その17-2 か、勝った?

戦闘が開始から二時間経過、広場物見櫓の上―

 


「ふーむ、うまく行きそうじゃのう」

「まだまだ、油断は禁物です」


 ぺぺ爺とササキはつぶさにあがってくる報告を受けながら、そんな会話をしていた。

 広場では日笠さん達と村人達が連携して危なげなく盗賊を迎撃しているのが見える。

 また歓声が上がった。おそらく新たな盗賊を捕獲したのだろう。


「勝てるかの?」

「『勝てるか?』――ではなく、絶対に『勝つ』んです」

「ほほう……」

「この村に足りないのは勇気と覚悟です。自分達の村は自分達で守るというね。今ここで盗賊団に勝つ事によって、村人達は自信と団結する事の重要さを知る事ができるはず。そうすればもうこのような事が起きてもこれからは平気ですから」


 ササキは腕組みをして、にやりとほくそ笑んだ。

 ぺぺ爺は感嘆のしながら彼を向き直る。


「ササキ殿、あんたはそこまで考えて――」

「まあうちの部員達にも喝を入れときたかったのでね、そのついでです」

「会長っ!」


 と、日笠さんが息をきらして梯子を登ってくるのが見えて、二人は会話を中断すると少女を振り返った。


「どうしたコノヤロー?」

「大変なんです! 北西の道からも盗賊の姿が見えてきて!」


 口早にそう言うと彼女は慌てて櫓の上をとたとたと横切り、柵から身を乗り出しながら北西の入り口を指差した。

 だがササキは想定内とでもいいたそうに、含み笑いを浮かべる。


「やはり来たか」

「笑ってる場合じゃないですよ。どうするんですかっ!?」

「ふむ、盗賊達は馬には乗っていなかっただろう?」

「えっ!?」


 ササキはヒゲを撫でながら断言するように日笠さんに尋ねた。

 日笠さんは驚いて目をぱちくりとさせる。

 まさしくササキの言うとおり、北西の道から現れた盗賊達は全員徒歩でこちらへ向かってきていたからだ。


「どうなのかね?」

「は、はいそうです。なんでわかったんですか?」

「盗賊達は獣道を通って東の道から迂回してきたのだ」

「獣道? そ、そんなのあったんですか!?」

「ああ、今朝ぺぺ爺さんから聞いた。大方、迂回して背後から攻めようとでも思ったんだろう。単純な奴等だコノヤロー」

「そういう事はちゃんと教えてくださいよ、もう!」


 初耳だ! どうしてそういう重要な事を隠すのか――

 日笠さんは頬を膨らませながら思わず子供のようにササキを問い詰めた。


「心配ない。既に手は打ってあるだろう。あの『保険』だ」


 そう言ってササキは北西の道を見下ろした。

 確かに人影が数人、こちらへ向ってきているのが見える。

 『保険』と言われ、日笠さんは昼間の事を思い出しながら、ああなるほど、と顔を明るくした。

 

「でも、あれだけで大丈夫でしょうか? みんな東の入口の防戦で手一杯だから、これ以上戦力を割く事はできませんよ?」

「加納君を向かわせてある」

「ええっ、かのーですか!?」


 ササキの口から出たツンツン髪のバカ少年の名前に、日笠さんは心配そうに眉根を寄せた。


「かのーでいいんですか?! ほんとに?!」

「彼が適任だ。なんだえらく心配するな。ンー?」

「だ、だってかのーですよ?! バカですよ?! 作戦とか絶対わかってませんよ!?」


 ほんとにほんとに大丈夫なんですか?!――日笠さんはずずい、とササキの顔を覗き込むようにして詰め寄ると何度も確認するように言い放った。

 流石のササキもその気迫に押し切られ、うっと息を呑むと、彼はややもって仕方なさそうにふむりと唸った。

 

