その22 宴会

 その日の晩。

 ペペ爺発案通り、カッシー達の旅立ちを祝って宴が開かれた。

 カッシー達七人はぺぺ爺の紹介のもと、村人達の盛大な拍手と歓声を受けて宴席に案内される。

 ヨーヘイの乾杯の音頭と共に、広場に集まった大勢の村人はカッシー達に押しかけていた。

 宴は酒も混じってあっという間に盛り上がっていく。

 

 まだ村の所々には戦の跡が残り、倒壊した家の復旧も完了していない。

 だが、自分達の村は自分達で護る――その覚悟を持つことができた村人達の顔は、誰もが自信と誇りに満ちていた。

 少し時間はかかるだろうが、家はいずれ元に戻る。村もいずれ活気を取り戻すだろう。

 そして、もしまた盗賊が現れたとしても、この村の人々は決して諦めず、勇気と覚悟を持って立ち向かうことができるだろう。


 あの時、足手まといと言われても残ってよかった――

 押しかける村人達から口々に礼を言われ、少年少女は自分達の選択は間違ってはいなかったと心から喜んでいた。


 

数時間後―


「ふぅ……」


 酔いを覚ますために、広場を離れてきたカッシーは近くの柵に腰かけて一息をついた。

 初めて酒を飲んだが、少し飲み過ぎたようだ。なんか身体がポカポカして眠い。

 

 ちなみに、この世界では飲酒も喫煙も特に年齢制限はないらしい。

 とはいえあまりに小さな子供にはどちらもあげないようにしているようだ。


 まあだからといって酒や煙草が身体によくないのは皆よく知っていたし、元の世界ではササキを除き全員未成年。

 飲んでよいものか少し迷ったが、満面の笑みで酒を勧めてくる村人達の好意を無下にするわけにもいかず、各自ほどほどに戴いていた。


 なお、こういった事に超が付くほど厳しい風紀委員長の東山さんは、真っ先に拒否すると思ったが、予想に反して彼女は特に何も言及しなかった。

 不思議に思ったカッシーが恐る恐る東山さんに、いいの?――と、尋ねると、

 彼女は特に怒る素振りも見せず、『郷に入りては郷に従え』でしょ?ただし限度は守ってね――と、自らも村人から注がれた酒をちびちびと口に運んでいたのだった。

 彼女の中の正義では、よほど倫理的に問題がなければ、極力この世界のルールに従うべきであるという考えらしい。

 これを知って諸手をあげて喜んだのはこーへいだった。

 今までこそこそと隠れて煙草を吸っていたクマ少年は今、村の中年男達に混ざって談笑しながら堂々と煙草を呑んでいたのだった。

 ただし、流石に煙草は副流煙の害もあるし、狭い場所では臭いが籠るので、吸うなら外で吸ってね――と、東山さんだけでなくなっちゃんや日笠さんにまで言われていたが。


 てなわけで、ほろ酔いでいい気分になった少年少女達は、今やすっかり村人達と打ち解け合い、各々宴を楽しんでいた。

 


 広場から歓声が聞こえてくる。

 こーへいの合図で何度目かもわからない飲み比べが始ったようだ。

 まったく、ほどほどにって言ったのに――

 頬杖をつき、月を眺めながらカッシーはやれやれと溜息をつく。

 

「よっ、英雄。酔い覚ましか?」


 と、後ろからそんな声が聞こえてきて少年は振り返った。

 声の主である村の青年団長は、手にしていた酒瓶を上げて挨拶すると、少年のにある柵に腰掛ける。


「よせよ、そんな柄じゃないっつーの」


 カッシーは照れくさそうに手を振って答える。さっきからそう言われて酒を勧められっぱなしだった。

 ここに来たのは照れ隠しに逃げてきたのもあった。


 と、広場からどよめきが聞こえてきた。

 またか、と思いながらカッシーは広場へ目を向ける。

 案の定、村の男が酔いつぶれて地べたに倒れているのが見えた。

 その対面で、クスクスと気持ちよさそうに笑みを浮かべ、足を組んでいるのは他でもない。

 

