その7-2 弦国と管国
「なっちゃん?」
「んー、どういう事だ?」
「ねえぺぺ爺さん、私達の服装ってこの世界じゃかなり目立つんでしょ?」
「うむ、かなり違和感を感じるのう」
と、少女に問われ、ぺぺ爺は率直な感想を述べる。
中世のヨーロッパと変わりない彼等の服装からしてみれば、この少年少女達の服装は控え目に見てもかなり浮いていた。
なっちゃんは老人の返答を受け、満足そうにクスリと笑う。
「思い出してみんな、あの社に私達の楽器以外はなかったでしょ?」
「ああ、でもそれが?」
「きっと他のみんなも自分の楽器を持って飛ばされてると思うの」
「――なるほど、『奇妙な服装』に『見た事もない楽器』か。確かに相当目立つなコノヤロー」
把握した――
いち早く察したササキがほくそ笑みながら、彼女の意図するところの答えを口にした。
ご名答♪と、なっちゃんは頷いてみせる。
「つまりね、それだけ目立つ人物を見かけたら噂になるんじゃないかしら。大きな街なら人の出入りも多いし、そういう噂も入手しやすいんじゃないかなって思うのだけれど――」
「それで大きな街で情報を集めよう、ってことか?」
「そういうこと」
そこまで言ってからなっちゃんは長い髪を靡かせながら皆を向き直り、この案どうかしら?――と、尋ねる様に首を傾げた。
話を聞いていたペペ爺は、一度深く頷くと少年少女を見る。
「ふぅむ、いい案かもしれん。闇雲に探すよりは合理的じゃと思うぞい」
「ぺぺ爺さん、この辺で一番近くて大きな街ってどこですか?」
「そりゃもちろん『ヴァイオリン』じゃろうの」
「ヴァイオリン?」
自らの案に自信を持って尋ねたなっちゃんであったが、楽器の名前の地名らしき名称が老人の口から飛び出し、彼女は面食らったように思わず笑みを引っ込めた。
一方でカッシーは、昨夜読んだ妹作の絵本の内容を反芻しながら、口をへの字に曲げる。
昨日も出てきていた名前だ。確か城があったはず――と。
「弦国の首都の名前じゃよ」
「首都……そのヴァイオリンってどの辺にあるんですか?」
「チェロ村の南にあっての。えーっと……ここが今ワシらがいるチェロ村じゃろ?」
地図の上を指でなぞりながら、ぺぺ爺は大陸北西にあった小さな点を指差す。
カッシー達が老人の指の先へ目を下ろすと、はたしてそこには達筆な文字で『チェロ村』と記されていた小さな点が見えた。
「これがチェロ村か」
「この村って結構北よりなんですね」
「うむ、そしてこの村の北西に広がっているのが『コーダ山脈』。あんた達が出て来た社がある山じゃ」
「で、『ヴァイオリン』てのは?」
「ヴァイオリンはチェロ村から街道沿いに南へ行くとある……ふむ、ここじゃ」
そういってぺぺ爺は地図上のチェロ村から指を出発させ、そこからつつっと指を南へ移動させてるとやがて大きな黒い点の上で止めた。
カッシー達は老人が指差したその一点を眺めると、確かにそこには黒い字で『ヴァイオリン』と記されているのが見えた。
「このヴァイオリンまで、チェロ村からどのくらい?」
地図で見るとそれほど遠くはなさそうだが――と、カッシーは顔を上げてペペ爺に尋ねる。
「うーむ、あんた達なら徒歩で二日というところかの」
「二日か……」
「んー、行けない距離じゃないよなー?」
こーへいがにんまりと笑って顔をあげる。確かに二日ならなんとかなる距離だ。
途方に暮れていた一同は、少しであるが具体的な手段が見えてきて、希望を表情に浮かべ、こーへいの言葉に頷いていた。
「そう言えばさっき『ゲンコクの首都』って言ってましたけど……」
「そうじゃな、それも話しておいた方がよいの、この大陸は二つの国によって治められておるんじゃて」
「二つの国?」
