第4話

  ▽


「――望海!」


 俺は、ガバッと起き上がる。周りに見えるのは、風に揺れる木々だけだ。


「起きたか、拓海」

「峻! 望海は!?」


 辺りを見渡しても、望海の姿がない。

 俺は、先ほどのことを思い出す。望海を守ると言った俺は、最後には吹き飛ばされてしまった。

 拳を地面に叩きつける。歯痒さだけが、俺の中にじんわりと残っていた。


「くそ! またかよ! どうして、どうして……。俺は、あいつを守るって言ったのに! また、守れなかった……」

「拓海……」

「俺は、最低だ! いっつも、約束を果たせなかった。そんなんだから、そんなんだから……」


 俺は、あいつに振り向いてもらえない。

 そう考えたその時、俺は右頬に強い衝撃を感じた。


 思わず頬を押さえる。ビンタされたのだと気付くまでに少し時間がかかった。


「何すんだよ、奈津!」

「あんたね、いつまでメソメソしてんのよ。あんたが思ってることなんてここにいるみんなが思ってるわよ。そんなことより、これからどうするかでしょ!?」


 俺は、頬を押さえながら少しうつむく。

 望海は言ってたじゃないか。何かあってもがんばればいいって。まだ、俺はがんばり切ってはいない。


 俺は、顔を上げてしっかりと奈津の目を見た。


「な、何?」

「……奈津! 左も叩いてくれ!」

「って、は!?」

「頼むから!」

「え、ええっと……、じゃ、じゃあ」


 奈津はすーっ、と息を吐くと右手を構えて――、


 パシインッ!


「って痛てえええええええええ!」

「あ、ご、ごめん。でも、叩いてって言ったの拓海じゃない」

「そうだよ。でも、右と左でバランス違いすぎねえか? ……でも、これで目が覚めたよ。ありがとな、奈津」

「こ、こんなことでお礼を言われるなんてね……」


 それでも気合は注入された。これからどうするか、考えてやらないと。


「よし、整理しよう。……望海は、神隠しに遭った。だとすると、それをやった奴がどこかにいるってわけだろ?」

「そりゃ、確かにそうなるはずだが」


 峻が答える。峻にも今のところ有効な手立てはなさそうだ。


「そんじゃ、後は俺の出番ってわけか」

「それは……、どういうことだ?」


 俺はそう言うと、前に踏み出す。そして、目一杯の声で叫んだ。


「おおおおおおおおおおおおい! 誰だが知らねえけど、望海をどっかに連れ去ったやつ! 出てこいやああああああああ! いい加減にしねえと、この神社ごと焼いてやんぞおおおおおおお!」

「な、何言ってんの!?」

「お前アホか……、そんなので応答あるわけないだろ」

「バカかよ、お前ら。やってみねえとそんなの分かんねえだろ。ということで、……おい! 聞こえるか! 俺たちは望海を助けに来た! お前が何を一人で寂しがってるのか分かんねえけど、俺たちにだって望海が必要なんだ! つべこべ言わずに望海を返しやがれやああああああああああ!」


 すると、風が強まる。先ほどのような突風ではないが、確実にそれは強くなっていき、一点に引き込まれていく。


 掃除機で吸い込まれていくかのようだった。そして、見ると引き込まれていく一点が、空間を引き裂いていく。みるみるうちに大きくなっていった黒い円に向かって俺は飛び込んでいく。

 しかし、その一歩手前の所で何かぶつかる。俺は体に電流が走ったかのような痛みを覚えた。


『――まったく、君は何者だい?』


 心の中に直接声が聞こえた。それはあの声だった。『余計なことをするな』と俺に言った、あの透き通るような声。


「やっと話が通じたな……。お前こそ、誰なんだよ」


『ボクは望海と遊びたいんだ。君たちは帰ってくれない?』


「そうか……、お前か。お前が望海を!」

「まさか……、本当に?」


 峻が後ろで呟くのが聞こえる。峻たちにもこの声は聞こえているようだ。


『なるほど、君たちにも声が聞こえるのか。でも、ここは通さないよ』


「いいから、望海を返せ! っていうか、そこに入れろ!」


『どうしてここに空間のゆがみができたのかボクには分からない。だけど、君をここに通すわけにはいかない』


「うるせえ!」


 俺はもう一度そこに向かって飛び込んでいく。だが、また弾き飛ばされてしまう。


「拓海!」


 奈津と峻が駆け寄ってくる。俺の体を支えた奈津は今にも泣きそうな目をしていた。


「もう止めて! 拓海がどうにかなっちゃう!」

「まだまだあ!」


 俺は立ち上がり、また飛び込んでいく。それでも、結果は同じだ。


「おい、しっかりしろ! このままじゃらちがあかないぞ!」

「でもよ、峻。俺は、決めたんだよ」

「え?」

「あいつを助けるって。そのためなら、どこまででもがんばるって!」


 そして、俺はまた飛び込む。そして弾かれる。

 意味のないことかもしれない。それでも、俺はやらないといけなかった。


 絶対に守りたい人が、いたから。


「――拓海」


 また立ち上がろうとする俺の右手をギュッ、と握る手があった。


「奈津……」

「拓海、みんな同じだよ。みんながんばって望海を取り返したいと思ってる。だから、あたしたちには応援しかできないけど……」

「十分だよ、ありがとう」

「拓海。俺はお前と違って、そんな無茶な行動はできない。……だから、お前が行け。悔しいが、ここはお前に任す」

「ああ、任されたぜ」


 俺はもう一息つくと、形もない女の子に向かって声を上げる。


「なあ、お前、どうしてそこまで望海にこだわるんだ?」


 その返答はすぐにあった。


『あの子ならボクを満足させてくれるかもしれない。そう思ったからだよ』


「それは、お前の思い込みじゃないのか?」


『何だって?』


「お前は望海じゃないといけないと思い込んでいただけじゃないのか? お前は一人ぼっちで寂しいと言ってるけど、それはお前が見ていた世界が……風景が狭かっただけなんじゃないのか? もっと身近に、お前のことを知っている人がいたんじゃないのか?」


『……うるさいよ。黙っててよ!』


 そう言うと、突風が吹く。その風で俺の両脇の峻と奈津が飛ばされた。


「峻!」

「拓海、今だ! 行け!」


 風が止んだ、今しかチャンスはない。俺は、走り出した。黒い穴の一歩手前で、また見えない壁に阻まれる。でも、今度は弾かれない。


「うおおおおおおおおおおお!」


 俺は、最大限の力でそれを押す。


『まったく君は……、君たちは一体何なんだい……? 今さらボクに何をしようって言うんだい……?』


「う、うわぁっ!」


 声が聞こえたかと思うと俺は、バランスを崩す。目の前の壁が消えていることに気付いた。

 その瞬間、俺は闇の中へと吸い込まれていく。闇の奥底へどんどん落ちていくような。


 その時、俺の心の中に声が聞こえた。


 ――信じてるからね、たっくん。


 ああ、任せとけ。俺は、今からお前の元に向かうから。

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