その2-3 善は急げだ
ユカナ。正式名称『ZIMA=UNNEW:E型』。
その正体はZIMAシリーズ第二号で、高度なAIを搭載した
なっちゃん曰く、頭のネジが一本外れた非常識な生徒会長――つまりササキが、自らの仕事を補佐させる目的で生み出した自動人形だが、どうも人格プログラムを形成する際イレギュラーがあったらしく、その性格は『無気力』『低血圧』『面倒くさがり』となんともらしくないアンドロイドとして完成していた。
ちなみにパワーは三百馬力、最高速度は時速百二十kmまで出すことができるという、極めて高性能なスペックの持ち主なのだが、いかんせん上記の通りな性格であるため、残念ながらその実力を垣間見る機会はほとんどない。
いつでもアンニュイ、いつでも省エネ。
そしていつでもやる気なし――
まあ、今でこそオケの部員なら誰もが知っていることで皆驚かないが、初めて彼女が部に現れた時はそれはもう驚いた。
忘れもしない、カッシー達が二年生だった四月の放課後のことだ。
音楽室を開けたらグランドピアノにちょこんと座って、それはもうバリバリにリストの『超絶技巧練習曲』を弾いていたのが彼女だったわけである。
どう見ても人間にしか見えないほど見た目は精巧だし、やる気なさげに終始低血圧な溜息をついてるし、ほんと『人間臭い』のだ。
だから人間ではないと聞かされても、皆しばらく信じられなかったくらいである。
日笠さんに至っては、会長が遂に犯罪に手を染めて人攫いを――と、一時期本気で心配していたほどだった。
なお、彼女が自動人形である事は、部内公然の秘密であって関係者以外はその事を知らない。
音瀬高校には今二年生として普通に通学しているが、ササキがどのような手を使って彼女を入学させたのかは不明である。
それはさておき。
そんなアンニュイな自動人形が、どうやらこの世界にいるらしい。
カッシー達はお互いの顔を一度見合った後、一斉にササキへと再び視線を向ける。
「ユカナちゃんは今どこに?」
「わからん。だが反応はある」
しっかりとした位置を把握するには、まだこの世界の情報が不足している。
だが確かに反応はあるのだ。
ユカナは間違いなくこの世界に存在している。
そして先刻から応答を求めているにもかかわらず、ユカナからの応答はなしのつぶてだった。
あいつめ、絶対気づいているのに、面倒くさがって無視しているに違いない――先刻ササキが渋い顔を浮かべた理由はそのような理由からだった。
「我々はこの世界に飛ばされた、しかしユカナの反応は別の場所からある。同じ『音楽室』で演奏をしていたのにだ」
「つまり他のみんなも、ユカナちゃんと同じように散り散りに飛ばされた可能性があると?」
「そうだコノヤロー」
なっちゃんの言葉にササキは頷いてみせる。
と、途端、六名の少年少女は一斉に表情を明るくしていた。
つまりだ。
どこかはわからない。
けれど、皆この世界のどこかにいるということだ。
現金なもので、それがわかっただけでも随分気持ちが楽になった。
ここがどこか?
そしてどうして飛ばされたか?
そして皆はどうなったのか?――
ササキの言葉でいえばまだ『仮説』ではあるが大体わかった。
ならやることはもう決まってる。
目標が見えてくると、行動に移るのが早いのは、彼等の数少ない長所の一つだった。
「んじゃどうすっか?」
「んー、闇雲に探すのはまずくね?」
「そうね、まずは情報収集かしら」
「工具の調達も希望するコノヤロー」
「この世界って人……いるのかしら」
「神殿?……を作るくらいの文明はありそうだけれど」
三人寄れば文殊の知恵。六人寄ればさらに倍――とまではいかないが。
さっきまでの険悪で、途方に暮れるしかない雰囲気が嘘のように、トントン拍子で話はまとまっていった。
そして数分後――
「じゃあ決まり。まずはここを移動ってことでいい?」
日笠さんがパンと手を打合わせながら尋ねると、一同は異議なしと賛同するように頷いてみせる。
全会一致で決まった今後の行動は、即ち『場所の移動』――
ここにいてもZIMA=Ωを直せそうにないし、皆を探すにも色々な資材を調達する必要がある。
幸運にも先刻周辺を探した際に、小さな道をこーへいが見つけていたのだ。
そう、『道』という人工物があるということはだ。
この『道』を辿っていけばこの神殿らしき建物を造った『知的生命体』に会えるかもしれないということだ。
願わくばその知的生命体が『人間』であることを祈りたいが。
とにかく、もしかしたら『村』や『町』があるかもしれない。
そこまで行かなくとも集落のようなものがあるかもしれない。
あの道を下っていけばきっとなにかある――
カッシー達はそう結論に達したのである。
「そう遠くないといいのだけど――」
険しい表情で東山さんが心配そうに呟く。
誰もが同じ懸念を抱いていたが、こればっかりは賭けだ。
「いつ出発する?」
「善は急げ……だろ?」
皆の意見を伺うように尋ねた日笠さんに向かって、聞くまでもないとカッシーは即答する。