「まず大陸の西半分を治める国じゃが『カルテット=ストリングス王国』という。チェロ村があるのもこの国じゃ」
ぺぺ爺はそう言って、まず地図の中央を流れる大きな河から西半分を円を描いてなぞってみせた。
「カ、カルテット……スト?」
「長いんでワシらは『
ぺぺ爺は説明を続けながら、今度は地図の東半分を囲うようになぞっていった。
ちなみに管国の首都はトランペットというらしい。
なるほど、ストリングスに、ブラスに、ウッド……わかりやすい。凄くわかりやすい。
あーつまり、『弦楽器』と『管楽器』ってわけだ。国の名前まで音楽に関係しているとは――
そう思いつつも、もはや慣れてきていたカッシー達は軽く聞き流していたが。
「弦国と管国は十八年にも及ぶ長い年月、ずっと戦争を繰り返しておった。ワシもその戦争に巻きこまれて足を悪くしてのー。今じゃ車椅子生活じゃよ」
そういってぺぺ爺は寂しげに足をぽんと叩いた。
返答に困る話だ。一同は剣呑な表情を浮かべつつ、車椅子に座る老人の足へと目を向ける。
「だが、十年ほど前に一人の少女の活躍によって両国の間に停戦条約が結ばれての。国交が回復したんじゃよ」
「一人の少女?」
「マーヤといってな、ヴィオラ村の女の子じゃった。それが今の弦国女王じゃ」
「すごい! 女王様になったんですか?」
と、思わず声を大きくして羨望の眼差しと共に尋ねた日笠さんの傍らで、対称的に吃驚して咽る少年が一人。
「カッシー、どうしたの?」
「いや、ちょっと気管支になんか入ったみたい……」
わざとらしく咳ばらいをしてカッシーは俯いた。
いよいよもって間違いないだろう。マーヤ――確かにそう聞こえた。
やはりこの世界妹が書いた絵本『ヴィオラ村のマーヤ』は、どこかで繋がっているのだ――カッシーは確信する。
「元気かのう、マーヤは――」
「んー、そのマーヤっていう女王様と、ペペ爺さんは知り合いなのか?」
「彼女の父親代わりだった者がワシの古い知人でな、ヴィオラ村はすぐとなりの村じゃったから、歩けなくなる前はよく往来しとったんじゃがの」
彼女は王族の血を引く者だったが、とある事情からヴァイオリンを離れヴィオラ村で匿うこととなった。
その橋渡しをしたのがペペ爺とマーヤの育ての親であったオラトリオ大学のとある教授だったのだ。
ぺぺ爺は懐かしそうにチェロ村のさらに北にある、コーダ山脈沿いの『ヴィオラ村』を地図上で指差してみせた。
「まあそんなわけでの、今の弦国はそのマーヤが女王として統治しておる」
そしてそのマーヤ女王が統治する弦国の首都がヴァイオリンなのだ。
弦国一大きな街であり、多くの人が行き交う街らしい。
おあつらえ向きに近くに大きな街があったのは僥倖だった――日笠さんは一同を振り返って、にこりと笑う。
「じゃあ決まりでいいかな? なっちゃんの提案どおり、ヴァイオリンに行って情報を集めてみるってことで」
目的が明確になれば、行動は速いのがこの少年少女の持ち味だ。
日笠さんの言葉を受け、異論なしと少年少女達は頷いた。
「日笠君、すまないがそっちは任せていいかコノヤロー?」
と、ここまで会話に参加せず、一人腕を組んで考え事をしていたササキは、徐にそう言うと日笠さんを見た。
その言葉を受け、日笠さんは意外そうに目をぱちくりとさせる。
「任せるって……会長はどうするつもりですか?」
「私はここに残る。Ωを修理したいのでな」
社から運ばれてきていたΩの残骸は、今もこの部屋の片隅に置かれていた。
ササキはその壊れた球体装置に視線を移すと話を続ける。
「それに調べたいこともある。情報収集は君達六人にお任せしたい」
神妙な顔つきで一瞥され、日笠さん達はお互いの顔を確認するように見合った。
大きな街らしいが、六人いれば手分けして情報収集はできるだろう。
