その3-2 ち ょ っ と 待 て !

「ん? んんー?!」



 空耳じゃないよな? 今確かにいてっ! ――って聞こえた。

 カッシーは目を見開くと日笠さんを振り返る。

 彼女も茂みの様子を伺っていたが、カッシーの視線に気が付くと無言で頷いてみせた。

 間違いない。誰かいる。

 しかもいてっ!――ってことはだ。

 そんな鳴き声の動物がこの世界にはいないことを祈りつつ。

 

 これはもしかして。

 

 探していた待望の

  

 知的生命体?!――

 

 

「おい! 誰かいるんだろ? なあ!」


 なりふり構わず、カッシーは川向こうの茂みに向かって叫ぶ。

 だが返事はなかった。

 

「おーい、姿見せてくれ! 助けてほしいんだ!」


 さらに声を上げてカッシーは叫んだ。

 やはり返事はない。

 

「なんで返事してくんないんだよ……」

「もしかしてクマとかかな?」

「クマは『いてっ』とは言わないだろ。こーへいじゃあるまいし」


 まあこっちの世界には喋るクマがいる可能性が無きにしも非ずだが…普通に考えてそれはないだろう。

 なんか段々腹が立ってきた。

 なんで無視するんだよ? もしかして言葉が通じないとか? うーん、それはあり得るが――

 カッシーは大きく息を吸い込み、ダメ元でもう一度話しかけようとする。

 

 と、今度は反応があった。


 そう。

 

 『返事』ではなく

 

 『反応』であったが。


 それは向こう側の茂みから突如飛び出したかと思うと、闇を貫いて川を飛び越え――


 ザクッ!


 ――っと、放物線を描き、少年の足元に突き刺さった。


 叫ぶ一歩手前のポーズで固まりながら、少年は未だ細かく振動する鋤の柄を凝視して青ざめる。


「あ、あぶねーなっ! いきなり何すんだボケッ!」

 

 

 と――。

 

 

『うおおおおおおおおおおーっ!』



 月光の下、鬨の声をあげながら数十人の影が一斉に茂みから飛び出し川を渡りはじめたのだ。

 ひっ? と、傍らから、日笠さんの可愛い悲鳴が聞こえてくる。


 ち ょ っ と 待 て !


 俺達なんかしたか?! いや…石が当たったかもしれないけど、そんな怒ることじゃないだろ。

 わざとじゃないんだし。だがなんかやばそうだ。

 いや確実にやばい――

 どう見ても自分達めがけて怒号と共に突撃してくる集団を見て、カッシーは顔を引きつらせながら思わず後退った。

 そして意を決すると少年は踵を返す。

 

「日笠さんこっちだ!」


 川はそんなに深くないようで、突撃してくるあの集団がすぐにこちらへ渡り切るのは明白だった。

 捕まったらただじゃすまなそうな雰囲気だ。

 カッシーは日笠さんの手を引っ張って脱兎の如く走り出した。


「みんな起きろっ! 逃げるぞ!!」


 足場の悪い河原をなりふり構わず、転びそうになりながらも走り抜け、カッシーは焚き火に向かって叫んだ。

 と、むくりと焚き火の傍で人影が起きるのが見える。

 目を覚ましたのは、こういう時一番頼りになりそうな風紀委員長の少女。

 

「……どうかした柏木君?」

「委員長やばい! なんか来た!」

「何かって――」


 まだ寝起きで頭がぼーっとしているようで、東山さんは不機嫌そうに目を擦りながら、駆け寄ってくるカッシー達に尋ねた。

 が、すぐに二人の後ろに鬨の声をあげて迫ってきている集団に気づき、眉間にシワを寄せながらカッと目を見開く。

 

「あなた達……一体何したらこうなるの?!」

「たまたま石が当たっただけだ!」


 滑り込むように到着したカッシーは、息を切らせながら東山さんに答えた。

 それだけにはどう見ても思えないけど――東山さんはやれやれと立ち上がると、仁王立ちで集団を睨みつける。

 

「カッシー!」


 日笠さんの上ずった声が聞こえて来て少年は振り返った。

 大量の人影が焚き火の光に群がるように押し寄せ、自分達を囲もうとしているのが見える。

 これはまずい!――


「囲まれる?!」

「何事だ、騒々しい……」

「んー、もう朝かー?」


 やっと目が覚めたササキとこーへいが、やはり寝ぼけ眼で起き上がり、先刻の東山さんと同様に驚愕の表情のまま固まる。

 ボケッ! その表情はもう見飽きたっ!――

 カッシーは舌打ちすると、日笠さんと東山さんを庇うように前に立ち、傍らにあったかのーの棒を手繰り寄せた。

 武器とすら呼べないが無いよりましだ。

 

 と、そこで集団の正体に気づき、少年は眉根を寄せてさらに目を凝らす。

 

(人……だよな?)


