その13-1 逃げたくない
三十分後、ペペ爺の家―
「はぁ~~~~~~なーんもいい案が思いつかんのぅ」
もともとやる気のない老人は、さらにだるそうに深い溜息をつく。
そして自分の家に集まった村人達を見渡した。
村人達は誰もが暗い顔をして俯き、暗い空気が漂う中、悲観的な嘆息が所々から聞こえてきている。
これじゃまるでお通夜のようだ。ペペ爺はやれやれとさらにもう一回溜息をついてしまった。
会議が始まってからかれこれ一時間、終始こんな感じなのだ。
「なあ、ペペ爺よ。騎士団は本当に来るのか?」
「来る。マーヤ……いやマーヤ女王から直筆の手紙が届いた。騎士団は必ず来るぞい」
場の沈黙に耐え切れなくなった村人の一人が不安そうに尋ねると、ペペ爺は深く頷いてそれに答えた。
「でも遅すぎじゃない?」
「準備やら何やらあるしそれは仕方ないじゃろ。だが騎士団はもうヴァイオリンを発っておるはずじゃ、二、三日のうちには来るはず――」
「二、三日!? それじゃあ間にあわねえよ!」
明日にも盗賊達は再びやってくるかもしれない状況なのだ。そう、二日後に村が無事という保証もない。
村人の一人は焦りと共に思わず声を荒げて反論した。
この状況を打破できるような策もないし、騎士団は間に合わないかもしれない。
不安は伝染する。
集まった村人達は情けない程に狼狽し、声を荒げて一斉に話し始めた。
慌ててペペ爺の傍らで様子を伺っていたヨーヘイが皆を諌める。
「大丈夫だ、騎士団が来るまで、俺達青年団がなんとか食い止めてみせる」
「しかし青年団は今日の戦いでみんな怪我しちまったじゃないか!」
「もう村に戦えるもんはおらん……どうやって戦うつもりなんじゃ?」
「それは……あー、なんとかするよ」
歯切れ悪く答えたヨーヘイに、村人達はさらに不安になりながら肩を落とした。
「ペペ爺、村を捨てて逃げるのも手じゃないのか?」
「それはならんて。この村はワシ等の爺さんの爺さん達の代が建てた、弦国創立から続く村じゃぞ。それを捨てて逃げる気か?」
ぺぺ爺は当然のごとく首を振って否定する。伝統ある村を盗賊達のために捨てるなど、不名誉なことこの上ない。
「逃げるのは最後の手段だ。下手に逃げると奴等味をしめて近隣の村まで襲うかもしれない」
「他の村の事まで気にしている場合じゃないだろヨーヘイ」
「そうだ、意地はって村に留まって、そしたら俺達はどうなるんだ!?」
「まちなさいよアンタ達! 逃げてどこに行くってのよ?宛てがあるの?」
苛立ちはピークに達し、村人達はそのはけ口をヨーヘイに向けだした。
だがその様子を伺っていたヒロコが情けない、と一喝すると、村人達は悔しそうに口を噤む。
部屋は再び静寂に包まれた。
喧々諤々皆でいい案はないか思案してみたが、どう贔屓目に見ても盗賊団に対抗できる術はなさそうだ。
ますますもって暗く重苦しい空気に包まれてしまった部屋の中で、ペペ爺は再度やる気のない溜息をついた。
「はぁ、結局なーんにもいい案がうかばんのう……もうこーなったら天に運を任せるしか」
「ペ、ペペ爺さんっ!?」
「あなたが諦めたら終わりでしょ?」
「おちつけヨーヘイ、ジョークじゃよ」
「……ジョークに聞こえないんだよ」
普段からやる気ない老人なのにそんなジョークわかるか。
ヨーヘイとヒロコは笑えない、と老人を睨みつける。
「そうだいい案があるぞみんな!」
と、一番隅に座っていた村人がぱっと顔を明るくしながら椅子から立ち上がった。
皆は一斉に彼に注目する。
「なんじゃい?」
「ほら、ヒロコの宿屋に泊まってる若いモン達がいるだろ?」
「ああ、社の学術調査に来ている者達のことか?」
「あの若者達に盗賊退治を頼んだらどうだ?」
溺れる者は藁をも掴む。
もしかしてもしかすると昼間見たあの奇跡の力なら、盗賊達を何とかしてくれるかもしれない。
その提案に集まっていた村人達は名案だと希望の色を顔に浮かべた。
「そうじゃそうじゃ! あの若者達ならなんとかしてくれるもしれん」
「そうね。あの楽器できっと奇跡を起こして――」
