第4話 カズワリー出動
「消防庁特別消防部隊
より迅速で確実な消火・救助活動の実現を目的に設立された、消防庁直轄の特別部隊。その活動は、試行運用と位置付けられ、テリトリーは首都圏限定。約四十名のスタッフのうち、現場に従事する消防士は三十人余り。
様々な状況に的確に対応できるよう、最新の消防技術を駆使した消防機材のほか、多目的ヘリコプター「
自治体単独での対応が困難な事象に対し、自治体からの要請または国からの指示に基づき活動を展開する。
なお、Cassowaryとは、日本語で「ヒクイドリ」を意味する。
★
午前中だというのに辺りは夕方のように薄暗く、黒灰色の分厚い雲に覆われた空から白いものが舞い落ちる。
けたたましいサイレンを鳴らしながら、二台の消防車が新宿の副都心を疾走する。ボディにはヒクイドリをデザインしたマークと「Cassowary Flight」の文字。向かっているのは、住居と商業施設が混在する高層ビル群。その一角から真っ黒な煙が立ち上っている。
「この空の色は、天気のせいだけじゃねえってことか?」
銀色のヘルメットの
「タフな仕事になる。煙を見ればわかる」
清志郎の問い掛けに答えるように、隣に座る、ロマンスグレーの柔和な顔の男がポツリと呟く。
「洒落にならねえよ。
清志郎は、現場の生き字引きのような存在「
「出た、出た。清志郎の決め台詞。現場が近づくと必ず言うんだよ。この二年間で何千回聞いたかわからないぜ。まっ、いいか。オレも同じようなこと考えてるしな」
「タケ、何千回は多過ぎだろ? 桁を一つ多く言うヤツはいるが、二つ多く言うヤツはお前ぐらいだ。現場では尾ひれをつけて報告するんじゃねえぞ」
同じ年の「
「隊長、今日はメンバーが少なくないですか? 自分たちと二号車の桂川さんと菊池さん。併せて六人ですよね?」
「川崎の現場に常勤者七人と非番の三人が出動してる。現場がダブルブッキングしたのはカズワリー始まって以来だ。ただ、要請を断るわけにはいかねえ。地元消防もいることだし、この戦力でやれるだけのことをやる」
チーム最年少の「
すると、緊張した梅宮の顔に薄らと笑みが浮かぶ。
「二号車の二人と合流した後、改めて説明するが、現場は三十階建てのタワーマンションだ。低層階は商業施設、中高層階は住居施設になってる。火元の中層階には、取り残された住民がいるって話だ。
消火は地元消防に任せて俺たちは住民の救出に向かう。と言っても、ハシゴ車は届かねえから火の中に突っ込むことになる。体制は救助班五人とサポート班一人。サポート班は車に残って連絡係をしてもらう。サポート班を希望するヤツはいねえか? 希望者が複数いればジャンケンで決める」
「わしはじっとしているのは性にあわん。いっしょに行く」
「言わずもがなだ。俺はいつでもお前といっしょだぜ」
「隊長、自分も行かせてください。何事も経験ですから」
間髪を容れず、三人は火の中へ飛び込む任務を買って出る。それは、カズワリーが一枚岩として機能していることの表れであり、清志郎がリーダーとして信頼されていることの証しである。
「希望者なしか……。仕方ねえな。俺がサポート班を――」
「――清志郎、そんな選択肢はない」
清志郎の冗談交じりの一言に、竹下が即座に突っ込みを入れる。
小さく笑う松山。笑いを堪える梅宮。車内には子供が遠足に出掛けるときのような、明るい雰囲気が漂う。
不謹慎と思われるかもしれないが、これがカズワリーのカズワリーらしさ。
現場では、メンバーは、死と隣り合わせの危険な環境に身を置く。百戦錬磨の猛者であっても、不安な気持ちがないと言えば嘘になる。
そんな不安な気持ちが大きくなり平常心を失えば、たちまち火の
隊長である清志郎は、メンバーがそんな状況に陥ることのないよう、出動時の雰囲気づくりに気を配っていた。
★★
火災現場周辺は、野次馬とマスコミでごった返し警察官が交通整理に追われていた。高層ビルの中層階から黒い煙が立ち上り、時折火の粉や
一号車を降りた清志郎のもとへ、先に到着した二号車の二人が駆け寄る。
一人は、清志郎よりひと回り年が上で普段から寡黙な「
「渡隊長、私も救助班でお願いします」
「一人がサポートで残るんだって? 僕は清さんと行くからね。留守番は勘弁してよ」
桂川と菊池も、他の三人同様、救助班を希望したため、清志郎の判断により桂川が連絡係として残ることとなった。
「改めて、今回のカズワリーの任務について説明する。現場は三十階立てのタワーマンションの中高層階。短時間でこれだけ火が回ってるところを見ると、火元が複数の可能性もある。早え話が放火だ。エレベーターは落下する危険があって使えねえ。建物の内側に設置された避難階段で中層階へ向かい、逃げ遅れた住人を救出する――こいつを見てくれ」
清志郎は、作業台の上に二枚の図面を広げる。五人の視線が一斉にそこに集まった。
「タワーマンションの図面だ。まず、フロア全体の見取り図だ。非常口の扉は常閉(常時閉鎖型防火戸)を兼ねてる。非常口からフロアに入ると共有の廊下。突き当りがエレベーターホール。各フロアには住居が四つあり、非常口から向かって右側に住居の扉が並ぶ。左側に消火栓があるが、こいつが使えるかどうかで俺たちの活動内容が変わってくる」
清志郎の説明を、五人は現場の様子をイメージしながら聞いている。
「こっちが部屋の間取り図だ。超のつく高級マンションだけあって中はだだっ広い。廊下の幅や天井の高さはまるで高級ホテルのロビーみてえだ。
玄関を入ると長い廊下がある。廊下を挟むように部屋が三つとバス、トイレ、ランドリールーム。廊下の突き当りがリビング・ダイニング。その左側がキッチン。右側がベッドルームだ。
リビング・ダイニングとベッドルームにはそれぞれ独立したベランダがくっついてる。ビルの
清志郎は、「わかってるよな?」と言わんばかりに上目づかいに五人の顔を順番に見る。
「それから、俺たちの退路が断たれたときのことを考えて、川崎の現場から
清志郎の問い掛けに五人は無言で答える。
清志郎は、小さく頷くと、あたりに響き渡るような、大きな声を挙げた。
「大切なこと! それは
つづく
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