その4-1 今の状況わかってっか?

 異世界生活二日目。


 朝日がとっても眩しい。この世界も空は青い。

 いや碧い。その碧さが、ろくに寝てない目に沁みる。


 本日も空は雲一つない日本晴れ。

 もとい『異世界晴れ』――

 山の清々しい空気は肌寒いくらい澄んでいた。


「おーい、カッシーねみーよぉ」


 そんな中、聴こえて来るクマ少年の弱音。


「おーい、カッシーだりぃよぉ~」


 そんな中、聴こえて来るクマ少年の愚痴。


「おーい、カッシー俺腹減ったよぉ」


 そんな中、聴こえて来るク――


「我慢しろボケッ! 俺だってなあ、眠いしだるいし腹減ってるっつの!」


 たまらずカッシーは歩みを止め、こーへいをギロリと睨み付ける。

 俺にどうしろってんだよ!?――と。

 

 昨夜からかれこれ四時間。

 夜通し歩いて、疲労とイライラがピークに達していた少年はとうとうぶちキレた。

 刹那、容赦なく少年の尻に振り下ろされた槍の柄が、それ以上の発言を許さない。


「いでっ!」

「ぶつくさ喋ってねえでとっとと歩け」


 激痛に情けない悲鳴をあげたカッシーを、傍らを歩いていた青年が槍を構えて睨み付けた。

 しかしどこかで聞いた声だ。

 ふと気づいたカッシーはちらりと目だけで隣を歩く青年の顔を注視する。

 よく見ると青年の額には、赤く腫れた小さなたんこぶができていた。

 もしかして河原で聞こえたあの悲鳴の主だろうか。

 まさか根に持たれたか?――


「くっそ、思いっきしひっぱたきやがって」


 しかし後ろ手に縄で縛られ、身体の自由を奪われているこの状況では大人しく従う他ないのだ。

 少年は不満そうに口を尖らせ渋々歩き出す。


「バッフゥー、カッシー朝日がキレイディスヨー。ちょっと腹減ったけど」


 と、そんな彼の心境などまったく気付くはずがないバカ少年が、ケタケタと笑いながらお気楽な口調でカッシーに話しかけた。

 その表情には不安の「ふ」の字も感じられない。

 この状況をわかってるんだろうか。

 清々しいまでにポジティブシンキングの持ち主だな――

 これからどうなるのか、と散々頭を悩ませていた自分がバカバカしくなってカッシーは思わず項垂れる。


「ムフ、カッシー疲れた疲れた?」

「うっさい、頼むから黙っててくれ」

「オレサマ全然ヘーキディスヨー! イエェェイウィナー!!」

「おまえと一緒にすんなボケッ! 俺は繊細なんだよ!」


バシッ!――と、またもやぶちキレたカッシーの臀部に、案の定槍の柄が振り下ろされ、悲鳴を堪えつつ、少年は涙目になりながら傍らの青年をギロリと睨みつけた。


「い、今のは俺悪くねーだろ?! 叩くならこのバカの方だっ!」

「うるさい、静かに歩け!」

「バカッシーウルサーイ」

「こんの……バカノーがああああーーーーっ!!」


 もうどうなろうが構うもんか!

 一 発 ぶ ん 殴 ら せ ろ ! 

 我慢の限界を超えたカッシーは、縄に縛られたその身のまま、煽るかのーへと飛び掛かる。

 この世界に入って通算二回目となる、短気な少年とバカ少年の取っ組み合いがまたもや始まろうとしたが、騒ぎに気づいてやって来た他の青年達が加勢して、慌てて二人を引き離したために、なんとか未遂で騒ぎは収まった。


「……ほんと緊張感のない連中だな」


 途端に騒がしくなった後方を振り返り、馬に乗って先頭を進んでいた垂れ目の青年は、やれやれと呆れた表情を浮かべながら呟いた。

 数人の青年達に羽交い締めにされてかのーから引き離されたカッシーは、やってきた青年を興奮気味に睨み上げる。

 