「ワシ等を助けてくれるかも!」
だが――
「それはだめだ」
一縷の望みに盛り上がる村人達を制するように、ヨーヘイはきっぱりとその提案を拒否する。
「なんでじゃヨーヘイ、あの子達ならきっと何とかしてくれるに違いない」
「そうよ、あの魔法のような楽器できっと盗賊団を……」
「彼等は村の者じゃない、関係ない者をこの村の争いに巻きこむことはできない。村の事は村の者で何とかするのが筋だ」
「私もその意見に賛成。彼等はまだ子供よ? 尚更巻きこむわけにはいかないわ」
厳しい顔つきそう言ったヨーヘイの言葉に、ヒロコも同意して言葉を続ける。
納得いかなそうに上目遣いでヨーヘイを見る村人達に気づき、ペペ爺は間を取り持つように口を開いた。
「みんなにはすまんがのう、あの方達には事情を話して、明日にはこの村を出てってもらう事にしたんじゃ。もともと学術調査のためにいらした方々じゃからの」
「そんな!? ちょっとくらい待ってもらうわけにはいかんのか?」
「そうよ、村に泊めてあげたんだし、助けてくれたっていいじゃないか」
「せめて、騎士団が来るまでの間なんとかならんのか?」
この危機を乗り切ることができるかもしれない、ようやく見つけた希望の光。
その希望にすがるように、村人達は未練がましく次々にぺぺ爺へ言葉を投げかける。
だが老人はゆっくりと首を振った。
動作は緩慢だが、その動作が示す意志は明白だった。
「だめじゃ。ワシ等の村の問題はワシ等で解決するんじゃ」
「そうは言っても、他に解決策なんてないじゃないか」
「はぁ……それじゃワシらはどうすれば」
「結局誰も助けてくれない」
「このまま盗賊に襲われてるのを待つのみかのぅ」
「やはりこりゃ逃げるしか――」
とうとう泣き出す者まで出てくる始末。何とも情けない、とぺぺ爺は俯いた。
村人達の間に生まれた『絶望』と『諦観』――二つの負の感情により場はますますもって収拾がつかない混乱のるつぼに呑まれようとしていた。
と―
「クックック、まったくもって情けない連中だコノヤロー」
落ち込む村人達を嘲笑うかのような、そんな含み笑いが聞こえてきて、村人達は隠すことなく不快と怒りを顔に浮かべると、一斉に入口を振り返った。
だが、続々と中に入ってきた噂の少年少女達の姿に気づくと、生まれた『不快』と『怒り』の感情は、『希望』と『喜び』を追加させ、村人達の表情をなんとも複雑なものへと変える。
「カッシー!? おまえ……」
「困ってるみたいじゃん。力貸そうかヨーヘイ?」
ビックリして思わず席を立ったヨーヘイに歩み寄り、カッシーは彼の真似をしてにへらと笑ってみせた。
あれだけ言ったにも拘わらずひょっこり姿を現した少年を見下ろし、ヨーヘイは呆れと怒りを含んだ表情でカッシーを睨みつける。
「何しに来た。今作戦会議中だ」
「知ってるよ、だから来たんだ」
ヨーヘイの言葉を真っ向から受けとめて、カッシーははっきりと言い返す。
「ヨーヘイ。俺達も村を護るために戦うぜ」
「……さっき言った事理解してるか?」
「十分理解してる。だからさ……今度俺が足手まといになったら、俺を見捨てて構わない」
「……カッシー」
「俺は逃げたくない……だから足手まといでも残るって決めたんだ」
少年の顔つきは真剣そのもの。もはや迷いはなかった。
嬉しいような困ったような顔でヨーヘイが口を開こうとした時だった。
「おいコラこの青ヒゲもやし!」
入口近辺から、そんな怒鳴り声が聞こえてきて二人は会話を中断して振り返る。
と、顔を真っ赤にして今にも殴りかかろうとする村人と澄ました顔のササキが対峙しているのが見えた。
「さっきの言葉はてめえが言ったのか?」
「そうだが、だったらなんだというのだねコノヤロー?」
腹がポッコリと出たその中年の村人は、額に青筋を浮かべ、えらい剣幕でササキの顔を覗きこむ。
だが対するササキの表情は余裕そのもの。
かかったな小魚――と、食ってかかってきた村人中年の顔をにやにやと嘲笑するように眺めていた。
