その20 今更おそいっ!

 俺達何やってんだろう。

 こんな切羽詰まった状況で何で演奏なんかしているんだろう。

 村が危ないのにこんなことをやってる場合か?こうしている間にもどんどん火の手は広がっているのに――

 日笠さんを信じて演奏をはじめたものの、皆心の中では葛藤しながら演奏を続けている。

 が、しかし。

 

「曲に集中したまえコノヤロー。日笠君を信じろ」


 雑念は如実に音に出る。いち早く皆の迷いに気付いたササキは指揮を続けながら厳しい口調でそう言った。

 皆は慌てて曲に集中しだす。


「音楽会のことを思い出すのだ。曲に感情を込めろ」


 音楽会。あの時起こった奇跡。

 村のみんなの傷が治ったあの奇跡。

 そうだ。

 もしあの奇跡が自分達の楽器の力だというのなら。




 もう一度だけ奇跡を起こしてほしい――



 

 覚悟を決めた少年少女達は各々が奏でる楽器に思いの丈を籠める。

 

 刹那。

 楽器に変化が起こり始めた。

 そう、あの音楽会の時のように楽器が光りだしたのだ。


 吃驚して思わず演奏を止めそうになり、慌てて立て直しながら、カッシーはまじまじと自分の楽器を見下ろした。

 カッシーの楽器だけではない。

 ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ファゴット、そしてシンバル…全ての楽器が、鈍い光を放ち始めたのである。

 あの時の感触と一緒だ――なっちゃんチェロの響きが変わったのに気づき、僅かに息を呑んだ。


 曲はテンポアップして中盤に入る。

 トランペットの音を皮切りに、ヴァイオリンが旋律を奏で、チェロがピチカートを刻み――

 ファゴットは相変わらず何かが不恰好に行進するような、そんなおどけたリズムを吹き続け、曲は盛りあがりをみせていった。

 

「ムフン、出番ディース!!」


 満面の笑みで得意気にシンバルを構えると、かのーはバッフゥーと鼻息をだして構える。


 楽器の光はさらに輝度を増した。

 何かが起こる。そんな予感がカッシー達の中を走り抜ける。

 

 もし奇跡が起こるのなら。

 この村を助けてくれ!お願いだっ!――




 ジャン!――




 火花が弾けるようなシンバルのその一音は――

 『魔法使いの弟子』が放った呪文そのものだった。

 

 村中に木霊したその『呪文』を合図に。

 それらは動き出したのだ。


 一斉に。

 村のあちこちで――




「おかしらぁ!」


 あっけに取られてカッシー達の演奏を聴いてブスジマは子分の悲鳴で我に返った。


「なんだどうしたっ!?」

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あれ見て下せえ!」


 だらしなく口を開けたまま固まっていた盗賊の指先は広場の一角を指差していた。

 ブスジマは目を細めて子分が示したその指の先を見ると、顎が外れるくらい口を開け悲鳴をあげた。


「な、な、なんだありゃ!?」


 そこでは、確かに動いていた。

 いや、動いていたのではない。

 歩いていた。


「ほ、ほうきっ!?」


 ブスジマは自分の目を疑いながらもう一度その光景を見つめた。

 どう見てもさっきまで、そこら辺に倒れていたとしか思えない箒が、今は二本の足が生え、ひょこひょこと曲に合わせて歩いていたのだ。


「おかしらっ、あっちもだ!」


 別の盗賊の声が聞こえ、ブスジマは冷や汗をだらだらと流しながら言われるがままに振り向いた。

 同じくひょこひょこと軽快に歩いている鋤や鍬の姿が見えて、ブスジマは動きを止める。

 いや鋤や鍬、箒だけではない。

 村中にある、道具という道具がむくりと起きあがり、ひょこひょこと軽快に歩き始めたのである。


「ば、ば、ばかなっ!?どうなってんだ一体!?」


 ブスジマは狐につままれたような表情で呟く。


「団長、俺…夢でもみてるんですかね?」

「夢じゃないさ。俺も見てるしな」


 青年団の若者とヨーヘイもあっけに取られて歩き出した箒や鍬を見つめていた。




 動いてる?!道具が動き出した!?

