その17-1 チェロ村の攻防
村の入り口。
広場の物見櫓からチカチカと「成功」の合図が届き、青年団の若者達は僅かに喜びを表情に浮かべる。
「よかった。うまくいったみたいだなっ!」
「よしっ、開門!みんな一端退けっ!」
ヨーヘイの号令の下、門の内側にいた男達が掛け声と共にロープを引っ張って門を開ける。
一時撤退、青年団は踵を返し一斉に門の中へ移動を開始した。
「やっぱり奴等勝ち目がないと思って逃げ出したぜっ!野郎ども突入だっ!!」
『おうっ!』
ブスジマの号令で盗賊団は馬を走らせ、青年団を追撃して村へと侵入する。
「予定どおりだ! 奴等追ってきやがった!」
大した疑問も持たずに追ってきてくれた盗賊を振り返り、してやったりとヨーヘイは笑った。
「よし、押し返すぞみんなっ! 何人かは入れて構わないからなっ!」
青年団はその声を聞くや否や一転、踵を返して再び盗賊達へ突撃を開始した。
「しゃらくせえっ! やっちまえやろうどもっ!」
「こんにゃろっ! なめんなボケッ!!」
再び盗賊団と青年団の大乱闘が始まる。
青年団が気合いで残りの盗賊団を押し返し村の外に出ると、再び門は降ろされた。
「よし、ここが正念場だっ! 気合入れろみんなっ! 絶対村を護るんだっ!」
『うおおおおっ!!!』
♪♪♪♪
一方再び広場―
作戦通りまんまと誘導された盗賊の第二陣が広場にやってくる。
「おっ、来たぞ来たぞ」
村の広場で待機していた老人がそれを見て興奮しながら叫んだ。
老人達の前には木でできた筒が横一列になって並んでいる。
「うむ、ではやろうかの。準備じゃ準備」
と、老人達の一人――ぺぺ爺はそう言って懐から紙を取り出す。
「イヤアアホオオオーーッ!」
「なんだなんだジジィがいるだけぜっ!!」
「なめやがってぇっ! 引導渡してやらあっ!」
広場に突入するや否やぺぺ爺達を発見すると、盗賊達は鬨の声をあげながら突撃を開始した。
思ったよりも早くも見つかった。老人達は顔に縦線を描いてアワワと息をついた。
「ペペ爺はよせんかいっ! 気づかれたぞい!」
「おちつけい、暗くてよく見えんのじゃよ。ええとな、まず――」
もうヒゲの長い老人が、向かってくる盗賊達を見ながらどやす中、ぺぺ爺はササキからもらった紙を読み始めた。
「だぁーっ! そんなもんあらかじめ読んどかんかいっ!」
「わかっとるわいせかすな! えっとな……『つないである導火線の先に火をつける』――じゃと」
急かされてもあまりいつもと変わりない口調でぺぺ爺はメモを読み上げていく。
「まだかのぅ? もう来るぞっ!」
「慌てるない! おっ、ついたついた」
と、老人の一人が筒に繋がっている導火線の先に火打石で火をつけると、導火線は煙を巻き上げながら筒に向かって燃えていった。
「で、次はなんじゃい?」
「うんとな『筒を発射したい方向に微調整してください』――じゃと」
ぺぺ爺が読むと、老人達はそそくさと並んだ筒を盗賊に向ける。
「あとは『安全のために離れて観賞してください』――と書いてあるぞい」
「観賞? なんの事じゃ?」
「まあええわい離れようかの」
やれやれ疲れた――老人達は各々筒から離れて様子を伺うことにした。
だがもう盗賊達は目と鼻の先にまで近づいてきている。
「死ね死ねぇ!」
「イヤッホォー!」
「おおいっ、ぺぺ爺なんもおこらんぞいっ!?」
「奴等来ちまうぞっ!」
「まあまて、『着火後数秒でロケット花火が発射されます』――って書いとるんじゃよ」
「なんじゃそら?」
「知らんがな……」
焦る老人達を諌めるように、ぺぺ爺が投げやりに言った時であった。
鏑矢のような、空を切る甲高い音がしたかと思うと、筒の先からいくつものロケット花火が盗賊目掛けて発射されたのである。
