第4話
「八雲、話戻すけどさ、どうしてこの家に碧が住むことになったんだよ」
そもそも最初の質問はこれだったはずだ。俺以外の三人も興味深そうに八雲に耳を傾ける。
「そいつはのお……、碧、お前さんの口から話した方がよかろう」
ちょうど自分の分の湯呑を持って居間へと戻ってきていた碧は、座りながらコクンと頷いた。
「はーい。じゃあボクから話すけど、両親が仕事の都合で海外に行かないといけなくなったんだ。ボクも海外に行ってもよかったんだけどやっぱり慣れてるところじゃないと嫌だったんだよ。それで、環境を変えるっていう理由もあってこの島に来たってわけ。八雲は昔からの知り合いだったから、そこに住まわせてもらうことにしたんだ」
昔からの知り合いってこの幼女……じゃなくてばあさん、マジで何歳なんだよ。
「むっ、拓海。変な目でこちらを見るでない」
「いや、あんたのことが余計に分からなくなったもんで」
思えば、昔からずっとここに住んでおり、外見もほとんど変わっていない気がする。何なんだよ、このばあさん……いや、幼女は。
「ま、今ので大体分かったけど。ね、望海?」奈津が言う。
「う、うん。そだね……、でも、八雲さんはそんなこと一言も言ってなかったよね? どうして教えてくれなかったんですか?」
望海の言うことはもっともだ。
「それに、昨日俺たちがここを訪ねた時にはまだ碧はいなかった……、ということは昨日俺たちが帰った後に碧がやって来たということなんですか? 唐突な話ですね」
峻が付け足す。確かにそれももっともだ。言われてみればそう思うけれど、言われてみないと気付かなかった。
「そうじゃぞ、碧は昨日到着したのじゃ。まあワシとしても急な話じゃったし、二学期の途中からでもいいとは言ったのじゃが……、早く来たいと碧が言うので昨日の夜に急遽来ることになったんじゃ」
「はあ、なるへそ……」
俺は納得したような納得していないような声を上げる。
「それだけ早くみんなに会いたかったってわけだよ。……ね、拓海! 今度この島のこと案内してよ! すごく楽しそうだしさ!」
「へ? なんで俺?」
「だってこの島のこと、一番分かってる、いや、好いているように思えたからさ。もちろん、みんなも一緒に、だけどね」
碧の言っていることは的を射ている。俺がこの島のことについて一番詳しいかは分からないけれど少なくとも雄川島への感謝の気持ちや好意については他の奴らにも負けていないと思っている。それに、俺と碧はいわば同じ境遇にある。この島で生まれ育ったわけではない俺と、同じく外の世界からやって来た碧には共通点があったのだ。
「……ま、いいけど。また今度、みんなでいろんな所回ろうか」
「拓海のセンスに任せてたらつまらないかもしれないし、あたしも一肌脱ぐとしますか!」
奈津が余計な一言を付け足す。「なんだよ」と俺はちょうど隣に座っていた奈津を肘で小突く。それに対して奈津はニシシ、と
「ありがと、奈津。……本当にみんなって仲良いんだね」
その言葉には、一種の
「私たちはずっと一緒だったから。でも、ずっと一緒じゃないといけないってことはないんだよ」
望海が言う。望海にしては珍しく、言葉を続けた。
「だからさ、碧ちゃんも私たちと仲良くできると思う。それは年月の問題じゃない。きっと、私たち四人の中に、碧ちゃんも入ることができるはずだよ」
俺たちは望海のその言葉に呼応するように、碧を見る。碧は驚いたような戸惑っているような表情を浮かべていたが、やがてそれは笑顔に変わる。
「……うん! ありがとうみんな! これからもよろしくね!」
これがたぶん俺たち五人の始まりだったのだと思う。
今の俺は何も気づいていない。そのことが俺たちの関係を大きく変えることになってしまうとは。
