第六章 僕たちが見た風景
第1話
「碧ちゃん、帰ってないみたい」
望海が八雲の家に電話をかけたものの、碧は帰っていないようだった。
昨日、あれから望海の部屋で一緒に寝たという碧だったが、朝望海が起きたときにはもう、碧の姿はなかったという。
もちろん家に帰ったのだということも考えたのだが、八雲の家に電話しても碧はいない。
じゃあ、あいつはどこに行ったっていうんだ?
「まさか、あいつ……」
でも、昨日の会話でそんな素振りは見せていなかったというのに一体どうして。
「碧ちゃん、もしかして……一人で?」
望海も俺と同じことを考えていたようだった。
碧は一人で、たった一人で雌川島に向かったのではないか、ということだ。
「でも、おかしいだろ。どうしてあいつが一人で行くんだよ。おかしいじゃねえか……」
「たっくん、とりあえずみんなに電話した方がいいんじゃない?」
そうだ。まずは奈津や峻に連絡をしないと。
「でも、すぐに船着き場に集まるように言わないと、時間が……」
「慌てないで、たっくん。まずは八雲さんの家に集まって、それからでしょ?」
そうだ。こんな時でも一旦は落ち着かないといけない。また峻に怒られてしまう。
俺は、焦りはしていたものの、平静を保とうと心を落ち着かせながら、電話をかけ始めた。
▽
「どういうことなの!? 碧がいないって!」
俺たちは豪雨の中、八雲の家に集まった。みんな豪雨であったにも関わらずすぐに集まった。もちろん碧のことがあったからだ。
もちろんこの雨で学校は二日連続の休校。しかし俺たちにとってはそれどころではなかった。
「どうして碧が一人で……? こんな嵐の中、一人で向こうまで行けるはずがない。定期船も欠航に決まっているだろうし、そもそも向こうに行く手段がない」
「手段はあると思うがのお」
八雲が不意に口を出す。しかし、口を出した瞬間に、あっ、と言った表情で口を押さえた。
「何だよ、手段って」
「いや、そ、それはのお……。ほら、例えば漁師の人間に頼み込んで船を出してもらうとかできるじゃろう?」
「でもさすがにこの嵐の中で船を出してくれるような人なんているわけないよ。ましてや子供一人なんだし」奈津が言う。
「でもじゃあ、あいつはどこに行ったっていうんだよ」
俺は俺で、あいつがどこに行ったのか検討もつかなかった。
「……じゃあ、俺たちも行くしかないか、雌川島に」
峻が覚悟を決めたように口を開いた。
「碧がいるかどうか分からないのに?」
「ああ、そうだ。どちらにしてもあそこに行かざるを得なかったんだ。それが早いか遅いかってことだけしか変わらない」
「……ま、それもそうだな」
俺はみんなの表情を見渡す。……見たところ、覚悟はできているようだった。
「あたしは行くよ。これで全ての決着をつけてやらないと」
「もちろん俺もだ。俺がいないとお前たち、どうにもならないだろう?」
「私も。記憶を取り戻しに行く」
「よし、……いいよな、八雲?」
一応八雲に聞いてはみる。別に反対されても行くつもりではあったが。
「ああ……、あの子を……、碧を頼んだ。あの子はもしかすると責任を感じていたのかもしれんな……。自分が来てから、こんなことになってしまったという思いがあるのかもしれん」
「責任……? あいつは関係ねえじゃねえか!」
それに、八雲は碧が雌川島にいることを確信したような口ぶりで話す。
「だから、推測じゃ。こればかりは行ってみんと分からん。……それより、行く手立てはあるのか?」
「あっ……そうか」
そこで声を上げたのは奈津だった。
「大丈夫。兄貴に船を出させるから。……電話、借りますね」
奈津はそう言うが早く、やーにぃの携帯電話に電話をかける。俺たちは持っていないが、やーにぃくらいの大人になると携帯も所持しているようだった。
奈津とやーにぃの電話はなかなか難航しているようだった。
「へ!? 俺!? ま、まさか俺に船を出せって言うのか!? やだやだやだやだ! こんな時に船出したら死ぬよ!? いや、マジで!」
やーにぃの悲痛な叫びが電話越しにも伝わってくる。まあ、確かにこんな嵐の中で船なんか出せるわけがない、普通は。
「うっさい、兄貴! どっちにしたってあたしたちは、危険なことをしに行くんだから、それくらいどうってことない!」
「いや、でもヤバいってこれはさすがにマジで死ぬって怖い怖いコワイ」
ダメだ。やーにぃは完全にビビッている。こんな状態のやーにぃに船の運転をさせても、たぶんうまくいかない。
「もお……兄貴しか頼れないっていうのに……、えっ、突然何? ……ってあっ……、ど、どうもこんにちは」
奈津の口調が突然変わる。
「はい、そうです。はい……、います。……分かりました」
そう言うと、奈津は俺に受話器を差し出した。
「拓海。……あんたのおじいさんから」
「じいちゃん?」
仕事でやーにぃと一緒だったのだろうか。俺は電話を受け取って「もしもし」と声を掛ける。
「拓海か」
そのよく通った声に俺はビクッ、と背筋が伸びる思いがした。
「向こうに行きたいと言ったな。俺が船を出してやる」
「本当か!? じいちゃん!」
「緊急事態だというのなら仕方あるまい。だが、拓海。一つだけ約束しろ」
「え?」
「……必ず、帰ってこい。望海もだ。お前がしっかり守れ」
俺はただ一言「うん」とだけ言う。でも、それだけで十分だった。俺の中で闘志に火がつくのを感じる。
「……よし、みんな、行くぞ!」
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