第2話

 雌川島までの船の旅は決して快適とは言えなかった。望海はやっぱり船酔いしていたし、やーにぃは後でじいちゃんに何を言われるか分からない、と違う意味でビビッていた。

 それでも、じいちゃんの安定した操作で無事に雌川島までたどり着く。


「ありがとな、じいちゃん」

「礼は帰ってから言え。また、ウチに電話したら、迎えに行ってやる」

「ああ」


 顔面蒼白の人間が二名ほど混じっているものの、全員降りたことを確認すると、俺はみんなに言った。


「さあ、行くぞ」


 この前の手配通り、俺たちはやーにぃの運転で山の入口までたどり着く。


「やーにぃ。やーにぃはここで待っててくれないか? ここで待って、俺たちが帰ってこなかったら、すぐに警察かどこかに連絡してくれ」

「だけど……」


 さすがにやーにぃも俺たちを四人だけにするのは不安がっていたが、すぐに首を縦に振る。


「……俺がいても仕方ないからな。がんばれよ、拓海」

「ああ、任せとけ」


 俺たちは山へと入っていく。神社までの道のりを覚えているかという不安もあったが、そこはなんとか峻の記憶力のお陰でたどり着くことができた。前にしるしを残して行ったものの、この嵐で消えてしまっている。


「着いたな……」


 俺は鳥居を見据えて言う。また、ここに来ることになるなんて全く思ってもみなかった。

 だけど、今はここに立っている。何が起こるかは分からないが、恐れずに立ち向かうしかない。


「よし、それじゃあさっきの作戦通りにいこう」


 峻の声で、みんなが手を取り合う。

 誰かがいなくならないようにみんなで手を繋ぐ。気休め程度のものでしかないが、自分たちを奮い立たたせるのには十分だ。


 俺たち四人は手を取り合って鳥居へと近づく。先頭が俺、そして望海、奈津、峻と続く。


「入ろう」


 俺たちはゆっくりと鳥居をくぐる。この前は何も感じなかったのに、今回は異世界に迷い込んだような、そんな感じすら思わせるほど不気味だった。

 ゆっくりと森の中を進む。今の所、特に何かはない。木々が風で揺れ、不気味さをより一層増すが、前のような突風は吹いてこない。


「油断は禁物だぞ」


 峻が自分に言い聞かすように呟く。誰も返事はしないが、誰もが改めてそう認識しただろう。

 ゆっくりと、歩き続ける。以前のように、先は見えているのにまったく近づかない。


「やっぱり、この仕掛けは前と変わらないんだな」

「そうみたいだね。……でも、二回目とはいえ、やっぱり怖いね」


 望海が俺の手をギュッ、と握る。


「大丈夫だって。俺も、みんなもいるからさ」


 振り返ると、望海がうん、と力強く頷いて少しだけ微笑んだ。


「……で、でもさ、た、たっくん、痛いよ」


 思わず握った手に力が入り過ぎてしまったのか、望海が痛がる。


「あ、ご、ごめん」


 慌てて俺は、手の力をやわらげる。


「たっくん、力入り過ぎてるよ。リラックス、リラックス!」

「そ、そうだな」


 一番怖いかもしれないのに、一番の笑顔を見せてくれる。自分のことは置いておいて、みんなのことを気遣っている。守る、なんて言っておいて、結局守られてるのかもしれない。


「ほら、深呼吸深呼吸。はい、吸って~、吐いて~」

「スー、ハー、……ってそれ俺がこの前やったやつじゃねえかよ!」

「あ、えっ……?」


 俺は息を呑む。記憶が、戻っている――?


「あ、で、でもね。ぼんやりとだけど、そういうことをしたっていう記憶があっただけなんだ。でも、ここに来てみんなとの思い出が少しずつ戻ってきてる気がする」


 やはりここに来たのは間違いではなかった。


「よし、奥を目指すぞ――」


 その時だった。俺は、風を感じる。

 今まで吹いていたのとは全く違う勢いの風が突如吹き荒れる。


「うわっ!」「きゃっ!」


 峻が、奈津がそれぞれに小さな悲鳴を上げる。


「望海!」


 俺は繋いでいた左手をしっかりと握る。絶対に離しはしない。

 だが、それでも容赦なく、風は強まっていく。


「く、くそお!」

「きゃあ!」奈津だろうか、倒れたのかもしれない。


 俺は開いていた右手で望海を抱きしめた。


「た、たっくん!」

「絶対、離さねえ。離すもんか!」


 さらに勢いを増す風。俺たちは倒れ込みながらも、しっかりと抱きしめ合う。

 ますます風は勢いを増していった。もう、自然現象と言えるレベルではない。


「うおおおおおおおおお!」


 俺は望海を抱きしめ続ける。

 しかし、それは一瞬の出来事だった。


 俺の腕の中から望海が、何かに引きつけられているかのように出て行こうとする。俺はさらに強く望海を抱きとめた。

 その瞬間、スルリ、と俺の腕の中から望海が抜け出す。そして、俺はあっという間に風に飛ばされ、木にぶつかってしまった。


 そして、俺の意識は闇へと引きずりこまれていった。

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