第一部 エピローグ~Sinfonie Nr.5 c-moll, op.67

エピローグにしてプロローグ①~Allegro con brio


 物語の始まりを告げよう。

 事の経緯をここに記そう。


 一週間前。八月十日 晴れ。

 午前九時十分――

 

 それは彼等の『運命』が変わった日。

 

 まだまだ残暑が厳しい八月上旬。

 朝の天気予報が『過去六十年で最高の気温』のテロップと共に熱中症注意と促していたその日、柏木悠一ことカッシーは、高校の音楽室にいた。

 理由は他ならない、彼の所属する部活のためだ。

 『音瀬高等学校交響楽団』――所謂オーケストラ。彼はそのトランペット奏者。


 オーケストラ。


 そう聞けば一般的な人々はどんな想像をするだろうか。

 百人規模の奏者が一斉に集い、壮言な交響曲を奏でる古典音楽の華――

 だが彼の所属する通称『音オケ』はまったくもってそんなことはない弱小オケである。


 一年から三年を合わせてもやっとこさ三十数名。

 各パートに至っては『古典派音楽』ならなんとか演奏できそうな人数がいる程度(それでも弦楽器パートは助っ人エキストラをお願いしなければ到底無理)の小さなオケだ。

 そんなわけで随時、部員は募集中である。


 もっとも、音瀬高校は開校してわずか五年の新設校で、オケに至っては今年で発足三年目というできたてほやほやの部なので仕方がないといえば仕方がない。

 だが、何十年という歴史と伝統ある高校の交響楽団ならともかく、実績も名声もないこの新設校において、わずか三年目でこの部員数を集めることができたのは、わりかし頑張ってる方ではないだろうか――

 少なくともこの八重歯がチャームポイントな少年はそう思っている。

 まあ彼が自画自賛気味にそう思うのは、彼自身がこの部の創設メンバーであり、ここまで至るのに並々ならぬトラブルや苦労があったからではあるが。


 思えば本当にいろいろあった。

 部員が拉致され、風紀委員や生徒会が介入する大乱闘に発展した挙句、あわや廃部の危機に陥ったり。

 いざ演奏会! と思ったら、当日ギリギリになって部員が欠員し、あわや中止の危機に陥ったり。

 ある部員がストーカー被害にあい、傷害事件に発展しかかったり。


 三年。たったわずか三年の間にだ。


 被害者側であったとはいえ、よく部員がやめずに続いているものである。

 と、懐かしむように三年間を振り返り、トランペットのチューニングを終えると、カッシーは音楽室を見渡した。

 一年生や二年生の姿はまばらで、音楽室に集っている部員のほとんどは三年生だ。

 どの部活も三年生は部を引退している時期だ。カッシーも先月行われた『第二回定期演奏会』を最後に引退をしたばかりである。

 にもかかわらず、集まっている部員の中心が三年生である理由は、今日が彼らが企画した『卒業演奏会』の読み合わせ日だったからにほかならない。


 きっかけは、ついこの間まで部長を務めていたとある少女の提案だった。

 先月行われた定期演奏会の打ち上げの席でのことだ。


 うちら一年生の時、演奏会できなかったでしょ? どうかな、その分最後にぱっとやらない?――と。


 はたして、彼等が一年生だった時、創設間もないこの部は僅か十二名しかいなかった。

 そのため、初年度は人数不足から涙を呑んで演奏会を断念するはめになったのだ。

 部員が集まりだし、まがりなりにも「定期演奏会」として開くことができるようになったのは彼らが二年生になってから。


 せめてもう一花咲かせたい――

 そんな気持ちがみな心のどこかにあった。


 期せずして放たれた少女の言葉に、三年生は一も二もなく賛成したのはいうまでもない。

 それから一ヶ月。とんとん拍子で選曲も決まり、足りない楽器パートは後輩に助っ人を頼み、それでも足りないパートは助っ人をさがしつつ。

 そして今日が初読み合わせの日というわけだったのである。


「しっかしまあ、大したもんだよなうちの部長は――」


 揃いも揃った三年生の面々を一瞥しながらカッシーはしみじみと呟く。

 選曲の際の候補案はもちろん、三年だけでなく後輩のスケジュール調整も全てくだんの部長がほぼひとりでやっていたのだ。

 初読み合わせとはいえ、今この場に三年生がほぼ全員集まることができたのも、全て彼女の努力の賜物といえる。

 思えば割と重いトラブル続きだったこのオケが今まで存続できたのも、彼女が部長としてフォローしてきた部分が大きいんじゃないだろうか。

 

