その1-3 みんなは何処?

 数分後。

 場所不明。時刻未明。

 謎の『立方体建築物』前――

 

 遠くから見てもただの立方体、近くから見てもやはりただの立方体。

 色は深い灰色、一見するとコンクリートにも見えなくはないが……。

 その周囲には風化しかけた幾つもの石柱が、円を描くようにして聳え立っている。

 こうして見ると、何かを奉っているようなモニュメントに見えなくもない。

 だが何とも胡散臭い建物だ。一体こりゃなんだ?――

 日笠さんの後を追って集合場所にやってきたカッシーは、改めて建物を眺め思わず鼻を鳴らした。

 

 目が覚めたらこの建物の中にいた。中は真っ暗だった。

 誰かいるか?!――スマホのライトを頼りに必死に捜索した結果、反応があったのは僅かに六名。自分を入れれば計七名。

 彼らは建物前に集合しつつある。

 

 こーへいと共にやってきたカッシーは、既に集まっていた四人の人物を一瞥した。

 そのうちの一人は日笠さんだ。

 音瀬高校の制服ブレザーに身を包む男性と何やら話をしていた彼女は、カッシーがやってきたのに気が付くと、小さく手を振りながら出迎える。

 そして会話をしていたその男性こそが先刻、彼女が『会長』と称していた人物だった。

 

 名を佐々木智和ささきともかず

 音瀬高校生徒会会長。

 兼、音瀬高校交響楽団専任指揮者を務める高校三年生。

 ぴっちりと分けた七三ヘアーに、形の良い眉毛とまつ毛、そしてぱっちりとした目に、高くはないが整った形の鼻すじ。

 しかしその顔上半分に対して、下半分は青々と髭のそり跡が目立つ、なんともの濃い顔立ちのだった。


 そう『青年』なのである。

 幼少より神童と呼ばれ、一年生で生徒会長に就任するや、ずば抜けた行動力と発想力、そして頭脳を活かして数々の音高改革を成し遂げた天才――しかし現在『二留』中。

 御年数えて二十歳。つまり五年前、新設校である音高が開学した時から生徒会長の座に居座り続けている彼を、皆は『軽蔑』と『尊敬』という相反する二つの感情を籠めて『ササキ』と呼んでいた。


 ちなみに、カッシーはこの生徒会長があまり好きではない。

 生理的に苦手というべきだろうか。確かに頭はいいし、行動力もある。


 だがなんというか、のだ。

 根拠はない。うまく説明できないが、こうやることなすこと全てに裏があるような、胡散臭いというか。

 クソ暑い真夏日にも拘わらず、スカして真面目に上着ブレザーを着ているのもまた気に入らない。

 と、これはまあ坊主が憎けりゃ袈裟まで憎いといった感じだが。

 とにかく少年はできる限りこの生徒会長とはあまり関わりたくないと思っている。天才なら留年せずにとっとと卒業しろよ――と今この瞬間も思っているくらいだ


 そんなササキと目を合わせないようにして、カッシーは適当な地べたに腰を下ろした。


 残る二名はいずれも女の子だ。

 一人は、ヘアピンで止めたミディアムショートの髪から覗いた、はっきりした目鼻立ちと、意思の強そうなキリッとした眉が印象的な少女で、身長は小柄だが制服の下に纏った黒のインナーとレギンスより伸びるその手足は、バランスの取れた健康美溢れる肉付きをしていた。

 彼女の名は東山恵美とうやまえみ。パートはヴィオラ首席トップ。カッシーと同じ三年生。

 見た目通りの『スポーツ少女』で、運動神経は抜群。

 トレードマークは左腕に常に付けている黄色い『風紀』の腕章と、紅いコンバースのハイカットシューズ。


 性格は生真面目で良く言えば誠実で実直。悪く言えば融通が利かない。

 正義感の塊のような彼女は、一年のころから風紀委員として学校の風紀を守ってきた。現在は日笠さん同様に音瀬高校生徒会所属風紀委員長としてオケと生徒会を掛け持ちしている。