野晒しにされ、風化しかけた柱が囲うだけのこの建物ではライフラインが心細い。
皆ほとんど着の身着のままの状態なのだ。当然水も食べ物も持っていない。
ここにいては、あっという間に食料難に陥るのは目に見えていた。
ならば一縷の望みに賭けて移動したほうが得策だ。
てなわけで。
早速出発!――と一同は立ち上がった。
と、その時。
「ドゥフォフォー! オーイ、みんなー大変ディスよー!」
せっかくの良い雰囲気に水を差すようなケタケタ笑いと共に、おかしなイントネーションの日本語が聞こえて来て、気勢を削がれたカッシー達は脱力する。
そうだったこいつを忘れていた――
振り返ったその視界に、丘の上から軽快に走ってくるツンツン髪の少年を発見し、カッシーは額に大きな青筋を浮かべる。
彼こそが見つかった七名のうちの最後の一人。
名前を
ツンツンに尖ったスパイキーヘアと太い眉。
それに携帯の顔文字で表現できそうな、糸のように細い目。
人をおちょくるようなうすら笑いを浮かべた逆三角形の口をしたこの少年は、何を隠そう小三から中学までアメリカにいた所謂帰国子女である。
だが、それを差し引いても日本語がおかしい。いや怪しいといった方がいいだろうか。
性格は一言で言えば『バカ』。冗談抜きで本当にこの一言で全てを表せる、何考えているかわからないオケ随一の超問題児だ。
閑話休題。
かくして、これで七名揃ったわけだが。
「かのー! てめー今までどこ行ってたこのボケッ!」
「ムフ、カブトムシ獲っテタ」
やってきたかのーを睨みつけカッシーが尋ねると、ワシャワシャと六本の肢でもがく、それはそれは立派なカブトムシ(ぽい生き物)をかのーはドヤ顔で見せつけていた。
途端虫が大嫌いな、なっちゃんが詰まった悲鳴をあげてこーへいの後ろに隠れるように飛び退く。
「幼稚園児かおまえは! さっさと捨ててこいっつの!」
「まったく、なんであなたは集団行動ができないの?」
今後の方針を決める重要な話し合いをしていたというに、顔すら見せず一人勝手な行動をしていたバカ少年に対し、流石の日笠さんも怒り気味で問い詰める。
まあ、仮に参加していたとしても、このなにも考えていないバカ少年が話について行けたかは疑問なのだが。
それはさておき、皆の呆れと怒りを全く気にする素振りも見せず、かのーはケタケタ笑いながら話を続けたのだ。
「それよりなんかネー、なんかチカチカチカ光ってるのが見えるんディスよ」
「チカチカ?」
「ムフン、そうディース、あの丘の上で花の蜜吸ってたら見つけタヨー」
「んなモン吸うなよ……」
ん、ちょっと待て――と。
かのーの話を聞いたカッシーは、途端何かを閃いたように動きを止める。
チカチカ? 光?
もしかしてだ――
「で、それがキレーでサー?」
「かのー!」
バカ少年の話をぶった切り、カッシーは鬼気迫る形相でかのーに詰め寄った。
そしてぐわしっとその首を掴んで引き寄せる。
「ケプッ!? ちょ、カッシー……苦し――」
「それどこだ?! その光どこで見た?」
「丘って言ってるデショー! 死、死ぬディス! 離してプリーズ!」
そんなバカ少年の嘆願に全く聞く耳を持たず、顔を青くして悶えるかのーを引き摺って、カッシーは足早に丘を駆け上がっていった。
「光ってどこだかのー? 適当なこと言ってるんじゃないだろうな?」
息を切らせて少年が到着したそこは、先刻黄昏ていたあの丘の上。
丘から見える景色を一望した後、カッシーは訝し気に引き摺ってきていたかのーを振り返って睨みつける。
どこだ、その光って。
さっきここで景色を眺めていた時は何も見えなかったが――
「だからあそこディース! バカッシー目悪いな!」
「うっさいボケッ! ちゃんと教えろっ!」
「ドゥッフ! アーソーコー!!」
ズビシィっとかのーは正面から僅かに左に寄った森の中を指差した。
丘下から吹き上げてくる風に目を細めながら、カッシーは注意深くかのーが指差した森の中を探る。
「……あった!」
見えた。確かに光っている――
カッシーは思わず、口元に笑みを湛える。
はたして、チカチカと何かを連絡するように、まるでモールス信号のように不規則に光が放たれているのが見えたのだ。
その光が放たれていた場所にあったのは。
本当にぽつぽつとだが。
ここからでは豆粒ほどの大きさにしか見えないが。
だがそれは――。
「カッシー、どうしたの急に?」
「日笠さんみっけたぜ!」
少年を追いかけて丘を登ってきた日笠さんを振り返り、カッシーは興奮気味に叫んでいた。
そしてもう一度、狙いを定めるようにゆっくりと光を指差してみせる。
なんだろうと、日笠さんは目を細めて少年の指さすその先を見つめた。
「あそこだ。あそこを目指そう!」
少年が指差した先――
そこには、確かに小さな集落らしきものが存在していたのだった。
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