エピローグ そしてまた冒険が始まる

エピローグ1


  *


 どうしてだろう。


 昔の記憶が少しずつ甦ってくるにつれて思う。

 どうしてこんなことをしていたのだろう。この世界に絶望して、この世界には何もないと感じて、そして地上で眠りについた。そんなことをしたって何にもならないのに、ただただ無為に時間を浪費するだけで、何も得られないというのに。


 あの少年――拓海は、……昔の友達によく似ている。その無鉄砲さも、時に愚直で、それでいて絶対にブレない真っ直ぐさも、芯の強さも。

 ただただ真っ直ぐだった。望海という少女のために、全てを投げ打ってでもやり遂げるという強い意志がそこにはあった。


 一緒だ。あの友達も。

 だから、この島に住みつこうとした人間をらしめたのも、ただ自分のことを考えてくれただけなのだろう、と思う。


 そこに絶望することなんてなかったのに。もう一度やり直せばよかったのに。

 だって今、あんなにも素晴らしい人間たちがこの島を造ってくれている。この島に歴史を刻んでいってくれている。

 地上に未練がましく心を置いて行くことはなかったのだ。その心を封印している場所を七不思議としてこの島に伝えていくこと、そしてその七不思議を石碑に記し、一つの謎を解き明かすごとに新しい石碑が生まれていくような仕組みをつくること。色々と思い出していくにつれて、段々と苦笑いが浮かんでくる。そんな無意味なことをしなくてもよかったのに、と。


 要するに、彼らは、拓海たちはこれからも七不思議を解いて行かないといけない、というか解いていくのだろうと思う。


 それをそそのかしている人物がいるからだ。


 何故か――、自身の本体に当たる身体が地上へと戻ってきていた。

 自分が自分自身のことを忘れてしまっていたため、その姿を見ても何も思わなかった。しかし、拓海たちが再び自分の元を訪れたその前の晩、少女は自分の元を訪れた。


 何も分からない自分は、少女に神隠しを起こした。だから、何のためにその少女が自分の元を訪れたのか、それが未だに分からない。


 いや、それ以前になぜ地上へと戻ってきているのかが分からない。


 全ては、あの少女の心に戻れば分かるということなのか。


 自分の心は天上へと戻るとばかり思っていたのだが、思いもかけずこの地上へと留まることになった。


 だが、それは悲しいことばかりではない。あの望海や拓海たちともう一度触れ合えるのだから。


 また、仲間たちとの冒険が始まるのだから。


  ▽


「たっくん、遅刻するよ! 早く起きてよ!」


 俺は望海が俺の布団を揺り動かすのを感じてやっと目を覚ます。


「んー、今日は土曜日だろ? 学校ないじゃねえか……」

「だから、休校の分を臨時でやるんだって! もう、連絡網のこと聞いてたの!?」


 俺は布団から跳ね起きる。


「忘れてた!」


 俺たちがアオと出会い、そして別れた後、この異常気象はピタリと終わりを告げた。テレビでは様々な推測がされているが、真実を知っているのは俺たちだけだ。


 みんなの元に帰ってきた俺たちは、事情を話しながら山を下った。その時には既に、晴れ間が見えていて、心の底から安心したのを覚えている。


 碧はあの直後に戻ってきた。心配をかけて申し訳ないとしきりに謝っていたが、みんな笑って許していた。望海の記憶も戻り、一件落着だ。


 そして、俺たちが気付いた時には神社の鳥居は消えてなくなっていた。そこには初めから何もなかったかのように、木が道を塞いでいる。今度こそ、神隠しは伝説となることになったのだろう。アオは、天界へと帰っていったのだ。


 じいちゃんに迎えにきてもらい、くたくたの状態で帰った俺は、家に帰るとすぐに寝てしまった。だから、夜に来た連絡網のことも寝ぼけまなこでしか聞いていなかった。


「よし、準備完了! 行くぜ、望海!」

「私はとっくに準備できてるよー。早く行こっ!」


 俺たちは一緒に家を飛び出した。

 俺は、海を見る。漁港は活発に賑わっている。じいちゃんもあの中にいるのだろうか。

 じいちゃんは帰ってきた俺に、「ふん、少しだけ男の顔になったな」と言った。たぶん、最高級の褒め言葉だと思う。


「おーい! みんなー!」


 いつもの待ち合わせ場所には既にみんながいた。峻、奈津、碧。


「おそーい! 置いて行くとこだったぞ!」


 奈津が膨れっ面で俺たちを迎える。


「どうせ、拓海が寝坊したんだろう?」


 峻は、不敵な笑みで俺を見る。はい、その通りです。


「拓海、望海、おはよう!」


 そして、碧はいつものような屈託のない笑顔だった。


 この五人の関係も少し変わってしまった。

 前のようにはいかない。誰かに向けられる思いを知ってしまったから。


 それでも俺たちは一緒にいる。

 動き出した歯車は止まらない。止めることはできない。俺たちは取り返しのつかないところまで来てしまった。


 なら、もうやるっきゃないだろ。動きだした歯車を止めようとする必要なんてない。それに、変わることもあるけれど変わらないものもあるって分かったから。


「それにしてもさ、この七不思議ってまだ続くのかな……」奈津がボソリと言う。

「うーん、今回のを見ると、危ないとは思うんだけどな……」


 でも、島が消えてしまうという事実がある以上、答えは一つだった。


「ま、やるか」


 どうにかなる。どうにかならなくても、がんばってどうにかする。

 俺は、これからもそうし続ける。ボロボロになっても、やれるところまでやる。


 俺は、俺たちはそうやって進んでいく。俺たちはそうやって自分たちの風景を描いていく。俺が描く風景は、何色に染まるのだろうか。


 それは、まだ誰も知らない。

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