もちろん、かのーが持ってきていた花火であることはいうまでもない。
「うおおああっ!」
「なんだこりゃあ!」
「あっちぃぃぃっ! 服が! 服が!」
途端に盗賊達は悲鳴を上げて混乱に陥った。
花火の火花と爆発に馬が嘶き、必死に火から逃げようと暴れ始める。
「おおー」
「きれいじゃのー!」
「んなこといっとる場合かい、今じゃ皆の衆!」
ペペ爺はしてやったりの顔で合図をだした。
先刻と同じく、周囲に隠れていた村の人々が一斉に盗賊達に跳びかかる。
「おお? これ『人に向けて発射するのは危険なので絶対におやめください』――って書いとるけど……まあいっか」
勝鬨を上げる村人達を余所に、一番最後に書かれていた文章を読んだペペ爺は、ぽいっと紙を投げ捨てたのであった。
♪♪♪♪
再び東入口付近、門の内側――
中年男達を筆頭とした村の男達は、門の外で奮闘する青年団を援護するため、必死に石を投げ続けていた。
彼らの主な役割はご覧の通り青年団の援護の他、内側の守備および門の開閉だ。
という訳で、昼間のうちに拾いまくってた石を、皆肩が壊れんばかりに盗賊めがけて投げつけ門を防戦していたのだ。
「おらっ! くんじゃねっこのっ!」
「ふひーっ! 疲れたぁ。結構しんどいなこりゃ……」
「弱音はいてんじゃねえっ! ヨーヘイ達を援護するんだっ!」
「わ、わかってらぁ!」
だが――
「ヒヒヒーーっ! すきありだぜっ!!」
「イヤッホォーーー!」
一瞬の隙をついて、数人の盗賊が素早く馬防柵を飛び越えて中に侵入する。
「しまった、入られたぞ!」
これはまずい。
中年男達は慌てて石を投げつけ迎撃するが、盗賊達は器用に石を避けて一目散に門を制御している滑車へと走っていく。
門が開いてしまったら盗賊達が一斉になだれこんでしまう。作戦失敗は火を見るより明らかだ。
中年男達は顔面蒼白になりながら門を護ろうと盗賊達を追いかけた。
「おおっと、邪魔はさせねえぜっ!」
中年男達が追ってくるのに気が付くと、盗賊達は迎撃役と門の破壊役の二手にわかれる。
これでは間に合わない。立ち塞がった迎撃役の盗賊達を前に、中年男達は焦りの色を浮かべながら口の中で唸った。
はたして、破壊役の盗賊がとうとう滑車にたどり着き、門に繋がれたロープめがけて手にした剣を振り上げる。
「ヒャハハハハ! ざんねーんでしたっ!」
が、しかし。
パカーン、と鈍い金属音が辺りに響いたかと思うと、盗賊は剣を振り上げた格好のまま、どさりと地に倒れてしまった。
なんだ? 何が起きたんだ?
呆気に取られて中年男達も、そして彼等を妨害していた盗賊達も音のした方向へと振り返った。
そこには――
「だらしないわねあんた達、しっかりしなさいよっ!」
腕を組んで仁王立ちしたヒロコ達村の女性陣は、強気な笑みを浮かべつつ中年男達にはっぱをかける。
「ヒ、ヒロコっ?!」
「援軍にきて正解だったわね」
「すまねえヒロコっ!」
手に持つフライパンを振りながら、ヒロコは得意気にクスリと笑った。
中年男達は安堵の表情を浮かべ彼女達を歓迎する。
「礼は後でいいからしっかりやって!」
「くっ、ふざけやがってこのアマっ!」
「あーらやるっての?」
怒り心頭という感じで飛びかかってきた迎撃役の盗賊を、ヒロコはむんずと掴み、腰に乗っけると勢いよく払って地面に叩き付けた。
見事な払い腰。
潰れたカエルのような声をあげ、盗賊は背中を抑えて蹲る。
「まだまだっ!」
と、ヒロコはどすんと盗賊の上に乗ると、その右手を足で挟みこんで引っ張った。
「アイタタタ! イタイイタイ!!」
情けない悲鳴をあげて盗賊はじたばたともがくが、完全に極められた右腕によって動く事ができない。
そこを残りの女性達が囲んで盗賊をボッコボコに袋叩きにした。