一人くらいこちらに残っても問題はなさそうだ。
反対する様子がないカッシー達に、いいよね?――と、首を傾げ。
そしてそれに応えるように一様に頷いた彼等を見てから、日笠さんはササキを向き直った。
「まあ、そういうことなら……」
「助かる。ではすまないが頼んだぞ」
「わかりました」
「ふぅむ、それではあんた達ヴァイオリンへ向かうのじゃな?」
「はい、そこでみんなの情報を集めてみようかなって――」
「……その軽装でか?」
と、案ずるように少年少女達を一人ずつ眺めながら、ぺぺ爺は尋ねる。
老人の言った『その軽装』とはとどのつまり、先刻老人が『奇妙な服装』と表現した『日本』の『真夏の服装』に相違ない。
カッシーやこーへいはジーパンにTシャツとスニーカー。
かのーは黒いサマーパーカーに短パン、おまけにぼろぼろのストラップサンダル。
なっちゃんも白のサマーワンピース、日笠さんや東山さんは音高の制服といった出で立ちだった。
だがぺぺ爺の懸念の意図がわからず、日笠さんは眉根を寄せて老人に問いかける。
「えっと、向かおうと思ってましたけど……何かまずいでしょうか?」
「たった二日といってものう、ちゃんとした準備をせんと外は危険じゃぞ」
「き、危険?!」
日笠さんが鸚鵡返しに聞き返すと、ぺぺ爺はその通りと頷いた。
「熊や狼もおるしの。それに野盗の類も出るかもしれん」
「ク、クマっ!?」
「クマディスかー」
「俺見ていうのはやめれ」
ちょっとむっとしながら尋ねるこーへいを見て、さらにケタケタとからかうように笑うかのー。
そんな二人を余所目に、日笠さんはどうしようと皆を振り返る。
そうだった。すっかり油断していたがここは異世界――自分達がいた世界とはどうやら環境が異なるらしい。
熊に狼とか考えてもいなかったが、まあ村の中ですら盗賊の被害にあっているくらいだし、外に出たらきっともっと危ないのだろう。
そう考えると『日本』て凄いんだな――
世界でも有数の治安の良さを誇る国家のありがたみを今更ながら痛感し、カッシーは口の中で唸りながら腕を組む。
と、早くも出発前から暗礁に乗り上げた少年少女の様子を見て、ぺぺ爺は、仕方ないのう――と呟いた。
「古いのでよければ村の備品を貸してやろう」
「えっ、いいんですか?」
「どうせ何ももっとらんのじゃろ?」
「は、はい……すいません」
「まあ、困った時はお互い様じゃしの。それにその服装も目立ちすぎじゃし、ワシらのお古でよければ持っていくがよい」
「本当ですか!?」
遠慮するなと言わんばかりににっこりと微笑んで、老人はゆっくりと頷いた。
ほっと胸を撫で下ろした日笠さんを筆頭に、カッシー達が感謝の言葉を口々に老人へと述べたのはいうまでもないだろう。
ともかく、これで何とかなりそうだ――
と、新たな目的が明確になり、少年少女がその表情に希望を灯した刹那であった。
そこに勢いよく扉を開けて入ってきた人物が一人。
「おーい、カッシーいるか?」
現れたのは村の青年団長を務める、垂れ目の青年だった。
彼は部屋の中を見渡した後、カッシー達の姿を発見すると、よっ!と手を挙げて挨拶する。
なんだろう?――カッシーは首を傾げてそれに応えた。
「探したぜおまえ達」
「何か用?」
「忘れたのかよ、昨日みんなに紹介するって言っただろ?」
「ああ、そういえば――」
すっかり忘れてた。
昨日去り際に青年が言っていた言葉を思い出し、カッシーはポンと手を打つ。
やれやれとヨーヘイは肩を竦めて見せた。
「まあいいや。それで提案があるんだ。おまえらその楽器使ってさ、『演奏』ってのをするんだろ?」
「ああ、まあ――」
てか楽器ってそういうもんだろ?――
当たり前の事を尋ねられ、カッシーは憮然とした表情のままその問いに頷きながら答える。
