その15 おでましだ!
「ムフ、結構寒いネー」
村の広場中央物見櫓頂上。
そのさらに屋根の上まで登って見張りをしていたかのーは、肌寒い風に震えながらぼやいた。
傍らで油断なく周囲を警戒していたヨーヘイはその言葉を聞いて苦笑する。
「ここは山の麓だからな、日が暮れると結構気温が下がるんだ。我慢しろよ」
「デモサー、サッキから何にも見えないヨー。ホントに来るディスカー?」
犬がおすわりをするように屋根の上に屈みこみ、かのーは辺りを一瞥して言い返す。
この少年は、身体能力だけは野生児並だ。
視力は両目とも二.五。しかも夜目も利くほうだが、先刻から盗賊らしき影は一向に見えない。
ちなみに彼は昼間あれだけ柔道の実験台になったというのに、もうぴんぴんしていた。ギャグ体質は羨ましい。
「奴等が来るなら今夜だ。日が経てば経つほど騎士団が到着する可能性は高くなる、そうなりゃあっちに勝ち目はない」
それに奴らは青年団が壊滅したと思っているはずだ。昼間のうちになっちゃんが皆の治療をしたことまでは流石に知らないだろう。
すっかり傷の癒えた自分の右手をパンと叩きつつ、青年団長は闇の中に目を凝らし続ける。
間違いなく今夜来る――ヨーヘイは確信していた。
「ナルホドネー」
話を聞いていたかのーはわかったんだかわからないんだか、適当な相槌を打ってケタケタと笑う。
そしてぷくっと鼻の穴を広げ、遥か彼方の森を指差した。
「例えばアレとかディスカ?」
「ん?」
と、かのーが指差した方向に視線を向け、ヨーヘイは目を凝らした。
視界中央の森の中からチカチカと光が点滅しているのが見える。
「ビンゴだかのー!」
「ドゥッフ、ナンディスカあれ?」
「あれは森の見張り台からの合図だ」
言うが早いがヨーヘイは柵から身を乗り出して、点滅する光を読み始めた。
かのーも屋根の上からぴょんと飛び出しヨーヘイの横に着地すると、小手を翳しながら光を眺める。
「アイズー?」
「森の各所に見張り台を置いてあるのさ、おまえ達が社にいたのがわかったのも、ああいう合図が送られてきたからだ」
「ムフ、アノ光はソーユー意味だったんディスネ」
丘の上からこの村を発見した時、チカチカと光っていたのはそういうことだったらしい。
ヨーヘイは光の点滅を確認しながら頭の中でその信号を解読していく。
「ウ・マ・ノ・ヒ・ヅ・メ……モ・リ・ニ・ヒ・ビ・ク――」
おでましだ!――
ヨーヘイは飛び出すように物見櫓の梯子を降りていく。
かのーも床に置いておいた棒を手に取ると、梯子の縁を滑降していった。
♪♪♪♪
一方その頃、ペペ爺の家――
「カッシー」
やってきた少年の姿に気付くと、ヒロコは手を振りながらカッシーに駆け寄った。
既に他の村人達は集合しているようだ。
「他のみんなは?」
「後から来る」
「ほー、よく似合っとるの」
と、ヒロコと同じくやって来たぺぺ爺はカッシーの出で立ちを見て感心したように呟いた。
今少年がまとっている服はぺぺ爺からもらった旅装束である。
深い蒼の上着に、黒いパンツと茶色い革のブーツ、そしてその上から革の胸当てをまとい、腰にはヨーヘイから借りたブロードソードを下げていた。
この世界の旅人の服装らしいが、どちらかというと剣闘士という言葉がしっくりするような、そんな感じの出で立ちである。
「元々着てた服、さすがに汚れてきてさ。悪いけど貸してもらいました」
「いやいや。そりゃ元々ワシのお古だったから、合うかどうかちょっと心配じゃったがの。中々どうして――」
「えっ、ペペ爺さんのなの?」
やや残念そうにそう言ってから、カッシーはしまったと口を噤む。
だが時既に遅し。
「なんじゃそのリアクションは」
「い、いや別に……」
「へぇ、カッシー中々似合ってるわね」
と、入り口から声がしてカッシーは振り返った。
部屋に入ってきたのは日笠さん、なっちゃん、東山さんの三人だ。
途端に村人達の間から溜息が漏れた。
彼女達もカッシー同様この世界の服装に着替えていた。
日笠さんは質疎な木綿でできた灰色の長衣の上に、フードのついた外套を羽織っていた。
