その8-1 無茶言うなボケッ!

三十分後。

チェロ村、ヒロコの宿屋―



「あら、みんなおかえりなさい」


 ぺぺ爺の家で楽器を引き取り、カッシー達が宿に戻ると、丁度ヒロコが椅子を並べて即席の会場を作っているところであった。

 彼女は戻って来た少年少女達に気づくと設営を中断してトタトタと駆け寄ってくる。

 ちなみにヨーヘイに聞いてわかったのだが、この宿の名は「松脂まつやに亭」という名前らしい。

 基本全てが楽器に関わっているようだ。


「ヨーヘイから聞いたわ。あなた達、楽器の新しい活用法も研究しているんですって?」

「ああ、その……少しだけど」

「やっぱり大学って凄いわねえ、そんな発想思いつきもしなかったわ」


 ヨーヘイめ、なんてこじつけな設定だろう。流石にこれは無理があるぞ――と、カッシーは呆れつつ顔を抑える。

 だが、その仕草が謙遜して照れていると思われたのだろう。

 ヒロコは感心したように少年の肩をぽんぽんと叩いていた。

 ここまで来たらもう仕方がない。下手に弁解する必要もないかと、カッシーは適当に肯定することにした。


「若いのに多才ねえ。それで、何か準備するものがあれば言ってほしいのだけれど」

「ああ、椅子さえあれば」

「なんだそれならもうできてるわ」


 バッチリよ、とヒロコは暖炉の傍を振り返りながら言った。

 カッシー達がヒロコの視線を辿ってその先を見ると、椅子が六つ綺麗に並べられているのが見えた。

 そしてその対面には、向かい合うようにして、これまたいくつもの椅子が並べられている。

 こちらはどうやら客席のようだ。準備は概ね完了といったところだろうか。


「もうそろそろみんな来ると思うから、よろしくね」

「わかりました」

「それじゃ楽しみにしてるわ」


 と、ヒロコは再び会場の準備に戻っていく。


 それからさらに十分後――

 話を聞いて集まって来た村人達によって、即席の会場はあっという間に満席になる。

 席が足りなくて立ち見が出始めたくらいだ。その中にはペペ爺やマキコの姿も混じって見えた。

 その誰もがみな、少年少女達が手にしている楽器を眺めながら、一体何が始まるのだろうと期待の眼差しを彼等に向けている。

 

 これはまずい――

 トランペットを組み立て、調整をしていたカッシーは予想外に集まった聴衆を眺めて顔に縦線を描く。

 そんなに期待されてもうちらは弱小アマチュアオケの一部員で、大した演奏はできないのだが。


「よっ、カッシー」


 と、そこにこの音楽会の企画者ある青年が相変わらず締まりのない笑顔を浮かべながらやってくるのが見えて、少年は憮然とした表情で青年を出迎えた。

 

「どうした? なに暗い顔してんだよ?」

「何だこの数? いくらなんでも呼び過ぎだっつの!」

「限度ってものがあるでしょ、ヨーヘイさん!」


 こんなに集まるとは思ってもいなかった――と、緊張しやすいカッシーはヨーヘイに詰め寄り恨み節を口にする。

 その言葉を受けてヨーヘイも、集まった村人達を一瞥しながら、やや驚いた顔つきで苦笑を浮かべていた。

 

「ああ……こりゃ村の奴らほぼ全員来てるなあ」

「おーい、マジかー?」

「最近ピリピリしてたからな、少しは気分転換になるかと思って声かけたんだが……まさかこんな集まるとは」

「……ピリピリね」

「こっちの話だ。まあよろしく頼むぜ」


 誤魔化すように言葉を濁し、ヨーヘイはポンとカッシーの肩を叩く。

 しかし彼等の頭の中には、この村にやってきた時見かけた焼け焦げた家々や、殺伐とした村の様子が思い浮かんでいた。

 ピリピリしている原因はなんとなくだがわかる。盗賊騒ぎのことだろう。

 改めて客席を見ると、中には包帯を巻いた若者の姿も見えた。何となく浮かない表情の男性や子供の姿も見て取れる。


「わかったよ……今回だけだからな?」

「サンキュー」


 ぺぺ爺を筆頭に、この村には既に十分過ぎるくらいお世話になってしまっている。

 ここはもうもう覚悟を決めるしかないだろう。

 仕方がない――と、カッシーは気合いを入れて再びトランペットのチューニングに戻った。

  

