第五章 Last Surprise
その18 こりゃやばくねー?
「随分と物騒なものが出てきたなコノヤロー」
月夜に照らされ不気味に佇む砲身を眺めながら、ササキは苦々しい顔で所感を述べた。
思わぬ伏兵の登場。
あれはやばい、元の世界にもあった、あの破壊兵器がどんなものかをよく知っているカッシー達はごくりと息を呑む。
「ヒャーーーハッハッハ! 残念だったなあてめーら!」
ゲラゲラと笑いながら、ブスジマはざまあみろと舌を出した。
勝利を確信したような下卑た笑みだった。
だがすぐにその笑みをひっこめると、ブスジマは怒りと屈辱の混ざった表情でヨーヘイを睨みつける。
「だが、まさかこれを使うと事になるとは思っても見なかったがなぁ……野郎ども遠慮はいらねえっ! ぶっぱなせっ!粉々に破壊しろっ!」
覚悟はいいか?――
ゆっくりとブスジマの手が上げられた。
松明の炎が大砲の導火線に近づけられる。
「みんな森に隠れろっ!」
ヨーヘイの声に反応し、我に返った一行は、蜘蛛の子を散らすように入り口脇の森へと飛び込んだ。
刹那、大轟音と共に空を切って砲弾が通過したかと思うと、入口を塞いでいた門を粉々に吹き飛ばした。
降り注ぐ破片に、カッシー達は思わず顔を庇うように覆う。
「おーい、こりゃやばくねー?」
未だキンキンする耳を叩きながら、森からひょっこりと顔を覗かせると、こーへいは大破した門を見て顔色を変えた。
「むう、ありゃあ管国の大砲じゃな。まったくどこで盗んだんだかのう」
「会長どうしましょう!? なんかないんですか?! お得意の秘策とか?!」
眉を顰めて呟いたペペ爺の横で、日笠さんはササキの胸倉を掴みながら乱暴に揺すって尋ねる。
だがササキは珍しく目を泳がせながら困った顔で首を振ってみせた。
「うーむ、情報不足だったな。まさかあんな物を持っていたとは計算外だコノヤロー」
「そんな――」
「ヒャーーッハハハ! いいぜいいぜその調子だっ! 野郎ども突撃だっ!」
『イィィィイイヤッホオオゥ!』
と、酸欠の金魚のように口をパクパクとさせていた日笠さんは、突撃を開始した盗賊達に気がつくと真っ青になりながら目を瞬かせた。
ヨーヘイは意を決すると剣を抜き、青年団を振り返る。
「青年団、食いとめるぞっ!」
「無茶よヨーヘイっ!?」
「大砲は次を撃つまでに装填に時間がかかる。そのスキをつけば――」
ヒロコの言葉に口早にそう言い返すと、ヨーヘイは森から飛び出そうとした。
しかし慌ててペペ爺が止めに入る。
「ダメじゃよヨーヘイ、大砲に近づくまで盗賊どもがほっとくわけがない」
「じゃあどうすればいいんだよっ?!」
ドン!――
と、焦るヨーヘイをさらに困らせる爆音が再び轟いた。
放たれた砲弾が再度民家を直撃し、村人達の間から恐慌した悲鳴がわきあがる。
なす術無しかよ――
ヨーヘイは悔しそうに舌打ちした。
「とにかく一度広場に退却した方がいいな、ここでは狭くて絶好の的だ」
焼け石に水だがここよりはマシ。ササキはそう言ってヨーヘイを向き直る。
同感だ、と頷いてヨーヘイは皆を振り返った。
「みんな撤退だ! 広場へ後退するっ!」
一同は森から飛び出すと一目散に広場へ撤退を開始した。
だがそれを見逃す盗賊達ではない。
「逃すかよヨーヘイ、いいようにやってくれたじゃねえか!」
おいたが過ぎた子供にはお仕置きが必要だ。
ブスジマはご満悦といった感じの笑みを浮かべ、盗賊達を振り返った。
「野郎ども! 追撃するぞ、ついてこい!」
『おーうっ!』
盗賊団は大砲を先頭に悠々と村内へ侵入を果たした。
♪♪♪♪
チェロ村広場――
