その24 いってきます!

 というわけで、今に至る。

 話は戻って、松ヤニ亭二階――


「……これ、本当にちゃんと動くのかしら」


 不安そうにペンダントを弄りながら、日笠さんは誰に言うともなしに呟いた。

 ササキを疑うわけではないが、「ミニΩ」と言われると、流石にあの時の事が頭をよぎり不安になるのだ。

 まあ魔法使いの弟子しか入っていないらしいし、運命が発動するような事故は起こらないとは思うが。

 ごろんと横向きになり、日笠さんは不安を紛らわすように、静かに息をついた。

 

 と、そこで入口の扉が開き誰かが入ってくる気配がして、少女はベッドから身を起こす。


「あ、まゆみ、先帰ってたのね」


 なっちゃんだった。


「宴会は終わったの?」

「まだ続いてるわ。ちょっと用事があって戻ってきたの」

「用事?」


 小首を傾げながら日笠さんが尋ねると、なっちゃんは答える代わりに後ろを振り返った。

 と、東山さんを肩に担いだカッシーのこーへいが部屋の中に入ってくる。

 少女は顔を真っ赤にして、ぐったりと二人にもたれかかっていた。

 

「え、恵美?!」

「……不覚」


 びっくりして駆け寄った日笠さんに、東山さんは目をぐるぐる回しながらぼそりと呟く。

 

「ど、どうしたのこれ? そんなに飲んだの?」

「いや、最初の一杯だけ……」


 カッシーは吹き出しそうになるのを堪えながら、首を振って日笠さんの問いに答えた。

 どうやら東山さん、相当にお酒に弱かったようだ。ちびちびと最初の一杯を舐めるように飲んでいたのだが、やがてばたりとテーブルに突っ伏したのをこーへいが発見して、こうして宿まで運んできたわけである。

 音高最強の風紀委員長にも意外な弱点があったわけだ――

 こーへいはそんなことを考えながら、カッシーと二人で東山さんをベッドまで運ぶと、彼女をそっと横にして寝かせてあげた。

 

「う……みんなごめんなさい」


 なっちゃんが差し出した水を口に運びながら、東山さんは眉間にシワを寄せまくり、苦しそうに謝る。

 うんうん唸ってはいるが、意識ははっきりしているようだ。

 やれやれと、日笠さんは溜息をついた。


「バッフゥー、まったくダメダメディスネーイインチョー」


 と、ひょいっと窓から入ってきたかと思うと、かのーはここぞとばかりにペシペシと東山さんのおでこを叩きだす。


「……かの~……後で覚えてなさいよ」

「ムフ、ゼーンゼン怖くないディース」

「おーい、それくらいにしとけってかのー。後で殺されるぞ……」


 こりゃ明日の朝絶対半殺しだな――

 こーへいは仕方なくかのーの襟首をひょいっと掴んで引き離す。

 

 日笠さんが窓を開けた。少し涼しい山の空気が室内に入り込み、東山さんは僅かに表情を穏やかにする。

 窓辺から見えた広場ではまだ村人達が賑やかに宴を続けていた。

 

「明日でしばらくこの村ともお別れね……」


 ふと呟いた日笠さんのそんな言葉に、少年少女は各々思いを巡らせる。

 この世界に飛ばされて早一週間。

 元の世界では到底体験することができないことばかり起きた、とんでもなく濃い一週間だった。

 そして明日からは新たな地、ヴァイオリンに向かうのだ。

 

「ヴァイオリンか……どんなところかしら」

「ムフ、ハンバーガーとポテトあるディスかね」

「またあなたはそうやって……ほんとにいい加減に……うう」

「おーい、寝てろって委員長」


 律儀に起き上がってかのーを諫めようとした東山さんを、慌ててこーへいが寝かせつけた。

 

 

「みんな元気かな」

 

 日笠さんは、窓から見える月を眺めながらぎゅっと手を握った。

 誰もその問いに答えない。

 ただ一人を除いて。


「絶対みんな見つけてみせる」


 断言だった。即答だった。

 やはりあの時と同じ、決して自信に満ちた声色でも、力強い口調でもない。

 自然体だったその言葉に、日笠さんだけでなく、皆がカッシーを振り返る。

 


 一斉に集まった視線の先で――

 少年は、覚悟を決めた眼差しを月に向けていた。


♪♪♪♪


 翌日。

 チェロ村南の入口――


「じゃ、いってきます」


 見送りに来てくれた村人達を振り返り、カッシーはぺこりとお辞儀をした。

 村の代表としてぺぺ爺は少年に歩み寄ると、その手をしっかりと握って別れを惜しむ。


「気をつけてのう……」

「またな、頑張れよカッシー」

「元気でね!」


 傍らに立っていたヨーヘイとヒロコもカッシー達の旅の無事を祈るように手を振る。


「そろそろ出発します。みなさん準備はよろしいですか?」


 と、落ち着いた声が聞こえてカッシーは振り返った。見えたのは、立派な銀色の鎧に身を包んだ、背の高い青年の姿。

 キリリとした眉と意志の強そうな目をした、整った顔立ちのその美青年は、カッシー達の傍らまでやってくるとにこりと笑う。

 昨夜の宴会で挨拶されていたので、名前は憶えている。

 コーキ=サワダ。チェロ村へ派遣された騎士団の、長を務める青年だった。

 

