その12-1 足手まといだ

一時間後

チェロ村、松脂亭二階―


「これでよしと――」


 少年の身体は痣と擦り傷だらけではあったが、幸いにも大した怪我はなかった。

 まさに不幸中の幸い――椅子に腰掛ける少年の腕に包帯を巻き終え、ヒロコはふうと一息つく。

 にもかかわらず、我儘少年は青い顔色のまま、ぼそりと礼を述べると、それっきり何も話そうとせず項垂れたままだった。


 広場から戻って以来、ふさぎ込んでしまって終始この様子。

 こんなに落ち込む少年を見るの初めてだ――

 かける言葉が見つからず、日笠さんは困ったようにカッシーを見下ろしていた。

 だが同じく様子を窺っていた剛腕無双の風紀委員長と、クマ少年は、そんな彼にはっぱをかけるようにして口を開く。

 

「まったく、無鉄砲も程があるわ」

「もうあんな無茶すんなよなカッシー?」


 東山さんは厳しい口調、こーへいはのほほん口調で。

 それでもカッシーは反論一つせず、項垂れたままだった。


 こりゃ何言っても駄目そうだ――お互い顔を見合ってから、やれやれと溜息をつき、二人もそれ以上は言及せずに押し黙る。

 と、そんな少年を励ますように、ヒロコは彼の背中をバシン!と叩いた。

 ゲホゲホと咽ながらも、カッシーは何だ?――と、宿屋の女将を見上げる。


 彼女の頭には包帯が巻かれており、顔色も決して良くはなかった。

 おそらく先刻盗賊に蹴り飛ばされた際に負った傷のためだろう。

 だがそれでもヒロコはニコリと笑ってみせる。


「ありがとうカッシー、あなたカッコよかったわ。勇気あるじゃない!」

「ヒロコさん――」

「あの時あなたが囮になってくれなかったら私どうなってたか。中々できるもんじゃあないわ、大した度胸ね!」


 彼女が落ち込んでる自分を懸命に励ましてくれているのがわかり、カッシーは苦笑をしながらぽりぽりと頬を掻く。

 

「あの時はただ無我夢中だっただけで……あ、そういえば――あの花火とか、ベッドとかって日笠さん達の仕業だろ?」

「そうよ、でもあれは恵美とこーへいの機転のおかげ」


 恥ずかしながらその時自分はどうしていたかというと、気が動転してあたふたしっぱなしだった――

 まあ彼女には珍しくそこまで動転してしまった理由も、本をただせば無鉄砲な我儘少年が外へ飛び出してしまったせいだったのだが。

 それは置いておいて、見事なまでの支援攻撃ができたのは他でもない、クマ少年と風紀委員長の連携のおかげである。

 日笠さんは少年の問いかけにコクンと頷いてみせた。

 

「ムカー! ひよッチ俺も頑張ったデショー?!」

「はいはい、かのーもね」

「そっか、みんなありがとな。おかげで助かった」


 ぺこりと頭を下げてカッシーは礼を述べる。

 冗談抜きで彼等の機転と連携がなければ、少年だけでなくチェロ村は全滅していただろう。

 珍しく、素直にぺこりと頭を下げた我儘少年を見ながら、日笠さん達はこりゃ明日は雨降るかも――と、場違いな感想を心の中で抱いていたが。


「でもさ、どうしてみんな、騎士団が来ることを知ってたんだ?」


 たしか、騎士団が来た!――と、叫んでいたのが聞こえた。

 ブスジマとヨーヘイの会話を聞くまで、カッシーだって知らなかった事実を、何故みんなは知っていたのだろうか?

 カッシーは不思議に思っていた疑問をさらに皆へと投げかける。


「あー、それはかのーがなー?」

「ムフ、昼間村のガキどもと遊んでタラネー、『そろそろ騎士団がトーゾクを退治に来る』って言ってたのディスヨ」

「それを聞いたまゆみが、騎士団が来たように見せかければ、ひょっとしたら逃げていくんじゃないか――って」

「なるほど」


 謎がわかって納得したようにカッシーは頷いた。

 

