第六章 仲間を求めて
その21-1 ZIMA=Ω
小鳥の囀りが聞こえる。
それになんだか眩しい。
まだボーっとする頭を振りながら、カッシーはむくりと起き上がると辺りを見回した。
「――ここは?」
そこは見覚えのある宿屋の一室だった。
男部屋とは微妙に異なる内装に少し違和感を覚えつつ、ぐるぐる倒錯する記憶の整理を少年は開始する。
確か俺達、盗賊団と戦ってて大ピンチになったはずだ。
えーとその後どうしたんだっけか?
危なくなって楽器を演奏して、そしたらいろんな物が動き出して。
しまいには森が動いて――
あれ……それからどうなったっけ?
そのあたりから後の記憶が全くない。そもそも俺はどうしてベッドで寝てたんだろう。
それにベッドは東山さんが全部投げてしまったはずだが復活してる。
さっぱりわからん。とにかく起きよう――
カッシーはうんっと背伸びしてからベッドから跳び降りた。
まだ身体の節々が痛いしだるい。
右手をさする。やはり手には覚えのない包帯が巻かれている。
誰がやってくれたのだろうか。
ふと、隣からいびきが聞こえてくるのに気がついた。
カッシーが振り返ると真新しいベッドで寝息を立てて寝ているこーへいの姿があった。
かのーとササキの姿は見えない。どこに行ったのだろうか。
と、そこでカッシーは重大な事に気付いて急いで窓に駆け寄った。
そういえば村はどうなったんだ!?
窓から差し込む光の眩しさに目を細めながら、彼は勢いよく窓を開ける。
空は相変わらず晴れていた。雲ひとつない晴天である。
カッシー達が初めてこの村に訪れた時と変わらない、紺碧の空だ。
音が聞こえてくる。
村の麓に響く木槌の音、そして人々の掛け声。
ようやく光に慣れてきたカッシーの目に映ったのは、村の復興のため忙しく駆け回る村人達の姿だった。
その中にはヨーヘイやぺぺ爺の姿も見える。
よかったみんな無事のようだ。思わず笑顔になるカッシー。
と、廊下から階段を駆け上がってくる足音が聞こえてくる。
やがて部屋のドアがノックされるとドアが開き、ヒロコが入ってきた。
「カッシー! よかった目が覚めたのね」
開口一番そう言って、ヒロコはカッシーへと歩み寄る。
そして少年の手を取ると嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ヒロコさん。おはよう」
「身体の調子はどう? あなた丸一日寝っぱなしだったのよ」
「え? 丸一日って、それじゃ――」
「うん。あの騒ぎからもう二日目」
俺そんなに寝てたのか――
ヒロコの言葉を聞いてカッシーは目を見開いた。
そんな少年を見てヒロコはクスリと微笑む。
「このまま起きなかったらどうしようかと思ってたところよ、本当よかったわー」
そういって彼女は手際よく全ての窓を開け放ち部屋の換気をしはじめた。
「んー、いい天気」
「あの……ヒロコさん」
「ん?」
「盗賊達はどうなったんだ?」
「やだカッシー覚えてないの?」
アハハと笑うとヒロコはカッシーの背中をバシっと叩く。
「あなた達がやっつけてくれたんじゃない」
「俺達が?」
「そう、不思議な曲を吹いたら森の木が動き出して、盗賊達をぼっこぼこにして――」
「はあ」
「その後貴方たちが倒れてるのを見つけて。村のみんなで宿まで運んだの」
身振り手振りを交え、ちょっと興奮しながらヒロコは説明していく。
ちなみに今いる部屋は男部屋の隣の部屋だったらしい。道理でなんか微妙に内装が違うわけだ。
まあ、元の部屋は東山さんが全て家具を投げてしまってすっからかんのはずだし、仕方がない。
しかしいまいち実感がわかない。カッシーは狐につままれたような表情で彼女の話を聞いていた。
「凄かったわねえ。まさかあんな魔法まで使えるなんて」
「いやあの……」
「私初めて見たわよ。道具を動かす魔法なんて!」
「ヒロコさん――」
「しまいには森まで動かしちゃうし!あんなおっきな大木をよ?あなた達どこであんな魔法習ったの?大学?」
「ごめん、ヒロコさん。俺もよくわかんないんだ。無我夢中だったから」
正直言ってあんな事が起こったのかわからない。
自分は楽器を吹いただけだ。
意外な返答をしたカッシーを見て、ヒロコは目をぱちくりとさせた。
「あらそうなの?ホントに?」
「ああ」
「そうなの。まあ、とにかく盗賊達は全滅したわ。今朝早く、騎士団がヴァイオリンへ連行してったから」
「騎士団? 騎士団が到着したのか?」
「昨日の朝早くにね。ちょうどあなた達が倒れちゃった後すぐに。まったく、もうちょっと早くこれなかったのかしら」
と、騎士団に対する不満を一通り口にしたあと、ヒロコはにっこりと笑ってカッシーの前に立った。
そして丁寧にお辞儀する。
「ありがとうカッシー。あなた達のおかげで村は救われたわ。ちょっと焼けちゃったけど、あんなのみんなですぐに直してみせる」
「いやその、お礼を言われるほどの事俺は―ー」
「ううん、あなた達は村の恩人よ!本当感謝している」
ヒロコにじっと見つめられながらそう言われて、カッシーは照れくさそうに頭を掻いた。