スタイルの良い、きゅっと締まったウエストには革のベルトが巻いてあり、動きやすい革のサンダルを履いている。
マキコさんが昔使っていたものを借りたらしい。言われてみればなんだか魔法使いっぽい出で立ちだった。
なっちゃんはというと、真っ白なワンピースの上に、ゆったりめの白い上衣を纏っていた。
足はスカートに隠れて見えないが、どうやら履いているのはブーツのようだ。
そして最後、東山さんは杏色のフード付き旅人の服と、これまた杏色で揃えたキュロットスカート。
それぞれの下に黒のアンダーウェアとレギンスを履いていた。多分これは元の世界から持ってきたものだろう。
足も動きやすさを重視したのか赤いコンバースのスニーカーのままだった。
「どうカッシー似合ってる?」
「ああ、みんなよく似合ってる」
日笠さんが冗談めいてくるっと回りながらポーズを決めて尋ねると、カッシーはお世辞抜きで正直に感想を述べた。
というか、似合いすぎだ。元々三人とも可愛い部類に入る女の子だったが。
けどここまでこの世界の服装を着こなすとは、カッシーはちょっと感心していた。
「フフ、ありがと」
「お世辞でも嬉しいわ」
なっちゃんはクスリと微笑みながら、東山さんは少し照れながらそれぞれ礼を述べる。
と、カッシーは東山さんの左腕に付けられていた「風紀委員」の腕章に気づき目をぱちくりさせた。
「委員長、それまだつけてるのか?」
「私達も止めたんだけどね。服と合わないからって――」
日笠さんとなっちゃんはお互いを見合った後に苦笑する。
だが、東山さんはカッシーにまでそれを指摘され、不満そうに眉間のシワをより深いものにした。
「ゲン担ぎよ。付けてると気が引き締まるの」
「まったくなー、委員長らしいぜ」
そんなのほほんとした声が、東山さんの後に続いて入り口付近から投げかけられ、カッシー達は振り返る。
案の定、見えたのはにんまりと猫口を浮かべてだらだら歩いてくるこーへいの姿であった。
彼もこの世界の服に着替えたようだ。
茶色をベースにした旅人の服とこげ茶のベストを纏い、袖をまくっている。腰には小型の投げ斧がぶら下がっていた。
「こーへい」
「どうよカッシー、似合うだろー?」
「えっと、似合ってるんだけど……なんかおまえだけおっさんぽいな」
「言われて見れば……でも似合ってるけどね」
「しょーがないでょー、だってサイズが合うのこれしかなかったんだもんよー」
「なんかきこりのオジサンって感じ」
「おーい、ほっとけって!」
皆に口々に言われてこーへいは頬をぷくっと膨らませる。
「クックック、相変わらず君らは緊張感が全くないなコノヤロー」
喧嘩はその辺にしておきたまえ――と奥で本を読んでいたササキが口を開いた。
彼は着慣れた服が良いといって着替えなかったので、今も音高の制服のままである。
「会長、お疲れ様です」
「よく休めたか? ンー?」
「ばっちりだぜー?」
「あの会長、本当に今夜くるですか? 」
「絶対に来る」
もし自分が盗賊ならまず間違いなく今夜夜襲をしかける。
ヨーヘイの予想と同じ事を考えていたササキは自信たっぷりに断言する。
その言葉に部屋に集まっていた一同は静まり返り、表情を強張らせる。
と――
乱暴に扉が開けて、ヨーヘイとかのーが駆け込んで来たのは丁度その時であった。
「来やがったぜあいつら!」
「バッフゥー! いっぱいキテルヨー」
開口一番そう叫んだ二人を見て、カッシーはよしと小さく気合を入れた。
いよいよ決戦が始まろうとしている。
もう後には引けない。
「やはりきたのう……それじゃ皆の衆、準備はよいな?」
ぺぺ爺はゆっくりと一同を見渡すと覚悟を問うように尋ねた。
老人の言葉に皆は無言で頷く。
「諸君、作戦はわかっているな?」
「頑張りましょうみんな!」
「よっしゃ! いくぜっ!」
『おうっ!』
カッシーの掛け声で集まっていた一同はペペ爺の家を飛び出し、一斉に持ち場に向かって駆け出していった。
かくして。
チェロ村の未来を賭けた攻防戦は火蓋を切って落とされたのである。
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