「後で話を聞いて私も驚いたわ。まったく若いのに大した機転ね」

「ムフ、もっとホメテイーヨー」


 大混乱で逃げ出した盗賊達が、実はこんな子供達が考えた作戦だったと知ったらどんな顔をするだろうか。

 ヒロコはそれを想像すると、とても愉快だったらしく、いい気味だといった感じでクスクスと笑う。


「でもそれはそれとして、中々派手にやってくれたわね」


 ガランとしてしまった部屋を眺めながら、ヒロコは苦笑した。

 部屋の家具はほとんど東山さんが投げてしまっていたので、今あるものといったらカッシーが座っていた椅子一つのみだ。

 だがこれも仕方ないので隣の部屋から日笠さんが持ってきていたものだったが。


「す、すいません。何にも考えなしにやったので――」

「ま、あなた達のおかげで助かったんだから、これくらい安いもんだわ」


 申し訳ないと何度も頭を下げる日笠さんに対し、ヒロコは気にするなと笑いながら首を振って見せる。

 そして彼女は感心したように、こーへいを見上げ彼の肩をポンと叩いた。

 

「でも凄いわねえ、二段ベッドをあんな遠くまで投げるんだもの」

「えっ?」


 ぽんぽんと肩を叩かれてクマ少年は困ったように眉尻を下げる。

 俺じゃなくて犯人はこいつです!こいつなんですよ!――

 こーへいはそういって東山さんを指したかったが、当の少女は知らん振りでそっぽを向いていたので、仕方がなくヒロコの話に適当に合わせてその場を取り繕うことにした。


「それじゃそろそろ私は集会所に戻るわね。お手伝いしなきゃ」


 閑話休題。

 救急箱の蓋をパタンと閉じると、ヒロコはそそくさと服の埃を払いながら皆を一瞥した。

 なんとか盗賊団を追い払う事ができたチェロ村だったが、後始末はまだ終わっていない。

 村人達は各々手分けして、村内の消火活動や、怪我人の介抱にあたっており、村は昼間以上にばたばたしていた。

 と、部屋を出ようとしたヒロコに向かってカッシーは心配そうに向き直る。


「あのヒロコさん、ヨーヘイは?」

「うーん、とりあえず命に別状はないみたいだけど、怪我はどうかしらね」

「……そっか」

「でも心配しなくていいわ。あいつはあれくらいで死ぬような奴じゃないし」


 フォローするようにヒロコは付け加えたが、今の少年には焼け石に水であった。

 自分のせいで彼を怪我させてしまったのだ。責任を感じていたカッシーは再び落ち込むようにして項垂れてしまった。

 と――


「なーに暗い顔してんだおまえは」


 やにわに入口から聞こえてきた声に、少年は顔を上げる。

 視界に見えたのは、にへらと笑う垂れ目の青年の姿だった。

 ただ先刻までと異なり、その右腕には包帯が巻かれ、さらに三角巾で肩に吊り下げられてはいたが。


「ヨーヘイ、大丈夫なのか?」

「まあ少しは痛むが心配ない。すぐ治るだろ」

「ね、言ったでしょ? こいつは殺しても死ぬような奴じゃないんだから」


 ほら見ろ――と言わんばかりにヒロコは自慢げに胸を張り、幼馴染の青年の背中をばしっと叩いてみせた。

 だが彼女も青年が無事で安心したようだ。その顔にはどことなく安堵の表情が浮かんでいる。

 と、歩み寄って来たヨーヘイに向かって、カッシーは申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。

 

「ヨーヘイ……ごめん」

「いつまで気にしてんだおまえは。戦になれば怪我はつき物だ。いちいち謝られてちゃキリがないだろ?」

「でも――」

「もうさっきの事は忘れろって」


 これ以上この話はなし!――

 そう付け加えてカッシーの額にデコピンをかますとヨーヘイは苦笑する。

 そして彼はヒロコを振り返って小さく頷いて見せた。

 長年の付き合いだ。彼のその素振りに気づくと、ヒロコは彼がこれから何をしようとしているのか察し、頷き返す。


「青年団のみんなは?」

「あんまり芳しくはないな。命に別状はないが怪我が結構ひどい」

「そう……わかった。手当、手伝ってくるね?」

「わりぃな、頼む」


 任せなさい――と、腕まくりをしながら彼女は部屋を出て行った。

 さてと――

 彼女が階下へ消えるのを見届けてから、ヨーヘイは一行を振り返る。

 女将が去って静かになった部屋の中、なんだろう?――と、少年少女達は青年に注目した。

 