「そんなに心配なら、東山君も向かわせたまえ」

「わかりました!」


 日笠さんはぱっと表情を明るくすると、足早に梯子を降りていく。


「さてと、もう一押しだなコノヤロー」


 油断はできない。だが戦況は確実にこちらへ傾きつつある。

 懐から取り出したタクトを弄ぶようにプラプラとさせながら、ササキは再度戦況の分析に腐心しはじめた。



♪♪♪♪



チェロ村、北西入口――


「来たぜクソ隊長!」


 木の上から様子を見ていた村の子供がスルスルと降りてくると、かのーの下に駆けよって来て敬礼する。


「ドゥッフ~ン、ご苦労クソガキ」


 かのーは鼻息を吹くと村の門の前に仁王立ちした。


「そんじゃ準備はいいディスカオメーラ?」

『いいぜタイチョー!』

「シンバル隊! ここはイジでも守るディスヨー!」

『オーイェアーー!』


 子供達は口々にそう言って持っていた武器――と言っても木の棒やらパチンコやらを掲げた。

 程なくして盗賊達が鬨の声をあげてやって来る。


「ヒャアアッホオウウウウ!」

「見ろ、やっぱり手薄だぜっ!」


 お頭の言うとおりだった、と盗賊達は下品なバカ笑いをあげながら入り口に迫った。

 だが、そうは問屋が卸さない。


「バッフゥー! よく来たな盗賊ドモめー!」

「ここは通すわけにはいかないぜー! 俺達シンバル隊がぶっ潰してやるからなー!」

「そうだそうだーっ!」

「かかってこい、このへなちょこ盗賊どもーっ!」


 誰かいやがった――

 すっかり油断していた盗賊達は、聞こえてきたその声にぎょっと目を剥いたが、だがその声が年端もいかない子供のものだとわかると、額に青筋を立てながら速度をあげて入口へ迫った。 


「なんだガキかよ! クソ、なめやがってっ!」

「ぶっ殺してやるっ!」

「ムフ、バカドモキタワァー!」


 挑発にのってまんまと突撃してくる盗賊達を見ながら、かのーはケタケタと笑う。


「隊長そろそろじゃねーか?」

「ムフン、頃合いディース、センリャクテキテッターイ!」


 と、号令と共にくるりと踵を返し、かのーと子供達は一目散に逃げ出した。

 逃げるかのー達に気が付くと、盗賊達はますます声を荒げながら入口に突撃する。


 ずぶり――

 

