その23-1 魔法原理

 三十分後、松ヤニ亭二階――


 ほろ酔いですっかりいい気分となった日笠さんは、宴を抜け出して一足先に宿に戻っていた。

 徐に自分のベッドにバフっ、とうつ伏せに寝転がりながら少女はゆっくり息を吐く。

 疲れた。でも心地よい疲れだ。

 明日にはこの村を発ってヴァイオリンに向かう。

 弦国一の大都市、はたしてどんな街なんだろう。無事に皆を見つけることができるのだろうか――

 不安と好奇心が心の中で入り乱れ、日笠さんは複雑な表情を浮かべる。

 と、そこで視界に入ったベッドサイドテーブル上のアクセサリに気づき、彼女は徐にそのアクセサリを手に取ってランプに翳した。

 それは、球形の銀細工が先についたシンプルなペンダント。

 

「本当に大丈夫なのかな……」


 ランプの灯りを鈍く反射しながら光るペンダントを見つめながら、日笠さんは訝し気に呟いた。



♪♪♪♪



 時は遡り、話は昼間まで戻る。

 ペペ爺の家――

 

 それは楽器が起こす不思議な現象についての原因が判明し、元の世界に戻る方法もわかり、今後についても一頻りの話がまとまった直後だった。


「さて、では先程の茅原君の疑問にも答えなければならないなコノヤロー」

「是非ともお願いしたいわ」


 なっちゃんの疑問。それは、光を浴びただけで何故楽器がこのような現象を引き起こすことになったのか――という事だった。

 なっちゃんにも促され、ササキはよしと頷くと皆を振り返る。

 

「だがその前にもう一つだけ皆に言っておくことがある」

「なんですか?」


 改まった態度でそう言ったササキに対して、日笠さんは不思議そうに首を傾げた。


「楽器はこの村に置いていけ。私が管理しておく」

『ええっ?』


 と、ササキから発された意外な言葉に、少年少女面食らって一斉にササキに詰め寄った。


「ちょっと待ってよササキさん」

「んだなー、いざとなった時に楽器があると便利じゃね?」

「そうですよ会長。こんな凄い効果もってるんだし」

「ムカー、バカイチョー! テメーオレ様のシンバル売り飛ばす気ディスカー!」

「ちょ、落ち着きたまえ諸君。一度に話すなコノヤロー!」


 私は聖徳太子じゃないぞ――

 口々に反論しだした一同を慌てて宥め、ササキは崩れた背広を直しながら呆れたように口を開いた。


「確かに楽器があれば便利だろう。しかしもし楽器が壊れたり、紛失してしまったりしたら、もう元の世界には戻れない可能性があるんだぞ?」

「あ、そうか」

「言われてみれば」


 詰め寄っていたカッシーはそう言われれば確かに、と動きを止めた。

 楽器は繊細な道具だ。雨や日光に弱いし、衝撃にもそれほど強くない。そのため皆自分の楽器の取り扱いは慎重に行っている。

 それにもし、壊れてしまっても修理をできる者はいないのだ。落としたり、盗まれたりしたらそれこそアウトだろう。

 これは困ったと、途端に腕を組んでカッシー達は唸り声をあげてしまう。

 ようやく落ち着いた少年少女達を見て、ササキはやれやれとネクタイを締めなおすと話を続けた。

 

「それに楽器の演奏には欠点が二つある」

「欠点?」

「一つ目、効果が発動すると身体の自由が利かなくなる。つまり極端な無防備状態に陥ってしまう」

「あ……」


 と、魔法使いの弟子を演奏した時を思い出して、またもや一同は動きを止める。

 確かにあの時、演奏を続けば続ける程、カッシー達の身体は自らの意思を離れ、まるで楽器に操られるように演奏を続けることになった。


「皆で演奏した時の効果は目を見張るものがあった。箒や桶どころじゃなく、森の木さえ操ることができたしな。恐らく二重奏、三重奏と同時に演奏する楽器が増えると、効果が相乗するようだが……だが考えてみたまえ。もしあの時、ヨーヘイ君や村人達が盗賊団を食いとめてくれていなければ我々はどうなっていたか?」

「う……」

「それに、曲の効果が発動するには幾分タイムラグがある。やはりその隙を狙われてはいかに強力であろうと発動する前にアウトだ」


 そう言われてカッシーは言葉を詰まらせた。

 ササキの言う通り、もしあの時ヨーヘイや村人達が盗賊団を食い止めてくれていなければ、楽器に身体の自由を奪われていたカッシー達はなす術もなくやられていただろう。

 