 カッシーは目の前をひょこひょこと横切っていった箒や斧に、びっくりして目を見開く。

 だが今度は演奏を止めることはなかった。いや、止められなかったといった方が正しい。

 そう、この世界に飛ばされた時と同じように、また身体の自由が利かなくなっていたのだ。


 またあの時と一緒だ、どうなってるんだ一体。

 だが、今はどうでもいい。

 この村のみんなを救うことができれば、どうなったっていい。


 だから奇跡よ起これ。

 どんどん起これ。

 

 カッシーは曲に集中し黙々とトランペットを奏でていく。

 そんな少年の想いに応えるように、曲は更なる奇跡をもたらした。


 それは人の形をした光だった。

 薄ぼんやりと現れたそれは、次々と七人の近くに姿を現すと、手にした光の楽器を奏で始めたのだ。

 最初はオーボエだった。

 次にトロンボーン。

 コントラバス、ホルン、フルートにクラリネット。

 そしてティンパニーにパーカッション――

 

 ここにあるはずのない楽器の音色が曲に加わり始める。

 空耳などではない。幻覚などでもない。


 この世界へと飛ばされたあの日、あの時、あの音楽室にいた部員達の奏でる音色そのものだった。

 ブレスのとりかた、弓の返し方、アインザッツの癖…一つ一つの音色が、誰が演奏しているのかわかるくらいそっくりだ。

 

