エピローグ Epilogue

 エピローグ


 真っ白な壁にはめ込まれた、華やかなステンドグラス。高い天井に描かれた、晩餐会ばんさんかいのワンシーンのような天井画。室内の至るところに飾られた、色とりどりの花々。そして、微かに聞こえる、ヒーリング・ミュージック。

 中世ヨーロッパの宮殿を思わせる、きらびやかで重厚な空間に、白いクロスが掛けられた、アンティークのテーブルを挟んで、二人の女性が向かい合うように座っている。

 赤文字系のファッション雑誌から抜け出たような装いの二人は、白魚のような細い指で、ダージリンが注がれた、フルーツ柄のティーカップを手に取り、銀のプレートに置かれた、焼き菓子をつまむ。

 二人が醸し出す、華麗で優雅な雰囲気は、室内の装飾にマッチしており、どこかさえ感じられる。


 不意に、モノクロのパンツスーツに身を包んだ、ショートヘアのボーイッシュな女性が、持っていたカップをテーブルの上に置く。猫のような丸い目が、何か言いたそうに対面に座る女性の顔をジッと見つめる。


「どうしました? わたしの顔に何かついていますか?」


 視線に気づいたのか、白いワンピースに水色のカーディガンを羽織った、もう一人の女性は、切れ上がった、涼し気な眼差しを向けて小首をかしげた。腰まで伸びた、サラサラの青い髪が微かに揺れる。


水波能女神ハノメちゃんったら、相変わらず、甘いよねぇ」


「何のことですか、時流読女神トキヨミ?」


 トキヨミの言葉の意味が理解できないミヅハノメは、間髪を容れず、聞き返した。


★★


 二〇XX年四月某日。神界の共有空間。

 清志郎とシオンが歴史を変えてから数日が経ったある日、ミヅハノメは、作戦の協力者で無二の親友のトキヨミとアフタヌーンティーを楽しんでいた。

 特に何があったというわけではなく、時折、二人は、実体化して人間の真似事をしていた。


「今回の対応で、甘~いところが二つあった気がするなぁ。このダックワーズみたいにさ」


 トキヨミは、白い粉砂糖が掛けられ、たっぷりの生クリームがサンドされたダックワーズをかじりながら、遠回しな言い方をする。


「回りくどい言い方は止めてください。はっきり言ってくれないとわかりません」


 ミヅハノメの青色の瞳がトキヨミの顔をジッと見つめる。毅然とした口調ではあるが、怒っているわけではない。


「わかった。じゃあ、言わせてもらうね」


 トキヨミは、食べ掛けのダックワーズを皿の上に置いて紅茶を少し口に含むと、コホンと咳払いをした。


は、火之迦具土神ヒノカグツチのヤツを生かしておいたことだよ。今回の一件で、火が諸悪の根源だってことははっきりしたよね? 他の神に働き掛けて、この世界から火を葬り去るべきだったんじゃない? だって、このまま放っておいたら、アイツはまた同じことをやらかすよ。ほら、よく言うじゃない? 何とかは死ななきゃ治らないってさ」


「トキヨミ、少し落ち着いてください。すぐにテンションが上がるのは相変わらずなんですから」


「何言ってるのさ! ハノメちゃんはおっとりし過ぎなんだよ! 一つ間違えば、シオンちゃんも清志郎くんも危なかったんだよ? 世界が焼き尽くされる寸前まで行ったんだよ? 事の重大さがわかってる?」


 トキヨミは、両手をテーブルの上について身を乗り出すと、納得がいかないといった様子で声を荒らげる。


「ヒノカグツチの弁護をするわけではありませんが、火は人にとって必要なものです。この世界から火が無くなったら人は生きていけません。だから、わたしは水と火の力の均衡を保ってきたのです。トキヨミもわかっていますよね?」


 ミヅハノメは、興奮するトキヨミをなだめるように、穏やかに話して聞かせる。


「残念だけどわかってる。でも、悔しいじゃないか。ヒノカグツチのヤツ、あんな飛んでもないことをやらかしといて、のうのうとしてるんだよ? 火という火を、あいつごと時空の狭間に放り出してやりたい気分だよ。人間が困るって言うなら仕方ないけどさ」


 トキヨミは、頭を左右に振りながらイスに深く座り直す。少し落ち着いたものの、納得していない様子が窺える。


「わたしも黙って見ているつもりはありません。今後は、水のフィルターの精度を高めて、ヒノカグツチの監視を強めていこうと思っています。もちろん、少しでもおかしな動きがあれば牽制します。そのときはトキヨミの力を借りますから、よろしくお願いしますね」


