その2-2 なんでこんなことになったんだ?

 俺達は確かにあの音楽室にいた。

 音楽室でただ、卒業演奏に向けて合奏Tuttiしてたんだ。

 あの放電、あの眩い光。

 演奏がやめられなくなって、視界が真っ白になった。

 それは目の前の生徒会長が合奏の直前に持ち込んでいた、謎の球体が放っていたように少年には見えた。

 そして気づいたらこの奇妙な建物の中にいたのだ。

 

 アンタの説明でここが異世界なのはわかった。

 けれど何故こんなことになったのか――


 カッシーはやや切れ長の目を真っ直ぐにササキへ向け尋ねていた。

 はたして、その問いを受け、ササキは僅かに目を泳がせたがすぐにいつもの冷静な表情に戻る。

 

「それは――」

「――あの丸い装置のせいだろ?」


 食い気味に被せてきた少年の言葉にササキは確信した。

 彼は既に自分の中でに辿りついている――と。洞察力に優れたこの生徒会長は、射貫くように自分を見据える少年の瞳から瞬時に悟っていた。

 少年曰く、『あの丸い装置』――それは自分が持ち込んでいた球体装置のことに他ならない。

 あれは確かに光っていた。自分が最も傍にいたのだ。見間違えのしようがない。

 詳細はあの球体装置をきちんと調べてみなければわからない。

 そして仮説の範疇も超えていない。


 だが全ての責を負う覚悟は既にある。

 敢えて答えなければならないだろう。

 何故ならば――


 このような事態となったのは、まず間違いなく自分が作ったあの装置のせいだからだ。


「――その通りだ。ただのVR装置だったのだが、何らかのイレギュラーが発生してこのような事態が起こったと思われる」


 しばしの間を置いてササキは答える。

 わかってはいたが、返答に躊躇いが生まれてしまった。

 

 

 刹那――

 

 

 石畳を蹴り上げる音がして、少年の足元に砂埃が舞い上がる。

 目を剥いて飛び掛かったカッシーは、周りにいた仲間が止める間もなく、ササキの胸倉を掴んで引き寄せていた。

 まるで犬のように唸り声をあげ、歯を食いしばり、少年はササキを睨みつける。


「ご大層に仮説だのなんだの解いて偉そうに……全部アンタのせいだったんじゃねーか!」

「結果だけみればそうなるな。我ながら信じがたい事態だコノヤロー。などという非現実的な現象を起こしてしまうとは」


 まるでSFだ。

 三流小説だ。

 非常識極まりない。

 

 だがそれでも。

 この現実を認めなくては解決には至らない――

 

 現実主義の塊でもあるこの生徒会長はそのことをよく知っている。

 だからササキはカッシーの怒りに満ちた視線から決して目を逸らそうとしなかった。

 

「ふざけんな! 勝手に俺達を巻き込みやがって!」

「待ってカッシー、違うの! 会長は私達のために協力して――」


 握りしめられた少年の拳が今にも振り上げられる気配を感じ、日笠さんは立ち上がりざまに彼を諌める。


「――かまわん日笠君」


 だがササキは被せるようにしてそれを制した。

 先も言ったが、全ての責を負う覚悟は既にある。

 そう、とうに自分の腹は決めているのだ。


「どうしてくれんだボケッ! 演奏会どころじゃねーよっ!」


 冗談じゃない。

 気が付いたら山の中。しかも別世界だとこの生徒会長はほざきやがった。

 おまけに部員はここにいる七名以外、行方不明。

 


 冗談じゃない!

 それじゃ舞はどうなる?

 あいつ駅に迎えに行かなければならないのだ。きっと待ってるし!

 


 冗談じゃない!!

 俺 達 一 体 ど う な る ん だ ! ?