「あーその……これから忙しくなるんでさ、先にお別れを言いに来た」

「お別れ?」

「おまえら日が昇ったらこの村を出てヴァイオリンに行け。そしたらもうチェロ村には戻ってくるな」


 断言だった。

 そして、穏やかではあったが有無を言わせぬ口調だった。

 カッシー達は各々吃驚しながら、今一度確認するようにヨーヘイの顔を見据える。

 だが彼のその発言が冗談ではないのは、いつものような緩い笑みが、その口元に浮かんでいないことでわかった。


「い、いきなりそんなこと言われても……せめて理由を話してもらえませんか?」


 不躾過ぎるその発言に、日笠さんは表情を曇らせ追及するようにヨーヘイへ尋ねる。

 突然村を出て行け、そしてもう戻ってくるな――

 そう言われて言われても納得ができるわけがないのだ。

 と、ヨーヘイは頭の後ろをガシガシと乱暴に掻きながら、やにわに話し始める。

 

「悪いなみんな、状況が変わったんだ」

「状況って?――」

「五日程前の事だ。ぺぺ爺がヴァイオリンに盗賊退治を要請する手紙を送った」

「それって、騎士団が来るって話ですよね?」

「そうだ、丁度カッシー達がこの村に来た日だった。早馬でその返事が来たんだ」


 手紙の内容は盗賊討伐要請を受諾し、直ちに騎士団を派遣するというもの。

 ぺぺ爺以下、村の皆が安堵の表情を浮かべて喜んだのは言うまでもない。

 だがしかし――

 

「カッシーはその場にいたから知ってると思うが、盗賊団はどこで知ったんだか、騎士団が来る事を知っていた」

「そうなのカッシー?」

「ああ、確かに言ってた」


 カッシーは日笠さんの問いに頷いて答える。

 騎士団が来るまでにまだ時間があるはずだ――日笠さん達の機転を利かした攪乱を受けて混乱する最中、焦るブスジマはそういって明らかに動揺していた。


「奴等は騎士団が来るまであと三日と睨んでいた。大方その予想は間違っちゃいない。どんなに早くてもあと二日かそこらはかかるだろう」

「あと二日……」

「だが盗賊団あいつらだってバカじゃない。その前にこの村を潰しにかかるはずだ」


 現に今夜だって、そのつもりで奴等は襲撃を仕掛けてきていた。

 ヨーヘイはそこまで話してから近くの壁に寄り掛かり腕を組む。


「今夜はおまえ達のおかげで逃げていったが、だが直に騎士団の到着がデマだったって気づくはず――」

「……あいつら、きっとまた襲ってくる――と?」

「ああ」


 恐る恐るとおった感じで尋ねた日笠さんに対して、ヨーヘイは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、頷いてみせた。

 所詮は子供騙しの攪乱だ。連中に被害はそれほどなかった。だとすれば――

 

「早ければ明日にでもきっとまた来るだろうよ」

「そんな――」

「そうなりゃ、またこの村は今夜のように戦場なる。その……わかるだろ? だから巻き込まれる前におまえ達はこの村を出てってくれ」


 この問題は村の問題だ。よそ者であるおまえ達まで巻き込まれる必要はない――

 ヨーヘイはそう言っているのだ。

 意見を求めるようにして、日笠さんは一行を振り返る。

 カッシーは俯いたままで視線を合わせようとしない。

 東山さんとこーへいは彼女のその視線に気づくと、困ったように嘆息をしてみせた。

 かのーはいまいち理解していないようで、壁にもたれて胡坐を掻きつつ大きな鼻息をついていたが。


 どうしよう。彼が悪意があって村を去れ、そう言っているのではないことはわかった。

 けれど、大きな疑問が一つ残る――

 意を決したように日笠さんはヨーヘイを向き直り、抱いた疑問を投げかけた。


「それじゃ、ヨーヘイさんはどうするつもりなんです?」

「もちろん戦う」


 言わずもがな――だ。

 やはり断言だった。即答だった。

 被せ気味に日笠さんの問いかけにそう答え、ヨーヘイは少女を見据える。

 日笠さんは大きな目をぱちくりさせると、ややもってからヨーヘイにかぶりを振りながら詰め寄った。


「む、無茶ですよ。その怪我でですか?」

「俺達の村を俺達が護らないで誰が護るんだマユミちゃん?」


 勝算が低い事なんて、本人が一番わかっているのだ。

 それでも彼は戦わなくてはいけない。

 垂れ目の青年は誇り高い笑みを口元に浮かべて少女の言葉に答えた。


「ま、そういうわけだ。向こうについたら今後はヴァイオリンを拠点にしてくれ」


 話は以上だ――

 そう付け加えて、もたれていた壁から身を乗り出すと、ヨーヘイは確認するようにカッシー達を一瞥する。

 と――

 