「そして二つ目、これが致命的だ。長時間演奏をすると意識を失ってしまう」


 ピンと人差し指を立ててササキはカッシー達にその指を突き付けた。

 まさしくササキの言う通りで、魔法使いの弟子を演奏し続けた少年少女達はまるで楽器に力を吸い取られるようにして、意識を失ってしまっていた。

 そういえば音楽会でチェロを演奏したなっちゃんもそうだった。


「まとめよう。一度演奏を始めるとシンクロ、とでも言おうか。身体の自由を奪われ、そして意識を失うまで演奏し続けてしまう。まるでブレーキのない車を運転し続けるようにな、おまけに足はアクセルに括りつけられて常時フルスロットルといった感じかコノヤロー」


 なるほど、これでは隙が大きすぎる。狙ってくださいと言ってるようなものだろう。

 改めて考えてみると、使いどころが難しい切り札だ。

 これじゃ誰かが援護してくれる状況でもない限り、到底楽器の力を使うのは無理だろう――

 カッシー達はお互いを見合い、ササキの説明に納得していた。


「まあ、これら厄介な「現象」は、Ωの副作用ではなく、どうもこの世界の「魔法原理」に原因があるようだがな」

「魔法……原理ですか?」


 さっきも出て来た聞きなれない言葉に、日笠さんは目をぱちくりとさせた。

 なっちゃんもまだ思考の整理が追い付いていないようで、彼女には珍しく狐につままれたような表情でササキの話に耳を傾けている。


「そうだコノヤロー。どうやら楽器が生み出す力の原理は、この世界でいうところの魔法の発動原理と非常に性質が似ているらしい」

「まっ、魔法!?」


 思わぬ言葉がササキの口から飛び出して、カッシー以外の少年少女はポカンとしてしまった。

 よりによって超がつく現実主義者のササキの口から「魔法」なんて言葉が大真面目に飛び出すとは――

 特に日笠さんは雨でも降るのではないかと絶句していた。


「そういえばヨーヘイも言ってたな……」

「おーい、マジかカッシー?」

「ああ、でもマジで魔法なんて存在するのかよ?」

「君達が信じられないのも無理はない。私もつい先日まで、ぺぺ爺さんに借りて読んだ本と、そしてそこのマキコさんに実際見せてもらうまで信じられなかったからな」


 だが、魔法は確かに存在する――

 ササキは神妙な顔つきで何度も頷きながら、カッシーの問いに答えていた。


 郷に入りては郷に従え、その辺この生徒会長は超がつく現実主義者であるが、思考は柔軟だった。

 この世界には『魔法』という、科学と似て非なる力が確かに存在するようだ――

 マキコさんが生み出した小さな炎を今朝目の当たりにし、彼は考えを改めていた。


「ちょっと待ってください。それじゃマキコさんは、えっと魔法……使いなんですか?」


 ササキの話を聞いてふと疑問に思った日笠さんは、目をキラキラさせながらぺぺ爺の傍らにいたマキコさんを向き直った。


「本当に初歩的なものしか使えないけれどね」

「す、すごい!」


 と、マキコさんは少女のその問いを受けて、やや謙遜するように、そして控えめににこりと笑いながら頷いていた。

 夢にまで見ていた憧れの魔法使いが目の前にいる…日笠さんは興奮で頬を紅潮させながら、思わずと感動の溜息を吐いてしまっていた。

 まゆみって意外と少女趣味なのね――そんな彼女を見て、東山さんとなっちゃんは呆れていたが。


「まあ大半の者は魔法は使えん。魔法は血がなせる技術であって、家系が強く影響しておる」

「え、そうなんですか?」

「うむ、しかし魔法を使える者は確かに存在するぞい。ごくごく少数じゃが」


 がっくりと肩を落とす日笠さんを余所に、ぺぺ爺は確認のためマキコさんを振り返った。

 老人の視線を受けて、間違いないとマキコさんはゆっくりと頷いて見せる。

 ぺぺ爺さんまでそういうなら、この世界には魔法という概念が存在するのだろう。

 まだまだ半信半疑ではあるがカッシー達は納得する。

 閑話休題。

 コホンと咳払いをしてササキは話を続ける。

 

「とにかくだ、Ωの影響で演奏すると発動するあの「現象」は、この世界の魔法と同じ「ルール」の元で発動するらしい」

「ルールねえ……」

「そうだルールだ」


 ササキはそう言って、テーブルの隅に置いてあった魔法に関する本を引き寄せるとパラパラとページ捲り中程を開いて見せた。

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