「おまえさ、今の状況わかってっか?」

「うっせーな! 一体いつまで歩かせる気だよ?」


 村へ連れていく――

 確かこの青年はそう言っていた。だが川辺を出発してからはや四時間。

 これだけ歩いても、それらしき集落はまだ見えてこない。

 

「あと少しだ。まあそれだけ吠える事ができりゃ、まだまだ大丈夫そうだ。頑張れよ」

「くっそー……」


 いっ! と歯を剥いて吠える様に尋ねた少年に対し、青年は苦笑しながら答えた。

 と――

 

「カッシー大丈夫?」


 前方から少年を心配する声が聞こえて来て、しかしカッシーは納得いかない表情を依然として浮かべたまま、その声の主を向き直る。


「大丈夫じゃないっつーの日笠さん……流石にヤバい」


 この世界に飛ばされてからろくに寝てないし、食事もとっていない。

 ほぼ不眠不休で歩いているためそろそろ限界だった。

 少年はまとめ役の少女を恨めしそう見つつ答える。


「頑張って。あの人もあと少しって言ってたし」

「……なら替わってくれ。俺もそこに乗りたい」

「えっ?」

「替わってくれっていったんだ」

「そ、それは――」


 少年の冷やかな視線を受けながら、日笠さんはアハハと笑って誤魔化した。

 運搬用の荷台の上から――


 女の子を歩かせるのは流石に酷だ。

 そんな垂れ目の青年の指示があり、少女三名は青年達が持って来ていた運搬用の荷台に乗せてもらっていたのである。

 しかも縄も外してもらっており、かなり自由に寛いでいたのだ。


「いいよな、日笠さんはさ」

「その……ごめんなさい」

「まゆみが悪いわけじゃないでしょカッシー? しょうがないじゃない、私達は『か弱い』女の子なんだから」

「軟弱者、男だったらこれくらい気合で乗り切りなさいよ」


 と、申し訳なさそうに眉尻を下げた日笠さんを庇うように、なっちゃんと東山さんはカッシーを矢継ぎ早に非難する。

 ちぇ、っと舌打ちして少年は口をへの字に曲げた。

 東山さんはか弱くないよな?――

 こーへいは思わず口から出そうになったその言葉を呑み込み、猫口を浮かべて誤魔化していたが。

 