 


「責任とれよこのクソ会長っ!」


 睨みと共に放った憤りを真っ直ぐに受け止め、だがなお動じないササキに対し、やり場のない不安が少年の中で爆発する。

 刹那、怒りに任せて大きく振りあげた右拳を、カッシーはササキ目がけて振り下ろしていた。


 だがしかし。

 ドン!――と、腹の底へ響いてくる破壊音と共に、その場にいた一同の身体が一瞬宙に浮き、我に返ったカッシーはササキの顔面ギリギリまで繰り出していた右拳を止める。

 

 この音の正体はわかってる。

 この破壊音を生み出した主もわかってる。

 こんな事できんのは一人だけだ。

 そしてこれは警告だ。彼女の俺に対する警告だ。



 けど、ちくしょう。

 

 

「え、恵美……」

 

 はたして。

 目をぱちくりさせながら呟いた日笠さんの声に導かれるようにして、カッシーが振り向いたその先では、石畳に小さなクレーターを生みだし、凛とした表情で双方を見据える東山さんの姿があった。


 そう。これが彼女のちょっと特異な特技。即ち、生まれつきの馬鹿力、超怪力。

 その小柄な体格からは想像もつかない程の力を持った少女なのだ。

 噂では幼少の頃、動物園から脱走した熊をたった一撃で屠ったとか。

 小学校の頃、たった一人で同学年全員を相手に綱引きに勝ったとか。

 中学校の頃、地元で有名な暴走族をたった一人で壊滅に追い込んだとか。

 はたしてどこまでが噂なのかわからないが、とにかくとんでもない怪力の持ち主なのは確かだ。

 そしてその『音高無双』の少女は今、生みだしたばかりのクレーターから拳を抜き放ち、眉間にシワを刻む。


「柏木君、風紀委員の前で揉め事起こすなんていい度胸ね?」

「止めんな委員長。こいつのせいでこんなことになってんだぞ?!」

「それ以上続けるなら、私が相手するわ」


 理由はどうあれ、私の前でトラブル揉め事は許さない――ゆっくりと拳を納めた東山さんは、ワントーン下げた威圧的な口調ではっきりとカッシーに警告した。


 ああ、そういえば俺、今日の練習遅刻した分お説教まだだった――問答無用で『一触即発』の雰囲気が漂う中、こーへいだけは密かに自分に訪れる未来を、場違いにも嘆いていたが。


 葛藤するように息を殺し、耐える様に唸り声をあげていたカッシーは、握っていた右拳を力なく降ろす。

 しばしの沈黙の後、彼は大きな溜息をついて肩を落としていた。

 

「くそっ……わかったよッ!」


 そう言って舌打ちすると、カッシーは無念そうにササキから手を放す。

 そして元いた場所に戻ると、再び胡坐を掻いて座りこんだ。

 ガシガシと乱暴に髪を掻きながら頬杖をついた彼を見届けると、東山さんはパッパと手を払いその場へ座りなおす。


「柏木君、私は否定も言い訳もしない、すまなかったと思っている。だがあえて言わせてもらおう。今は争う時ではない」


 ササキは乱れた胸元を正し、ネクタイを締めなおすと、小さく息を整えてカッシーを向き直った。


「ざけんなボケッ! そう簡単に気持ちを切り替えられるかってんだっ!」

「カッシー、もう止めて!」


 再び頭に血が上り食って掛かろうとした少年を、日笠さんの悲鳴に近い叫び声が制する。動きを止めたカッシーは、目を潤ませて自分を見つめている彼女に気づくと、バツが悪そうにぷいっとそっぽを向いた。


 はたして、あわや大乱闘の危機は免れたものの、依然として険悪な雰囲気は続いたまま。

 長い長い沈黙。誰も何も言葉を発さない。

 聞こえてくるのは遥か上空を舞う大鳥の鳴き声のみ。

 

 やり場のない不安と、怒りと、絶望――

 それはこの場にいた全員が抱いている感情だ。

 だからこそ怒りを爆発させた少年を、誰も責めようとはしなかった。

 

 だがしかし。 

 それを喧嘩や現実逃避で誤魔化そうとしても何も解決しないのだ。


 ササキの言う通り、今は争っている場合ではない。

 六人の少年少女は様々な想いを巡らせる。



 と――



「んー、まーとりあえずよー?」


 いつまでも続くかと思われた気まずい沈黙を破ったのは、意外にもマイペースなクマ少年だった。

 皆は一斉にこーへいに視線を向ける。


「元の世界に戻ることって、できねーの?」


 こっちの世界に飛ばされた原因が、あののせいなら、戻ることもできるのではないだろうか。

 勿論根拠はない。相変わらずの勘ならではであったが。

 癖である猫口を浮かべつつ、こーへいはササキに尋ねた。


 しかしそんな彼の疑問に、ササキは首を振ってみせる。


「現状では何とも言えんな。もう少しZIMA=Ωを調べてみないことには」

「ジーマオメガ?」

「あの球体の装置の名前だ」


 聞き慣れない単語が出て来て、鸚鵡返しに尋ねた日笠さんに対し、ササキは簡潔に答えていた。

 この生徒会長は自分の発明品にシリーズ名として『ZIMA』の冠をつけている。

 ちなみに件の球体装置彼の四つ目の発明品らしい。

 

「だが異世界に飛ばされたのは、十中八九Ωが原因であることは間違いないだろう」

「その言葉、きちんと調べてみれば、戻る方法が見つかるかもしれない――そう受け取っていいのよね?」

「或いは――な」


 まだ仮説の段階だが、方法論としては間違ってないはずだ。

 なっちゃんの言葉にササキはそのとおりと頷いてみせる。

 

「なら、さっさと調べてくれよ」

「まず修理せんことには調べることもできん。修理が先だ。だが工具がないことにはそれもできん」


 黒焦げの球体と化したZIMA=Ωの回路はショートして機能を完全に停止していた。修理をしないことには調査もなにもあったものではないのだが、先刻東山さんとなっちゃんが調べた結果では、あの建物の中には音楽室にあったものがほぼ残っていなかったのだ。

 当然工具として使えそうなものもこの場にはない。故に修理しようにもできない状況なのである。

 憮然とした表情でそう答えたササキに対し、だがカッシーは鼻の穴ををぷくりと膨らませながら嘆息する。

 

「んじゃ、結局無理なんじゃねーか。期待させやがって」

「無理とは言っていない。工具があればできると言っているだろう?」

「んなもん手で何とか直せっつの」

「クックック、実に原始的な提案だ。柏木君、君のオツムは石器時代のサル以下か? ン―?」

「な ん だ と ?」


 と、先刻の燻りがまだ残っている二人は再び小競り合うように身を乗り出してお互いを睨みつける。

 が、しかし、途端に東山さんがコホンと咳払いしたのが聞こえてきて、二人とも悔しそうにそっぽを向いていたが。

 まったくもう、この二人は相性が悪いなあ――やれやれと日笠さんは額を抑える。


「元の世界に戻る方法も大事だけど、他のみんなのことも気になるわ」

 

 閑話休題。

 顎に指を当て、頭の中で状況整理を行っていたなっちゃんは、懸念していたもう一つの事案を口にして皆を一瞥した。

 戻る方法が分かったとしても、他の部員をこのままにしておくわけにはいかないのだ。なっちゃんは、意を決してササキを向き直る。


「ササキさん、確認したいのだけど――」

「なんだね」

――という可能性は?」

 

 いくら周辺を探しても誰一人として見つからなかった。だがいないのではなく、元々自分達だけが飛ばされたのだとしたら?――彼女は、現状を整理しながら別の可能性を考えていた。

 しかしその問いに対しても、やはりササキは首を横に振ってみせた。

 

「それはない。皆この世界に流れ着いていると考えたほうがいい」

「そういえば、会長さっき言ってましたよね? 仮説と合わせるとつじつまが合う――とか……もしかしてそれと関係あるんです?」


 現状整理のためにここに集まった時、彼は既にここに皆がいないことを知っているような口ぶりだった。

 あれは一体どういうことなのか――日笠さんはササキに答えを促す。

 と、ササキは徐にスマホを再び取り出すと画面を確認しながら口を開いた。


「この世界からユカナの反応がある」


 ――と。

 

「……ユカナって――」

「あのユカナちゃんかよ?」

「ああ、そうだ。あの『自動人形アンドロイド』のな――」


 そこまで言って、彼は実に不機嫌そうに眉根を寄せ再び携帯に視線を落とした。

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