あっという間にボロボロの雑巾のようなると盗賊は白目を剥いて伸びてしまう。
「女だからってなめると痛い目にあうわよっ! さあ次は?」
まだ数名いたはずだ。
パンパンと手を払って立ちあがったヒロコは、油断なく周囲を見回した。
しかし、彼女が探していた盗賊達はというと。
彼等は既に意識を失い、ぶくぶくと泡を吹いて地に積まれていた。
その盗賊達の上に腰かけて、美味しそうに煙草を呑むこーへいの姿が見え、ヒロコはきょとん、としながら目を瞬かせる。
そんな彼女に向かってクマ少年はにんまりと猫口をしながら笑みを浮かべてみせた。
「やっほ~、ヒロコさん見事な柔道技だったぜ。合わせ技で一本ってか?」
のほほんとそう言って、こーへいは親指を立てる。
ヒロコ達をフォローするようにササキから命令を受けていたこーへいは、彼女達に襲いかかろうとしていた残りの盗賊達に気づき、隙をついて伸してしまっていたのだった。
中年男達はその一部始終を見ていた。
ゆらりと盗賊達に近づいたクマ少年が、あっという間に盗賊の胸倉を掴み一本背負いを決め――
そしてそれに気づいたもう一人の盗賊が戦闘態勢に入るより前に、素早く裏投げで地に叩き伏せ――
最後の一人をゆっくりと片羽絞めで落とすところを。
なんだあの技は!? あんな技見たことがねえ――
「こりゃ女子供だからって――」
「ああ、バカにできねえな」
ただただ呆然と、その光景を見ているしかなかった中年男達は冷や汗を流しながら呟いた。
♪♪♪♪
同時刻、東入口門の外――
門の外は青年団と盗賊団、敵味方入り乱れた大激戦となっていた。
休みなく死闘を繰り広げながら、ヨーヘイは青年団の若者達を鼓舞し、的確に指示を飛ばし、そして自らも勇敢に盗賊達へ突撃していく。
戦闘が始まってはや一時間強、青年団は善戦していた。
互角、いや不利と思われていた戦局に変化が生じ始めている。
「てぇやああっ!」
同じく青年団に混じって戦っていたカッシーは気合一閃、剣を振りかざし襲いかかってきた盗賊の剣を弾いた。
狼狽する盗賊を後ろから来たヨーヘイが蹴って地面に倒すと、とどめとばかりにカッシーがその腹に蹴りを入れる。
「やるじゃねえかカッシー!」
「大分減ってきたなヨーヘイ」
「ああ、この調子ならいけそうじゃないか?」
陽動に次ぐ陽動で分散された盗賊達の数は徐々に減ってきている。
これならいけるかもしれない。カッシーは内心ガッツポーズを取りながらヨーヘイ頷いた。
一方、ブスジマ率いるコル・レーニョ盗賊団は――
「かしらっ! 青年団のやつら、おかしくねえですか?」
とても怪我人とは思えない青年団の立ち回りに、盗賊達は焦りの色を浮かべていた。
ブスジマも何かがおかしいと気付き始めている。
「それに、先に入ってった仲間から連絡がねえっ!」
「もしかしてみんな捕まっちまったんじゃ……」
徐々に減りつつある味方の数に動揺し始めた盗賊達は、一斉にブスジマの下に集まると口々に叫んだ。
「ちっ、怯むんじゃねえおまえらっ! まだ数じゃ負けてねえだろ!」
「しかしよぉおかしら」
「さっき別働部隊を送っといた。もうすぐ門が開く! それまであいつ等を釘付けにしろ!」
情けない表情で食い下がった部下に、ブスジマは案ずるなと下卑た笑いを浮かべる。
「気合入れろっ! コル・レーニョ盗賊団の名を汚すんじゃねえぞてめえらっ!」
もう少しの辛抱だと盗賊達にブスジマは剣を振り上げて喝を入れた。
『へーーーいっ!』
「そうはいくかよ! みんなもう一踏ん張りだ!」
ブスジマの声に負けじと、ヨーヘイは声を張り上げ激励を飛ばす。
青年団と盗賊団は再度鬨の声をあげつつ正面から衝突した。
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