第3話

 「くすみ」からの帰り道、俺は奈津に「二人で話がしたい」と言われた。


 たぶんさっきの流れから考えると、奈津は最初に俺と話がしたかったのだと思う。ちなみに、俺もそうだった。あの時の言葉の続きを、俺はまた聞けてなかった。


「ごめんね、望海のこともあるのに」


 二人になってから、奈津は手を後ろで組んで言う。

 日は傾き、綺麗な夕焼けを見せている。雨なんて降りそうな気配もない。

 その夕焼けをバックにすると、やけに奈津が綺麗に見えた。……いや、本当に綺麗なんだろうな。今まで気づいていながらそこまで見ることはなかった。


 これも、俺の知らない奈津なんだろうか。


「いいよ、さっきも言ったけどじっくり話したいしな」

「うん、でもさ、あたしがあんたに言いたいのはこの前の続きだけ」

「俺もそれが聞きたかった」


 そう言うと、奈津は少しだけ目を逸らす。そして意を決したように俺の方を向いて、口を開いた。


「あのね、拓海。あの時聞いたこととはちょっと違うけどさ、……望海のこと、好きなの?」

「好きって……はあ!?」

「その、あれよ……、異性としてって意味だからね!」


 ずいぶんと早口で顔を赤らめながら聞いてくる奈津に、俺は正直面食らった。そんなことを聞いてくるとは思ってもみなかったからだ。


「……いや、その……、そんなこと考えたこともないから分かんねえよ……」


 勘弁してくれよ、といった口調で俺は奈津に言う。これは正直な気持ちだ。恋だのなんだの、といった感情は持ったことは本当になかった。


「……そっか」

「なんでそんなこと聞くんだよ?」


 いぶかしげに奈津を見る。奈津のことだから、そんなこと聞いて俺をからかってるんじゃないかと思ったからだ。


「そりゃ、さ」


 奈津が顔を上げる。その目はしっかりと俺を捉えていた。


「……それを確かめとかないと、素直にあんたに恋ができないじゃない」

「…………へ?」


 その意味を理解するのにたっぷり十秒は要した。


「――って、え、えええ!? で、でも、なんで……」

「恋するのに理由なんてないでしょ。ホント、これだから男は」

「いや、でもさ! お前、だって!」

「さっきから日本語になってないよ。どうせ英語なんてできないんだから日本語くらいはちゃんとできるようにならないと」

「いや、そういうとこだって! すぐお前、俺のことイジるじゃねえか!」

「だからさ、……あたしも素直じゃないんだって」


 素直じゃない。俺もよく言われるが、何となくその気持ちが分かってしまった。


「でも……、何で今さら……」

「スッキリしたかったから」

「え?」

「別にあんたとどうにかなりたいってわけじゃないのよ、今のところ。だから、想いだけは伝えておこっかな、って思ったのよ。その過程で一応望海に対する態度は恋なのかを確認しておきたかっただけ」

「ど、どうしてそんなこと……」

「だって、あたしが好きなのは望海のためにまっすぐなあんたなんだから」


 しっかりと俺を見据えながら話す奈津を見て、俺はまた思う。


 あー、やっぱ俺、こいつのこと何にも分かっちゃいねえや。


 でも、嬉しかった。こうやって、自分の想いを打ち明けてくれて、それでもなお、まっすぐに俺のことを見てくれる。そんな人がいてくれることに俺は素直に感謝した。


「……ありがとな。今はまだ何も言えないけどさ、……その想いだけは受け取っておくよ」


 せめて俺ができるのはそれだけだと思った。


「なにそれ、クサイ」

「はぁ?」

「いや、あんたってキザなの似合わないんだから、そこは『お前らしくねえな』とか言っとけばいいのに」

「あ、あのなぁ……、お前が真剣だから俺もマジメにだな」

「あー、そろそろ帰らないと。ていうか『くすみ』で食べちゃったし、晩ご飯必要かなー? 碧みたいに食べたら絶対太るよねぇ」


 何だよこの変わりようは。さっきのがまるで嘘みたいじゃねえかよ。

 しかし、俺は奈津の耳が真っ赤なのを見て、少し笑いそうになる。……どんだけ誤魔化してるだよ。


「……帰ろうか。あと、お前も食っても太らないタイプだと思うぞ」

「ホント!? じゃ、今日はたくさん食べちゃおっかなー?」


 知らない面もたくさんある。それが分かっただけでも全然いい。

 長く付き合っているからってそれを全て知ることになるわけじゃない。こうやって内面を見せていくから分かることだってある。


 ……次は、峻かな。

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