ『運命』の効果で俺達はこの世界に飛ばされたってのか?」
「そうだコノヤロー。ここまでわかればもう簡単だろう? あえて尋ねよう」
コホンと咳ばらいをし、ササキは自分の席に戻ると手を組み、真顔に戻って一同を見渡した。
「もし、もう一度同じ状況で『運命』を演奏したらどうなると思う?」
皆はあっ、と声を上げるとお互いを見た。
「――元の世界に戻れるかもしれない?」
「正解だ」
『運命』を演奏してこの世界に飛ばされたのなら、またもう一度、同じ面子で『運命』を演奏すれば恐らく戻れるのではないか。
ササキはそう考えていた。
「君達には申し訳ない事をしたと思っている。前も言ったが全ては私の責任だ。元の世界に戻ったら何をしてでも詫びるつもりでいる。だがそのためには、まずこの世界にいるはずの皆を探さなければいけない。それを君達にお願いしたい」
そう言って、ササキはゆっくりと頭を下げた。
珍しく素直でしおらしいササキに、ちょっと不気味さを感じながらも、そこでカッシーはちらりと日笠さんに目を向けた。
案の定、彼女も表情を暗いものにし、膝の上に乗せた手をぎゅっと握りしめていた。
やはりまだあの時のことを気にしているようだ。やれやれとカッシーは口をへの字に曲げる。
「別にもういいよ。ありゃ事故だった」
「カッシー……」
沈黙をやぶり、頭の後ろで手を組みながらどうでもよさげにそう言い放ったカッシーに、日笠さんは川辺での出来事を思い出して少年の名を口にする。
「今は元の世界に戻るために行動する方が先決だろ?」
そう言って、カッシーはにへらと笑いながら皆を見渡した。
「私もカッシーに賛成。でも元の世界に戻ったら覚えておいてよね、ササキさん?」
頬杖をつきながらニコリと笑ったなっちゃんを見て、ササキはやや青ざめながら無言で頷いた。
「罪を憎んで人を憎まず―よね」
「んー、まあなんとかなんじゃね?」
「ムフ、なんか面白そうな世界ディスしモーマンタイ」
三者三様、東山さん、こーへい、かのーも異論はなさそうだ。
皆口々にそういってカッシーの意見に肯定した。
「じゃ、まあそう言うことで。みんなの事は俺達でなんとかするよササキさん」
「すまないよろしく頼んだ。私はこの村に残り、Ωの修理を続けようと思う」
ササキはほっと安堵の表情を浮かべると、申し訳なさそうに含み笑いを浮かべてみせた。
そして、懐から一枚のメモを取り出すとテーブルの上に広げてカッシー達六人に差し出した。
カッシー達はなんだろうとそのメモを覗き込む。
リストに書かれていたのは部員の名前だった。
Vn
悠木なつき(三年) 浪川政俊(三年) 竹達遥(二年) 久保武人(二年)
Va
柿原亜衣(一年)
Vc
柿原直樹(三年) 阪口修二(二年)
Cb
山縣健太郎(三年) 阿部雅彦(三年)
Fl
高木 牧男(二年)
Ob
山岸利奈(三年)
Cl
宇佐美愛衣(三年)
Fg
大内裕貴(二年) 大井達央(一年)
Hr
関根総一朗(二年) 鈴村祐也(二年)
Tp
佐倉みどり(二年)
Tb
二宮久義(三年) 井口愛子(二年)
Perc
岸智一(二年) ユカナ(二年)
「あの日、読み合わせに来ていた部員の一覧だ。恐らく抜けはない」
「これ、どうやってリストしたんです?」
「私は指揮者だぞ、指揮台から皆の顔はよく見える。集まっていた部員も少なかったしな」
ササキはしばしの間虚空を眺めながら記憶を辿っていたが、ややもってやはり間違いはないと自信ありげに頷いてみせた。
つまり、あのごく短い時間で誰がいたかを覚えていたということだ。
流石の暗記力ね――日笠さんは感心しながらリストの名前を目で追っていく。
「ひー、ふー、みー……えーと二十二人か。結構いるな」
「オケとしては少ない方だけどね……」
「う、それをいうなっつーの」
日笠さんの自虐的なツッコミに、カッシーは悔しそうに顔を顰めながら返事をする。
まあ元々少ないうえに、お盆前という事もあって三年生以外あまり集まっていなかったことも幸いした。
もしあの時一年生や二年生まで全員いたら、と考えるとぞっとする。
それにしてもヨーロッパ並の広さはある大陸の中からこの二十二名を探し出すとなるとなかなか骨が折れそうだ。
カッシーはどれだけかかるかを想像して、途端苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、思わず頭を振っていた。
「そうなるとやっぱり情報収集が大事だな」
「んだなー、こりゃ闇雲に探すのは無理だぜ」
「それではやはり、ヴァイオリンに向かうのじゃな」
話を聞いていたぺぺ爺がそこで確認するようにカッシー達を一瞥しながら口を開いた。
当初の予定どおり、大きな街で情報を集めたほうが効果的だろう。
カッシー達は一様に頷いてみせた。
「ええ、そのつもりです」
「なら騎士団と一緒に行くとええ、道中その方が安全じゃろ」
「騎士団と?」
「そうじゃ、ヒロコから話は聞いておるじゃろ?彼等は明日ヴァイオリンに戻る。連れて行ってもらうといいぞい」
そういや、ヒロコさんが言ってた。昨日騎士団が到着したって。
でも騎士団は盗賊を護送していったみたい事もいってたような――
カッシーはそう思ってぺぺ爺に聞いてみる。
するとペペ爺はなるほどと眉を動かしてから首を横に振ってみせた。
「ああ、それは先発隊じゃて。騎士団の本隊はまだ村におるよ。騎士団長がアンタ達に、是非とも一言お礼がしたいと言っておっての」
「お礼なんて別にいいのにね」
「今半壊した村の修理も手伝ってくれとるから、後であってみるとええ。ワシからもお願いしとこう」
「それじゃ、お言葉に甘えて」
渡りに船とはこの事だ。騎士団と一緒なら道中も安全だろう。
それに出発の準備は一応できているし、すぐにでも発つことはできる。
カッシー達はペペ爺の提案に便乗することにした。
と、話がまとまると、やにわにペペ爺は席を立ち、シワだらけの顔ににっこりと笑みを浮かべて頷いた。
「よし、それじゃ今夜はアンタ等の出発を祝って宴会じゃの」
「宴会って、そんな」
「なんだか悪いわ」
「ムフ、ゴチソー出る? ねえゴチソー出る?」
「こ、こらかのーっ!」
「いいんじゃよ。アンタ達はこの村を救ってくれた恩人じゃ、遠慮はいらん。それにアンタ達の世界に戻る方法もわかったんじゃろ? 」
話してた内容はさっぱりわからんかったが、とにかくめでたい――
ペペ爺はそう付け加えて、少年少女達の旅立ちを祝う宴会を企画してくれたのだった。
カッシー達が喜んだのはいうまでもない。
「ありがとうございます!」
「何度も言うが、礼を言うのはこっちの方じゃ」
てなわけで。
結果を見れば本当に辛勝。
だがしかし、「覚悟」を決めた少年少女とチェロ村の村人達は。
諦めないで足掻き、窮地に陥っても挫けず、盗賊達に立ち向かい。
楽器の力もあって、なんとかコル・レーニョ盗賊団を相手に勝利を収めることができたのである。
のちに、「チェロ村の小英雄」と呼ばれることなる少年少女六人の初陣であった。
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