 そしてさらに十分後、予定通り音楽会は幕を開ける。

 ヨーヘイが頃合をみて村人達の前に立ち、コホンと咳払いすると、ざわついていた客席は一斉に静まり返り彼へと注目した。


「みんな待たせたな、それじゃ始めるぜ。知ってる奴もいるかもしれないが、後ろの彼等はオラトリオ大学の学術調査員さん達だ。しばらくの間、社の調査のためにこの村に滞在することになった。みんなよろしく頼むぜ」


 途端に村人達の間から拍手があがった。

 ようこそチェロ村へ!――歓迎の意を含んだ拍手を一頻り受けて、カッシー達は照れくさそうに会釈でそれに応える。


「さてと、ところでみんな。楽器は知ってるか?」

「知ってるぜ、ラッパとか笛とかだろー?」

「そうだ。でもみんな見てくれ彼らが持ってる物を。これがなんだかわかるか?」


 と、元気よく答えた少年に頷くと、彼は少年少女が各々手に持つトランペットやチェロといった楽器を指差し、さらに尋ねた。

 当然ながら村人達は、皆目見当もつかないといった顔つきで一様に首を振りざわつきだす。

 その反応を受けて、ヨーヘイはやや得意気ににへらと笑ってみせた。


「実はこれも楽器なんだそうだ」

「なんと楽器だと?」

「本当かよヨーヘイ?」


 あっという間に客席は驚きと懐疑を含んだ声で埋まる。

 再びざわつきだした会場を鎮めるためにヨーヘイは手をパンパンと叩いた。


「まあ俺も昨日初めて知ったんだけどな。なんと、ぺぺ爺さんでも初めて見るものらしいぜ?」

「なんだって!?」

「村長もかの?」

「物知りのアンタでも知らんもんがあったんじゃのう」

「まあ世の中広いからのー、知らん事はまだまだ山ほどあるわい」


 いくら物知り翁といっても、流石に異世界の楽器まで知っているわけがない。

 しかし、その真実を告げることなく、ぺぺ爺はやる気なさげな溜息と共に、揶揄するように自分を見つめる村人達へ、適当な答えを口にしていた。


「でだ、その楽器をだな――」

『おお?』

「俺達にだけ、特別に披露してくれるそうだ!」

『おおおーー!』


 村人達は歓声と共に再び拍手をした。

 ちょっと待てなんだこの前説は。ていうか、そんなに盛り上げてもらっても逆に困るのだが――

 無駄にテンションのあがった客席を前に、カッシーは逃避するように遠い目をしつつ、ガチガチに硬直していた。

 

「さて、そんじゃ俺の話はこれくらいにして、早速披露してもらうぜみんな」

『うおおー!』

「あとは頼んだぜカッシー!」

「は? お、俺かよ!?」


 と、名指しで指名され、油断していたカッシーは悲鳴に近い裏返った声をあげる。

 そんな少年を置き去りにしてヨーヘイがそでに捌けると、村人達は待ってましたとばかりに一斉に拍手しながら、期待の眼差しを一斉に少年へと向けたのだった。


 一体どんな楽器なのだろう――

 と、途端に静まり返った宿の中、痛いくらいの視線を向けられた少年は、青ざめながらごくりと唾を飲む。

 

「え、えーっと――」


 さてどうしたものか。マジで困った。

 緊張もあるが、アドリブが大の苦手なこの少年は、何の言葉も出せずに固まってしまっていた。

 何が始るのかと期待していた村人達は、その長い沈黙に訝しそうにざわつき始める。


「おーい、カッシー」

「なにやってんの、なんか言いなさいこの甲斐性なし」

「無茶言うなボケッ! 何言えばいいんだっつーの!」


 後ろからなっちゃんにチェロの弓でつんつんと突つかれ、カッシーはキレ気味で言い返した。

 口が回る訳でもないし、さっきから見てわかる通りのあがり症。

 打ち合わせも何もなく突然振られても、器用に仕切ることなんて、土台彼には無理な話なのだ。

 と、見るに見かねた『元』部長である少女が、やれやれと溜息をついて立ちあがる。


「チェロ村の皆さんはじめまして。ヨーヘイさんからご紹介に預かりました通り、我々はオラトリオ大学考古学研究科の調査員です」


 流れるように自然な口調で村人達に口上を述べだした日笠さんを、カッシーは鳩が豆鉄砲を食ったような顔でぽかんとしながら眺めていた。

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