その4-2 ようこそチェロ村へ

 軋んだ音をたてて開いた扉を通り、少年少女達は意を決して中に入る。

 中はそこは簡素な作りのテーブルと椅子が並んだ部屋であった。

 軽く数十人が集まれそうな広い部屋だ。青年に促され、カッシー達は横一列に着席する。

 

 ややもって奥に通じる扉が開くと、車椅子に座ったとある人物が部屋に入って来た。

 カッシーはその人物の顔をしげしげと眺める。

 その人物は、中世の修道士が着ているような茶色いローブを身に纏い、白く長い髭をはやした老人だった。


 目元には大きなホクロがあり、垂れ下がった筆のような眉毛に隠れた小さな瞳は、なんともやる気なさげなオーラを放っている。

 彼のその後ろには、老人よりもう少し若い風貌をした女性が付き添って老人の乗る車椅子を押していた。


 やってきたその老人はテーブルを挟んでカッシー達の反対側へ着席すると、懐から取り出した眼鏡をかけ、ゆっくりと頭を下げる。

 はっとしながら少年少女達は、いそいそと老人へお辞儀し返した。

 

「ようこそチェロ村へ。ワシがチェロ村の長老を務めております、ぺぺジーノ=チョー=ナガシマという者です。ま、長いんで村のモンからは『ぺぺ爺』と呼ばれとりますがの」


 自らをペペ爺と名乗った老人は、話の節々でやる気なさげに溜息をつきながら、眼鏡の奥の垂れた目でカッシー達を一瞥した。

 まるで話すのを辞めてしまうかと思う程ゆっくりしたその口調に、カッシー達は大丈夫かこの人?――と、不安そうに顔を見合わせる。

 が、様子を伺っていた青年が、やれやれと肩を竦めてペペ爺に向かって口を開いた。


「ぺぺ爺、歓迎してる場合じゃねえよ。こいつら一応『パインロージンの社』荒らしの疑いがかかってる奴等だぜ?」

「えっ? そうなんか?」

「そうだよ、さっき先に伝令派遣したろ」

「すまんのー、最近ボケてきたかのー……まあいいじゃろそんなこと」

「いやいや、よくねえって……」


 と、なんとも軽い返事と共に、何事もなかったように話を進めようとしたペペ爺を見て、青年はダメだこりゃと溜息をついた。

 だが老人は大して悪びれる様子もなく、少年少女を向き直って話を続ける。

 

「とにかく、あんた達にちょっと聞きたい事があっての」

「な、なんでしょうか?」


 改まった態度で問いかけてきたペペ爺に、とりあえず日笠さんが代表で尋ねた。


「最近この村を荒らしまわっとる盗賊団がおってな。率直に聞くぞい、あんた達は奴等の仲間か?」

「ち、違います! 私達盗賊なんかじゃありません!」


 冗談じゃない――と、少女は慌てて首を振って否定した。

 彼女だけでなく、カッシー達も各々否定の行動を見せる。

 ペペ爺は目をしぱしぱさせながら、しばらく彼女の目を見つめていたが、ややもって彼は質問を続けた。

 

「それじゃ『やしろ』で何しとったんかの?」

「社?」

「あんた達がおった、山の中腹にある建物じゃよ」


 どうやら自分たちが目を覚ましたあの建物のことを話しているようだ。

 あれ社だったのか、どうりでなんかを奉ってるようなそんな雰囲気があったわけだ――

 カッシーは建物の周りに立っていた円柱を思い出しながら納得していた。

 

「あの社は、この辺一帯の守り神様を奉っとる建物での。見張りから連絡があったんじゃ。あんた等がその社の中からひょっこり現れたと」


 ぺぺ爺はそう言って青年に間違いはないか?と尋ねるように視線を送った。

 青年はその視線を受けて頷くと、老人に続いて口を開く。


「おまえらさ、一体どうやってあそこに入ったんだ?」

「どうやってって……」

「社に通じる道はこの村から続く山道しかないんだ。でもお前らがこの村を通ったのを見た者は誰もいなかった」


 一体どんな手品を使ったんだ?――

 垂れ目の青年は興味深げにカッシーの顔を覗き込んでいた。

 だがそんな青年の顔を睨み返し、カッシーは不貞腐れたように口をへの字に曲げる。

 

