エピローグにしてプロローグ④~Allegro - Presto

 外――明らかな異常事態のせいで動揺していたとはいえ思いつきもしなかった。

 確かにそうだ、この部屋の外なら誰かいるかもしれない。

 少女の瞳に希望が灯される。

 だが希望と同時に、ササキの質問はこの場にいた全員に新たな疑問を浮上させることとなった。


 この外はどうなっているのだろう、という、当たり前の疑問を――


 ここはどうみても音楽室ではない。

 それは今ここにいる全員が、薄々ではあるが気づいている。

 なら、この部屋の外はどうなっているのだろうか。


 いやそれ以前に出口はあるのだろうか。

 果たしてここから出ることができるのだろうか。

 

 皆を捜すのに夢中で、さっきまでは考える余裕がなかったそのに、日笠さんは早まる鼓動を抑える様にして手を握りしめる。

 彼女のその行動は、答えと十分成り得るものだった。ササキは彼女の返答を待たずして話を先へと進める。


「ここは暗すぎる。一旦外に出て準備を整えてから再度捜索を続けることもできるだろう。どうだろうか諸君?」


 返答を待つように、ササキは皆を一瞥した。

 反対意見は勿論出てこない。

 考えるより行動に出たほうが気が紛れていい。誰もがそう思っていたからだ。


「と、なるとまずは出口ね」

「わかったわ」

「んー、わかったぜ?」


 一同は出口の探索のため再度散開する。

 彼等に続いて周囲の捜索を始めようとしたカッシーは、しかしその場を動こうとしない日笠さんに気づき、心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。

 

「日笠さん、大丈夫か?」


 答える代わりに彼女は無言で頷いてみせる。

 だが元々白いその顔は、少女が抱く懸念と不安のせいか病的なほどに真っ白になっていた。


「あんまり悪い方向に考えるなよ?」


 なんとなく彼女が今、頭の中でどんな最悪の展開を思い描いているのかを察してカッシーはボリボリと髪を掻いた後、フォローするように言葉を投げかける。

 

「……大丈夫わかってる。ありがとうカッシー」


 一瞬の間を置いてから、日笠さんはにっこりと笑って答えた。

 無理して作っているのがよくわかる笑顔だ。けど、作り笑いでもいい。それでも今は動くことが大事なはず――

 カッシーはよしと頷いて、出口探索に取り掛かろうと再び踵を返す。

 

 だがしかし――

 予想外に、出入口はあっさりと見つかることとなった。

 バカでかい興奮気味の声と共に、外側から強引に蹴り開けられて。


「ネーネー、みんな起きるディスヨー! すっごいのみつけたヨー!」

「か――」

「かのー!?」


 ケタケタと笑い声をあげながら、部屋の中へと飛び込んできたツンツン髪の少年の姿を見て、一同は呆気にとられてぽかんと立ち尽くす。


 七人目。

 まだいた。まだいたが。


 こ い つ か よ――


 喜んでいいのか、悲しむべきなのか。皆は複雑な心境で、外から現れたその少年の下へと駆け寄った。


「あり? ナンダー、みんな起きたんディスかー? ツマンナイのー」

「『ツマンナイのー( ̄▽ ̄)』じゃねーよボケッ!」

「かのー、あなたどこ行ってたの?」

「ムフ、目が覚めてヒマだったカラー、ちょっと外散歩してたんディスヨ」

「散歩って、この非常事態にあなたは何をしてるのよ?!」


 まったくこのバカは――

 場の空気を全く読まず、一人勝手な行動をとっていた彼を呆れたように眺めながら、一同はやれやれと肩を落とした。

 だが、日笠さんだけは足早にかのーに詰めよると、食い入るようにして彼の肩を掴み、乱暴に揺すり始める。


「かのー外行ってたの?! ねえ、外はどんな感じだった?」


 少女のその問いかけに、カッシーははっと顔を上げる。

 カッシーだけではない、残りの四人も日笠さん同様に、バカ少年を押し倒さんばかりの勢いで詰め寄っていた。


「ムフ、だからスッゴイヨーて言ってるじゃないディスか」

「どう凄いんだっつのこのバカ!」

「ムカッ、教えてホシーならソレナリのたいどがあるデショーカッシー!」

「ああ?! いいからさっさと言え!」

「アッソー、じゃあ自分でみてキタラー? カッシーむかつくからオシエナーイ!」


 こ の バ カ は ふ ざ け や が っ て !