 トキヨミの気持ちを静めるように、ミヅハノメは穏やかな口調で言った。

 数千年来の付き合いだけに、接し方を心得ているようだ。


「わかった。そのときは、ボクの力であのバカ神をメッタメタのギッタギタにしてやるからね。ハノメちゃん、止めても無駄だよ」


「頼りにしてますよ……。それで? わたしの甘いところのというのは何ですか? 思い当たる節がないのですが」


「ハノメちゃんったら……隠したって無駄だよ。付き合い長いんだからさ」


 トキヨミの口元が緩んで、丸い大きな目がニヤリと笑う。


「シオンちゃん……じゃなくて、響ちゃんが『TOKYO DIVA』に出るように仕向けたよね? それから、清志郎くんが響ちゃんの絶対音感に興味を示すように心理操作したでしょ? ボクは、心情何処命ココロイズクが一枚かんでると見たんだけど、違う?」


「そ、そんなことしていません。それはインチキです。神様はインチキなんかしちゃいけないんです。嘘つきの神様なんて……あり得ませんから……」


 トキヨミの突っ込みを交わそうとするミヅハノメだったが、声が次第に小さくなっていく。いつもの彼女でないことは明らかだった。


「ふ~ん、そうなんだ。じゃあさ、直接ココロイズクに聞いてもイイ?」


「ええ……。聞いてもらっても……構いませんよ……。でも! 彼は『ミヅハノメに頼まれた』なんてかもしれません。騙されないようにしてください」


 ミヅハノメは、カップを手に取って紅茶を口にしながら、トキヨミの方をチラ見する。


「へぇ、そうなんだぁ……。でもさ、ハノメちゃん?」


「な、なんですか?」


 不敵な笑みを浮かべて身を乗り出すトキヨミに、ミヅハノメは、後ろにたじろぐような仕草をする。


「神様は、んじゃなかったのかなぁ?」


「うっ……」


 ミズハノメは、思わず言葉を失う。

 トキヨミは、悪戯いたずらを成功させた子供のような顔をして、マドレーヌを口にする。


「ハノメちゃんったらカワイイんだから。そのことは二人の秘密ってことでね……あっ、もうすぐTOKYO DIVAの決勝が始まるよ。そろそろ準備しないと。シオンちゃんの晴れ姿、見るんでしょ?」


「そうですね。では、準備をしましょう」


 ミヅハノメの顔から焦りの色が消え、穏やかな笑みが取って代わる。


★★★


「実体化して下界に降りるの、久しぶりだね」


「五百年ぶりでしょうか? 神様だってばれないようにしないといけませんね」


「五百年前の服装で行かなければ大丈夫だよ。ハノメちゃんの青を基調としたファッション、フォーマル寄りのカジュアルって感じでグッド、グッド。素人がファッション雑誌を見ながら必死に背伸びしてるようなところがイイね」


「褒められているのか、けなされているのかわかりませんが、あまりジロジロ見ないでください。普段と違う格好をするのはとても恥ずかしいので……。トキヨミのパンツスーツにジャケットというのは、男性っぽいですね。トイレに入ったら、痴漢と間違われるかもしれませんよ?」


「トイレ? 行かないと思うけど、何かあれば、ちょっぴり時間を巻き戻して逃げるよ」


 二人は、楽しそうに五百年ぶりの地上行きの準備をする。


「この抜け道ワームホールは日本武道館の裏につながってる。出口から会場までは徒歩三分ってところかな……。そうだ。ボクたちが実体化するエネルギーは残ってるよね? 清志郎くんの往復で全部使っちゃったなんて言わないでよ」


「大丈夫です。TOKYO DIVAが終わるまでは十分もちます」


「さすがはハノメちゃん。じゃあ、日本武道館へレッツ・ゴー!」


 陽気な掛け声とともに、トキヨミの姿が抜け道ワームホールの中へ消えていく。少し緊張した面持ちのミヅハノメが後に続く。


「そろそろ抜け道ワームホールの出口が見えるよ。シオンちゃん、優勝できるとイイね」


 トキヨミが口にした、何気ない一言に、ミヅハノメの表情が変わる。緊張の色が失せ、自信と期待がいっしょになったような何かが満ち溢れる。

 真っ暗な抜け道ワームホールの先に、まばゆい、白色の光が現れる。ミヅハノメには、それがシオンの未来を象徴する、希望の光に見えた。


 ミヅハノメは、小さく微笑むとで言った。


「シオンは、絶対に負けません。だって、あのは、世界を救った東京歌姫トウキョウ・ディーバですもの」



 おしまい

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東京歌姫 (トウキョウ・ディーバ) RAY @MIDNIGHT_RAY

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