 そんな彼女についたその別名は『音高無双』――

 日笠さんとは別の意味で東山『』と、畏敬を籠めてさん付けで呼ばれている少女だ。

 まあ、彼女には他にもちょっと特異な部分があるのだが、それはおいおい話すこととして――


 そしてもう一人は、胸まである見事なロングシャギーの黒髪が印象的な少女だ。

 茅原夏実ちはらなつみ。パートはチェロ首席トップで同じく三年生。皆からは『なっちゃん』と呼ばれている。


 雪のように白い肌に、細い眉と切れ長の瞳そして薄桃色の唇。袖長い白いワンピースに包まれたその手足は、触れれば折れてしまいそうなほど華奢で細い――既にこの説明からもわかるだろうが整った容姿の持ち主である。


 加えて頭脳明晰。頭の回転が速く聡明で成績も常に学年上位。趣味は読書で好きなジャンルは推理小説。

 その華奢な容姿と物静かな雰囲気はさながら、『サナトリウムで静養する文学少女』のような儚さを演出し、校内では日笠さんと人気を二分する美少女である。


 加えて特筆すべきは彼女が口元に時折浮かべるその微笑だった。

 どことなく薄幸で庇護欲を掻き立てるその微笑に、男子は心を奪われ「ダメもとでもいい!!」――と、彼女にアタックする者が後を絶たない。


 だがしかし。

 その見かけに騙されてはいけないことを、オケの男子部員は良く知っている。

 この『微笑みの少女』が、誰よりも強い鋼のメンタルと度胸を持っていることを良く知っている。

 さらに成人男子でさえ恐らく怯んで、下手したら泣いてしまう程、歯に衣着せない『毒舌』の持ち主であることもよーくよーく知っている。

 彼女の傾国級の外見に惚れて言い寄ってくる男子生徒が、その微笑を浮かべたままの薄桃色な唇から繰り出される『毒舌カウンター』により、無慈悲にKOされてゆく様を、カッシーは幾度見た事だろうか。


 まさに触らぬ神に祟りなし。彼女には絶対逆らうな――は、オケの男子部員の間で暗黙の了解であった。


 以上二名、人物紹介終わり。

 日笠さんとササキを加えて四名。そしてカッシーとこーへいを合わせた計六名が今ここに集まっている面々だ。


 

「んで、話ってなんだよササキさん?」


 閑話休題。

 やにわにカッシーはササキへと集合の理由を尋ねた。

 少年の問いかけを受け、ササキは無言で頷くと、七三分けをした髪をファサリと掻き上げる。


「他でもない、現状の整理をしようと思ってな」

「そりゃ助かる。俺も聞きたいことがあるんだ。さっさと始めてくれ」


 渡りに船だと賛同した少年に、集まった他の面々も一様に頷いていた。皆も異論はないようだ。


「でも会長、あと一人集まってないですが――」


 と、日笠さんが今一度周囲を確認した後、困ったように形の良い眉をハの字にする。

 そう。先刻述べた通り、目が醒めた時ここにいたのは七名だった。

 現在集合しているのは六名。一人足りないのだ。

 だがしかし――


「いや、


 ササキは少女のその問いかけに食い気味に即答すると構わず話を続けようとする。


「どうせ話してもわからん」

「で、でも――」

「かまわない、放っておきたまえ」


 それでもなお戸惑う日笠さんに、ササキは断言口調で付け加えた。


 まあ確かになら、いてもいなくても関係ないか――

 と、この場にいない最後の一人の顔を思い浮かべながら、カッシーはちらりと皆の様子を窺う。

 はたして、他の面々もカッシーと同意見だったようで、話の続きを促すようにササキに注目していた。

 日笠さんはそんな一同の様子に気づくと、やれやれと軽い溜息を吐きつつ、わかりました――と頷いて見せる。


「まず、皆に確認したい。我々の他に部員の姿を見かけたかね?」


 しばしの間の後、ササキは話を一度咳払いすると皆に尋ねた。


「丘の周囲には誰もいなかった」


 先刻景色を眺めていた丘は、周囲が一望できる程に視界良好だった。

 隠れるでもしない限り、人影が見えれば気づくはずだ。それでも人っ子一人、その姿を発見することはできないでいた――

 カッシーはかぶりをふって答える。


「他の皆は?」

「なっちゃんと二人でもう一度、あの建物の中を調べたんですけど――」


 そう話を続けたのは東山さんだ。

 彼女はちらりと件の無機質な建物へ目を向ける。

 目が醒めて早々に建物の中は皆で探し回っていたが、今ここに集まっているメンバー以外の部員はいなかった。

 

 ともあれ、まだ見落としがあるかもしれない――と、東山さんはなっちゃんと共に建物の中を再度捜索していたらしい。

 しかし直後に少女の口から告げられた結果は、やはり先刻と変わらないものだった。 

 