でも、それは碧のせいではない。いつか、起こることだったんだ。碧の登場は、そのきっかけにすぎない。
俺たちは思い知る。いつまでも「俺たち」のままではいられないことを。
▽
碧が雄川島にやって来てから一週間が経った。
初めてやって来た次の日から、碧は俺たちと一緒に登校するようになり、下校も共にするようになった。学校が始まってしまったのと、みんなそれぞれの用事から「島を案内する」という碧との約束を未だに果たせずにいたが、学校が始まって一週間となる今日、やっとその約束を果たせる日がやってきた。
「ほんっと、待たせちゃってゴメンね、碧」
いつもの五人で集まり、お昼ご飯を食べながら今日の放課後の予定について俺たちは話し合っていた。その話の最初に、奈津が手を合わせて碧に謝る。
「ううん、みんな忙しいのは分かっていたし、それよりもみんなが約束を果たしてくれようとしてくれたことがボクにはすごく嬉しいよ」
俺にはじいちゃんの仕事を手伝うという任務があり、望海には家事をひとしきりやるという毎日の仕事がある。奈津や峻にも学校での用事や実家の手伝いなど、放課後やらないといけないことが入れ替わり立ち替わりのように起こっていた。
今日は、各々が自分の仕事を人に任せたり、終わらせてきたりしたことでなんとか一日丸々空けることができたのだ。
「さて、今日はどこに行くんだ、拓海?」
峻に問われ、俺は少し考える。ここのとこ忙しいのもあって、あんまり色々と考えてなかったんだよな……。
「この島の名物みたいなとこって……、どこだろ?」
考えてみると、この島はものすごくいい所ではあるのだけれど、これといって見るべきな場所があるわけではない。本州の方とかだったら、富士山だとか一目で見て分かるような名所みたいなところがあるのだけれど。……いや、そんなこと言いだしたら雌川島の言ってることを認めちゃうことになるからやめておこう。
みんなもうーん、と首を
「……いっつもさ」
そんな沈黙の中、口を開いたのは望海だった。
「ん?」
「いっつも私たちが行ってるような所でいいんじゃないかな。学校終わってからとか、休みの日に。そんな所が私たちの中ではすごくいいんだと思うよ。私たちにとって雄川島ってのはそういう場所のことを言ってるんだと思うしさ」
望海の言葉に碧もうんうん、と頷いて賛同する。
「そうそう! 特別な場所とかじゃなくて、いつもの場所がいいな! あっ、みんなの家とかにも行ってみたいし!」
キラキラとした瞳で語る碧と、その様子を嬉しそうに見ている望海のことを見ると、他の三人も顔を見合わせてプッ、と笑うしかなかった。
「なんか、あたしたち考えすぎてたかもね」
「だな。俺たちにとっての雄川島ってのはこんな日常だからな」
奈津と峻が口々に言う。俺も、望海の言葉のお陰で次々と行きたい場所が浮かんでくる。むしろ一日では足りないくらいだった。
「よーし、碧! 今日はあっちこっち連れ回すから覚悟しろよな!」
威勢良くそう言うとほぼ同時に峻がコホン、と咳払いをする。
「……みんな、分かってるとは思うけど時間、な」
峻につられて時計を見ると、昼休みも残りわずかとなっていた。
「やばっ! 弁当食ってない!」
俺たちは大慌てで目の前の弁当にありつく。その様子を見て、碧はクックッ、と押し殺したような笑い声を上げる。
「お弁当はよく味わって食べなきゃ。もったいないなー」
「仕方ねーだろ、お前も早く……、ってあれ? もう食べ終わったのか?」
「ボクはもうとっくにね」
そう言って弁当箱を見せてくる碧。その弁当箱の中身は本当に空っぽだった。しかもその弁当箱の大きいこと。
もしかしてこいつ、大食いか早食いかどっちかじゃねえのか、という感想を持つこととなったのだ。
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