第37話 本部潜入
★
清志郎とシオンは、皇居の
パレスホテルの前に差し掛かったところで、清志郎は、真剣な眼差しでシオンの顔を見つめる。
「シオン、今からいっしょに行って欲しいところがある」
「何だい、改まって? いいよ。どこへでも行くよ」
シオンは、清志郎らの突然の申し出を二つ返事で受け入れる。疑うことなど微塵も感じられない、その表情から、清志郎へ全幅の信頼を置いているのが見て取れる。
「この先にカズワリーの本部がある。ちょっと付き合ってくれねえか?」
「あんたの職場へかい? 誰かいるんだろ? 部外者のあたいが行くのはマズいんじゃないかい?」
口では控えめな言い方をするシオンだったが、その顔にはわくわくしたような表情が見て取れる。
「大丈夫だ。今日俺が行くことは予め言ってある。それに、アヤはカズワリーのメンバーと面識がある。アヤの振りをしていれば怪しまれることはねえ」
「あたいに小娘の振りをねえ……。イメージダウンしたなんて文句を言われたって知らないよ。あたいはあくまで普通にやらせてもらうからね」
シオンは流し目で清志郎を見ながら、ふふんと不敵な笑みを浮かべる。
「シオン、あくまで普通に頼む。普通だからな」
シオンの意味あり気な態度が気になったのか、清志郎は、普通という言葉を強調する。
「わかったよ。他ならぬあんたの頼みだからね――じゃあ、清志郎?」
シオンは、これ見よがしに、自分の左手を清志郎の目の前に突き出す。細い指が、おいでおいでをするように
意図が呑み込めない清志郎は、眉間に
「なんだ? 言うことを聞く代わりに何か寄こせっていうのか?」
「ち、違うよ……! 手を引いて欲しいんだ……。迷わないように」
シオンは、目を逸らしながら小声で呟く。頬のあたりが微かに赤らんでいる。
「カズワリーの本部へは歩いて十分もかからねえ。子供じゃあるまいし迷子になんかならねえだろ?」
「い、いいから言うとおりにしな! 手を引いてくれないなら、あたいはここを一歩も動かないからね!」
シオンは、駄々っ子のように声を荒らげて頬を膨らませる。道路に大の字に寝そべって手足をバタバタさせそうな雰囲気さえ感じられる。
「わかったよ。おかしなヤツだな」
清志郎がやれやれといった様子で左手をとると、シオンはホッとした表情を浮かべた。まるで、小さな子が親と手をつないだときのようだった。
★★
「このビルがカズワリーの本部かい? 立派じゃないか。もっと小じんまりとした建物を想像していたよ」
シオンは、オレンジ色の夕日が色鮮やかに反射する、ガラス張りの高層ビルを見上げながら感嘆の声を上げる。
「合同庁舎だからな。二十五階のうち俺たちが使っているのは二階と三階だけだ。残りは国の機関が入ってる。二階が事務室で三階が防災対策ルームと会議室。それから、地下の駐車場に車両十一台と、屋上のヘリポートにヘリコプターが置いてある」
入口の自動ドアを潜った清志郎は、警備員にIDカードを見せて軽く会釈をする。
エレベーターを二階で降りた二人は、暗く殺風景な廊下を歩いていく。
シオンの目に、タッチ式の自動ドアの脇に書かれた「Cassowary Flight」の標示が映る。清志郎がカードリーダーにIDカードを
「清志郎さん、おかえりなさい! 会いたかったっす。みんな首を長くして待ってたっすよ。もう何年も会ってないみたいな気がするっす」
ドアが開くや否や、カズワリーのメンバー・
「
「東京都からの要請で現場へ出動中っす。他のメンバーもいっしょっす。自分は別の業務があって本部で寂しく留守番……あっ、綾音さん? 綾音さんじゃないっすか!」
清志郎の後方からシオンが控えめに顔を覗かせた瞬間、桜庭の表情がパッと明るくなり、
「綾音さん、いらっしゃい! 久しぶりっす! しばらく会わないうちに、また一段と美しくなられて……そうだ! 今朝、テレビの星占いで『本日一番ラッキーな星座はおとめ座です』なんて言ってて、自分、密かに期待してたんすよ。何もないと思ってガッカリしてたら、夕方になってサプライズな出来事があったっす。星占いもバカにならないっすね。綾音さんに会えるなんて夢のようっす。神様に感謝しないといけないっすね――」
このまま永遠にしゃべり続けそうな桜庭に、シオンは、頬をぴくぴくさせて苦笑いを浮かべる。
「おい、清志郎、こいつは一体何者だい? やけに馴れ馴れしいんだが……。もしかして、小娘と良い仲なのかい?」
桜庭に聞えないように、シオンは清志郎の耳元で囁くように尋ねる。
「メンバーの桜庭俊二だ。軽薄そうに見えるが悪いヤツじゃねえ。アヤとは何度かいっしょに飯を食ったり飲みに行ったりしたことがある。アヤの方に特別な感情はねえが、シュンはアヤのこと、えらく気に入ってる」
清志郎も桜庭に聞こえないように小声で返す。
「小娘が何とも思っていないのなら、普通にやらせてもらうよ」
「ああ、そうしてくれ」
清志郎の言葉に、シオンは、わかったと言わんばかりに小さく頷く。
「綾音さん、清志郎さんと何こそこそ話してるんすか? 自分も仲間に入れてくださいよ」
二人の話が気になったのか、桜庭が冗談っぽく話し掛ける。
「あんたには関係ない話さ。あたいらのことを気にしている暇があったら、さっさと自分の持ち場に戻りな。やることがあるんだろ?」
突然の手厳しい言葉に桜庭の目が点になる。清志郎の腕を素早く引き寄せて、不安げに尋ねる。
「綾音さん、怒ってるみたいっす。自分、何か気に障ること言ったっすか?」
「別に怒ってなんかねえよ。気にするな」
「でも、今日の綾音さん……いつもとどこか違う気がするっす」
桜庭は、訴えるような目で清志郎の顔を見つめる。
綾音に「綺麗で上品で優しいおねえさん」といったイメージを抱いている桜庭にとって、シオンの一言は、鈍器で後頭部を殴られたような衝撃があった。
「そ、そうか? 俺は別に変わらねえと思うぞ――アヤ、別に怒ってなんかいねえよな?」
清志郎は、罰が悪そうにシオンの方に目をやると、左目を瞬いて目配せをする。
「ああ。怒ってなんかいないよ。ただ、これ以上馴れ馴れしくしたら話は別さ。そこは肝に銘じておきな。清志郎、やることがあるんだろ? 早く済ましちまおう」
フォローを期待した清志郎だったが、シオンの口から飛び出したのは、傷口に塩を塗るような言葉だった。
「そ、そういうことだ! じゃあ、三階の防対ルーム借りるからな!」
「わかりました……頼まれたものは……中に置いて……おきました……っす」
「シュン、ありがとな! 無理言って悪かったな! 紅林副隊長にもよろしく伝えてくれ!」
そう言うが早いか、清志郎は、シオンを連れて、逃げるように事務室を後にする。魂の抜け殻と化した桜庭を残して。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます