その13-2 とっておきの秘策

「とっておきの秘策がある……ただし条件付だ」

「秘策……とな」

「そうです。この策があれば騎士団が到着するまで村を護る事ができる」


 そう言ってササキは懐から紙束を取り出すとテーブルの上に放り投げた。

 静まり返っていた部屋の中に、たちまち村人達のどよめきが走る。


「秘策って……それで俺達は助かるのか?」

「どんなもんなんだよ!?」

「そうだ! いってみやがれ!!」


 『怒り』と『絶望』は、『懐疑』と『希望』に変わった。

 こんなガキどもに何ができる――そう思いつつも、村人達は藁にもすがる思いで、ササキが示した1つの道に興味を示す。


「盗賊団と戦うのだコノヤロー」


 途端、部屋の中に次々と失望した溜息が沸き起こった。

 やっぱり子供の浅知恵か――と、村人達は失笑しつつがっくりと肩を落とす。


「戦うってどうやってだ?」

「村の若いもんはみんな怪我しちまった」

「どこに戦える奴がいるってんだ!?」

「いるだろう? それはさっきも言ったはずだが?」

「さっきもって、まさか――」


 と、いの一番に顔を真っ青にした腹の出た中年男を振り返り、ササキは不敵な笑みを浮かべたまま頷いた。


「戦うのはここにいる私達七人と村人全員だ」

「ぜ、全員だと!?」


 村人達は一斉に素っ頓狂な声をあげ、まじまじとササキを見つめた。


「そうだ動ける者は全て戦う。老若男女問わず全員で戦えば盗賊団にも数的には引けを取らん」

「な――!?」

「何言ってんだこのヒゲヅラっ!」


 なんてこと言い出すんだこのガキは?!――

 唖然としていた村人達は隠す事無く怒りを露にしてササキに詰め寄った。

 あまりの大胆発言に、流石のぺぺ爺も細い目を見開いて驚いたように息を吐く。

 

「ササキ殿、あんた本気かの?」

「クックック、私は本気ですぺぺ爺。本気とかいて『マジ』と読むほどに」

「ガキが何をいいだすかと思えば、ふざけた事いいやがって!」

「なめんなよこのヒゲッ!」

「さっきも言ったがこの作戦は条件付なのだ。反対する者は従わなくていい、黙っていてもらおうか?」


 ギャーギャーと怒鳴り声をあげた男達を煩そうに手で追い払いながら、ササキは村人達を一瞥した。


「ではその条件とはなんじゃササキ殿?」


 しばし考えを巡らせていた老人は、やがてゆっくりと頷きながら尋ねた。


「条件はただ一つ。それは、この村を護ってみせるという『覚悟』を持つことです」


 未だざわつく部屋の中に、ササキが放ったその言葉はやけにはっきりと響き渡ったのだった。


「覚悟……とな?」


 ササキの言葉を繰り返し、ぺぺ爺は首を傾げつつ彼へと尋ねた。

 その通りとササキは頷く。


「必要なのは誰かに頼ろうとせずに、自分達で護ろうとする『覚悟』なのだコノヤロー。それさえあれば別に剣を持つ力など必要ない」


 ササキはそう言ってさっきからブーブーと文句しか言わない村の男達を振り返った。


「というわけだ。覚悟のない者はこの場にいる必要はない。とっとと荷物をまとめてこの村から逃げてもらって構わないぞコノヤロー?」

「ぐっ……このやろう」

「ねえ、勝算はあるの?」


 しばらく考えこんでいたヒロコは徐に顔を上げてササキに尋ねた。


「ある」

 

 ササキは即答した。断言だった。

 日笠さんは知っている。

 彼が常に三歩先を呼んで行動するような、用意周到な人物であることを。

 ケンカはからっきし駄目で、体力もカッシー達男の子の中では一番ない。

 だがこの男は勝てない戦に挑むような無謀なことは決してしない。

 

「だが、私達だけでは勝てない。村人全員の協力が必要だ」

「私のような宿屋の女将でも?」

「もちろん。そこの腹の出張ったオヤジどもよりよっぽど戦力になると思う」

「な、なんだとぉ!?」

「決めたわ。私も協力させて」


 ヒロコは意を決したように頷くと、席を立ち上がった。

 いの一番にびっくりして目を丸くしたのは他でもないヨーヘイである。


「ヒロコ、冗談だろ?」

「本気よ、私も戦う」

「あのな……」

「私はこの村が好きだもの、盗賊なんかに好き勝手にされてたまるもんですか。それに前々から思ってたわ。あなた達だけ戦って、どうして私達は黙って隠れてるのかって」


 私だって戦える。

 心配そうに顔を顰めたヨーヘイに、ヒロコは首を振ってにこりと笑ってみせた。


「どうしてって、そりゃ――」

「私が女だから? それは偏見だわヨーヘイ。女だって戦える! ねえ、みんな!?」


 ヒロコはそう言って部屋に集まっていた村の女性達を振り返る。


「そうね……その通りだわ」

「今更住み慣れたこの村を逃げるのも――」

「覚悟があればいいんでしょ?」

「私達にでも手伝える事があれば!」


 彼女のその問いかけに、若い女性もおばさんも一瞬戸惑うように顔を見合わせたが、やがて力強く頷いてみせた。

 だがしかし。


「けっ、女のクセに!」

「そうだっ! 青年団すら苦戦する相手に女が何できるってんだっ!?」

「どうせきゃあきゃあ叫んで逃げ回るのが関の山だろ」


 先刻から愚弄されっぱなしの村の中年男達は、ここぞとばかりに賛同した女性達にヤジを飛ばす。

 ヒロコはむっとしながら、中年男達を睨み返したが、村の女性達はその野次に委縮するように俯いてしまった。


 と、なっちゃんはピクリと形の良い眉を動かし、静かな怒りを湛えた微笑を男達へと浮かべる。


「女になんか勝てないって思ってるの?」

「ああ、そうだ。非力な女が盗賊の相手になるものか」

「――だ、そうだけれど……恵美?^^」



 途端に轟音が響いたかと思うと、分厚いテーブルが音を立てて真っ二つになる。

 テーブルに頬杖をついていた者達はがくんとなって前につんのめった。

 ちょっと居眠りをしかけていた老人も何事か目を覚ます。


 野次を飛ばしていた中年男達は度肝を抜かれて言葉を失った。

 微笑みの美少女の傍らにいた小柄な少女が、一撃で分厚いテーブルを叩き割った瞬間を目の当たりにして。

 あーあ、やっちゃった――

 一部始終を見ていたこーへいは男達に同情するようにやれやれと肩を竦めていた。


「確かに悲鳴をあげるかもしれない。それに叫ぶかもしれない。私も『女』だし――」


 コキコキと腕を鳴らしながら、東山さんは男達へにっこりと作り笑いを浮かべる。

 しかしすぐにその笑顔をひっこめると、彼女は眉間にシワを寄せてギロリと彼等を睨みつけた。


「でも私は覚悟を決めた。あなた達のように逃げようとも思わない! 私は戦うわっ!」


 その気迫に中年男達は思わずたじろき息を呑む。

 威風堂々そう言い放った彼女に、村の女性達から黄色い声援があがる。


 同時にバンと入り口の扉が開かれ、ばたばたと大勢の足音が入ってくる。

 何事かと振り返った村人達の目に映ったのは、お鍋やら棒やらで武装した村の子供達の姿だった。


「隊長またせたなっ! オレ達も戦うぜっ!」

「ムフン、おっせーぞオメーラァァ!」


 やってきた子供達を見るや否や、かのーは得意気に鼻の穴を膨らませてケタケタと笑い声をあげる。


「お前ら何してんだ! あんた家の中で待ってろっていったじゃないっ!」

「そうだぞ何時だと思ってんだもう寝ろっ!」


 入ってきた子供達を見て、村人達は途端に険しい顔つきで叱りつける。


「ヤダッ! かあちゃん、オイラだって戦えるんだ!」

「とうちゃん。俺、逃げるのやだ! カッコワリーもん!」

「何言ってんだ。おまえ等子供に何ができる?」


 まさか子供まで危険に晒すなんてできるわけがない。

 子供達の反論には耳も貸さず、さっさと家に戻れと大人達は怒鳴りつけた。

 しかし子供達はべーっと舌を出して、傍らにいたかのーを見上げる。


「そんな事ないもんねーっ隊長言ってたもん。みんなで戦えば勝てるってさー!」

「そうだろ隊長?」

「ムフ、みんなで集中攻撃フルボッコすりゃ盗賊だっていちころディス」


 ケタケタと笑いながらかのーはあっさりと頷いた。

 そして子供達を見下ろすとびしっと敬礼してみせる。


「よく来たオマエラーっ! 気合は入ってるディスかー!?」

「おうよーっオレたちはやるぜファッキン隊長!」

「クソ隊長! シンバル隊全員集合だぜシィーット!」

「オーイエー! 戦場は地獄だぜェー! フゥーハハハァー!」


 何だ。う、うちの子が奇妙な言葉を――

 唖然としてその場に佇む親達を余所に子供達はかのーの前に整列すると気合をいれていた。


「ムフン、ご苦労クソガキども。これから作戦話すからシズカにまってろヨー」

「わかったぜクソ隊長!」

「オゥケイシィーット!」

「ムフ、そういうわけで我等『シンバル隊』も助太刀イタース!」

『おー!!』


 かのー以下子供達はそう掛け声をあげるとびしっと直立不動で集会場の端に並んだのだった。

 その様子を眺めていた日笠さんとカッシーはやれやれと顔を抑える。


「かのー、あなたは人様の子供になんて言葉を教えて……」

「おまえ、あんまり道徳に反する事を子供に教えるなよな」


 まあでも、理由はどうあれ子供達もやる気は満々のようだ。

 気が付けばみなササキの呼び掛けに賛同し始めていた。

 あと一息。少年少女七名は小さくガッツポーズを取りながら成り行きを見守る。


 と、ずっと思案していたぺぺ爺が、こくりと頷いてからササキを見上げた。


「ふぅ~~む、こんな爺でも役に立つかのう?」

「もちろんです」


 ササキは力強く頷いて老人の背中を後押しする。

 ぺぺ爺はすぐ傍に座っていたマキコさんと老人達を向き直し、やがて話し始めた。

 

