その11-2 多分あいつらだ

 刺さった――


 そう思った。

 一瞬気を失いそうになった少年は、だが眼前でぽたぽたと垂れる赤い雫を見て、何とか意識を引き戻す。

 矢はカッシーに刺さることなくその手前で動きを止めていた。

 彼を庇うように突き出された、ヨーヘイの右腕に受け止められて――。


「ヨ、ヨーヘイ!?」

「……ぼさっとしてんなよなカッシー」

「ヒヒッ、お前は本当しぶてえなぁヨーヘイ。楽に死なせてやろう、っていう俺様の慈悲が無駄になっちまったじゃねえか」


 苦痛に顔を歪ませるヨーヘイに、そんな青年を顔を真っ青にして見つめるカッシー。

 さも小気味良さげに二人を眺めながら、ブスジマはべろりと舌をだした。


「楽に? どう見てもこりゃ嬲り殺しだろ」


 なんとも悪趣味な奴だ――

 歯を食いしばり、右腕に刺さった矢を抜き取ると、ヨーヘイは痛みをおくびにも出さず、佇む少年を庇うように一歩前に出た。


 だがどう見てもこちらの分が悪い。

 ボウガンによる掃射で、半数以上の若者達が広場に倒れ呻き声をあげているこの状況。

 元々あった盗賊との戦力差はさらに開いてしまっている。


 そして――

 屈することなく闘志を露にしたヨーヘイの抵抗も空しく、とどめとばかりに第二射が放たれようとしていた。

 

「あばよヨーヘイ」


 ブスジマは無慈悲な光を放つ瞳でヨーヘイを見下ろしながら、自らもボウガンを構え、その照準を青年の眉間へと合わせる。

 万事休すか――

 覚悟を決めたようにヨーヘイは剣を構えた。

 握り締めた剣の柄を伝い、赤い雫がぽたりぽたりと地に落ちてゆく。


 どうすればいい。何をすればいい。

 わからない。何も考えられない。

 頭の中が真っ白だった。足が動かない。身体も動かない。



 いやだ、死にたくない――

 逃げ出したい――

 


 ……今俺、なんて思った?

 意地でも曲げたくない。後悔はしたくない。

 その一心で飛び出して来たのに。


 情けない、悔しい。

 今更自分可愛さにこの村ほっとけるか――って、あれだけ威勢のいいこと言っておいてなんだこのざま――

 拳をぎゅっと握りしめ、カッシーは俯いた。


 初めて体験する『死』への恐怖。

 それが少年の中の『意地』と『信念』へし折った結果であった。

 

 

 だがその瞬間。



 パン!――

 突然、耳をつんざく爆発音と共に、盗賊団の目の前に眩いばかりの閃光が走る。


「なんだっ!?」


 吃驚して嘶きをあげる馬を必死に宥め、ブスジマは不意に起きたその閃光に対し、上ずった声で叫んだ。

 初めて体験した眩いばかりのその閃光により、網膜を真っ白に焼き付けられ、彼は大慌てで目を擦りながら周囲を警戒する。


 再度の閃光。

 豪快な爆発音の閃光が今度は盗賊達のど真ん中で巻き起こった。

 赤、青、黄色、緑――

 華麗に飛び散る火花を見て、カッシーはようやく我に返り、思わず身動ぎしながら口をへの字に曲げる。


 なんだこりゃ?

 見た事のある火花だ。

 こりゃもしかして――

 

「は、花火?!」


 と、目をぱちくりさせながら呟いた、少年の耳朶を打つようにして、今度はけたたましい金属音が響き渡る。

 同時に聞こえてくる鬨の声。

 

「やったー間に合ったぜ!ヴァイオリンから騎士団がきてくれたぜーっ?」

「ヒャッハー! キシダンがエングンに来ったディースヨー!」


 な ん だ と ! ? 