 既に制御の利かない身体の自由の中、少年少女達はそれでも目を見開くほど吃驚していた。

 だが嬉しい奇跡だ。


 みんなが傍にいる。

 みんなで演奏している。


 少年少女の『魔法使いの弟子』は、「アンサンブル」から「オーケストラ」へ変わり――

 光の向こうに皆の存在を感じ、俄然やる気の沸いてきた七人は気合も新たに演奏を続けていった。




「ど、どうなってんの!?」


 ヒロコ達と盗賊達も、突然歩きだした道具の数々にぽかんと立ち尽くしていた。

 少しゆっくりになった『魔法使いの弟子』の第1主題を背に、歩き出した道具達は地に落ちている桶を拾い、それを持って井戸から水を汲んでいく。

 そして飛び跳ねるように火に向って歩いていくと、次々と水をまいていった。


「これをあの子達が?」

「火を消しとるぞい?」


 様子を見ていたぺぺ爺とマキコおばさんは消火を始めた道具達を見て驚いてお互いを見合う。


「ぺぺ爺、こりゃあ一体?!」

「わからん…カッシー殿らが動かしているとしか思えぬ。しかしじゃ…」


 今こそ好機!――

 ペペ爺は皆を振り返って口を開く。


「あの道具達は味方じゃ。皆の衆、ワシらも消火活動じゃ!!」


 老人の号令で村人達は我に返ると、一斉に消火活動を開始した。


 村は再び騒然となった。

 歩きまわる道具達。

 消火にあたる村人達。

 それを襲おうとするブスジマと盗賊団。

 阻止しようと奮闘するヨーヘイと青年団――


 動けっ!!もっと動けっ!――

 盗賊を追い払えっ!――

 村を助けてっ!――

 みんなを護って!――


 弦楽器の伴奏に合わせて、カッシーの想いを載せたトランペットがこの曲のテーマを奏で始める。

 道具達は曲に合わせて次々と起き上がり、ついには村中の道具という道具がスキップするように動き出していた。


「ヨーヘイィィィ!」

「ブスジマぁっ!」


 そんな中、お互いの名前を叫びながら、因縁の二人は剣を撃ち合い続ける。


「散々邪魔しやがってっ!ぶっ殺してやるよっ!」

「させるかよ!絶対にこの村は護ってみせる!」


 再び間合いを取り、今度は矢継ぎ早に剣を打ち付けあう。一際大きな剣戟の音が鳴り渡った。

 かのーのシンバルがその剣戟と併せるように打ち鳴らされ、同時に曲は一瞬にして静まり返る。

 フェルマータ――主題は冒頭へと返り、ファゴットの音色が再びステップを刻みだした。


「もったいねえなあヨーヘイ。どうだおまえのその腕が惜しい。盗賊団にはいらねえかっ!?」

「誰が入るかっ!お前こそいい加減観念しろ!」

「そうかいそりゃ残念っ!!」


 これで終わりだ――

 にやりと笑ってブスジマは懐にしまってあった袋を投げつけた。

 慌てて剣でそれを受け止めるヨーヘイ。

 だが袋は刃に当たるや否や、破裂して粉を撒き散らす。


 目潰しか!?――


 気づいた時にはもう遅かった。

 ヨーヘイは粉に視界を遮られ、慌てて後ろへ跳躍して間合いを取る。

 だが視界を完全に潰された青年は、苦しそうに両目を押さえて片膝をついた。


「ヒャーッハッハッハ!卑怯なんていうなよ?俺は盗賊だからなぁ!」


 にやりと下卑た笑いを浮かべ、ブスジマは蹲ったヨーヘイを見下ろすと、その頭上目がけて残忍な刃を振り上げる。


 ヨーヘイッ!!――


 不意に聞こえたブスジマの笑い声に、カッシーは目を見開いた。

 少年は慌ててヨーヘイを助けるためにと立ち上がろうとする。

 だが、とっくのとうに楽器に身体の自由を奪われているカッシーは、当たり前だが指一本自分の意思で動かすことはできなかった。

 身体は無情にも一心不乱に曲を奏で続ける。



 勘を頼りに剣を構え、ヨーヘイはかろうじてブスジマの繰り出す剣を受けとめながら好機を伺う。

 だが、それも限界が訪れようとしていた。


「ヒャハハハ!見えねえ目でいつまで俺様の剣を止められるかねえ!」


 一際高い剣戟が響いたかと思うと、ヨーヘイの剣は宙へと弾かれた。

 バランスを崩し地に倒れた彼の咽喉元に、ブスジマの剣が突き付けられる。


「残念だったなヨーヘイィィー!!」



 曲は青年の危機を演出するかのようにさらに盛りあがり。

 大太鼓が激しくトレモロを始め、弦楽器は激しく刻みを繰り返していく。


 いよいよクライマックス――

 かのーが嵐の前の静けさをかもし出すようにシンバルをトレモロし始め、弦楽器は高音をこれでもかというほど刻みだした。。


「あばよヨーヘイ!!せめて楽に死ねますようぅにぃぃぃぃ!!」


 冗 談 じ ゃ な い っ つ ー の ! !

 頼む! ヨーヘイを助けてくれっ!!

 カッシーは祈るようにトランペットを掲げた。



 木々がざわめき始め、一斉に鳥達が空へと飛びだった。

 空気が張り詰める。

 それは、まるではちきれんばかりに膨らんだ風船が割れる直前のように…。


 高らかに少年が奏でたファンファーレは――

 

 道具達の大暴走を引き起こした。

 



 ズシン――


 地震と見紛う程の揺れだった。

 轟いた落下音と共に、激しく揺れた地面に、ブスジマは振り下ろそうとした剣を止める。

 そんな彼の身体を大きな大きな影が覆いつくした。


 なんだこれは?何だこの影は?

 なにかが、俺の、背後にいる。

 自分を覆いつくすほどの、巨大な、何かが。

 ごくりと恐る恐るブスジマは振り返り。

 そして、その先に見えた物体に言葉を失った。


 それは怒るように枝をしならせ

 今にもブスジマに襲い掛かろうと太い幹を反り上げた

 

 森の木々だった――




 周囲に嵐のように響き渡るシンバルとバスドラの豪快なリズム。

 刻み続けるヴァイオリンとヴィオラ。

 そして踊るようなトランペットの旋律。

 狂喜乱舞の世界が広がっていった。

 魔法使いの弟子が放った呪文はついに収集のつかない大暴走を起こし、道具の叛乱を巻き起こす。

 


「うひゃあっ!!」

「ひいいぃぃぃ!!!」


 チェロ村の中を悲鳴と共に逃げ惑う盗賊達を、大挙して現れた森の樹々が容赦なく追いかけていく。

 広場は跳ねまわる森の樹々によって埋め尽くされんばかりの勢いだ。


「ぺぺ爺っ!森がっ!!」

「森が…ワシらを助けてくれとる…」


 ヒロコもぺぺ爺も、呆気に取られてその場に佇むことしかできない。


 森が動き出した――

 常識を超えた天変地異が目の前で繰り広げられているのだ。

 村人達ももはや、目の前で起きている事実についていけず、呆気に取られてぽかーんとしていた。

 だがそんな村人達を護るように、大小さまざまな森の樹々は次々と盗賊達を蹴散らしていく。


 村に響き渡るのは少年少女が奏でる「魔法使いの弟子」。

 樹々の飛び跳ねる音。

 それに盗賊達の断末魔の叫び。

 この三つのみとなった。


「なななななななななああああああ!?」


 ブスジマは素っ頓狂な悲鳴をあげて剣をぽろりと落とす。

 ありえねえ! どうなってんだ!?