 微笑みの毒舌美少女である。

 既に少女の周りには大量の空になった葡萄酒の瓶が並べられている。

 にも拘わらず、なっちゃんはご機嫌で次の挑戦者を手招いていた。

 

「ナツミちゃん……どんだけ酒強いんだよ?」

「俺も初めて知った」


 ヨーヘイの呆れが混ざった問いに、カッシーは引きつった笑みを浮かべながら答えた。

 宴会が始まって当初、なっちゃんは初めてのお酒を恐る恐る口にしていたのだが、予想に反していける味だったことが判明すると、その後は村人達に勧められるがまま、がぶがぶとお酒を飲み続けていた。

 しかも飲んでも飲んでも全く顔色が変わらず、おまけに酔った様子が見られないのだ。

 実はとんでもない酒豪だったことがわかり、カッシー以下男性陣はドン引きしていた。


「村の酒全部飲むつもりか」

「ありゃウワバミだな……」


 こんな話をしていることがばれたらタダじゃすまないだろう。

 しかしまあ、今日くらいは羽目を外してもいいか。ほんと色々あったし――


 そう思い直しカッシーは再び嬉しそうに、にへらと思わず笑みを浮かべる。

 しばしの間、二人共何も話さずに広場の宴を見つめていた。

 山が近くて日が暮れると肌寒い夜風も、今夜は酔いのせいか心地よい。


「そういやさ――」

「ん?」

「ヨーヘイはいつから剣を習い始めたんだ?」


 実際に一緒に戦ってみてわかったが、明らかに他の青年団の若者と比較しても段違いの剣さばきだったし、素人目に見ても、傍らにいる青年の剣の腕はかなりのものだと思う。

 言っては悪いが小さな村には余る剣の技量だ。

 少年に尋ねられ、ヨーヘイは月を眺めながらいつからだったかと記憶を手繰る。

 

「んー……十二、三だったかな」

「ヨーヘイって今いくつだっけ?」

「二十一だ」


 結構若かった。もう少し老けてると思っていたが。

 口にしたら絶対に怒られるであろうことを考えながら、カッシーはなるほどと頷く。


「なんで剣習おうと思ったんだ?」


 尋ねたのは純粋に興味があったから

 この世界では剣術は自分の身を護るため、そして誰かを護るための術――

 ではこの青年は何故その術を求めたのだろう。

 カッシーのその問いを受け、ヨーヘイはにへら、と笑う。

 答えは決まっている――その顔はそう答えていた。

 