「よろしくお願いしますサワダさん」

 

 カッシーはぺこりとサワダに一礼して、地に置いていた荷物を手にした。

 ぺぺ爺の介添えもあり、カッシー達がヴァイオリンまでの同行をお願いすると、この好青年は二つ返事で快諾してくれていた。

 そそくさと騎士団が用意してくれた馬車に、カッシー達は荷物を積んでいく。

 

「騎士団長殿、この子達をよろしくお願いしますぞい」

「お任せくださいぺぺ村長、しっかりとヴァイオリンまでお送り致しますので」

「んじゃ、元気でなコーキ」

「ああ、ヨーヘイも村を頼んだ」


 と、ヨーヘイとサワダはお互いがっしりと握手すると、別れを惜しむように肩を叩きあった。

 昨日も親しげに話していたが、この二人は知り合いなのだろうか。

 村人と騎士団長、身分に差がありすぎるような気がするが――


「日笠君、渡すものがある」


 と、荷物を積みながらサワダとヨーヘイの様子を眺めていた日笠さんは、ややもって名前を呼ばれ詮索を中断すると、こちらへやってきたササキを振り返った。


「なんですか会長」

「うむ、これを持っていけコノヤロー」


 ササキはそう言って懐からピンク色のケースに包まれたかわいい携帯を取り出すと、日笠さんに差し出した。

 その携帯を見るやいなや、日笠さんは目を見開いてササキに詰め寄る。

 

「それ私の携帯じゃないですか!? なんで会長が持っているんです?!」


 チェロ村に丁度ついたあたりでバッテリー切れとなり、仕方なく部屋のチェストにしまっておいたのだが、出発前に確認したら見当たらずずっと探していたのだ。

 それをなんでこの人が持ってるのよ!?――

 ひったくるようにしてササキから携帯を奪い取ると、日笠さんは心配そうに画面に目を落とす。

 

 と――

 

「あ、あれ? 電池が充電されてる?」


 少女は目をぱちくりさせる。

 画面にはお気に入りの三毛猫の待ち受け画面が表示されており、あの時と変わらない十一時五十二分で時刻は止まっていた。

 パスコードを入れると、きちんとメニューが表示される。

 

「すまないが君の携帯を改造させてもらった」

「改造!?」

「太陽電池で充電できるようにしておいた」

「人の携帯勝手に弄って……訴えますよ!?」


 プライバシーの侵害だ!

 流石の日笠さんもカンカンに怒りながらササキを睨み付けた。


「かたいこというな。それと私の携帯とのホットライン機能も付けておいた」

「はあああ?! あの、勝手に人の携帯に機能を追加しないでくださいっ!」

「よほどの僻地でなければ通信できるはずだ。何かあったら連絡をくれ、力になれるかもしれん」

「もー……メールとか写真とか見てないですよね?」

「クックック……秘密」


 秘 密 じ ゃ な い で し ょ !

 

 まったくこのセクハラ会長。すべて片付いたら絶対に訴えてやるから――

 日笠さんはトホホと苦労人の溜息を一つ吐くと肩を落とした。

 そんな彼女の心境などつゆ知らず、ササキは満足気に頷くと態度を改め、少し心配そうに眉を顰めた。


「道中気を付けてな。君が一番しっかりしている。柏木君達を頼むぞコノヤロー」

「はいはい大丈夫ですよ。じゃあいってきます」


 少し不貞腐れ気味にそう言って、日笠さんは馬車に乗り込む。



 そして。

 

「ヴァイオリン騎士団出発!!」


 間もなくしてサワダの号令の下、威風堂々整列していたヴァイオリン騎士団は進軍を開始する。

 チェロ村の一同は、カッシー達を乗せた馬車が見えなくなるまで手を振っていた。


「いってしまったのう……」


 やがて騎士団の姿が見えなくなると、ぺぺ爺はいつも通りやる気ない溜息をつきながら呟く。


「本当賑やかな子達でしたね」

「うむ……」


 ちょっとの間だが多くの孫ができたようで喜んでいた老人にとっては寂しさもひとしおのようだ。

 マキコさんの言葉にぺぺ爺は元気なく俯いた。

 

「無事に帰ってきてくれるといいのだけど」

「ま、あいつらならきっとなんとかなるだろうよ」

「あら、ヨーヘイ。妙に自身たっぷりに言うわね」


 特に心配する様子もみせず、にへらと笑ってそう言ったヨーヘイを、ヒロコは理由を尋ねるように横目で見る。

 ヨーヘイはにへら、と笑ってこう言った。

 


「ま、そりゃあいつらは『タダノコウコウセイ』だしな」



 ササキだけが彼のその言葉を聞いて、愉快そうに笑い声をあげていた。

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