第10話 残された希望


 真っ暗な空間に二つの青い光がまたたいている。

 時折、何かを主張するように不規則なきらめきを放つ。


「ミヅハノメ、あたいらは、三百年以上も何をしてきたんだい?」


「それは、どういう意味ですか?」


 シオンの唐突な問掛けに、ミヅハノメは「理解できない」と言った口調で訊き返す。


「あたいらは、ずっとを封じてきた。あんたの水の力とあたいの歌を使ってね。ただ、時間ときが経てば、あいつらは復活した」


「はい。完全に封じることはできませんでした」


 ミヅハノメの淡々とした答えに、シオンは「納得できない」といった様子で続ける。


「最初にあいつらと戦ったのは、一六八三年の『天和の大火』。封じるのに三分もかからなかった。はっきり言って楽勝だった。一八〇六年の『文化の大火』、一九〇一年の『蒲田火災』も同じさ。どちらも五分で片が付いた。ただ、一九七五年の『ホテルネオジャパン』は二十分、二〇一〇年の『渋谷タワービル』は三十分、それぞれかかった」


「あなたの歌姫としての能力ちからが悪しき炎の力を凌駕した結果です。火の神・ヒノカグツチの暴走を食い止めてきたのです」


「そんなことは言われなくてもわかってるよ。問題は、今回の川崎のコンビナート火災のことさ。前回から十年しか経っていないのに、あいつらは復活した。しかも、前回とは力が段違いだった。封じるのに一時間以上かかっちまった」


「結果として、封じることはできました」


「それは、あいつらが力を分散していたからだよ。川崎に七十パーセント、新宿に三十パーセントってところさ。もし百パーセントの力で来られてたら……。ミヅハノメ、あたいの言いたいことがわかるだろ?」


 シオンは語気を強める。言葉から苛立ちが感じられる。

 少し間が開いて、ミヅハノメが口を開く。


「確かに、復活の周期が短くなり力が増しています。次に対峙するとき、わたしたちはかなりの苦戦を強いられることに――」


「――苦戦ならまだいい! 次は止められないよ!」


 ミヅハノメの言葉に被せるように、シオンは荒々しい口調で言い放った。


「復活の周期が極端に短くなった。次は一年後、半年後、いや、もっと早いかもしれない。あたいらが負けたら、東京はおろか日本が焼き尽くされちまう。どうするんだい?」


 シオンの言葉に憂いと焦りが見え隠れする。

 直接炎と対峙しているシオンは、互いの力関係を測ることができる。相手の力量がシオンのそれを上回るのは時間の問題だった。


「あの炎――『憎悪の炎』を突き動かす原動力となっているのはが抱く、怒りと憎しみの念です。東京では、苦しみ、悲しみ、憎しみといった、悪しき念が日々大量に発生し、憎悪の炎はそんな念を吸収しています。時が経つにつれ力が増しているのはそのためです。残念ですが、わたしにはこの悪しき流れを立ち切ることはできません」


「じゃあ、次にあいつらが現れたときが世界の終わりってことかい? 世界が焼き尽くされるのを指を咥えて見てろってことかい? あんた、それでいいのかい?」


 シオンは、奥歯に物が挟まったような言い方でまくし立てる。


「いいわけがありません。だからこそ、三百年以上戦ってきたのです……。シオン、諦めるのは早計です。わたしたちには、希望が残っています」


「希望だって? 他に打つ手があるってことかい?」


「はい。ヒノカグツチは東京の悪しき念を味方にしています。だから、わたしたちもに頼るのです」


「どういう意味だい?」


 ミヅハノメの言っていることが理解できないシオンは、即座に聞き返す。


「人間の力を借りるのです。シオン、あなたの声を聞くことができ、姿を見ることができる者がきっといます。そんな者の力があれば、を講じることができます。それは、ヒノカグツチの野望に終止符を打つことができるものです」


「ちょ、ちょっと待っとくれよ!」


 間髪を容れず、シオンは戸惑いをあらわにする。


「あたいは地縛霊だよ? これまであたいの存在を認識できる人間なんかいやしなかった。これからも、そんな人間がいるとは思えない。仮にいたとしても、誰が好き好んで幽霊の話なんか聞くもんか」


「そうかもしれません。しかし、今のわたしたちはそんな人間に頼るしかないのです。それが、わたしたちに残された、最後の希望なのです」


 ミヅハノメの言葉から「やり切れない」といった気持ちが伝わってくる。

 シオンは、自分たちが崖っぷちに追い詰められていることを実感せずにはいられなかった。


 二つの青い光からきらめきが薄らいでいった。



 つづく

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