 この緊急事態にもったいぶってる場合か。

 元々気が長い方ではないカッシーは、皆が止める間もなくかのーに飛びかかっていた。


「ゲフゥ!? ちょ、カッシー痛いって! 死ぬ死ぬ!」

「うっさいボケッ! おまえは死んでいい! 今死ねっ!」

「やめなさい二人とも! ケンカしてる場合じゃないでしょ?」


 この非常事態に何やってるのよ――日笠さんは困ったように眉根を寄せて、仕方なく仲裁に入る。

 そんな彼女の努力も空しく、とうとう二人は取っ組み合いの大喧嘩に突入してしまった。


「もうそこのバカは放っておきたまえコノヤロー」

「でも……」

「行ってみればわかることだ」


 かのーが入ってきた入口からは、眩いばかりの光が差し込んでいる。

 そう、光だ……これが何を意味するか。

 ササキは一同を振り返る。

 悲鳴をあげるかのーに馬乗りして、得意の頭突きを続けるカッシーを余所に、ササキを先頭にこーへい、東山さん、なっちゃんは出口へと歩き出した。


「まゆみいきましょ。バカが感染るわよ?」


 日笠さんはそれでもしばらく迷ってはいたが、なっちゃんの呼び声に仕方なく後に続いていった。


 数分後――


「どうだこのバカノー!」


 荒い息をブハッと吐きながら、カッシーはパンパンと手を払って立ち上がる。


「グフ、バカッシー覚えて……やがれディス」

「うるせーボケッ! ちょっとは真面目にやれ!」


 あーちょっとすっきりした。おかげで落ち着いた――

 ボコボコに顔を腫らせたかのーの負け惜しみに、いっ!と八重歯を剥きながら睨み返すと、大きく深呼吸して呼吸を整え、少年はよしと気合いを入れる。


 そしてこんなことしてる場合ではなかったと、今更ながら出入口のことを思い出し、カッシーは光を振り返った。

 部屋の中に人の気配はない。

 日笠さん達はもう外に出てしまったようだ。早く追いかけねば。


「日笠さん! 外はどう?」


 無言。

 

「おーい、こーへい!」


 静寂。

 

「なっちゃん! 委員長ー!」


 やはり外からは返事はない。やけに静かだ。

 なんだか嫌な予感がして、カッシーは意を決したように、出口を飛び出した。


 刹那。

 膨大な光が網膜を刺激し、カッシーは眩しさに目を細める。

 ひんやりとした空気が肌を刺激した。

 感覚でわかった。ここは間違いなく――


「……外?」


 長い間風雨に晒され風化しかかった石畳に足を踏み出して、カッシーは言葉を失ってしまった。


 そこに、見慣れた廊下の姿はなかった。

 そして通いなれた学校の四階もなかった。


 そこは、いくつもの石柱が連なった真四角の広場だった――

 

 

「……マジかよ」

 


 広場の中央に日笠さん達五人の後ろ姿が見える。

 だが佇む五人よりも、その彼等の奥に広がる景色に目が行って、少年は石のように固まった。

 奥に広がっていたその景色。


 それは――

 

 一面に広がる針葉樹の群。

 彼方に連なる山脈、眼下に広がる鬱蒼と茂った森。

 見慣れた学校も、都会の街並みも存在しない大自然。


 日笠さんが、カッシーに気づいて振り返る。

 しかし、少女の表情は困惑と絶望に満ち満ちていた。





「……ちょっと待て。どこだここ!?」




 引きつった笑いを浮かべながら、カッシーは思わず呟いた

 

 


 ベートーヴェン交響曲第五番。

 この曲の副題は『運命』。正式名称は知らなくても、この副題を知らない者はいないだろう。



 そう、『運命』――



 この曲の副題が指し示す通り、これは『運命』だったのかもしれない。


 『運命』とは切り拓くもの。

 『運命』とは自分で変えていくもの。




 かくして彼等の数奇な冒険は始まったのである。

 

 第一部 完


 第二部 ヴァイオリンの陰謀劇編へ続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

只今異世界捜索中!~Capriccio Continente de Oratorio~ 第一部 チェロ村の攻防 ヅラじゃありません @silverbullet

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