 本当に大したもんだ部長あのこ――


「もう部長じゃないよ?」

「え!?」


 と、一人感服していたカッシーは、やにわに斜め前から飛んできたその声にやや狼狽しながら顔をあげた。


「おはよ、カッシー」


 丁度、今着いたばかりだったのだろう。パイプ椅子をいそいそと組み立てながら件の部長――日笠まゆみはにこりと笑って挨拶をする。

 噂をすればなんとやらだ。そういや先週部長を引退したんだったっけ。

 しかし聞かれていたとは何とも間が悪い――

 カッシーはバツが悪そうに口をへの字に曲げた。


「あー……おはよう『元』部長」

「うーん、その呼び方はやめてほしいかな?」

「じゃあ『日笠さん』か?」


 他に何て呼べばいい?今までずっと『部長』で通してきたのだが――

 苦笑する少女を前に、カッシーはややもって思い浮かんだ彼女の『通称』を口にする。

 だがそんな彼の言葉に対し、日笠さんは不満気に表情を曇らせた。


「今更『さん』づけ?」

「え?」

「呼び捨てでいいのに」

「いやいやいや……」


 無茶言うなよ――ぐむむと言葉を詰まらせ、カッシーは口の中で唸り声をあげる。

 彼の名誉のために言っておくと、決して彼が女性に対して奥手であるとかそういうわけではなく、同級生のほぼ男子諸兄は皆彼女のことを『日笠さん』と、さん付けで呼んでいる。

 理由はほかでもない。彼女のその群を抜いて大人びた容姿と佇まいのせいだ。

 身長はカッシーとほぼ同じ、にもかかわらず顔も小さく手足も長いという恵まれたモデル体型。

 その上、どう見ても周りの同級生と同じ年には見えない、落ち着いた雰囲気と整った顔立ちの持ち主なのだ。


 加えて先に述べたような敏腕部長……もとい元部長。

 『才色兼備』という言葉は彼女のためにあるといっても過言ではないのではなかろうか。

 そんな彼女であるのだから、男子諸兄が敬意と憧れを持って『日笠さん』と呼んでしまうのも無理はないのだ。


 だが当の本人はそれが気に入らないようである。

 というわけで、才色兼備のその元部長は、今更距離を置くような少年の発言に、他人行儀だなぁ――と、愚痴るように呟いていた。


「あーその、努力するよ」

「そうしてくれる?」

「ところでその恰好どしたの?」


 この話題は変えるに限る。カッシーは誤魔化すように彼女が着ていた制服の理由を尋ねた。

 カッシー以下他の部員は夏休みということもあって皆私服だったが、彼女だけ高校指定のブレザーを着ていたからだ。


「ああこれ? さっきまで生徒会に用事があって」

「生徒会? もう引退しただろ?」

「引継ぎがまだ終わってないの。今年はいろいろあったから」


 手際よく愛用のファゴットを組み立てながら日笠さんは答える。

 彼女は部長の他に、生徒会の副会長も務めていた。

 もちろん立候補したわけではなく、推薦という形で候補に挙げられたのだが。

 面倒見のいい彼女はそれを快く引き受けていたのである。

 卒演の調整、生徒会の引継ぎ、そして忘れてはならない受験勉強――

 彼女のこの数か月の多忙さは想像に難くない。

 にもかかわらず、彼女は全てをそつなくこなしていた。


「やっぱすげーわ日笠さん……」

「あはは、ありがと」


 早速無意識に『さん』付けしてしまったカッシーに対し、日笠さんは同い年には見えない、大人びた苦笑を浮かべた。

 だがそこでカッシーはぴたりと動きを止め、頭の中に思い浮かんだ一つの仮定に眉を顰める。

 

