第3話
考え事をしていた俺の袖を引っ張る感覚があり、俺はそちらを振り向く。
「たっくん、たっくん」
「ん? どうした、望海?」
「いや、話を戻そうよ。とりあえず、朝何があったのか教えてくれる?」
俺は何となく察する。たぶん、望海なりに気を
「朝のこと、か。でも、さっき言ったことと登校途中に言ったことがほとんど全てなんだよなあ……。言ってないことって言ってもさっき学校で説明しちまったし」
俺は碧を見る。俺の言葉に同意するように、碧もうんうん、と頷いていた。
「大体拓海の言ったとおりだよ。ボクもさっき学校で言ったことが全て。朝散歩してたら、突然世界が碧色に包まれて、びっくりしてたら今度はボクが白い光に包まれて……。で、その中でもがいてたら、男の子が見えた。その顔は拓海にそっくりだったんだ」
へー、と周りが話に聞き入っているのに対し、俺は少し違和感を覚える。
「碧、今碧色って言ったよな? あの色、普通なら緑色だって思うと思うんだけど」
碧は、優しく
「これが、碧色、でしょ?」
「あー、そうだな……」
「ボクの名前の由来は、ボクの瞳の色がこんな色だったからなんだ。だから、碧色っていうのにはすごく敏感っていうか、共感するっていうか」
なるほど。自分の名前と結びつけてってことか。
「拓海はあの色、碧色だって思った?」
「……あ、うん。俺たち、昔から散々聞かされてるおとぎ話があってさ。そこに出てくるアオイロってのがそのことだから、何となく染みついちゃってるんだよ」
望海が碧の方に身を乗り出す。
「そういえば、碧ちゃんはこの島に伝わるおとぎ話のこと、知らないんじゃない? 今から行って教えてあげようよ! ほら、八雲さんの所に行ってさ、たっくん」
望海の提案はもっともなのだが、俺は内心でかなり渋る。
しかし、その葛藤を打ち消す声が響いた。
「そのおとぎ話なら知ってるよ」
碧の声は凛と響いて、俺たちの間に共鳴する。さっきから碧には驚かされてばかりだが、またもや俺たちは顔を見合わせる。
「どうして……?」最初に口を開いた奈津が問う。
「ま、ボクの住むことになった家に行ってみれば分かるよ。みんな、ついてきてよ!」
そう言って立ち上がる碧。俺たちは黙って碧の後についていくことしかできない。
なんか、マジであいつのペースだよな……。
▽
奈津の家から歩くこと数分。碧は目的地となる自分の家へと俺たちを導いた。
「意外と近いんだねー」望海が
だが、他の三人はまたもや声を失っていた。
「お、おい……、ここって……」俺は辛うじて口を開いて言う。
「いやー、なんだか来たことあると思ったら」奈津もさすがに面食らっていた。
「……まさか八雲さんの家だとは」峻が目を細める。
「そういうことだよ! だから、ボクは八雲からもういろんな話を聞いてるし、拓海たちのことも聞いてるんだよ!」
「私たちのことも?」望海が意外そうに口を開いた。
「そ! この近くにいる同級生の話をしてくれたよ! 仲良くしてくれるはずだからって」
ふーん、あのばあさん……、じゃなくて幼女の中で俺たちの評価は意外と高いらしい。すごくどうでもいいけど。
「さ、とりあえず入ろうよ!」碧は俺たちを家の中にと招き入れる。
「……え、行くのか」
昨日の今日でこの家に入るのはちょっと遠慮しておきたい所だったが、みんなが何もなさそうに入っていくのを見て、俺もついていかざるを得ないと思った。渋々ついていく俺に、奈津はあっけらかんとした表情で振り向いて言った。
「いいじゃん、どうして碧を受け入れることにしたのかとか興味あるし」
「まあ、そりゃそうだけど……、はっ、まさか
「……あんた八雲さんのこと何だと思ってるのよ」
いや、得体の知れないちんちくりん幼女だと思ってるけど……。あと、女の癖に女にやたら近づく。うん、やっぱジジイだ。しかも、エロジジイ。
そうこう言っているうちに俺たちは八雲の家へと上がっていた。一人暮らしの癖になかなか広い一軒家に住んでいる八雲であったが、なにせ山の入口のような所にあるので、この辺に住もうと思う人間は八雲以外にいないだろう。もちろん周りに家などない。
「たっだいまー!」
碧の元気な声に返事はない。碧は気にすることなく靴を脱いで軽くステップするような足取りで奥の部屋へと進む。
「さ、みんなおいでよ」
トントントーン、と弾むように歩いていく碧を見て、まるで妖精だな、と思う。まあ、あんだけの美少女だったらそうも思うよな。
「おい、拓海。ぼーっ、とするなよ」
峻に言われて、俺ははっとする。みんなはもう靴を脱いで碧の後に続いていた。
奥の部屋に進むと、そこではいつものように八雲が畳の上に座布団を敷いて座っていた。テーブルの上にお茶を入れて、テレビを見ている。俺たちが来たことにも特段驚く様子もなかった。
「よぉ、久しぶりだなばあさん」
俺が言うと、八雲は「はて?」と言いながらゆっくりこちらをへと振り向く。
「ワシの記憶が正しければ昨日も会ったはずじゃがの。やはり記憶力に難有りじゃったか、拓海」
皮肉たっぷりに言われてしまい、俺はむっ、として言い返す。
「俺はあんたと会った時の記憶はその日中に消すようにしてるんだよ」
「またまたそんなこと言いよって。……まあ座らんか。碧、お茶を出してやれ」
「はーい」
碧は返事をすると、軽い足取りのまま台所の方へと向かっていく。まるで、昔からこの家にいたかのような馴染みぶりだ。
「なあ八雲。碧はどうしてこの家に住むことになったんだよ」
「ふむ、単刀直入じゃの。まああの子がお前さんたちを連れてくることは予想しとったわけじゃが……」
「そうなの?」望海が問う。
「あの性格じゃからの。お前さんたちの中にならすぐに溶け込めると思っとったわい」
俺は、台所にいるであろう碧に聞こえないように気を遣って、小さな声で問う。
「だけどよ、碧って前いた所だとあんまり友達いなかったって本人が言ってたぞ。どういうことだよ」
「拓海」奈津が
「そうか。そこまで話しとったか。まあ、前の学校は少し特殊な環境でな。あの子には少し合っていなかったようじゃ。それもこの島に来た理由の一つなわけじゃが」
「みんなお待たせー!」
そのタイミングでお盆を持った碧が戻ってくる。こうなってしまってはさすがに話を続けるわけにはいかず、俺たちは口を閉じざるを得なかった。
「? どうしたの? 何かあった?」
碧がはてなと首を傾げる。俺たちは、慌てて手を横にブンブンと振って作り笑いを浮かべる。
「いやいやー、特になんでも……。ってかさ碧。どうして四つしかないんだ?」
碧が持つお盆の上には
「あっ、ボクの分忘れてた!」
碧は自分の口を手で覆い慌てて台所へと戻っていく。本当に騒がしいヤツだ。でも、憎めないし、むしろ
だからこそ、昔、碧に何があったのか知りたいと思う気持ちも強い。だけど、それは碧自身が言えるようになるまで待ってやらないといけないのかもしれない。ただ、俺たちは碧が過ごしやすいように、この島が一番だと思ってもらえるように仲良くしてやらないといけないのだろう。
だから、この話をこれ以上追求するのはやめておくことにした。
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