その23-2 曲発動装置

「まず、魔法を使うにはなんらかのキーワードが必要な事、所謂マキコさんのような魔法使いの場合は『呪文』、我々の場合は楽器の『演奏』だ。これによって魔法は発動する」

「おーい、ますますRPGの世界だなー?」

「ササキ君に相談を受けた時、もしかしてって思ったのだけれど……確かにあなた達が演奏する曲の波長と、私達魔法使いが呪文を詠唱する時の大気の波長はとてもよく似ているわ」


 マキコは、少年少女達が広場で『魔法使いの弟子』を奏で始めた時のことを頭の中で思い浮かべながら、確信するように皆を一瞥する。

 大気の波長――そう言われてもいまいちピンとこないが、まあ本職の魔法使いさんがいうんだから魔法と似ているのだろう。

 カッシーは頬杖をつきながら、なんともいえない感嘆の声を口の中で発していた。


「次に使用する際、使用者の精神力を消費する事だコノヤロー」

「ムフ、MPかなんかディスか?」

「精神力ね……」


 なるほど、それで演奏しすぎると意識を失ってしまうわけね――

 ようやくわかって来たなっちゃんは、そこで頭の中でまとまりつつあった考えを思い切って尋ねてみることにした。

 ササキ風に言えば、所謂「仮説」というものだ。

 

「ササキさん、もしかして楽器が浴びたΩの光も、この世界の魔法と酷似した性質を持っていたの?」

「……茅原君、君は本当に鋭いな」

「フフ、どうも^^」


 と説明半ばで理解をしていたなっちゃんに、ササキは感心したようにニヤリと笑みを浮かべる。

 満更でもなさそうに少女はクスリと微笑み返した。

 話についていけず、東山さんは眉間のシワをより深いものにして首を傾げる。


「なっちゃん、どういうこと?」

「さっきササキさんと話していたでしょ? いくらなんでもただの楽器が光を浴びただけで、Ωと同等の効果を発動するようになるなんておかしいって」

「あー、あの話」

「そう、でも私達の曲が魔法と酷似してるって話を聞いて、もしかしてって思ったの。Ωの光も魔法と酷似していたら?――って」


 そこまで言ってから、微笑みの美少女はマキコを振り返り、もう一つの疑問を投げかけた。

 

「マキコさん、この世界に…例えば『物質に何かの効果を付与する魔法』ってありますか?」


――と。


 少女の問いを受け、マキコは静かな唸り声を口の中で発しながらしばしの間考えていたが、やがて肯定するように頷いた。


「実際に見た事はないけれど存在すると思うわ。どちらかというと『呪い』の類になると思うけれど……」

「の、呪い?」

「ええ」


 書物で読んだ限りでしかないが、例えば装備した者に災いをもたらすような効果を道具に付与する魔法は存在している。

 ただその性質から、そういった魔法は『呪い』の類に位置づけされているが。

 マキコは記憶をたどりながら、もう一度コクリと頷いてみせる。

 呪いか――ちょっと予想外の返答に、なっちゃんはかわいい顔を引き攣らせたが、だが考える方向は間違っていなかったと、直ぐに得意げ微笑を浮かべた。


 Ωの発した光は元の世界ではただの光だっただろう。だが――

 この世界に飛ばされた際、光はこの世界の「呪い」に近い魔法へ変質し楽器に効果を与えた。

 「曲を実体化する」という効果を。

 ついでに言えば「あまり長く演奏すると身体の自由を奪われる」効果もだろうか。まあこちらはまさに「呪い」のような効果だが。


 こんなところかしらササキさん?――と。

 微笑みの美少女は生徒会長を振り返る。

 はたして、まったくもってその通りと思わず拍手をしながら、ササキは満足そうに含み笑いを浮かべた。

 

「素晴らしい。流石だな茅原君」

「なっちゃんすげー……」


 よくまあそこまで頭が回るものだ。カッシー達はただただ感心しながら尊敬の眼差しをなっちゃんへ向けていた。


「まあ、長々と話してしまったが、我々の楽器が奏でる曲が魔法と酷似した効果を生み出すことは理解してもらえただろう?」

「うーん、まあ……なんとなく」


 自分の楽器に何が起こっているかはわかった。本当にざっくりとだが。

 カッシーは口をへの字に曲げながら、なんとも渋い顔でササキの言葉に肯定した。

 だがそうなると、楽器は不用意には使えないし、もちろん持っていくことも避けたほうがよさそうだ。

 ぺぺ爺が言っていたが、村の外は結構危険なようだ。

 いざという時の切り札が使えなくなったことに、一同は不安そうに顔を見合わせた。

 

「そう案ずるな、代わりにこれを持っていけコノヤロー」


 その様子を伺っていたササキは、やはりニヤリと含み笑いを浮かべると、懐からペンダントを取り出し机の上に置いた。


「なんだこれ?」


 ペンダントを手に取り、灯りに透かすように眺めながらカッシーが尋ねる。


「簡易な曲発動装置だ。さしずめミニΩというところか」

「曲発動……んん?」

「楽器がなくても曲の効果を発現する事ができるようにするペンダントだ」

「これ、会長が作ったんですか?」

「そうだコノヤロー」


 若干得意げにササキは頬を緩めながら、胸を張ってみせる。

 実はこの装置を作るために、今朝から日笠さんに協力してもらい、魔法使いの弟子を演奏してもらっていたのだ。


「クックック、Ωに使用していた小型SDカードを内蔵してあってな。それに日笠君の演奏した魔法使いの弟子を収録しておいた。一定のキーワードで、曲の波長を再生して、擬似魔法効果を生み出すように――」