部屋に入る前に、ここは私に任せておけ――なんて自信ありげに言うからその場の仕切りを任せてみたものの、この生徒会長はいきなり相手を煽ってどうするつもりなのだろう。
日笠さんは気が気でなかったが、当のササキが心配するな、といいたげに日笠さんへ不気味にウインクをしたのを見てやれやれと溜息をつく。
「てめえ、偉そうに……!」
「よしなさいっ! まだ子供でしょ? 何本気で怒ってるのよ」
怒り心頭、村人はササキの胸倉を掴み殴りかからんとする勢いで詰め寄る。
近くにいたヒロコが慌てて間に入ってそれを止めた。
「何がしたいんだおまえらは? 荒らしにきたのか?」
「まあ見ててくれよ」
火に油を注ぐように煽り始めたササキを見つつ、ヨーヘイは呆れながらカッシーに尋ねたが、少年は自信ありげに笑って即答していた。
「おまえに何がわかる!」
「そうよ、事情も知らないよそ者くせに!?」
「ガキに言われたくないんだよ!」
場の雰囲気はいよいよもって最悪になりつつある。
中年の男だけでなく、焦りと苛立ちから、そのけ口を探していた村人達がこれ幸いとササキに矛先を向けたのだ。
だが一斉に自分に向かって罵声を浴びせ始めた村人達を一瞥し、それでも浮かべた笑みをひっこめず、ササキは自分の胸倉を掴んだ手を払いのけると口を開いた。
「では聞こうか、そのよそ者をついさっきまで頼ろうとしていたのはどこの誰だ?ンー?」
「口」撃開始。天才生徒会長の反撃が始まる。
途端に言葉を詰まらせ、村人達は悔しそうに唇を噛んだ。
「返す言葉もないかコノヤロー、やっぱり情けない連中だ。なあ茅原君?」
とササキは傍らにいた少女を振り返る。
やにわに話をふられたなっちゃんは、待ってましたとばかりに眼を輝かせ静かに頷くと、クスリと小悪魔のような微笑を浮かべ、彼女は村人達の顔を覗きこんだ。
「ええそうね。ヨーヘイ達青年団に頼っておいて、彼等が怪我したら次は私達? 頼ってばかりで情けなくないの? 無職ニート以下のへたれね」
これぞ本領発揮と言わんばかりに辛辣な毒舌を遺憾なく奮い、なっちゃんはさらに村人達の感情を煽る。
怒気が殺気に変わっていった。流石にここまで馬鹿にされては村人達も黙っていられない。
「言わせておけばこのガキっ!」
「もう我慢ならん、大人の怖さを教えてやる」
村人達は各々額に青筋を浮かべて憤慨しだした。
だが見かけとは裏腹に肝の据わった美少女は、平然と微笑を浮かべて村人達の怒りを真っ向から受け止めていた。
「カッコわる。弱い者にしか威張れないのね。盗賊からは逃げようとした癖に女子供は平気なんだ」
「好き勝手言いやがって! あんな奴らに勝てるわけねえだろ! 逃げる事の何が悪い!」
「勝てるわけがない? では聞こう。貴方はヨーヘイ君達青年団と身体的にどこが違うのだコノヤロー?」
と、なっちゃんに殴りかかろうとした村人に対し、ササキはずずいと近寄って彼の鼻面を指差す。
先刻ササキに掴みかかった、腹の出たその中年男性だった。
彼は急に問いかけられ、困ったように唸り声をあげる。
「持病でもお持ちなのか?」
「な、ない」
「では日常生活に支障があるような障害をお持ちか?」
「そ、それもねえよ」
「腕がないのか? 足がないのか? 頭がないのか?」
「あ、あるに決まってんじゃねーか!」
「では何故共に戦わなかった?」
「そ、それは――」
「年をとっているからか? 腹が突き出しているからか?」
「か、関係ないだろ腹は!」
まるでマシンガンの如く矢継ぎ早に問いかけられ、男は口をぱくぱくしながら押し黙ってしまった。
それを見てササキはやれやれと肩を竦めてみせる。
「彼だけではない。ここにいる無傷の男性諸君は何故戦わないで家に閉じこもっていたのか? 貴方も、貴方も、そして貴方もだ!」
幾分声を荒げつつ、問い詰めるような口調でササキは次々と部屋に集まっていた村の男性達を指差していった。
いずれの男達も青年団に所属していない、中年をやや越えた者達だった。彼等はいずれも返す言葉もなく悔しそうに項垂れる。