 焚き火の灯りの下、鮮明となった影の正体はどう見ても『人間』だった。

 さらに言えば全員『男』だ。しかも若い。

 数はざっと見積もっておよそ二十人。結構な数だった。

 全員、欧州の農民が着るような、アンティークな西洋風の出で立ちに身を包んでいる。

 これがこの世界の服装だろうか。かなり古いが、なんとなく自分達の世界の服装と似ているきがする。


 でもよかった、どうやらエイリアンとか鳥人間とか人外の知的生命体ではなかったようだ。

 こんな状況なのに何故だか嬉しくなり、カッシーは口元を緩めた。

 だが、傍らにいた東山さんがジロリと睨んでいることに気づくと、彼はすぐに表情を引き締める。

 しかしまずい。逃げ道を絶たれた。もう逃げられそうにない。

 槍や剣の他に鋤や鍬などさまざまだったが、男達は各々緊迫した表情でそれらを携え、自分達を睨みつけているのが見て取れる。

 そして誰もが殺気だってるのは一目でわかった。

 だがカッシーは、精一杯の虚勢を張って男達を睨みつける。


「な、何なんだよおまえらは!?」


 やはり返事はない。

 男達は険しい表情のまま、じわりじわりと包囲を狭めてくるのみだ。

 東山さんは臨戦態勢よろしく拳を握りしめ、ネコ科の動物が獲物を狙うように身を屈める。

 

「よせ、東山君」


 と、ササキがそれに気づいて彼女を制した。

 いくら彼女でもこの数を相手に丸腰で挑むのは無謀すぎだ。

 下手すると乱戦で他の皆に危険が及ぶ可能性がある。


 無念。

 ササキの意図を理解して、東山さんは悔しそうに構えを解いた。

 囲みはどんどん狭くなり、もはやカッシー達との間は数メートルにまで迫っていた。


「ちょっと待ってくれ。石をぶつけたのは謝るから!」

「話を聞いてください、お願いします!」


 そうだ、落ち着け。話せばわかる。

 と、カッシーと日笠さんが同時に叫んだ時だった。


 張りつめていた緊張が一気に弾ける――


「今だ!」


 誰かのその声を皮切りに。

 堰を切ったように、若者達は一斉にカッシー達に飛びかかった。


「お、おいっ!?」

 

 冗談じゃない! どうするつもりだ!?――

 刹那、背中に強い衝撃が走り、カッシーはくぐもった声をあげる。

 槍の柄が少年の背中に振り下ろされたのだ。

 たまらずカッシーはもんどりうって倒れた。手にしていた棒が、乾いた音を立てて河原に落ちる。


「ぐっ!?」


 あっという間に数人の若者が馬乗りになり、少年は縛りあげられてしまった。

 混戦となった視界の中で、日笠さんやこーへい達も次々と取り押さえられていくのが見え、カッシーは悔しそうに呻き声をあげる。

 

「ブッフォー!? 何ディスかおまえらー!?」

「…………は!?……誰!?……ちょっとどこ触ってんのよ?!」


 と、ようやく目が覚めたのであろう、残る二名の悲鳴が聞こえてきた。

 案の定、雁字搦めに縛られ、ミミズのようにのたうつかのーと、寝起きで不機嫌そうに端正な眉を吊り上げたなっちゃんの姿が見えて、顔を上げたカッシーは、呆れと苛立ちの混じった唸り声を口の中であげる。

