第二章 異邦人

その5 なんだそりゃ?

チェロ村。

ペペ爺の家前―


 盗賊の疑惑も晴れ、村長から滞在許可も得ることができた少年少女達。


「お疲れ様まゆみ」

「流石は部長様だなー?」


 下手をすればあわや縛り首の窮地だった。

 広場に出ると、カッシー達は見事に話をまとめてくれた日笠さんに対して、口々に称賛の言葉を投げかけていた。

 

「『元』部長よ」


 日笠さんは弱々しく照れ笑いを浮かべながらその称賛に、釘を差すように返答する。

 だが大役を果たすことができて、彼女もまんざらでもないようだった。

 

「さてと――」


 閑話休題。

 一行の先頭を歩いていた垂れ目の青年がそう言って皆を振り返る。


「そういや、自己紹介してなかったな。俺はヨーヘイ=ホソヤ。チェロ村青年団の団長やってる。よろしくな」


 そう名乗り終え、垂れ目の青年――ヨーヘイはにへらと笑ってみせた。

 改まって自己紹介され日笠さんはぺこりと頭を下げる。


「ヨーヘイね……」


 それにしても――と、カッシーは目の前の青年をしげしげと眺めながら呟いた。

 別の世界にしては、青年の名前はやけに日本人っぽい名前だ。さっきのペペ爺にしてもそうである。

 確か『チョー=ナガシマ』だったっけか――

 それに同じく先刻耳にした、楽器の名前を冠した街や村の名前もだ。

 この世界はどこか自分達の世界と似ている部分があるようだが――


「で、お前たちの名前はなんていうんだ?」

「えっと、柏木悠一」


 と、尋ねられ、カッシーは思案を中断する。

 ややもって、人見知りなうえに不愛想なこの少年は、憮然とした表情のまま名を名乗った。

 少年のその返答を受けて、ヨーヘイも同じような感想を心の中で抱いたようだ。

 なんとも拍子抜けしたような表情を浮かべ、彼はカッシーの容姿をまじまじと眺める。

  

「……違う世界から来たわりには、なんつーか、あんまり違和感ない名前だな」

「俺もあんたの名前聞いて同じこと思ってた」

「そうか、まあじゃあお互い様だな」

「ああ、あとその、カッシーでいい」

「カッシーねえ。そんじゃよろしくなカッシー」


 まあいいか――と、ヨーヘイはにへらっと笑いつつカッシーに向かって手を差し出した。

 意外と軽い性格なのかもしれない。少年は差し出されたその手をぎゅっと握る。

 その後、カッシーに続けて日笠さん達も自己紹介をしていった。


「マユミちゃんに、ナツミちゃんに、エミちゃんね」

「その、よろしくお願いします」

「いい名前だぜ。名は体を表すっていうしな」

「おい、女の子だけか」


 なんて現金なやつだ――

 一頻り自己紹介を終えた日笠さん達女性陣を嬉しそうに歓迎したヨーヘイを見て、カッシーは思わず突っ込んだ。

 