「知るかっつの、こっちが聞きたいくらいだ!」

「へぇ、答えられないってことでいいか?」

「カッシー! いえ、そのそういうわけではないんですが……あーえと、その――」


 ぷいっとそっぽを向いた少年を諫める様に見つめた後、だが日笠さんは誤魔化すように笑いながら、何とかして答えようと垂れ目の青年を向き直った。

 だがこの場を切り抜けられるような答えはいくら考えても出てこない。

 正確に言えば一つあるといえばあるのだ。

 だがそれを話すわけにはいかない。いや例え話せても信じてはもらえないだろう。

 困ったように少女は俯いた。

 

「やはり答えられんのかの?」

「いえその……私たちは――」

「正直に言ってもらわないと困るんじゃて。今この村は盗賊騒ぎでピリピリしとってのう」


 得体の知れない者を放置しておくわけにはいかないのだ。

 ペペ爺は困ったように眉根を寄せて、やる気ない溜息を一つ吐く。

 垂れ目の青年もこれでは埒が明かないと、険しい表情で一行を見渡した。


「それじゃ残念だが、「社荒らし」としてヴァイオリンに引き渡すしかないぜ?」


 また楽器の名前が出て来た。この村の名前も『チェロ』っていう村らしい。

 偶然にしてはなんだか奇妙な一致だ――

 日笠さんはキツネにつままれたような感覚を覚え、目をぱちくりとさせる。

 だがそれはさておき、どうもきな臭い話になって来た。

   

「あの、それってどうなるんですか?」

「社荒らしは罪が重い。最悪縛り首か、よくて牢獄にぶちこまれるか――ってとこか?」

「し、縛り首!?」

「おーい、やばくねー?」


 無精ひげを撫でながら青年は日笠さんの問いかけに答えた。

 途端にカッシー達は吃驚しながらガタリと席を立つ。

 慌てて傍にいた見張りの青年達がその肩を抑え、強引に着席させた。

 

 冗談じゃない、それってつまり『死刑』ってことじゃねーか!――

 カッシーは顔を真っ青にしながらぺぺ爺と青年の顔を交互に見る。

 

「ふぅむ、ワシらもあんた達のような子供を引き渡すのは流石に気が引けるんじゃよ。じゃから正直に話してくれんかの?」


 先刻から感じる彼等の雰囲気からして、おそらく盗賊団とは無関係という事はペペ爺もうすうす感じ取っている。

 だがそうだとしても、きちんとした事情を説明できない彼等をそのまま釈放というわけにはいかないのだ。

 少年少女の当惑したその表情を眺め、ほとほと困ったようにペペ爺はもう一度溜息をついた。

 だが老人以上に困ってしまっていた日笠さんは、ぎゅっとスカートの裾を握りしめながら、どうしようと俯いた。

 

 私達は違う世界からやってきたんです。

 目が覚めたらあの『社』と呼ばれる建物の中にいて、他のみんなを探すためにここまで下りてきました――


 そこまで考えてから彼女は、口にすることを断念する。

 ダメだ。こんな話到底言えるわけがない。こんな突拍子もない話を誰が信じるだろうか。

 自分達だって未だ心の整理がついていないような、まったくもって非常識な話なのだ。

 話してもきっと、ますます怪しまれるだけに決まってる。


 どうしよう、どうしよう、ああもう!

 うんうんと唸りだした少女を、ペペ爺と垂れ目の青年は訝し気に眺めていた。

 だが少女のそんな苦労と気遣いは、一瞬のうちに水泡に帰す。


 まったく空気を読まないツンツン髪の少年が放った、爆弾発言によって――

 

「ムフ、ナンカネー? 音楽室でベト5のレンシュ―してたんッスけどー、このバカイチョーの変なソーチがボーソーしてサー、そんで目が覚めたら山ン中だったんディース。HAHAHAHA!」

「ば、ばかっ!」


 少女が慌てて止めようとするも時すでに遅し。

 言っちゃった!何で言っちゃうのよこのバカ!――

 ケタケタ笑いながら、全てを包み隠さず言い放ったかのーを、日笠さんは泣きそうな顔で睨みつけた。

 ああもう、こんな話信じてくれるわけ……いやでももしかして――と、淡い希望を抱きながら、彼女はめげずにペペ爺と垂れ目の青年の様子をちらりと伺った。

 だがそんな少女の希望も空しく、当たり前だが二人はケタケタと笑い続けるバカ少年をぽかんとしながら見つめていたのであった。

 