「そうだなあ、目指す人ができたからかな」

「目指す人?」

「ぺぺ爺が言っていたろ? 十年前、この村は弦菅両国の戦に巻きこまれたんだ。その時俺はまだガキだった」


 思えばそれが最初の戦場だった――自分のヘソあたりの高さで手をプラプラさせながらヨーヘイは話を続ける。

 今思い出してみても何一つ忘れていない。あの時の光景ははっきりと、鮮明に彼の頭の中に残っている。


「村が焼けて、知っている奴等がどんどん倒れていってさ。情けないけど俺はその場を一歩も動けなかった。親父とも御袋ともはぐれちまって、一人でワンワン泣いてた」

「……」

「とうとう両国の兵が村の中で衝突して、村はさらに修羅場と化した。その時はさすがに、ああ、もう駄目かなって思った」


 今にぎやかに宴が開かれている丁度あの広場の中央で、小規模ではあるが弦菅両国の兵士が衝突し、村は甚大なる被害を受けた。

 今思い出してみても何一つ忘れていない。

 あの時の光景ははっきりと、鮮明に彼の頭の中に残っている。


「そしたらどこからか女の声がしてさ、振り向いたら見た事もない女性が立ってた」

「女性?」

「ああ。年は今のカッシーと同じくらいだったと思う。彼女は何人かの仲間と一緒に俺を抱えて、安全な場所まで連れてってくれた」

「へぇ……」

「でも、その後すぐにどっかいっちゃったけどな」


 自分に手を差し伸べてくれた女性の顔が脳裏に浮かぶ。

 もう大丈夫、だから泣くんじゃない、あなたは男の子でしょ?――

 優しい笑顔でにこりと笑って、彼女は自分を励ましてくれた。


「結局親父や御袋は死んじまったけど、その女性のおかげで俺は助かった。それ以来かなあ、強くなろうって思って剣を習い始めたのは――」

「そっか……」


 彼女のおかげで自分は助かった。

 もう二度とあの日のような悲劇を繰り返したくない。

 もう二度と大事な人を失いたくない。

 だから自分がこの村を護るのだ、あの日自分を救ってくれた少女のように――

 青年はその一心で剣の腕を磨いてきた。


「でもさ、その女の人って誰だったんだ?」


 その女性は何者だったのだろう。気になってカッシーは尋ねた。

 と、ヨーヘイはにへらと笑ってカッシーの顔を覗き込む。


「知りたいか?」

「そりゃもちろん」

「マーヤ女王だ」

「マ……女王様!?」


 予想通りのリアクションを見せたカッシーにヨーヘイは声を出して笑いだす。


「びっくりしただろ?」

「当たり前だっつーの!なんで女王様が?」

「当時はまだ女王様じゃなくて、ヴィオラ村の人だったけどな。あとでぺぺ爺から聞いて俺もビックリしたよ」


 彼女はとある事情により、ぺぺ爺を頼りチェロ村にやってきていたのだった。

 それは国の陰謀と、とある邪な存在からこの大陸を護るために繰り広げられた冒険の過程だったのだが。

 とにかくその時彼女は偶然ヨーヘイと出会ったのである。


「マーヤ女王か……」


 一体どんな女王様なんだろう。話を聞く限りは中々勇ましそうな女王様だが。

 カッシーはペペ爺やヨーヘイの話の中に登場する女王様を頭の中で想像しながら、大きな鼻息を一つ吐いた。


「もし女王様にあったらよろしく言っといてくれ。その節はお世話になりました――ってな」

「わかった」


 こくんと頷いたカッシーを見て、ヨーヘイはにへらと笑うと持っていた葡萄酒を呷る。

 

「ちょっとの間だったけど、おまえ等がいなくなると寂しくなるなぁ」


 ヨーヘイはふうと息をつくと寂しそうにそう言ってカッシーの頭を撫でた。

 出会ってまだ一週間も経っていないが、本当に賑やかで明るい奴等だった。

 子ども扱いされたように感じ、カッシーは口を尖らせながらその手を振り払う。


「すぐに帰ってくるっつの」

「油断するなよ。この世界は危険だぜ?」

「わかってるさ。もう覚悟は決めた……足手まといにはなるもんか!」


 カッシーはふんと胸を張ってヨーヘイを見上げた。

 そんな少年を見て、ヨーヘイは満足そうに、またにへらと笑った。


「あ、そうだ」

「ん?」

「この剣返すよ」


 あの日以来借りっぱなしだった――

 カッシーは腰に差していたブロードソードを抜くとヨーヘイに差し出す。

 だがヨーヘイは満足そうに首を横に振るとその剣を付き返した。


「その剣はおまえにやるよ」

「えっ? いいの?」

「ああ、旅の餞別」

「ありがとう、大事にする」

「頑張れよ。みんなみつかるといいな」

「きっと見つけてみせる」


 そう言って、生死をかけた攻防戦の中で、お互い背中を預けあった二人はがっしりと握手を交わす。


 どさりと人が倒れる音がしたかと思うと、またどよめきと歓声がコーダ山脈に響き渡った。

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