「覚えとるか? 十年前戦争に巻き込まれた時じゃよ。この村は全て燃え、人も一杯死んだ」

「忘れるもんかい。一度諦めかけたが……それでもみんなで協力してなんとか復興できたんじゃったの」


 うんうんと頷きながら村の老人達はぺぺ爺の言葉に反応して各々当時の思い出に耽る。

 その言葉に、老人達だけでなく集まっていた村人全員ははっとしながら俯いた。


「のうみんな、ワシ等あの時の事忘れとったのぉ」

「そうじゃな、いつの間にか年取ったのを理由にヨーヘイ達に頼ってばかりじゃったわい」

「一から村を作りなおしたあの時の苦労と比べれば、盗賊なんぞ結構楽かもしれんの」

「そうじゃのー、今回もみんなで力を合わせればきっとなんとかできるかもしれんのう」


 そんじゃ、いっちょやってみようかの――

 ぺぺ爺以下老人達はにっかりとシワだらけの顔に笑みを浮かべ、ササキを向き直す。


「ササキ殿、こんな老体じゃがワシらで力になるのなら是非協力させてくれ」

「ありがとうございますぺぺ爺さん」


 敬うべき老人達一同の言葉に満足気にぺこりと頭を下げ、ササキは言った。

 そして村の中年男達を得意気に振り返り、頭脳明晰な生徒会長は、どうだと腕を組みながらにやりと笑った。


「ということだ。どうやらみんなは戦うらしいが? ンー? 貴方がたはどうするつもりだコノヤロー?」


 とうとう反対しているのは彼等のみ…男達は困ったように唸り声をあげた。

 村人一同、そしてカッシー達もじっと彼等を返答に注目している。


「あの、お願いします! どうか協力してください」


 味方は1人でも多い方が良いに決まっている。

 黙ってしまった男達に、日笠さんはぺこりと頭を下げた。

 少女のその態度に、男達はバツが悪そうに顰め面を浮かべながらお互いの顔を見合う。


「女子供に爺さん達までやるっていってるのに…」

「おまけによそ者のあんたらまで戦うって言ってるのになあ?」

「ああ、俺等が逃げたら笑い者だぜ」


 仕方ねえ――と、にんまりと笑ってそう言ったあと彼等は日笠さんを振り返る。


「協力させてくれ。俺達の村を守るために」

「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」


 日笠さんは顔を綻ばせて嬉しそうに深く一礼したのだった。


 かくして。

 十年の時を経て、今ここにチェロ村の住人達は再び一致団結する。

 少年少女の秘策と共に『覚悟』を持って盗賊へ挑むため――

  


「まったくおまえらは」


 なんて奴等だよほんと。年端もいかないガキだと思ってたのに――

 どやどやとやってきたと思ったら、いつの間にか険悪だった村人達を団結させてしまったカッシー達に、ヨーヘイは苦笑する他なかった。


「なあヨーヘイ。俺達さ、確かに足手まといかもしれない」

「ああ、そうだな」

「でももう決めたんだ。出ていけって言われても絶対残るからな」


 カッシーはちょっと照れ臭そうに鼻の下をこすると、にこりと笑ってみせる。

 大きな溜息をついてヨーヘイは頭を掻いた。そして嬉しそうにカッシーの額を小突く。


「……おまえって本当に強情で我儘で意地っ張りだな」

「ああそうだよっ、それの何が悪いんだっつーの!」


 それこそが自分の取り柄だと言わんばかりに、カッシーは胸を張って答える。


「一つだけ約束してくれ、危なくなったら無理せず退けよ?」

「それじゃ――」

「よろしく頼むぜカッシー」


 にへらと笑ってヨーヘイは左手を差し出した。

 カッシーは嬉しそうにその手を握る。

 部屋中で歓声が上がった。

 やってやる!という気合と共に――


「大したモンじゃのぉ」

「クックック……恐縮です」


 そんな一同を見ながら、部屋の隅でぺぺ爺とササキは会話を交わしていた。


「アンタ達本当に何者なんじゃ? 『タダノコウコウセイ』じゃったかの?」

「そうですな、強いて言えば――」


 懐からタクトを取り出し、ちらりとそれに眼を落とすとササキは得意気にこういった。


「『覚悟を決めたタダノコウコウセイ』ですかな」

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