「あー、簡単に頼む」


 と、カッシーにツッコミを受け、そして残りの五人からも冷たい視線を向けられているのに気づき、ササキは不満げに口を噤むと仕方なさそうに話を続けた。


「――つまり予め定めておいたキーワードに反応して、収録してある曲の効果を発動してくれる代物だ。 といってもまだ「魔法使いの弟子」のしか使えないが」

「んー、じゃあこれがあれば楽器は要らないってか?」

「そういう事だコノヤロー。魔法と原理が酷似している事から、ひょっとしたらと思って作ってみた」


 作ってみたって、そんなちょっと味噌汁作ってみた、みたいな感じで作れるものなのだろうか――日笠さんはカッシーの持っていたペンダントをしげしげと眺めながら、半ば呆れつつそんなことを考えていた。

 

「当然だが、演奏や魔法と同じで、使用すれば精神力を消費する。使用し過ぎると意識を失うからな、注意したまえ」

「これ一個しかないんですか?」

「まだ試作品なのでな。それにあまり時間がなかったのでそれ一つしかない」

「そっか……」

「同時に使えないのは楽器と一緒だろう? 全員倒れてしまっては意味がない。人数分は必要ないと思うが?」


 不満そうに口を尖らせたカッシーを見て、ササキは贅沢を言うなと眉を顰めた。


「んー、でもさー? 魔法使いの弟子しか使えないんじゃちょっと不安だよなー?」


 と、のほほんとした口調ながら意外と鋭い発言をしたクマ少年に、一同はなるほどと顔を見合わせた。

 今のところ有事の際に戦力になりそうなのは、東山さんくらいだ。

 カッシーやこーへいもまあそこそこ戦えるかもしれないが、やはり心細い。かのーに至っては論外だし。

 何が起こるかわからない異世界。やはり万が一を考えて切り札は持っておきたい。

 

「確かに一つくらいは楽器を携帯した方がいいかもしれないわね…」

「そうね、一人くらいなら演奏中の隙も、みんなでカバーすればなんとかなるかもしれないし――」


 東山さんと日笠さんは、そう言ってから、どうだろうと皆の顔色を窺った。

 皆も異論はないようだ。

 そうなると、誰の楽器を持っていくかだが――


「どうしても楽器を持っていくというなら、私は茅原君を推薦するぞコノヤロー」


 と、ややもってかなり渋い顔ではあったが、ササキが提案する。

 なんのことはない。単純な消去法だった。

 東山さんが演奏しては一番の戦力が外れることになり、演奏をフォローする者がいなくなる。

 カッシーやこーへいも同じ理由だった。

 かのーは論外だ。こいつに楽器を持たせたら、それこそ何をするかたまったものではないし、下手をすると楽器を紛失する可能性もある。

 となると、候補は日笠さんかなっちゃんに絞られるが、日笠さんは機転が利くし皆のまとめ役だ。

 彼女が演奏で身動きとれなくなると、皆をまとめる役がいなくなってしまう。

 そうなると演奏役は必然的になっちゃんに絞られる。

 以上の理由からササキはなっちゃんを指名したのだ。


「それに茅原君なら、几帳面だし楽器を無くす心配もないだろう」

「確かにそうね。あの曲があれば怪我した時も安心だわ」


 無伴奏チェロ組曲 第1番。あの曲があれば確かに心強い。

 東山さんも納得したように頷いた。皆も異論ない様だ。


「なっちゃん、お願いしてもいい?」

「うーん……」


 と、日笠さんがお願いすると、意外にも微笑みの美少女は難色を示した。

 チェロは大きいし嵩張るし、担いで長距離を移動するのは結構な重労働だ。

 山道を下った際の苦労を思い出し、なっちゃんは細い眉を顰めて考え込んでしまう。

 だが、皆の言うことももっともだ。

 確かに自分は腕力もないから、有事の際あまり戦力にはならないだろう。

 それにチェロがあれば万が一の時も怪我を治せる。できればあまり想像したくはないが。


 運ぶのがしんどいのは我慢するしかないか――

 ややもって頭の中で結論を出すと、少女はいつも通りの微笑みを口元に浮かべ、小さく頷いた。


「わかった、引き受ける」

「ありがとうなっちゃん」

「そんじゃペンダントは誰が持つ?」

「ムフ、ハイハーイ! オレサマ持ちターイ!」

「あー、そりゃあ……日笠さんでよくね?」


 あっさりかのーの発言をスルーして、こーへいは日笠さんを見る。

 自分が指名されるとは思っていなかった日笠さんは、皆に一斉に見つめられて、目をぱちくりさせた。


「なんで私?」

「……魔法使いっぽいから?」


 と、猫口を浮かべてあっさりと「適当な理由で選んだ」ことを暴露したこーへいに、日笠さんはがっくりと肩を落とす。

 そりゃ、マキコさんから借りた服なのだから魔法使いっぽいのは当然だろう――だが一人呆れる日笠さんを余所に、残りの面々は妙な説得力をクマ少年の発言に感じ、なるほどと納得しかけていた。

 

「そうだな、日笠さんが演奏したんだし」

「ま、適任かしらね」

「適任? 恵美、どういうこと?」

「フフ、気にしないでまゆみ。こっちの話」

「なっちゃんまで……」


 魔法少女憧れてそうだしね――

 なっちゃんと東山さんは、先刻マキコが魔法使いだとわかった時に見せた彼女の反応を思い出していたが、あえて口にはしなかった。


 というわけで。

 皆の後押しもあり、やや引っかかる部分はあったが日笠さんがペンダントを持つことになったのである。

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