 途端、盗賊達の間に動揺が走った。

 彼等は血相を変えるとお互いを見合い、一斉にどよめき始める。


「んなバカな、早過ぎんだろ!? あと三日はかかるはずだ!」


 信じられねえ――

 狐につままれたような顔つきで、しかしブスジマは動揺しはじめた子分達を鎮めようと口を開こうとした。

 

 しかし――

  

 彼の口から鼓舞の言葉が発されるよりも早く、空から飛来した何かによって、傍らにいた盗賊の一人が悲鳴をあげつつ馬から転落する。

 

「ど、どうした!?」

「わからねえ……けど、騎士団の奴等何かしてきやがったみたいですぜっ!」

「何かって、なんだよ?!」


 と、狼狽しながら首を振ってみせた子分に、ブスジマが問い詰めた瞬間。

 またもや空から飛んできた何かがその子分の顔面にヒットする。


 ンゲ!?――と、詰まった断末魔の悲鳴をあげて、その子分は馬上から吹っ飛んで落下すると、ぴくりとも動かなくなった。

 間髪入れずに再度の爆発音。そして眩いばかりの閃光――

 馬が半狂乱に陥り、怯えたような嘶きを天高くあげる。


「な、なんなんだ一体?!」

「ひいっ!? ひいい騎士団だ! 騎士団が来たに違いねえ!」

「狼狽えるな! 落ち着けよお前らっ! とり乱すんじゃねえっ!」


 夜空から降り注ぐ投擲攻撃、そして奇怪な閃光と爆発音。

 馬だけでなく、たちまちのうちに盗賊達も大混乱に陥ってゆく。

 

「どういうことだ……まさか、本当に騎士団が――」


 もし騎士団であればそれは嬉しい事態だが。

 だがいくらなんでも到着が早すぎる。

 一体何が起こっているのか――

 次々と飛来する物体の直撃を受け、馬上から落下していく盗賊達を呆気に取られて眺めつつ、ヨーヘイは思わず呟いた。

 

 そんな彼の傍らで。

 空から降ってきた、その『謎の物体』であったものの破片を拾いあげ、マジマジとそれを見つめながらカッシーは口の端を引き攣らせる。

 そして『呆れ』と『喜び』二つの感情を浮かび上がらせ、彼はややもってこう言ったのだ。

 

「多分、これはあいつらの仕業だ」


 ――と。


「――あいつら?」


 鸚鵡返しに尋ねたヨーヘイにコクンと頷き、少年は手に持っていた破片をもう一度見下ろす。

 少年が手にしていた何かの破片――

 それは、彼がついさっきまで寝ていた『ベッド』であったものが、粉々に砕けた姿であった。



♪♪♪♪



同時刻、松脂亭屋根上―


「ムフン、着火オーライ-!」


 手に持った六連発式花火の照準を盗賊達へと定め、かのーはにんまりと笑う。

 つい先日、滝の傍らで休憩した際に『遊ぼう』――と、言って少年が取り出していたあの花火だ。

 と、少年の傍らにいた日笠さんは、その合図によし、と頷くと、クマ少年から借りていたライターで導火線に着火した。

 ほどなくして少年が握っていた筒の先から、軽快な音と共に花火が発射され広場目掛けて飛んでいく。

 数秒のインターバルの後、広場のど真ん中で煌びやかな爆発が見えて、かのーはご満悦でケタケタと笑い声をあげた。


「バッフゥー! ターマヤー!」


 全部撃ち終えると、花火の筒をぽいっと投げ捨て、かのーは傍らに置いてあったシンバルを構える。

 咄嗟に日笠さんは耳を塞いで身を屈めた。


「キシダーン、トツゲーキッ!」


 連打されるシンバルの金属音が喧しいほどに村に木霊し、そしてそれに呼応するようにして、広場から馬の嘶きと盗賊団の騒ぎ声があがった。


「やった、効いてるみたいじゃない?」

「ホーラホーラ、ネー? 花火持ってきてよかったデショー?」

「まったくもう、すぐ調子に乗るんだから――」

「ムフ、オレサマサイキョー!」


 でもよかった。子供騙しな花火による威嚇であったが、今のところは上手くいってるっぽい――

 混乱している盗賊達の様子を目を凝らして窺いながら、日笠さんはほっと胸を撫で下ろす。

 だがかのーはドヤ顔で胸を張り、ケタケタと笑いながら屋根の下を覗き込んだ。

 