「それよりヨーヘイさん。私達はこれからどこに?」

「そうだったな、とりあえず今日の所はペペ爺が宿を手配してくれたからそこに泊まってくれ。案内するよ」


 そういってヨーヘイは、ついてこいと先頭をきって歩き出した。

 七人はそそくさとその後についていく。

 元々小さな村である。ヨーヘイの案内の下、ものの数分と歩かないうちに一行は目的地の宿へと到着した。


「ついたぜ、ここだ」


 はたりと足を止め、ヨーヘイは一行を振り返ると、肩越しに親指で目の前の建物を指す。

 そこは外観は他の家と変わらない、藁葺き屋根に木造りの家だった。

 扉の脇には鳥のマークが彫られた木の看板がぶら下がっている。


「ここが宿です?」

「そ、村唯一の宿屋だ。ま、こんな村に来るよそ者なんて滅多にいないけど」


 日笠さんの問いかけにそう答えて、ヨーヘイは徐に扉を開け中へと入る。

 カッシーはヨーヘイに続いて中に入ると部屋の中を一望した。

 中は質素な木造りの部屋で、小さな丸テーブルがいくつか並んで置いてあるのが見える。

 入ってすぐ右に暖炉があり、そして目の前には受付カウンター。

 しかし人の姿は見当たらない。


「おーいヒロコー、いるかー?」


 と、入るなりヨーヘイは大声で叫んだ。

 数秒の間の後、上からばたばたと誰かが走ってくる音が聞こえてくる。


「はいはいはーい誰~~?」


 やがて二階に続く階段から一人の女性の姿が現れた。

 ぽっちゃりとしていて、背はそれほど高くなく、髪は短い。

 年はヨーヘイと同じくらいでおそらく二十歳前後だろう。


「なんだヨーヘイじゃない」


 息を弾ませて一階に降りてくると、その女性はヨーヘイの顔を見るなり、拍子抜けしたように呟いた。

 ヨーヘイはやれやれと肩を竦めると女性に歩み寄り、呆れたように彼女の顔を覗きこむ。


「なんだじゃねえよ。ぺぺ爺から話聞いてないのか?」

「聞いてるわよ。『オラトリオ大学』の学術調査員さんが泊まりに来るってさっき言われてさ。今急いで準備してたんだけど……あら、ひょっとして――」


 と、そこまで言ってから、彼女はヨーヘイの後ろにいたカッシー達に気づき、ポンと手をうって話を続けた。


「後ろの彼等がその学術調査員の方々?」

「え?」


 調査員? どういうことだ?――

 いきなり問いかけられて戸惑うようにカッシーは青年を向き直る。

 しかしヨーヘイは話を合わせろといいたげに、そんな少年へウインクを返した。

 仕方なくカッシーは目を泳がせながらも、たどたどしく無言で頷いてみせる。 


「やっぱりそうなんだ、若いのに凄いわねぇ。あ、その服がもしかして大学の礼服かなにか?」

「……えっと、まあそんなところです」

 

 と、今度は制服を着ていた日笠さんが尋ねられ、だが流石は日笠さんといったところだろうか。

 彼女はごく自然にその問いかけに対し、にこりと笑いながら返していた。

 

「なかなか変わった服だけれど、お洒落なデザインでいいじゃない」

「ありがとうございます」

「名乗るのが遅くなったわ。私はヒロコ、ヒロコ=シライシ。この宿の女将よ、よろしくね」

「こちらこそよろしくお願いします」


 女性はそう言ってにこりと笑うと、少年少女達へ丁寧にお辞儀をした。

 カッシー達も各々ぺこりと頭を下げ返す。

 

「で、あなた達が今日泊まる部屋だけど、もう準備はできてるから。さ、あがってあがって」


 と、ヒロコは踵を返し、トタトタと階段を登って行った。


「学術調査員……ね」


 どういうことなの?――

 なっちゃんが微笑を浮かべながら、ちょいちょいとヨーヘイの脇をつつく。

 はたして、振り返ったヨーヘイはにへらと笑い返しながら、理由を話し始めた。

 

「ペペ爺の提案だよ」

「提案?」

「違う世界から来たなんてバカ正直に言えるわけないだろ? それこそみんな混乱しちまうからな」

「なるほど……まあ確かに」

「指し障りのないところで、おまえらは『オラトリオ大学』から社の学術調査に来たご一行様、って事にした。だから上手く合わせろよ?」

「オラトリオ大学?」

「ああそうか、えっと大学はわかるか?」


 そこから説明するべきだったか――

 気づいたようにヨーヘイはカッシー達に確認する。

 ややもって少年少女達は各々頷いた。

 

「大学ならうちらの世界にもある」

「そりゃ話が早い。ならよろしく頼むぜ?」


 まあそういう事なら仕方ない。

 せっかくペペ爺が気を利かせてくれたのだし、否定するメリットも見当たらない。

 話を聞き終え、若干無理な設定である気はしたが、カッシー達はこの設定にとりあえず乗ることにした。


「おーい、何してんのー? 上がってきていいよー」


 と、ヒロコが顔だけ二階から覗かせ、催促するように呼んだので、一同は階段を登って上へと向かった。


「ここが男性部屋ね」


 一行がヒロコに案内されて入った先は、木造の二段ベッドが二つ並んだ部屋だった。

 中央にはテーブルとの四つの椅子が配置されており、部屋の端には暖炉が見える。

 広さは約十畳ほどで、趣ある西洋風のロッジといった感じだろうか。

 年季を感じる少し古めの部屋ではあったが、掃除も行き届いており悪くない部屋だった。


「バッフゥー! ベッドベッド!」

「こらっかのーやめなさい!」


 あっという間にベッド飛び込んだかのーを、日笠さんが慌てて叱りつけると、ヒロコは可笑しそうにクスクスと笑みをこぼした。


「ふふ、気にいってくれたみたいね」

「す、すいません。失礼しました」

「いいって、気にしないで。それと女性部屋はこの隣、造りはほとんど一緒だから」

「ま、ド田舎の宿だし、あんまり期待すんなよ?」

「ヨーヘイ、あんたが言うんじゃない。じゃあ食事の準備ができたら呼ぶからそれまでごゆっくり」


 そう言って、後はよろしく――と、ヨーヘイへ軽く手を振ると、ヒロコはトタトタと階段を降りていった。

 ややもってヨーヘイはカッシー達を振り返ると、にへらと笑みを浮かべる。

 