「ん、まてよ?」

「?」

「生徒会ってことはだ。やっぱあの人も来るのか?」

「会長のこと? もちろん」


 ウェーブのかかったセミロングの髪を手際よくヘアゴムで束ねながら、日笠さんはこくりと頷く。

 マジか――それを聞いてカッシーは嫌悪を隠すことなく顔に浮かべ、パイプ椅子に寄り掛かった。


「なんであいつ呼んだんだよ?」

「だって指揮できるの会長しかいないでしょ?」


 この弱小オケで他に指揮できる部員なんていると思う?――

 と、首を傾げた少女の言葉を遮るようにして、やにわに音楽室の入口が開かれる。

 やたら低くてハイテンションな、いい声と共に。



「オーッス、コノヤロー!」



 はたして、七三分けにした髪をファサリとかきあげ、部屋に入って来たササキを見て、カッシーは舌打ちする。

 来やがった――と。


『よろしくお願いします!』

「うむ、諸君。残暑厳しい中ご苦労だコノヤロー」


 全員が起立して挨拶する中、ササキは腰の後ろで手を組み、悠々と含み笑いを浮かべながら指揮台へと歩いていった。

 と、その彼に続いて音楽室へ入ってきた人物がさらに二名。

 両名とも日笠さんと同じく制服を纏った少女だった。


 カッシーもよく知っているうちの部員だ。


 一人は『音高無双の風紀委員長』である東山恵美。

  彼女も生徒会の仕事があったのだろう。ちらりと日笠さんを一瞥して足早に、しかし堂々と自分の席へ向かっていった。

 そしてもう一人、栗色のショートボブで、常にだるそうにトロンとした目をしている超小柄な少女はユカナ。

 首に巻いた明るいブルーのスカーフがトレードマークの、音瀬生徒会会長書記、兼風紀委員補佐の二年生だ。

 パートは打楽器パーカッション

 

 そういえば彼女の苗字をカッシーは知らない。

 いや多分あるのだが、カッシーは知らないのだ。恐らくササキは知っているだろうが。

 機会があれば聞いてみようと思っていたまま早丸二年。やはり未だに不明のままだった。

 そんな彼女は、自分と同じ背丈はあろう大きな球体の金属を軽々と、しかしだるそうに抱えながらササキの後をトコトコついていく。

 そしてササキが指揮台にあがると、持っていた球体を彼の脇に置いて、打楽器セクションへ歩いて行った。


 なんだ、あのまるっこいの?――


 部員の誰もが当惑の思いを込めて一斉にその球体を見つめる中、ササキはそんな彼等の視線を気にも留めず、鼻歌混じりで球体に付いていたスイッチをパチパチと上げていく。

 ただ一人、日笠さんだけは呆れ顔で、何か企んでいるように怪しい笑みを浮かべる指揮者と、謎の球体を交互に見ていた。

 また会長の妙な発明かしら――と。

 やがて、球体が静かな起動音をあげ、やがて鈍く光り始めるのを見届けると、ササキは満足そうに皆を一瞥する。


「全員揃っているかね?」

「はーい、まだこーへいと、かのーが来てませーん」


 と、ブレザーの内ポケットから愛用の指揮棒を取り出しながら尋ねたササキに、コンサートミストレス席に座っていた少女が面倒くさそうに答えた。


 少女の名は悠木ゆうきなつき。

 音瀬交響楽団1stヴァイオリンパートトップ。つまり首席奏者コンサートミストレスだ。

 ド派手なメイクとネイルアート。夏を満喫しているキャミソールにデニムショーツ、おまけに厚底サンダルと、いかにも「コギャル」なルックスの彼女ではあるが、ヴァイオリンの腕は部内でも随一である。