 盗賊達が踏みこんだ地面が沈み始めた。

 いわずもがな、それは昼間東山さん達が気合を籠めて作り上げた「保険」である。


『へっ!?』


 落とし穴だっ!そう叫ぼうとした時はもう遅い。

 盗賊達は逃げる間もなく、まっ逆さまに穴へと落下していった。


「ブフォフォフォフォー! ザマミー!」

「やったぜひっかかったー!」

「バーカバーカ!」


 途端に上から降ってきた神経を逆撫でする罵声に、盗賊達は穴の入り口を見あげる。

 そしてそこに見えたかのーと子供達に気づき、顔を真っ赤にしながら歯を剥いて睨み付けた。


「このガキどもぉぉぉー!」

「そこを動くなっ!」


 生意気なクソガキどもだ――怒り心頭で盗賊達は一斉に穴を這い登ろうと手をかける。だが、そんな事は百も承知。かのーはにんまりと笑って子供達を振り返った。


「ムフ、そんじゃトドメいくディスよー」

『おー!』


 バカ少年の号令の下、子供達は一斉に持って来たバケツの中身を落とし穴の中にぶちまける。

 ヘビ、ムカデ、トカゲ、カエル…大量のゲテモノが一気に穴の中に降り注ぎ、たちまち落とし穴の中は大混乱に陥った。


「なんだこりゃっ!!」

「ひいいっ! ヘビッ!?」

「ヨッシャ!作戦成功ディス」

「やったぜコノヤロー!!」


 ざまーみろと言わんばかりに、かのーと子供達は手を叩いて喜びあった。

 だが――


「かのー、そこどいて!!」

「ドゥッフ!? イインチョー!?」


 自分を呼ぶ声の主を振り返り、かのーはびっくりして顔に縦線を描く。

 彼の視界に映った東山さんは。

 額に青筋を浮かべ、玉のような汗をかきながら、自分の倍はありそうな大岩を担いでいた。


「みんな穴から離れてっ!!」


 東山さんと一緒に駆けつけていた日笠さんが、子供達に向かって叫ぶ。

 かのーと子供達は一斉に穴から離れた。


「てぇぇぇいっ!」


 気合一閃。

 彼女は大きく振りかぶると、穴目掛けて勢いよく大岩を投げつけた。

 大きな放物線を描き、大岩は地響きを立てながら、見事穴の真上に落下する。


「これでよしっ!」


 手をパンパンと払いながら、東山さんは満足そうに強気な笑みを浮かべた。


「すっげー!」

「怪力女だーっ!バケモンだ!」

「……非常識過ぎるわ」

「まゆみ、なんかいった?」

「ううん、なんでもない……」


 怪力なのはわかってたけれど、まさかここまでだったとは――

 大興奮で歓声をあげる子供達を余所目に、日笠さんはついていけないと眉間を抑える。


 大岩の下からは、いつまでも盗賊達の悲鳴が響いていた。



♪♪♪♪



チェロ村東の入口付近――


「おかしらっ! 後ろに回った奴等が全滅したって!」

「なにっ!」


 大慌てで駆け寄ってきた盗賊が放ったその言葉に、ブスジマは声を裏返らせた。

 まずい。途端に余裕の表情をひっこめると彼は唸り声をあげる。


「お頭、やべえぜこのままじゃ!」

「どうしますかいっ!?」


 どう見ても昨日までの動きと違う青年団。

 そしてやたら気合の入った村人達の抵抗。

 そして統率された全体の動き。


 こいつら何やら策を弄してきやがった――

 そう盗賊達が気づいた時はもう遅かった。


 戦力は当初の半分近くにまで減ってきている。

 次第に前線は押され、盗賊達は徐々に村から離れつつあった。

 敗戦色はもはや濃厚。


「こんなド田舎の村の連中に負けてたまるかよ!」


 焦りの表情を顔に浮かべ、ブスジマは悔しそうに歯噛みする。


「おめえらこのザマで本部に戻ったらどうなるかわかってるだろ!?」


 負けてのこのこ逃げ帰ったらどうなるか。

 ブスジマは勿論残りの盗賊達も命はないだろう。

 途端に盗賊達は顔色を変え、必死の形相で何度もこくこく頷いて見せる。


「こうなったら仕方がねえ、アレを使うしかねえな」


 まさかこんな小さな村如きにアレを使うことになるとは――

 ブスジマはなんとも渋い顔で、自分を納得させるように呟いた。

 だが背に腹は代えられない。

 

「こうなったら意地だっ! 一度撤退する!」


 言うが早いが馬を翻し、ブスジマは撤退の合図を出した。

 残った盗賊達は大急ぎで彼の後に続き脱兎のごとく来た道を戻っていく。

 まったく持って見事な逃げっぷり。

 盗賊達はあっという間に視界から消え去り、村には再び静寂が戻った。


「やったぞっ!」

「勝ったんだっ!」

「俺達だけで盗賊団を追い払った!」


 一目散に撤退を開始した盗賊達を見て、ヨーヘイ以下青年団は一斉に声をあげた。

 勝利の雄たけびがそこかしこであがる。

 抱き合ったり飛び跳ねたり誰もが大喜びだ。


「か、勝った?」


 そんな中、緊張の糸が切れたのかカッシーは大きく息をついてその場にへたり込んだ。

 と、少年に向かって手を差し伸べる者が一人。


「ヨーヘイ――」


 カッシーは目の前でにへらと笑っていた青年を見上げて呟いた。


「やったなカッシー」

「ありがとう」

「礼を言うのはこっちの方だ」

「へへへ」


 カッシーはにこりと笑ってヨーヘイの手を掴み立ちあがる。

  