「わかったよ、でもさ――」


 まあ百歩譲って日笠さん達はよしとしよう。

 だがなんでアンタはそこにいるんだ?――

 カッシーは日笠さん達と同じく、荷台の上で寛いでいたササキを恨みがましく睨みつけた。

 少年の視線に気づき、ついでにその視線が訴えている不満にも即座に気づきながら、だがササキは得意げに含み笑いを浮かべる。


「クックック、どうした柏木君。ンー?」

「なんでアンタまで馬車に乗ってんだよボケッ!」

「私は産まれつき病弱で持病があるといったら、乗せてくれたぞコノヤロー」


 もっと頭を使いたまえ――

 そう言いたげに人差し指でこめかみをトントンと叩き、ササキは首を傾げた。


「くっ、この卑怯者っ!」


 と、額に青筋を浮かべ文句を垂れたカッシーの臀部に、またもや衝撃が走る。


「ひぎゃっ!?」

「喋ってないでとっとと歩けって、おまえは何度言ったらわかるんだっ!」

「いってーなぁ、人を家畜みたいに何度もぶちやがって!」


 涙目になりながらカッシーは、噛みつくように青年を睨みつけた。

 まったく賑やかな連中だな――

 そんな少年をちらりと見て、垂れ目の青年は愉快そうに笑みをこぼす。


 それからものの五分もしなかった。

 眼前の森が開け、小さな集落が見えてきたのは――


「待たせたな、あれが俺達の村だ」


 そう言って垂れ目の青年は少年少女を振り返る。

 やっとついた――と、七人は見えてきた集落に思わず感嘆の声をあげた。


 一行は青年達に連行され、木造の門をくぐって村の中へと足を踏み入れると、まず視界に入ったのは広場だった。

 その中央には物見櫓らしき背の高い建造物が聳えているのがみえる。

 そしてその広場を囲うようにして藁葺き屋根の家がいくつも点在していた。


 この村があの丘の上で発見した、光を発していた集落だろう――

 少年少女達は確信するようにしてその村の光景を眺めていた。


 ともあれ。

 当初の思惑とは違ったが、とりあえず目的の場所に辿り着くことができた。

 だが状況はあまり良いものとはいえない。

 お世辞にも歓迎されているとは言い難い、縄に縛られたこの身の上。


 様々な思惑を胸に秘め、とぼとぼと歩く少年少女が広場の中ほどまでやってくると、徐に垂れ目の青年が馬から降りて青年達を振り返った。


「みんなご苦労だった。これで解散にしよう」

「ヨーヘイ、こいつらはどうするんだ?」

「俺が預かるよ、さっきも言ったがペペ爺に判断を任せる」


 と答えた青年の顔を見て、青年達はわかった――と頷いた。

 そして各々自分達の家へと戻っていく。

 広場に残ったのはカッシー達『囚われ』の少年少女と、垂れ目の青年、そして見張りの青年が二名ほど。

 日笠さんは胸をよぎる不安に表情を険しいものへと変え、傍らへとやってきた垂れ目の彼を見上げた。


「あの、私達どうなるんでしょうか?」

「とりあえず村長に会ってもらうつもりだ」

「村長?」

「ああ。おまえ達の処遇は村長に委ねることにする」

「………」

「そう怖い顔すんな。ああ、そうだ――」


 やにわに垂れ目の青年は思い出したように、付き従っていた青年二人に合図を出した。

 彼等はその合図を受けて日笠さんら女の子とササキの手を縛り始める。


「わりーな、一応村の決まりだからさ。勝手に縄解いてたのがばれると後でまずいんだ」


 我慢してくれと青年は苦笑した。

 だが日笠さん達は無駄に抵抗せず大人しく縄に縛られる。

 悪いようにはされない――なんとなくだが彼女達は青年の言動からそう感じたのだ。


「こっちだついて来てくれ」


 ややもってそういいながら、垂れ目の青年は歩き出した。

 今更ドタバタしても始まらない。

 カッシーは不満そうに鼻息を一つ吐くと、だが覚悟を決めて青年の後に続き歩き出す。

 

「なーんかよー、あんまり活気のない村だなー?」


 家の中から怯える様にして、コソコソと自分達を見つめる村人達に気づき、クマ少年は訝し気に眉根を寄せる。

 まだ早朝ということもあるが、外を歩いている者の姿が極端に少ない。

 何か理由があって外に出るのを恐れている――そんな雰囲気が感じられるのだ。


 それにちらほらと見える焼け焦げた建物も気になった。

 中には全焼しているものもある。

 何らかの争いが起こったと思われる形跡がところどころに見て取れ、少年少女達は表情を曇らせる。


「ちょっと色々あってな、今ピリピリしてんだ」

「色々って……もしかして盗賊?」


 垂れ目の青年は僅かに表情曇らせると、日笠さんの問いかけに頷いた。

 そして少年少女達を振り返ると、本音と建て前の狭間で葛藤するように顰めっ面を浮かべる。


「いいかおまえら、よく聞けよ? 俺はおまえらが盗賊の仲間じゃあじゃないと思ってる」

「だったらこの縄解けっつの」


 ここまでしといて何言ってんだ――

 むっとしながら青年を睨みつけるカッシーに対し、だが青年はそうじゃないと首を振って話を続けた。


「だから身の潔白を証明するには、村長に会って話をするのが一番手っ取り早いんだ。うまくやれよ」

「村長って――」

「『ペペ爺』って人?」


 先刻青年達の会話の中に出てきた人物の名前を口にだし、なっちゃんは尋ねる。

 はたしてその通りと、青年は一度頷いてみせた。

 

「いいか? 嘘はつかずに正直に全部話せ。あの爺さんに嘘は通じないからな」


 そう付け加え、垂れ目の青年はそれ以上何も言わず黙々と歩き続けた。

 どういうことだ?――

 訳が分からずカッシー達は顔を見合わせる。


 やがて、一行が村の中で一番大きな家の前までやってくると、青年は彼等を振り返り、中へ入れといいたげに顎をしゃくって合図した。

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