まあ昨日のこの青年やぺぺ爺の反応を見た限りでは、どうもこの世界では『曲』や『演奏』という概念自体が馴染みの薄いもののようだ。
察するに、楽器は何かの『合図』に用いる程度の道具という認識らしいし、それらを用いて『曲を奏でる』はかなり珍しいことなのだろう。
二人の会話を聞いていたなっちゃんは、頭の中でそう考えつつこの世界の音楽文化に関する違和感に、眉根を寄せていた。
「おまえらの紹介がてら、みんなに披露してくれないか?」
「披露って、演奏を?」
「ああそうだ」
中々いいアイデアだろ?――そう言いたげにヨーヘイはにへら、と笑う。
娯楽の少ない村なのだ。珍しい楽器にみんなきっと興味を持つだろう。
よそ者である少年少女達の印象を少しでも良くするのにうってつけではないだろうか。
青年はそう考えたのだ。
「でも、私達学術調査に来てる事になってるんじゃ……平気ですか?」
学術調査員が楽器を演奏するなんて早くも設定破綻ではないだろうか。
大丈夫なの?――と日笠さんは剣呑な表情を浮かべる。
「そこら辺は俺に任せてくれ、適当に繕うからさ」
「本当に平気か?」
「大丈夫だってカッシー。でさ、どうだ?お願いしてもいいか?」
「ふぅむ、興味あるのう。ワシからもお願いしてもよいかの?」
と、話を聞いていたぺぺ爺も、密かに興味を抱いていた彼等の楽器の音色が聞けると、賛同しながら頭を下げる。
ヨーヘイだけでなく、色々と手助けしてくれた、かの老人にまでまでお願いされては流石に断れない。
かくして。
そこまで言うなら――と、カッシー達は突発的ではあるが承諾することとしたのであった。
「ありがとなカッシー。最近盗賊騒ぎでみんな暗かったんだ。助かるぜ」
「先に言っとくけど、俺達プロじゃないからな?中身はそんなに期待しないでくれよ」
演奏できるといっても所詮はアマオケ。しかも高校生だ。
プロの演奏と比較されたらそれこそ雲泥の差であることは本人達も自覚している。
過度の期待はごめんだ――と、カッシーは念を押した。
「謙遜すんなって、そんじゃみんなを集めてくる。あとで宿屋で合流な?」
言うが早いが、ヨーヘイは踵を返しペペ爺の家を飛び出していく。
さてどうしようか――と、一同は顔を見合わせた。
成り行きで決まったものの、今ある楽器といえば、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ファゴットにトランペットに
せいぜいできて弦楽三重奏くらいだろうか――
「アンサンブルの曲目で、何か即興でできそうなのある?」
「んー、暗譜してんので適当にやるしかなくね?」
「この前、老人ホームを慰問した時のはどう?楽器紹介と簡単なアンサンブルだったはず」
と、提案したのは東山さんだ。
彼女はつい先月企画していた、近所の老人ホームで慰問演奏を行った際のプログラムを思い出しながら、どうだろうとカッシー達を見渡した。
確かにあれなら、今ある楽器でできる曲目を考えなくていい。
良い案かもしれない――と、一同は頷いた。
「それではあとは頼んだぞ日笠君」
「え、会長はこないんですか?」
「アンサンブルなら
「大工道具でよければあるぞい」
「それで構いません」
と、ササキは謝辞を述べるとマキコに案内されて奥の部屋へと消えて行った。
まあいいか――と、気を取り直し、少女は皆を向き直る。
「それじゃみんな、この世界でデビューといきましょうか」
にこりと微笑んでそう言った日笠さんに各々頷くと――
少年少女達は気合を入れて準備にとりかかったのであった。
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