第6話
俺は一つの可能性を考えていた。
あり得ないと思った。それでも、碧の言葉を思い出して、俺はその可能性をある程度の確信へと変えていたのだ。
『そんなことを言われても、とうの昔に忘れてしまったよ。……いや、気付いた時からボクはそんなことを覚えていない。ただ、一人ぼっちで寂しく過ごしていた、それだけなんだよ』
そして、俺は言う。
「俺、思うんだけどさ。……お前の名前、アオじゃないのか?」
望海が横でえっ、と小さく声を上げる。
「お前は、あのおとぎ話の主人公、アオの心の一部じゃないのか? 天界でも人界でも一人ぼっちだと勘違いしていたお前の暗い心がここに残っているんだ」
『ボクは、アオ……?』
「そうだ。お前は勘違いしてるんだ。一人ぼっちなんかじゃないだろ、お前は。お前のことを愛してくれる人はいたはずだ。友達もあのおとぎ話によればいたはずだ。そうじゃなくても、お前のことを理解してくれるやつはどこかにいるはずなんだよ。いなけりゃ、俺たちがなってやる。それでいいじゃねえかよ。お前は、独りなんかじゃない!」
その瞬間、暗闇に閉ざされていた先の道が明るく照らされていく。
「な、なんだ!」
その光の眩しさに俺たちは思わず目を
「これ……」
『なんで、そんな単純なことを忘れていたんだろうね』
「お前、自分の名前も忘れていたのか?」
『人に名乗ることがないからさ。名前なんて必要ないって思い始めてた』
「じゃあ、あなたはあのアオなの? おとぎ話に出てくる」
望海が尋ねる。
そもそもこの七不思議はあのおとぎ話と関係しているかもしれない、とかなんとか八雲は言っていた。だから、俺はこの可能性を導き出せたのだ。
アオは望海の疑問に答える。
『拓海のお陰で思い出したんだよ。ボクがどうしてここにいたのか。ボクの体はもう、天上に帰っちゃったけど、ボクの心の一部はここに残った。そして、ひたすらに時を過ごしていたんだよ。そうしていたら、ボクが何者であるか、ボクがどうしてここで暮らしているのか、そんな簡単なことを忘れっちゃったんだ。ただ、誰かと一緒に遊びたい、っていう思いだけが残った』
俺たちは、前に進みながら、本殿の前までたどり着く。
「この神社は、お前の家、なのか?」
『そうだね。昔は、そうだった。一番、天上界に近い環境を作るために、用意してもらったんだ』
「で、でもさ。どうして心だけはここに残ったの?」
『ボクは、過去を捨てたかった。こんな辛い思い出は無くしたかった。だから、心の一部を、僕はここに置いて行ったんだ』
どこかで聞いたようなセリフだ。まさに、碧が言っていたような。
『……でも、その残った心、つまりボクは辛いだけだったんだけどね。……拓海、望海。見せてあげるよ。僕の描いた風景を。僕が好きだったあの風景を』
その瞬間俺たちは、光に包まれる。周りが真っ白な世界になった。
そして、やがてそこに色が戻っていく。俺たちの周りに広がっていたのは――、
「スゴイ……」
望海が思わず呟く。俺たちは、島のどこかは分からないが、丘のような所に立っていた。そこから見えるのは、碧色の風景だった。俺が、碧がやって来た日に見たような、一言では言い難い、見る者を引き込む、そんな風景だった。
「これが、お前の見せたかった風景か?」
『うん。これが、ボクが昔描いてた未来であり風景なんだよ。今でも取り戻したいと思っている風景。碧色の風景なんだよ』
アオという女の子は、純粋だった。とても純粋にこの島を愛し、そして人間たちの行動を嘆いた。
でも、それだけだった。自分でこの景色を守ることはできなかった。
「で、お前はこのままでいいのか?」
『このままって?』
「このままここでじっ、としてていいのかってこと。この風景を今でも取り戻したいと思ってるんだろ? なら、こんな所でウジウジと寂しがっていないで、早く取り戻しに行けよ」
『でも、どうやって?』
「そんなの、俺は知るか」
『え、ええ?』
「知らねえよ、でも、がんばればいいんだよ。俺だって、がむしゃらに頑張ってここまで来たんだ。もちろん、ちゃんと考えてくれるやつがいたからってのもあるけど。お前なら、自分で考えて、自分でこの風景を取り戻すことができるはずさ」
『……ふふ』
「何だよ、何かおかしいのか?」
『いや、何だか懐かしいな、って思って。君は、昔のボクの友人によく似ている』
「ふーん、ってそんな奴知らねえよ」
『でもさ、ありがとう。ボク、天上に戻ってみるよ。そして、友達に会ってみる』
「ああ、そうしろ。そしたらちょっとは目が覚めるだろ。あと、お前散々迷惑かけたんだから、ちゃんとやることはやってけよ」
『もちろん、異常気象は止めていくよ。それにみんなもちゃんと元の場所に帰していく。……あと、あの女の子は返してあげるよ』
「分かった……、んじゃ、元気でやれよ」
『うん……、望海、ごめんね、怖い思いさせて』
望海は穏やかな表情で言った。
「ううん、私、何もできなかった。たっくんがいたから、アオはきっかけを作れたんだよ。それに、私、こんなキレイな景色が見られてよかった。私も、この景色を取り戻したい」
『望海……、ありがとう』
「ね、アオ。またあなたがこの風景を取り戻しにここに来たら、私も協力させてよ」
『もちろんだよ。ボクが君たちのことを覚えていられるかは自信ないけどね。ボクは心の一部でしかないから』
「大丈夫だ。そん時は、俺が殴ってでも思い出させてやる」
「たっくん、乱暴はよくないよ……」
アオは、ハハハと小さく笑う。そして最後の言葉を口にする。
『じゃあ、行くね。……さようなら、拓海、望海。……僕の地上での友達』
そして、俺たちの身体はふわっ、と浮き、世界はまた、光に包まれていった。
俺たちは、戻っていく。俺たちの世界に。
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