「と、いうわけだ。この部屋は好きに使ってくれ」

「ありがとうございます」

「ところで、宿賃は払わなくていいのだろうか」


 と、テーブルの材質を調べる様に撫でながらササキが話に割って入った。

 村に着いてからやけに口数の少なかった彼が、急に口を開いたことに日笠さんは違和感を覚えたが、だがそれよりも彼の言葉を聞き、重大な事を思い出した彼女は顔色を変える。


 そうだ、お金持ってないんだった――と。

 

 着の身着のままこの世界に飛ばされたから、当然財布も持っておらず、皆一文無しだったのだ。

 日笠さんだけでなく、カッシー達もそれを思い出したらしく、彼等は一斉に困ったような顔つきでヨーヘイへと視線を向けた。

 その視線を受け、意外そうな顔つきでヨーヘイは少年少女らを一瞥する。

 

「一応聞くけど、おまえ等金持ってんのか?」

「……誰か持ってる人いる?」

「んー、小銭ならあるぜー?五百九十円」


 と、胸ポケットにたまたま入っていた硬貨を数えながらこーへいが答える。

 絶対煙草を買ったお釣りだろそれ――カッシーはすぐに気づいたが、あえて口にはしなかった。

 

「『エン』? なんだそりゃ、それがおまえ等の国の通貨か?」

「えっと、そうです……」

「残念だがそりゃ使い物にならないな。この国の通貨は『ストリング』だ」


 そう言ってヨーヘイはポケットから銅で作られたコインを取り出して皆に見せた。

 十円玉に形は似ているが、デザインや大きさはやはり別物だ。

 やっぱりね、まあそりゃそうだろう。違う世界なんだから当たり前といえば当たり前だ――

 がっくりと肩を落とす一同。

 だが、なるほどな――と一人と呟く声が聞こえて来て、日笠さんはちらりとササキを向き直った。

 彼は一人深く頷き、何かをぶつぶつと口の中で頻りに何かを呟いている。

 考えをまとめているようにも見て取れた。


 捕まって以降、どうにもこの生徒会長は口数が少なかった。先刻ペペ爺に問い詰められた時も全く発言しなかったのだ。

 普段なら、人の数倍頭の回転が速いこの生徒会長は、困っている日笠さんを見かねて助け舟を出してくれるくらいはしてくれたはずだ。

 或いは日笠さんよりもっと要領よくあの場を切り抜けていたかもしれない。

 だが、全てを日笠さんに任せ、ササキは黙っていた。


 その理由が今なんとなくわかった。

 彼は全てを注意深く観察し、この世界を分析し始めているのだ。

 つい先ほど通貨のことを話題にだしたのも、きっと別の何かを探るためだろう。

 まがりなりにも生徒会で副会長を務め、ササキを補佐してきた日笠さんは、なんとなくだがそうではないかと考えていた。

 

 だが、それはそれ、これはこれだ。

 天才にしかできないことは天才に任せよう。

 私のような一般人にできることは、今夜の寝床をどうするかを考えることだ。

 日笠さんは気持ちを切り替えて宿賃のことに考えを巡らせる。


 この二日間、皆ろくに睡眠もとれていないし、食事もとれていない。宿は魅力的だ。

 しかし、これでは宿賃を払うことはできない。二日ぶりのちゃんとしたベッドだったが、諦めるほかなさそうだ。

 今からでもキャンセルってできるのだろうか――

 そんなことを考えながら日笠さんは涙目でヨーヘイを見た。


 それはそれはもう、悔しそうに、そして無念そうに。


 ヨーヘイは、そんな少女の顔を見て笑いを堪えていたが、やがて思わず吹き出してしまった。

 きょとんとしながら日笠さんは目をぱちくりとさせる。


「わりーわりー、ちょっと意地悪し過ぎた」

「ヨーヘイさん?」

「心配すんな。宿賃はぺぺ爺が既に払ってくれてる」

「ほ、本当ですか?!

「ああ、元々うちらの勘違いもあるしな」


 遠慮せずにゆっくり寛いでくれよな――

 そう付け足したヨーヘイの言葉に、日笠さんだけでなく、一行が安堵の吐息を漏らしたのは言うまでもない。


「そんじゃ俺は行くぜ。ごゆっくり」

「何から何までありがとう、ヨーヘイさん」

「いいって、いいって。また明日迎えに来る。村のみんなに紹介したいしな」


 じゃあなと手を振ってヨーヘイは部屋を出て行った。

 やがて彼が階段を降りていく足音が途切れると、日笠さんはカッシーを振り返る。


「それじゃ私達は隣の部屋に行くわ。みんなまた夕食の時に」


 そう言って日笠さん達女性陣も男性部屋を後にしていった。

 残ったのは既に横になって寛ぐかのーとこーへい。

 テーブル肘をかけ、何かを思案するササキ。

 

「……疲れた」


 カッシーは一言そう呟くとベッドの上にどさりと倒れた。

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