「オーイ、そっちはどうディスカー?」


 と、バカ少年の問いかけに返事をするかのように、月夜に凛と光る赤いコンバースハイカットが、窓の桟をしっかりと踏みしめる。

 シューズの主――東山さんは、桟に足をかけ、肩に担ぐようにして椅子と花瓶を握りしめながら、その双眸で広場を見据えた。

 やにわに少女は大きく息を吸い込むと、まるでハンマー投げのように手に持つ椅子を花瓶を振りかぶる。


「いざっ――てえりゃああああっ!」


 気合一閃。

 椅子と花瓶が少女の膂力カタパルトにより勢いよく宙へと放たれ、大きな弧を描きながら広場目がけて飛んでいった。

 と、ややもってから山脈に木霊する破壊音と盗賊の悲鳴――

 手を翳してそれを眺めていたこーへいは、お見事――と、にんまり笑みを浮かべる。


「おー、委員長ナーイス。こりゃストライクじゃね?」

「まだまだよ!」


 だが、剛腕無双の風紀委員長は慢心せず、パンパンと手を払った後に次をよこせ――と、こーへいへ手招きをした。

 それを受けクマ少年は室内を振り返る。

 部屋の中は大分がらんとしてしまっていた。おおよその手頃なサイズなものは全て投げ切ってしまったようだ。

 どうしたもんか――と、こーへいは物色するように室内を眺めていたが、やがて少女を振り返り、のほほんとこう尋ねた。


「んー、もっかいベッドいっとく?」」


 東山さんは余裕の表情で強く頷くと、再び広場を振り返って眉間にシワを寄せる。


「中井君――」

「あいよー?」

「面倒だわ。二段まるごと持って来て」


 彼女は腕を鳴らすと、全身に気合いを漲らせた。



♪♪♪♪



同時刻。

チェロ村、広場―


「おかしら、でも騎士団が来たんじゃ――」

「ああ、勝ち目はねえよ。ずらかりましょうぜ!」

「と、取り乱すな! おまえら落ちつけっ!」


 ブスジマの諫める声が空しく広場に響く。

 しかし、集団に一度広がった混乱と動揺は収拾までに時間を要するのだ。

 所詮は盗賊、烏合の衆。それは尚更のことだった。


 そんなまさか、いくらなんでも早すぎだ。見立てでは早くてもあと二日はかかるはず――

 詰め寄ってくる手下に檄を飛ばしつつ、ブスジマはしかし懐疑的な眼差しで、周囲の様子を窺う。

 と、そんな彼の前に、またもや巨大な何かが落下し、豪快な破壊音と共に周囲に破片を飛び散らせ、彼はそこで思案の中断を余儀なくされた。

 動揺により冷静な判断力を奪い取られた盗賊達は、それがとある少女が投げた二段ベッドだということに気づかず、怯えて暴れる馬達を必死に宥める事に邁進する。

 こりゃだめだ。もはや収拾は不可能――そう判断したブスジマは、苦虫を噛み潰したような表情で、部下達に向けて武器を掲げた。


「仕方ねえ、野郎ども一時退却だっ!」


 その号令を今か今か止まっていた盗賊達は、まさに『蜘蛛の子を散らす』勢いで、我先にと馬首を返し逃げ出し始める。

 数分後。


 助かった――

 そう実感した途端に全身を襲ったのは、恐怖と後悔だった。

 待望の静寂が舞い戻った広場の中央で、少年はその場にへたり込む。

 気合で何とか保っていた腰が抜けてしまったのだ。


「たくっ、逃げ足だけは速い奴らだぜ――」


 流石は盗賊、見事な逃げっぷり。

 一目散にとんずらしていった盗賊達を追うようにして、村の入り口を油断なく見据えていたヨーヘイはやれやれと前髪を吹き上げるようにして息をつく。

 その彼の右手の先から、ぽたぽたと血が滴り落ちるのが見えて、カッシーは俯いた。


「……ごめん、ヨーヘイ。俺のせいで――」

「いいってことだ。それよりそっちは怪我ないか?」


 いつも通りにへらと笑ってそう言ったヨーヘイの問いかけに、少年の返事はなかった。

 やれやれと青年は苦笑する。しかし眼前に広がる現状は、その苦笑もすぐに引っ込めざるを得ないものだった。 

 地に伏した大勢の若者達。そして未だ炎をあげて燃え続ける家々――

 惨憺たる有り様だ。


「くそ、騎士団はなにしてんだ……次はもうもたねえぞ?」


 どう控えめに見てもこの村は『満身創痍』だ。

 もし次襲われたら――


 珍しく途方に暮れた表情を浮かべ、ヨーヘイは祈るようにして月を仰ぎ見た。

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