這う這うの体で広場に避難してきた一同は、息を切らせながらお互いを見合った。
とりあえず広場に撤退したものの、この危機を打開するようなアイデアは思いつかない。
「どうしよう」
「なんとかしてあの大砲を破壊しないと、このままじゃどうにもならないな――」
広場に集まった村人達に避難指示を飛ばしながら、ヨーヘイは困ったようにガシガシと乱暴に髪を掻いた。
「会長は何かないんですか?!」
「至近距離に近づければ大砲も撃てなくなるのだが、あれだけガードを固められているとな」
遠くにいれば大砲の餌食、かといって近づくにしても盗賊達に阻まれる。まさに八方塞だ。
ササキは渋い顔で答える。
ドン!――
「きゃあっ!」
また轟音。
なっちゃんが思わず耳を塞いで身を屈める。
数秒のブランクの後に、新たな民家が砕け散り、今度は運悪く炎上しだした。
屋内の火元か何かが拍子で出火したのかもしれない。
「ああっ、俺の家がっ!?」
と、腹の突き出た中年男が炎上しだした家を見て、その場に崩れる。
「野郎ども暴れろっ! 暴れまくれっ!」
『イヤアアアーーホオオーーーウ!!』
広場に侵入した盗賊達はブスジマの号令の下、武器を掲げて襲いかかった。
「くそっ、追ってきやがったか」
「ヨーヘイ大変だ。火が広がってる!」
逃げ惑う村人達の中を掻き分けてやってきた若者が必死の形相で叫ぶのが聞こえる。
まったく踏んだり蹴ったりだ。だがヨーヘイは辺りを見回し、周囲の違和感に気づいて眉を顰めた。
おかしい。盗賊達は侵入したばかりなのに、火の手が次々と上がっている。
「火のまわりが速すぎないか?」
「それが……捕まえていた盗賊が逃げ出し始めてるようで――」
問い返されて、青年団の若者は悔しそうに顔を俯かせた。
なるほどな。そいつらが火をつけて回ってるってわけか。大した手際の良さだ。
ヨーヘイは唸り声をあげ、広場を駆け回る盗賊達を一瞥する。
このままじゃいずれ逃げ場もなくなるな――
「仕方ない、青年団、盗賊を食いとめるぞっ!」
覚悟を決めたように抜刀し、ヨーヘイは若者達に号令を下した。
若者達も彼に続いて一斉に抜刀すると散開していく。それを見届けるとヨーヘイはカッシー達を振り返った。
「カッシー達は村のみんなと手分けして消火を頼む」
「わかった!」
「頼んだぜ」
言うが早いが、ヨーヘイは盗賊達へ突撃していく。
村は阿鼻叫喚の修羅場と化した。
轟々と真っ赤に燃える炎がそこら中から吹きあがり、村人達の行き場をじわじわと狭めている。。
昼間のような明るさと肌を焦がすような熱気が襲いくる中、村人達は狂気に目を輝かせた盗賊達から宛てもなく逃げ惑うばかりだった。
そんな中、気丈な者は逃げ道がなくなる前に何とかしようと、懸命に消火活動に勤しむ。
無論カッシー達もだった。
しかし――
「火の勢いが強すぎる――」
盗賊達によって次々と上がる火の手に、消火活動は遅々として進まない状況だった。
「くそっ、どうすりゃいい? なんか方法を考えないと」
途方に暮れて振り返った日笠さんを見て、カッシーは悔しそうに奥歯を噛みしめる。
「カッシー!」
「なっちゃん、そっちはどうだ?」
と、ヒロコさんと共に消火活動を行っていたはずのなっちゃんが戻ってきた。
やけに早いその帰還に、カッシーは嫌な予感がしつつも尋ねる。
少女はその問いに力なく首を振った。
「全然ダメ。盗賊達が邪魔してきて思うように消火が進まないの。今恵美とかのーが追っ払ってるけど、焼け石に水で――」
「どういうことだよ。まさか青年団が押されてるのか?」
焦りの色を浮かべながらカッシーは広場を様子を眺めた。
村の青年団は勇敢に盗賊達に立ち向かっている。