 こんな状況になるまで目が覚めないとは、こいつら一体どういう神経してるのか――と。


 そんなこんなで。

 時間にしてものの数分もかからなかっただろう。

 元々相手にならない戦力差、勝敗は明白だったのだ。

 七人はあっという間に全員ぐるぐる巻きにされ、強引に地べたに腹ばいにされる。


「待てって言ってんじゃねーか! 少しは話聞いてくれてもいいだろ!」


 エビ反りに身体を持ち上げて、カッシーは周囲の若者を威嚇するように吠えた。

 しかし即座に武器を突き付けられて、仕方なく少年は口を噤む。


 どうなってんだこりゃ。俺達が何したってんだよ――

 取り付く島もないとはこのことだ。

 カッシーは悔しそうに舌打ちする。

 

 

 と――



「やれやれ、社を荒らしてる連中がいるって報告があって来てみれば――」


 やにわにそんな声が聞こえて来て少年はんん?っと顔を上げる。

 

「うーむ、どうみてもまだ子供じゃねーか、どうなってんだ?」


 声の主であるその人物は七人の前までやってくると、屈みこんで彼等の顔を覗きこんで呟いた。


 訝し気にその人物を見据えた少年の瞳に映ったのは、日に焼けた浅黒い肌を持つ黒髪の青年だった。

 やや垂れ目で、無精ひげを生やし、肩までの髪を無造作に後ろで束ねている。

 誰だこいつは――カッシーは隠すことなく怒りを瞳に浮かべ、無言の抵抗を青年へと見せた。


「盗賊じゃあないみたいだが……怪しい連中だ」

「盗賊!? んなわけねーだろ! さっさとこれ解けよボケっ!」

「カッシー落ち着いて」


 怒りに任せて威嚇するように叫んだカッシーを、日笠さんが慌てて宥める。

 下手に刺激したらどうなるかわからない状況なのだ。

 威勢のいいガキだな――カッシーの反応に『にへら』としまりのない笑みを口元に浮かべ、青年は苦笑した。

 

「ヨーヘイ、こいつらこんなモン持ってたぞ」


 さて、どうしたものか――

 と、手にした剣でポンポンと肩を叩きながら思案していた青年の下に、焚き火の近くを調べていた別の若者がやってくる。

 そして青年へと手にしていた物を見せた。

 いわずもがな、それはケースにしまわれた少年少女達の楽器。

 彼らの持ち物なんてこれしかないのだ。

 

「なんだこりゃ? こんなモンあの社にはなかったはずだけど」

 

 垂れ目の青年は興味津々といった感じで、楽器を眺めながら呟いた。

 初めて見る物に対しての驚きと関心がその表情からは見て取ることができた。


「おい、これはおまえらの物か?」

「私の楽器に勝手に触らないでもらえる?」


 チェロケースに手を伸ばそうとした青年に対し、あからさまに『不快』の色を顔をに浮かべてなっちゃんが答えた。

 楽器は繊細なものなのだ、下手に触られて壊れたりしたらそれこそ困る。

 整った顔立ちの美少女から、きつい口調で放たれたその言葉に、青年はやれやれと手を止めた。


「楽器ねえ、見た事もない代物だが?」 

「どうするんだヨーヘイ?」


 賊の類にしては武器も持っていないし、どう見てもまだ子供。しかも女連れだ。

 どうやら敵ではないようだが――

 若者達もカッシー達に対する警戒心を解き始め、困ったように青年へと視線を送る。

 ふむ、と息を吐くと、垂れ目の青年は顎に手を置きながら、もう一度カッシー達の顔を一瞥した。


「仕方ない、村へ連れて帰ろう。ぺぺ爺に相談してみる」

「村へ? 大丈夫なのか?」

「んーまあ、害はなさそうだしな。けど警戒は怠るなよ?」


 垂れ目の青年がそう言って踵を返すと、それを合図に青年達は少年少女を乱暴に起こす。


「おい、どこ連れてく気だっ!?」

「そう怒んな。大人しくついてくりゃなんもしねえよ」


 カッシーの問いに振り返りもせず軽く手をあげて応えると、青年は軽快に歩き始めた。

 悔しそうにカッシーは舌打ちする。だが縛られの身である彼に選択の余地は当然あるはずもなかった。



 まだ天高く月が昇る夜空の下。

 少年少女達は謎の男達に連れられるがまま、『連行』を余儀なくされる事態となったのであった。

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