「待ってくれよ」


 祈るように手を組み、話を聞いていたカッシーが、ようやく口を開き青年を向き直った。


「さっきも言ったじゃねーかヨーヘイ。よそ者とか関係ないとか言ってる場合か――って」

「……カッシー」

「俺達だけ逃げろって……できるわけないっつーの、そんなこと――」


 カッシーは低く思いつめた口調でそう言うと、じっと青年の目を見据える。

 ヨーヘイは少年のその目を見てから、こうべを垂れると、心底嬉しそうに口元に笑みを浮かべていた。

 予想していた反応だった。

 まったく持ってお人よしで、いい奴等だ――と。

 

 だからこそ、尚更こいつらを巻き添えにはできない。

 再び顔を上げるとヨーヘイは笑みを消し、カッシーを向き直る。


「確かにみんなのおかげで今日は助かった。それは礼を言うぜ?」


 しばしの間。

 決別しなければならない。たとえ傷つけることになっても、彼らを逃がすために――

 自分に言い聞かせるように心の中で呟き、そしてヨーヘイは意を決したように次なる言葉を放つ。


「でもな、正直いうと、おまえら全員足手まといだ」


 ――と。


 ガツンと殴られたような衝撃と共に目を見開き、カッシーは絶句したまま小さく息を漏らした。

 それでもぐっと拳を握りしめ、耐えるようにしてカッシーはヨーヘイから視線を逸らさない。

 訴えるような少年の視線を真っ向から受け止め、しかし青年は表情一つ変えずに話を続ける。


「よそ者とか関係ない――おまえのその気持ちはすげー嬉しい。さっきも俺達のために一緒に戦ってくれて感謝している」

「なら――」

「けど、俺は言ったよな? そういう立派な台詞は、一人前に剣振れる奴がいうことだ――って。剣も碌に振るえない奴は、戦場じゃお荷物なんだ。もし次に盗賊達が襲ってきたら、俺にはおまえまで護って戦える自信がない……」


 そこまで言ってから、青年はちらりと負傷した右腕に目を落とし、悔しそうに歯噛みする。


「ここはおまえ等のいた世界とは違う。今日わかっただろ? 一歩間違えば命を落とす、常に死が付きまとう、そういう世界だ」

「………」

「おまえはまだ、この世界で自分の身を護る術を知らない。そういう奴等は足を引っ張るだけなんだよ。だから……出て行ってくれ」


 ぐうの音も出ない正論だった。

 何一つ言葉を返す事が思い浮かばなかった。

 意を決して出て行ったものの、盗賊との戦いを目の当たりにして全く動けなくなった。

 それは紛れもない事実だった。

 青年の言葉を受け、恥ずかしさと悔しさに耐えるようにしてカッシーは歯を食いしばる。


「わりぃ、ちょっと言い過ぎた。ま、その……わかってくれよ。これはおまえらのためでもあるんだ」


 と、しんと静まり返ってしまった部屋の中で、ヨーヘイは気まずそうに溜息を吐き、乱暴に頭を掻いた。


「話は以上だ。それじゃ俺は行くぜ、日が昇ったら見送りに来るよ」

「行くってどこに――」

「これからペペ爺さんの家で作戦会議だ。ちょっと顔出してくる」


 ようやく元の優しい表情に戻るとヨーヘイは日笠さんの問いに、にへらと笑って答える。

 そして踵を返すと彼は入口に向かって歩き出した。

 やにわに彼はドアの前に立つと足を止めて振り返る。

 

「……じゃあなみんな。仲間捜し頑張れよ」


 別れの挨拶ともとれるその言葉と共に、彼は静かに部屋を出ていった。

 やがて彼が階段を降りていく音も聞こえなくなると、部屋は再び静寂に包まれ、重苦しい雰囲気の中少年少女達は一様に溜息を吐いていた。

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