しかし戦況は芳しくないようだ。
狭い入口と異なり、広場は大砲の的になり難い。だが、総当たり戦となると、数で劣る青年団は明らかに不利だった。
拍車をかけるように、捕まっていた盗賊が逃げ出して戦力に加わったようで、もはや青年団だけでは盗賊達を食いとめられなくなっていたのだ。
さらに運悪いことに、逃げ場を失った村人達が次第に広場に集まりつつあった。
火の勢いはいよいよ激しいものとなり、もはや安全なのは広場くらいとなってしまったためだ。
だが広場は今青年団と盗賊達が交戦真っ最中。
このままでは村人達を巻き込んで更なる大混乱が起こる可能性が出てきていた。
「カッシー殿ぉ~~」
と、足早に近づいて来る老人の姿に気づき、カッシーは振り返る。
「ぺぺ爺さん!」
「まずいことになった。北西と南の入り口にも火が広がっておっての、外に逃げられないんじゃよ」
「おーい、それじゃこのまま蒸し焼きじゃね?」
「それか、盗賊に殺されるかどっちかね」
もはや八方塞がり。絶望的だな――
こーへいとなっちゃんはお互いを見合って溜息をつく。
「うーむ、せめてもう少し人手があればなコノヤロー」
戦うのは無理にせよ、消火さえできれば逃げ道は確保できる。
だがこの状況ではどうあがいても火の勢いに消火が追い付かない。
いよいよもって手詰まりか――
ササキは悔しそうに歯噛みする。
「このままでは、遅かれ早かれ全滅だな」
「ボケッ、そんな事絶対させないっつーの!」
「なら君も少しは頭を使いたまえ、策の一つでも考えたらどうだ?」
「ねーよんなもん!」
ぶんぶんと首を振ってカッシーは否定した。
ササキですらこの状況を打開するような名案が思い浮かばないのだ。
カッシーには到底無理である。
だが――
「一回覚悟決めたんだ。なら最後までかっこ悪くたって足掻いてやるっ!」
もう駄目だと諦めるにはまだ早い気がする。
カッシーは皆を見渡しながら小さく頷いた。
と――
「会長、人手があればなんとかなりますか?」
人手、そう人手があればなんとかなるのなら……もしかして――
唇を噛みながら思案していた日笠さんは、脳裏をよぎった記憶に一縷の望みを託しながらササキに尋ねていた。
炎に照らされたその表情は、今までとはうって変わって希望の光を灯している。
なんだろう?――と、カッシー達は一斉に彼女へと注目した。
「どうなんですか会長?」
「少なくとも入口の火を消すだけの人手があれば、退路は確保できるだろうな」
ササキは少女の問いかけに対し肯定すると、視界正面の炎に包まれた北西の入口を見つめる。
日笠さんはその答えを受け、小さく俯いた。
もしかするとだ。確実じゃない。
でもあの奇跡が偶然じゃないとすれば、まだ私達にも道はある――
「みんな……なんとかなるかもしれないわ」
日笠さんはそう言いながら踵を返して駆け出した。
「まゆみ、どこいくの!?」
「おーい、あぶねーって」
「みんなついてきて! 火に巻き込まれる前に取りに行かなきゃ!」
「取りに行くって何を?」
「楽器よ、私達の楽器!」
叫ぶと同時に日笠さんは松ヤニ亭へと飛び込んでいった。
ササキですら彼女が何を考えているのかわからず、ただただ思案を巡らせながらその様子を伺っている。
カッシー達に至ってはさっぱりだった。どういうことだろう、とお互いを見合う。
だが今は思案している場合ではない。動く時だ。
「行こうみんな」
意を決したカッシーの言葉に、皆は一斉に頷くと日笠さんの後を追って駆け出した。
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