 伊達でコンミスをやっているわけではない。

 セミロングの明るい茶髪をくるくると指で弄びながら、なつきはどしますカイチョー?――といいたげにササキを見上げた。


「またあの二人か……まあいい。では、先に前座曲の読み合わせから始めることとする」


 ギリギリの人数構成で演奏せざるを得ないこの弱小オケで遅刻は割と深刻な問題だ。

 が、過去三年に渡り毎度毎度のこととなりつつあるこの事象に、皆もはや慣れっことなっている。

 もはや『想定内』であったコンミスのお約束な報告に対し、ササキは苦虫を噛み潰したように渋い顔をしながら、前座曲のスコアを取り出して指揮台に置いた。

 指揮者コンダクターの指示を受け、部員達は戸惑う様子もなく、ごく自然に前座曲の譜面をいそいそと準備し始めていた。



『L'apprenti sorcier, scherzo symphonique』


 ややもって表紙にそう書かれたスコアを開くと、ササキは指揮棒をゆっくりと振り上げる。


「三年生諸君、これが我々にとっては最後の演奏会となる。よろしく頼むぞコノヤロー」


 最高の演奏会としよう――そう付け加え、彼は指揮棒を振り下ろす。

 ササキの指揮に合わせて、ポールデュカス作曲「魔法使いの弟子」の読み合わせが始まった。



♪♪♪♪



一時間後。

音瀬高等学校音楽室前――


 前座局『魔法使いの弟子』の読み合わせはひとまず終了。

 あまり練習はしていなかったがまずまずだったといえよう。

 初合わせにしては割と吹けたカッシーは内心上機嫌だった。


 休憩時間にはいり、少年は音楽室前の廊下に出ると、買ってきていた紙パックジュースを飲みながら、壁に寄り掛かる。

 と、ブルブルとポケットの中が震えだし、カッシーはそそくさと携帯を取り出して画面を覗き込んだ。


 『件名:おにいちゃんへ』――

 