「でも、やっぱり誰もいませんでした」


 無念そうに石畳に視線を落とし、東山さんは眉間にシワを刻み込んだ。

 余談だが彼女は不機嫌になると露骨に眉間にシワが寄る癖がある。

 その眉間にシワを刻んだ『音高無双』と対面することは、風紀を乱した者にとって死刑宣告と変わりなく、草食系男子がほぼほぼの音高に在籍する数少ない不良達からは、それはもう恐れられていた。


「人だけじゃない。ほんとに何もないの」


 東山さんの話に付け加えるようになっちゃんも口を開く。


「何もって?」

「私達の楽器以外全部ってこと。音楽室にあったものが全てなくなってた。椅子も、譜面台も、私達の荷物もね」


 途方に暮れたように小さな溜息を吐き、なっちゃんはゆっくりと首を振ってみせた。

 あったのはせいぜいティンパニーなどの大きな打楽器と、自分達の楽器のケースくらいだった。それと意識が戻った時、ササキが押し潰されそうになっていた、よくわからない球体の装置くらい。


「おーい、マジかよ? 勘弁してくれ」


 それはつまり、身に着けていた物と楽器以外は全て消失しているということだ。携帯や財布など、貴重品を全て鞄の中に入れてしまっていたこーへいは、彼女らの報告を聞いて肩を落とす。

 もっとも彼だけではなく、それは東山さんとなっちゃんも同様であったが。

 唯一難を逃れたのは、たまたまポケットに入れていたカッシーと日笠さんそしてササキの携帯くらいで、彼らもそれ以外の物はやはり消失していた。


 話を戻す。

 その後の日笠さんの報告も同じような物だった。

 まとめると、部員の姿はやはり見当たらなかった。ついでに言えば持ち物も身に着けていた物と楽器以外は全て消え去った。


 これだけ探して見当たらないということは、もはや逸れたというレベルではないのではなかろうか――


 各々がそう結論付け、なおのこと表情を暗くする中、報告を聞いていたササキは、しかし確信を得たように頷いていた。


「やはりそうか。諸君、ご苦労だった」


 かのような、落ち着きぶりだ。

 一言、呟くようにそう言って顎に手を当てたササキに気づき、違和感を覚えた日笠さんは隠すことなくそれを表情に露わにした。


って――どういうことです? もしかして、会長はこの結果を知っていたんですか?」


 少女は形の良い眉を吊り上げてササキを見据える。

 もしそうなら酷い話だ。

 この生徒会長が慎重かつ冷静な性格である事は、同じ生徒会に所属する身としてよく知っていた。

 だがこのような非常事態にも拘わらず黙っているのは悪趣味極まりない。

 皆必死で周囲を探したのだ。先に言ってもらってもよかったのに――と。


 だがササキはそんな彼女の問いかけを、ゆっくりと首を振って否定する。

 

「知っていたわけではない。考えていた仮説と照合するとなんとなく辻褄が合う――そう思っただけだ」


 皆が周囲を捜索している間、彼は彼で調査をして回っていた。

 それは他の部員を探していたカッシー達とは異なり、まったく別の目的のためであったが。

 そして皆からの報告を吟味して、彼は頭の中で一つの仮説を組み立てようとしていたのである。


「仮説? 一体なんの仮説です?」


 食い気味で日笠さんは尋ね返した。まるで問い質すような口調だ。

 知っていることがあるなら全部話してほしい――少女のその言葉を受け、ササキは頭の中で言葉を選ぶように一度口を噤むと、顎に当てていた手を再び腰の後ろに回す。


 はたして、その仮説とは――

  

「どうやら我々が今いる場所は日本ではないようだ」


 静かに持論を述べ、ササキは立派な睫毛を二、三度瞬かせた。


「日本ではないって……それじゃここは外国ってことですか?」

「いいや違う、ここは外国でもない。そして地球でもないだろう」


 狐につままれたような表情を一瞬浮かべつつ、言葉を詰まらせてしまった日笠さは、しばしの間の後に恐る恐る尋ねる。

 だがその問いかけに対し、ササキはまたもや首を振って否定していた。


「地球……じゃないって、じゃあ――」

「うむ、



 淡々と粛々と、しかしはっきりとそう述べて彼はササキは反応を求めるように皆を一瞥した。

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