 そりゃそうですよねー、やっぱり信じられませんよねー。

 ああもうだめだ。あの表情、絶対頭のおかしい子供たちと思ってるはず――

 日笠さんはがっくりと肩を落とす。


 だがしかし。

 もうこうなったら、信じてもらう以外道はなさそうだ。

 嘘はつかずに正直に全部話せ――と、ここに来る前に垂れ目の青年はそう言っていた。

 ならば隠すことなく、全て話すべきだろう。


 日笠さんはちらりと確認するように皆を見る。

 カッシー達は、彼女のその視線を受けて肯定するように頷いてみせた。

 よし、と意を決すると、少女はペペ爺を真っ直ぐに見据え口を開く。

 

「あの、信じてもらえないかもしれないですが、このバカのいうとおり、私達は別の世界から来たんです」

「……つまり、あんた達はこの世界の住人ではないと?」

「はい」

「事故か何かに巻きこまれて、気がついたらあの社にいたと言うんじゃな?」

「そうです、その通りです!」


 コクコクと頷いた日笠さんを見て、ぺぺ爺は困ったような表情のまま、ふむと唸り、少年少女達の目を静かに一瞥する。


「あの、信じてください。本当なんです!」


 信じてもらえなければ自分達にもうなす術はない。

 日笠さんは切実な思いと共に、祈るようにして言葉を紡いだ。


 そんな少女の言葉に答えず、代わりに老人はじっと彼女のその目を見つめ続けていた。

 その表情は相変わらずやる気はなかったが、目は真剣そのもの。

 やにわに本日一大きな溜息を吐くと、老人は胸の前で手を組み合わせ俯いた。

 それはそれは長い熟考。

 その間、少年少女はただただ固唾をのんで老人の様子を見つめていた。

 

 と――

 

 

「違う世界のう……ふぅむ。半ば信じられん話じゃが――」


 ややもって顔を上げると、ペペ爺はそう言って垂れ目の青年を向き直る。


「この子達は嘘はついとらんようじゃ」


 うそ、信じてくれるの?――

 老人が放った意外な言葉に少年少女達は、鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くする。

 だがその言葉の意味を噛み締めると、やがて彼等は緊張の糸が切れたように大きく息をつきながら椅子にもたれかかった。

 助かったみたいだ――と。

 

「わかった。ぺぺ爺がそう言うんなら、それが村の総意だ」


 異世界ねえ。

 ま、嘘はついてないって言うならそれでいいか――

 カッシー達と同じく、固唾を呑んでペペ爺の回答を待っていた青年は、嬉しそうににへらと笑う。

 そして彼は腰に差していた剣を抜くと、カッシー達の戒めを解いてまわった。


 老人の一言であっさりと無罪放免。

 どうやら、このぺぺ爺という老人。ちょっとやる気はなさげだが、村ではかなり信用がある人物ようだ。

 その実、カッシー達は知らなかったが、かの老人は優れた観察眼と博学の持ち主であり、この村だけに留まらず、近隣で評判の人物であった。

 特に観察眼においてはかなり秀でたものを持っており、人を見る目に優れた人物だったのである。


 閑話休題。

 

「あの……信じてくれてありがとうございます!」


 人の善意がこんなにも嬉しかったことがあっただろうか。まさかこんな突拍子もない話を信じてくれるとは。

 日笠さんは思わず立ち上がって、深々と老人へ頭を下げていた。

 カッシー達もそれを見て慌てて立ち上がり、各々礼を述べた。

 かのーだけは東山さんに襟を掴まれて強引にだったが。

 そんな少年少女達を見て、ペペ爺は深いシワを口元に刻みながら笑みを浮かべる。

 