「それじゃ私、あなたが目覚めた事をぺぺ爺に報告してくるわね」
「そういえば、ササキさんは?」
「ぺぺ爺の家にいるわ。マユミちゃんと一緒に」
「日笠さんも?」
「うん、なんか調べたい事があるって。カノーは朝食を食べたらもうどっかいっちゃったけど、きっと村の子供と遊んでるんじゃないかしらね」
顎に人差し指を当ててちょっと考えた後、ヒロコはそう答えた。
「そうそう、起きたらぺぺ爺の家にきてくれってササキ君が言ってたわ」
「ササキさんが? わかりました」
「まずはその寝癖をなんとかしなさいな。あと寝ぼけまなこもね」
ぼさぼさ髪をしたカッシーを指して、ヒロコはクスクスと笑ってみせる。
カッシーはちょっと恥ずかしそうに口をへの字に曲げる。
「顔洗って、支度が終わったら下にいらっしゃい。朝食を用意してあるから」
「ありがとうございます」
「それじゃ私は村の手伝いがあるからまたね!」
そう言うと彼女は部屋を後にする。
カッシーは大きく息を吐いた。勝ったんだなあ俺達――と。
顔が自然ににやけてくる。ふつふつと湧いてくる実感。
「やったぞボケッ!!俺達勝ったんだ!!」
心の底から叫び声をあげ、カッシーは大笑いした。
寝ていたこーへいがその笑い声で目を覚ますのはそう遠くない未来の話だった。
♪♪♪♪
一時間後、ペペ爺の家―
「ササキさーんいるかー?」
「あ、カッシー!」
「やっとお目覚めかコノヤロー」
扉を開けて、中に入ったカッシーとこーへいを、ササキと日笠さんが出迎えた。
テーブルの対面にはペペ爺とマキコさんの姿も見える。
二人はペペ爺とマキコさんと共に、居間のテーブルを囲んで何やら話していたようだ。
「元気そうね。よかった」
「どうだ、村の英雄になった気分は?ンー?」
クックックと笑いながらササキがからかうように尋ねる。
「もう大変だったぜ。ここにくるまでもさー、みんなに呼びとめられて感謝されまくりだしなー?」
と、ちょっと疲れた顔をしてこーへいはどっかと椅子に腰かける。
しかし、みんなから感謝されてまんざらでもないようだ。
「本当によくやってくれたわい。村を代表してお礼をいいますぞ」
「私達だけじゃなく、村のみんなで頑張ったから勝てたんです」
「うむ、村のみんなも自信がついたようじゃ」
「ところで、ササキさん話ってなんスか?」
閑話休題。
一頻り話し終えたところでカッシーは、用件を思い出してササキに尋ねる。
それを受けてササキは頷くと徐に話し始めた。
「少しわかった事があったんでな。君達に話しておこうと思って、ヒロコ君に伝言をしておいたコノヤロー」
「わかった事?」
「私達の楽器の事よ」
日笠さんが神妙な顔つきで答えた。
幾分表情が元気ないのが気になり、カッシーは口をへの字に曲げる。
「少し日笠君に協力してもらって、今朝から実験していたのだ」
「実験ねえ」
「で、何かわかったんです?」
「順を追って話そう。その前に全員招集をかけてもらえないか?」
と、ササキが日笠さんにそう言うと、彼女はなっちゃんと東山さんを呼びに席を立つ。
カッシーは流行る気持ちを抑えて、とりあえず席に着いたのだった。
そして十分後―
村の子供達にイバリ散らしていたかのーを東山さんが引きずってやってくる。
さらに数分後、寝ぼけ眼のなっちゃんがやってきて全員が着席すると、ササキはどんとテーブルの上に球体の装置を置いた。
いわずもがなZIMA=Ωである。
ちなみにほんとどうでもいい話だが、今座っているペペ爺の家のテーブルには急場で直した跡が見られた。
おそらくあの夜東山さんが破壊したのを村のみんなが直したのだろう。
「ササキさん全員揃ったぜ?」
「そろそろもったいぶらないでよ、説明してくんねー?」
咄嗟の判断で楽器を吹いて村を救ったものの、何故あんな事が起こったのか全くもって理解不能のままだった。
好奇心も手伝い、自分達の楽器に起こった異変について知りたいと思うのは当然だ。
それを受けて、マキコおばさんに入れてもらった紅茶を飲んでいたササキはようやく口を開いた。
「わかった。では説明をしよう。まず、結論から言うとだな…」
立ちあがって歩きながら説明を始めたササキを皆は目で追いかける。
「我々が引き起こしたあの不思議な現象だが、あれはZIMA=Ωの暴走による副作用的な効力だと思われる」
「あの球体の装置ですか?」
「そうだ」
驚きの声をあげた一同を余所に、ササキは少し自慢げに頷いた。
「私達がこの世界に飛ばされる直前、Ωの光を浴びただろう?その光のせいで楽器にΩの暴走と同じスペックが付与されたようだ」
「んー、なんだそりゃ!?」
「ただの立体音響装置とかいうのじゃなかったんです?えっと確かブイ・アールでしたっけ?」
「私もそのつもりで発明したのだが、Ωには重大な欠陥あったのだ」
ササキはこの世界に来てから、ずっと頭の中で組み立てていた仮説を口にしながら、悔しそうに唇を噛み締めた。
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