「カッシー!」


 と、良く知る少女の声が聞こえてきて、カッシーは声のした方向を向いた。

 喜び合う村人達の間をすり抜け、日笠さんが小走りにこちらへやってくるのが見える。

 どうやら広場の面々も無事だったようだ。


「日笠さん」

「大丈夫?怪我ない?」

「あー……えっと、大丈夫。掠り傷程度」


 開口一番心配そうな顔で少女に尋ねられ、少年はぽりぽりと頬をかきながらにへら、と笑ってみせた。

 身体中すり傷だらけの泥だらけだったが、大きな怪我は一つもない。

 まったくもって奇跡に近いが、あの乱戦の中少年はほぼ無傷だった。


 日笠さんは少年の言葉を受けると、この日一番の安堵の溜息をついた。

 そして胸を抑えながら俯いてしまう。

 その肩は小刻みに震えていた。

 

「日笠さん?」

「本当に……無事でよかった」


 きょとんとしながら名前を呼んだカッシーに、日笠さんは顔をあげると目を真っ赤にしながらにこりと笑った。

 その掛け値なしの少女の笑顔に、カッシーは思わずどきっとして顔を赤くするが、すぐに誤魔化すように口をへの字にまげながら視線を逸らす。

 日笠さんはそんな彼を見てどうしたの?――と、首を傾げていた。

 

「カッシー?」

「あーその、日笠さんも怪我ないか?」

「うん、こっちは大丈夫」


 そう言って日笠さんは村人達に交じって歓喜の声をあげているなっちゃん達を振り返る。

 皆カッシーと同じく顔は汚れていたし、所々擦り傷もあったが大した怪我はなさそうだ。


 よかった。何とか勝てた――

 カッシーは今頃になって震えだした手をぎゅっと握り締め、ようやく勝利を実感して嬉しそうににんまりと笑う。

 

 覚悟は決まった。チェロ村も守れた。

 あとは騎士団の到着を待つのみだ。

 これで心置きなくヴァイオリンに――




 ドン―




 

 と、空気が震え少年の思考はそこで中断された。

 数秒の間を置いて、轟音と共に入口付近の森の中で爆発が巻き起こる。

 メキメキと樹木が倒れる音と共に、鳥達が一斉に声をあげて飛び立っていった。


 一同は何事かと動きを止める。

 何がなんだか訳がわからず、先刻までの勝利のムードは一瞬にしてなりを潜め、再び不安の色が顔に浮かびあがった。



 ドン――

 


 再度空気が震える。

 今度はさっきより鮮明に、そして近くで。

 途端に一同の背後で凄まじい爆発と破壊音が同時に起こり、一同は思わず地に伏せた。

 

「うわああっ! 村がっ!」


 誰かの悲鳴が聞こえた。

 慌てて振り返った少年の視界に映ったのは、粉々に吹き飛び四散する入口近くの民家の姿だった。


「なにが起こってんだ一体?」


 倒壊した民家を呆然と見つめながらヨーヘイが呟く。

 刹那――


「な、なんだありゃ!?」


 と、誰かの当惑した、悲鳴に近い叫び声が聞こえてきて、皆一斉に声の主を振り返る。

 声の主は中年男達の一人だった。

 彼は目を皿のように丸くして、東の道の先を見つめていた。

 

「団長!」

「あいつらまだ!?」


 青年団が再び瞳に闘志を燃やしつつ口々に叫ぶ。

 はたして、道の先にはてっきり逃げ出したと思っていたブスジマ達盗賊団の姿があった。


 だが――

 問題は彼等ではなかった。

 中年男の悲鳴の原因は、再度姿を現した盗賊団ではなかったのだ。

 

 悲鳴の原因、それは。


 盗賊達に引かれて姿を現した。

 月の光を浴びて無気味に光る。

 車輪のついた黒い筒――


 少年少女七人は見覚えのあるその黒い筒を見て、一斉に息を呑む。

 

「ふざけんなっ! 反則だろボケッ!」


 カッシーは八重歯を覗かせながら怒鳴り声をあげた。

 

 

 

 黒い筒、それは元いた世界にも存在する、圧倒的破壊力を持つ対物兵器…。

 


 大砲であった――

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