 なんで木が動き出す!?冗談じゃねえ、あのガキどもまさか魔法使いだったのか?!

 馬鹿な?! あんなガキどものせいで俺達が?!

 大陸最強のコル・レーニョ盗賊団パインロージン支部が壊滅だと!?

 

「冗談じゃねえ! こんなバカな話があってたまるか!」


 ひぃひぃ言いながらブスジマは広場にあった大砲目がけて走りだす。

 だが、即座に大きな大きな影が大砲と彼を覆った。

 

「なっ!?」


 唖然として空を見上げたブスジマの視界に、大きく飛び跳ね今にも落下しようとしていた巨木の姿が映りこむ。

 ブスジマは目をまん丸にして見開き、大慌てで横っ飛びをした。

 数秒後、大きな地響きが一つ起こったかと思うと、大砲は巨木の立派な根っこに押し潰され粉々に四散する。


「ひっ!! ひいいいいいいいいっ!! くんなっ!! くるんじゃねえっ!!」


 辛うじて大樹の一撃をかわすことができたブスジマは、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。

 次々と地響きが起こり、影がブスジマを囲んでいく。

 前も後ろも右も左も。視界に映るのは樹、樹、樹…。


 ああ、まさか――

 まるで森の中に迷い込んだような錯覚に陥りながら、ブスジマは周囲を見渡した。

 村人と少年少女の怒りを体現するように、七本の大樹はブスジマを見下ろすようにして幹をしならせ、ざわざわと葉を揺らめかせる。


 覚悟しろ?――


 まるでそういっているように。


「わ、悪かった、た、助けてくれ――」


 見栄もへったくれもなく、涙をだだ流しながらブスジマは土下座した。

 だが――。


『今更おそいっ!』


 判決は下される。

 かのーのシンバルを合図に、囲んでいた樹木達はブスジマの包囲を狭めていった。



「ひ……ぎゃああああああああああああああ!!!」


 激しくしなる枝木と共に、鈍い撲音が連続して村に響き渡る。

 ヨーヘイも青年団の若者も、そしてぺぺ爺もヒロコも村人達も…ただただ息を呑んでその様子を眺めていた。



 幕が下りようとしている。

 カッシーのトランペットが終焉を奏で始めた。

 魔法が解ける。

 帰って来た大魔法使いが弟子の起こした大暴走を鎮めるために、解除の魔法を唱え始めたのだ。



(あ、あれ…?)

(力が…抜ける)

(む、これは結構くるなコノヤロー)

(これ以上は弓が…)

(おーい、もうちょっとなのによー?)

(ドゥッフ、もうヤバイディス)

(ボケッ、まだ俺のパート終わってないんだ! 頼むもってくれっ!!)


 意識が遠のいていく。

 楽器に生気を吸いつくされそうになり、カッシーは歯を食いしばって意識を保つとなんとか主旋律を吹き続ける。

 やがてトランペットは盛大に主旋律を奏で終えると。

 劇の幕を下ろすが如く、そして魔法が解けるのを知らせるが如く、かのーのシンバルが大きく弾かれた。



 ジャン!―


 全ての音が止んだ。

 今までの喧騒が嘘のように、チェロ村は静まり返っていた。


 火は消えていた。

 踊る様に動いていた道具も元に戻り、その場に倒れていた。

 木々はしずしずと森に戻っていった。

 残ったのは、ボロ雑巾のようになって倒れたブスジマと盗賊達。

 そしてあっけにとられている村人達のみ。

 

 いつの間にか人の形をした光は消えていた。

 少年少女は力を使い果たし、意識を失ってその場に倒れる。

 ただ一人、意地と根性と気合で、倒れることを拒否した我儘少年を除いて。

 

「どうだっ!……吹き切ったぞ……ボ……ケ」


 ぜーはー息を付きながら、自慢気に口の端に笑みを浮かべて、カッシーはガッツポーズをすると――

 そのままの姿勢で後ろにバターンと倒れ、ようやく意識を失ったのであった。

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