「なに、嘘は言ってないんじゃろ?」

「はい」

「なら、あんた達のそのけったいな恰好も納得いくしのう」


 彼等が身に纏っている奇妙な出で立ち――かの老人は若い頃長い間世界を旅して回っていたが、まるで見たことがないものばかりであった。

 だがそれも、彼等が別の世界から来たというのであれば合点がいく。


「それにのぅ――」


 ぺぺ爺はそう言って青年二人に合図を出した。

 それを受けて二人は踵を返すと、奥の部屋へと歩いていく。

 何だろう?――と、カッシー達は不思議そうに彼等を目で追って、奥の部屋に注目した。

 しばらくして彼等は何かを担いで戻ってくる。

 次の瞬間。

 カッシー達は、彼等が運んできた黒焦げの球体と大型打楽器に気が付いて目を見開いた。

 それははたして――


「ジ、ZIMA=Ω!?」

「ドゥッフ、ティンパニーとバスドラもあるヨー?」

「連絡を受けて社を調べさせたらこれが置いてあったんじゃが、これもあんた達の世界の物かの?」

「は、はいそうです……それ私達の楽器です」

「ほぅ、これが……楽器とな?」


 老人は運ばれてきたZIMA=Ωや打楽器を改めて眺めながら、興味深げに呟いた。


「あーそういや、こいつらが持ってた物も楽器だって言ってたぜ」


 思い出したように青年が口を開き、部屋の隅にまとめて置いてあったカッシー達の楽器に視線を向ける。


「そっちのも楽器なんか。うーむ……こりゃ初めて見る楽器じゃのう」


 後ろにいた女性に車椅子を押してもらい、それらの楽器に目を落としながら、ペペ爺は感心するように呟いた。


「ぺぺ爺も見た事ないのかよ?」

「うむ、ない。お、こりゃラッパに似とるの、かなり複雑な構造じゃが」


 勝手にケースを開けてカッシーのトランペットを眺め、ペペ爺は感嘆の声をあげる。

 まるで子供のように目を輝かせながら。


「ねえ、そんなに楽器が珍しいの?」

「そりゃなあ……楽器っつったら普通、木の笛とか兵隊ラッパ程度だろ。なんだありゃ? あんな造りでどうやって音出すんだよ?」

「そうなんだ……」


 ペペ爺が眺めていたカッシーのトランペットを、同じく興味津々で見つめながら、青年はなっちゃんの問いかけに答えた。

 彼が知る限り、楽器は戦争や儀礼において何かの合図に使う程度の代物だ。

 あんな複雑なピストンがいくつも付いたラッパを見るのは生まれて初めてだった。


 にも拘わらず先刻聞こえてきた楽器の名前を冠した地名。

 一体どういうことなのか――

 ますますもって不可解になってきて、なっちゃんは顎に指をあてつつ思案を巡らせる。


「ふむまあ楽器については置いておいて、あんた達はこれからどうするつもりじゃ?」


 と、一通り楽器を眺め終えたペペ爺はテーブルに戻ってくると、カッシー達に尋ねた。

 その問いを受け、彼等はさてどうしようかと、お互い顔を見合わせる。


「どうするっていわれてもな……」

「どこか行く宛はあるんかの?」


 再度の老人の問いかけに、カッシー達はそろって首を振ってみせる。

 ZIMA=Ωや楽器は持ってきてもらったので、今更あの社と呼ばれる建物に戻る必要もない。

 かといって、行く宛もないのが現状だ。


 ただ目的はある。情報収集やΩの修理という目的が。

 それにはこの世界で活動するための『拠点』となる場所が必要だろう。

 

 問題なければ少しの間この村に厄介になることはできないだろうか――

 誰もが頭の中でそう結論に至っていたが、流石にそこまで厚かましくはお願いしづらい。

 彼等は言葉を詰まらせ、表情を曇らせた。

 そんな彼等を見て、老人は可笑しそうにゆっくり笑い声をあげる。

 わかりやすい子達じゃの――と。

 

「そっちさえよければ、この村にしばらく留ってもいいぞい」

「えっ!? い、いいんですか?」

「ま、元々はこちらの勘違いだったからのう。少し物騒なことになっとるが、こちらは一向に構わんよ」


 うむりと頷いてペペ爺は青年を振り返る。


「と、いうわけじゃヨーヘイ、この子等の事はおまえに任せるぞ」

「わかった」


 任されたぜ――と、青年はにへらと笑って頷いた。


「まあ何にもない村じゃがの、ゆっくりしていくとええ」

「ようこそ、チェロ村へ」



 その暖かい歓迎の言葉に少年少女達は心底嬉しそうに笑顔を浮かべ。

 大きな声で礼を述べたのだった。

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