 そう書かれたメールの本文をざっと斜め読みして、少年は思わず顔を綻ばせる。


「誰からのメール?」


 やにわにすぐ隣から、透き通るような少女の声が聞こえて来て、カッシーは振り向いた。

 胸まである綺麗なロングシャギーの黒髪とは対局的な白い肌に、細い眉と大きな瞳。

 その物静かで清楚な雰囲気と相まっていかにも『お嬢様』という表現がぴったりな美少女の顔が目の前に現れて、彼は思わず身を仰け反らせていた。

 興味深げにスマホを覗こうとしていたなっちゃんは、カッシーその反応を見て、薄い唇に微笑を浮かべつつ首を傾げる。


「カッシーもしかして彼女できたの?」

「なっ、んなわけあるかっ!」


 勢いで即答してしまった自分に対して少し悔しくなり、カッシーはすぐさまにやけ面を引っ込める。

 そして誤魔化すようになっちゃんを睨みつけた。

 そんなカッシーの反応を見て、少女はクスクスと笑い声をあげる。


 この笑顔が彼女が校内で日笠さんと人気を二部する理由だ。

 魅惑の微笑。この笑顔に校内の男子は心を奪われ、ダメ元で彼女にアタックする者が後を絶たない。

 だがしかし。


「だってすごいにやけ顔だったから」

「そ、そんなにだったか?」

「うん、発情期のゴリラみたいだった」


 これだ。

 その笑顔から繰り出されるこの『毒舌カウンター』。

 変わらぬ微笑を浮かべたまま、そこから返ってくる歯に衣着せない心を抉る言葉こそ、彼女の真骨頂である。

 この見事なカウンターのために、再起不能となる者やはり多数。


 カッシーも一年生の頃は、彼女のその傾国級の外見に惚れて言い寄ってくる男子生徒が、無慈悲な『口撃』によってバッタバッタとKOされていく様を見てドン引きしていた。

 流石に三年経った今では慣れてきていたが、それでもこの少女の発言はエグい。

 まあにやけてたのは確かだし、仕方ない――カッシーは気を取り直すと、弁解するように微笑みの少女へ携帯を見せる。


「妹からだっつの」

「妹? 舞ちゃんから?」


 二年生の春休みにカッシーの部活に付き合って音楽室に来た、くりくりした目の可愛い女の子――

 なっちゃんはその少女のことを思い出しながら彼に尋ねた。

 その問いを受け、カッシーは、すっかり空になった紙パックのストローをプラプラと咥えながら無言で頷く。


 メールは今年で五歳になる妹からだった。

 音瀬高校は全寮制なので、実家には長期の休みしか戻ることができない。

 だから彼の妹はたまに近況をしたためて、こうして兄へと送ってきていた。

 最初のうちは母親に代理で打ってもらっていたらしいが、最近は自分で打って送ることができるようになったようである。

 まだまだたどたどしいものの、メールにはそのことに対する自画自賛が、毎度節々に滲み出ていたが。


「絵本を書いたから読んで感想聞かせてだとさ」

「可愛かったなーあの子。また来ないの?」

「明日来る予定」

「ほんとに?」

「ああ」


 卒演の練習もあるため、今年の夏は帰省しないつもりだ。

 そう妹に伝えたら、じゃあまた遊びに行く――と速攻で返事が来ていた。

 既に親も了承済みのようだ。少し心配だが、駅までは母親同伴らしいから問題ないだろう。

 なお、ややシスコンの傾向が見られるこの兄様は、しっかり『駅まで迎えにきてね』という約束を取り付けられていた。


「じゃあまた学校に連れてきてね」

「いいのか? 邪魔になるかもしれないぜ?」

「そんなことないわ、あんな可愛い子ならいつでも歓迎!」


 と、なっちゃんは無邪気に微笑む。

 彼女の毒気なしの純粋な笑顔は掛け値なしに可愛い。

 はたして彼女の言う通り、去年の春休みに彼の妹が遊びに来た時は、不愛想な兄に似ても似つかない、その愛玩動物のようなコケティッシュさに、部員一同萌死ぬ寸前であった。

 あの常に凛とした佇まいをしている東山さんが、眉尻をさげて笑っていたくらいだ。

 彼女が来るのであれば、オケの誰もが反対などしないだろう。

 まあ、身内が褒められるのは悪い気持ちがしない。カッシーは歓迎の意を示したなっちゃんを見て、照れくさそうにポリポリと頬を掻く。


「ありがとな、妹も喜ぶと思う」

「フフフ。あ、カッシーは来なくてもいいよ? 私達が面倒みるから」

「おい……」


 閑話休題。

 音楽室からパラパラとチューニングの音が聞こえ始めたのに気づき、カッシーは中の様子をちらりと覗く。

 どうやら休憩時間が終わろうとしているようだ。


「あーあ、主曲メインか……」

「ちゃんと練習してきた?」

「うーん、まあそれなりに」


 言葉とは裏腹に、カッシーはなっちゃんから視線を逸らした。

 一応譜面に目を通してきてはいたが、受験勉強もあったし正直あまり事前練習はできていない。


「途中で落ちないでよね?」

「うっ、わかってるっつの。そっちこそ大丈夫なのかよ?」


 元々顔に出やすい性格の少年である。無意識に口をへの字にしていたカッシーを見て、聡い少女はクスリと微笑んだ。

 さて、ぼちぼち戻らなくては。


 メールありがとう。えほんよんでおく。あしたは きをつけてこいよ。えきにむかえにいくから――


 とりあえずの返信を妹に送り、カッシーは携帯を後ろポケットにしまった。

 そこで未だ姿を見せない遅刻常習者二名のことを思い出し、彼は腕時計に目を落とす。


「しっかし、あいつら……まさか忘れてんじゃないだろな」


 既に一時間半が経過しようとしている。

 流石にそろそろ来ないと人数ギリギリのこのオケでは、主曲の読み合わせにならない。


 と――


 廊下の向こうから見覚えのある少年が右肩にヴァイオリンケースを担ぎながら、だらだらと歩いてくるのが見えた。

 やっときた――と。

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