「何故誰もお答えにならない。質問しているのだが?」
芝居がかった口調でそう尋ね、ササキはコツコツと靴を鳴らし部屋を歩き始めた。
そして煽るように、脅すように男達の顔を一人一人を覗きこむ。
まるで尋問だ。しかし誰もその問いに答えようとはしなかった。いや答えられなかったと言った方が正しいだろうか。
彼等にとってそれを口にする事は、自分の弱さを認める事に他ならないからだ。
「では私が代わりにお答えしようか」
部屋を一周し、元の場所に戻ってくるとササキは腰の後ろで手を組み、集まった村人達を見回した。
「自分がしなくても誰かが何とかしてくれる――そう思って現状に甘えていたからではないかね?」
「なにを言って――」
逆ギレに近い形で腹の出た男が反論しようとした。
しかし彼の言葉は、ササキが乱暴に叩いたテーブルの音に遮られる。
一際大きく部屋に響いたその音に、村人達は思わず身を竦ませた。
「この村は一体誰の村だ? 貴方がたの村だろう? ヨーヘイ君は言っていた。自分たちの村は自分達で守る――とな」
そう言ってササキは確認するようにちらりとヨーヘイを見る。
ヨーヘイはそんなササキの視線に気づくと、しばしの間の後肯定するように頷いた。
「貴方がたは戦えたのに、その身可愛さに隠れていた。挙句ヨーヘイ君達が怪我をしたら村を捨てて逃げようとした。それを情けないと言って何が悪いコノヤロー」
大の男が束になって相手しても、ぐうの音も出ずに歯軋りして悔しがるこの状況。
煽り、怒らせ、冷静な判断力を失わせて相手を自分のペースに持ち込み、そして理詰めで落とす。
これがこの生徒会長の常套手段である。
やっぱりこの人凄いなあ――最初はどうなることかとハラハラしながら様子を伺っていたが、あっという間に村人達を自分の土俵に引き込んでしまったササキの巧な話術に、日笠さんは感心してしまっていた。
しかし、どんなに正当な理由の弁であろうと、敵わないものがある。
それは昂ぶった人間の感情が生み出す『開き直り』。
「エラそうに言いやがって」
「ならおまえ達なら何とかできるっていうのか!?」
「そうだそうだ!」
そこまで言うならお前がこの状況を何とかしてみろ。ないと答えたらただじゃすまさない―そんな表情で村人達は口々にササキへ罵声を浴びせはじめた。
集団によって増幅した怒りの感情は、そう簡単に静まるものではない。場合によっては暴動に発展することもある。今がまさにその状況だった。
これはまずい、ぺぺ爺はそう感じると見かねて間に入った。
「落ちつけ皆の衆」
「ぺぺ爺、でもこいつら!!」
「ササキ殿、アンタの言うことはもっともじゃて。だがそうとわかっていてもどうしようもない時もある」
「失礼したペペ爺さん。私も少し言い過ぎました」
「教えてくれんかの。アンタそれだけ煽るからには、この窮地を脱する方法を知っとるんじゃないか?」
相変わらずやる気のない態度のまま、しかし瞳の奥に老獪な輝きを秘め、ぺぺ爺はササキに尋ねた。
老人の長年の経験から備わった観察眼は、わずか三日の付き合いだったが目の前の男がどういう人物かを理解しつつあった。
この男は何か企んでいる――
ぺぺ爺は先刻からの芝居がかったササキの弁舌を聞いて既にそう感じ取っていたのだ。
はたして、ぺぺ爺の予想通り。
まさにこの状況も含め、ササキの思い描いていたシナリオどおりだった。
恐ろしく頭の回転が速く弁もたつこの生徒会長は、ここまでは想定内――と、内心ほくそ笑んでいた。
一触即発のこの雰囲気をなんとかするには溜まり溜まったガスを抜くしかない。
そして、爆発寸前まで鬱屈した『怒り』や『不安』が大きい程、穴を開けた時の反動と印象は大きいのだ。
それを彼は知っていた。だからここまで村人達を煽ったのだ。
では――
穴を開けようか諸君。
ササキはピンと一つ指を立てると、得意げに含み笑いを浮かべ村人達を見渡した。
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