第3話

「それにしても、こんな立派な仮設事務所を作れるなんて、そんな金あるのかよ」

「分かんないけど、結構予算もらってるらしいよ」


 ホントかよ……、といぶかしげに思いながら事務所へと入っていく。

 事務所では、作業服を着ているおっちゃんたちもいたが、その中に交じってスーツの人間もちらほら。休日だっていうのにご苦労なこった。


 俺たちが事務所に入ってキョロキョロとしていると、その中の一人が俺たちの姿を見つけて嬉しそうにやって来た。


「やあ! 望海に、拓海くん。いやー、久しぶりだね」


 スラリとした体型に眼鏡をかけているその姿はザ・サラリーマンだ。だが、少し疲れているのか、以前に比べてせているような印象を受ける。


 望海の父親、牧瀬孝明は笑顔で俺たちを迎えて、「こっちだよ」と先導する。


「どうだ? 望海。かなり久しぶりだけれど、そっちの様子は」

「うん! すっごく楽しいよ! っていってもほとんどいつものメンバーなんだけどね。……あ、でも最近転校生が来たんだ!」

「転校生? 珍しいな」

「そうなの。でも、その子がすっごく楽しくてさ――」

「望海、あんまし脱線してると時間なくなるぞ」


 仕事場のことを考えると、あんまり長話している暇もない。

 というよりも、わざわざ仕事場にまで呼び出して話をするというのだから、最近の様子とかを聞きたいんじゃないはずだ。それだったら電話でもできる。まあじいちゃんのことを避けたっていう可能性もあるけれど。


「まあまあ。そんなに慌てることもないさ。とりあえず二人共座りなさい」


 案内されたソファへ俺たちが腰掛けるのを確認して、親父さんは話し始める。


「でも、確かに拓海くんの言ったことも正しいね。あんまり時間はないから、本題だけ少し話そうかと思うんだ。…………久しぶりに来たと思うんだが、どうだ? この島は」

「ど、どうって……」


 戸惑うように望海が言う。


「かなり進んでいるだろう、この計画が」

「う、うん……、すごく明るくなったなあ、って思った」


 言葉を換えれば、やかましくなったとも言えるんだけどな。


「そうだろうな。――拓海くんはどうだい?」


 突然俺に話を振られて俺は少し驚く。だが、いつもこの人には言ってきたが、その答えが変わることはない。


「……前から言ってる通り、俺はこんな計画、潰れてしまえばいいと思ってますよ」


 この一言をあえて大きな声で言ってしまう。何か、数々の冷たい視線を感じた。

 俺は、さすがに望海の父親ということもあるので、感情を抑え気味に話をしていたが、やはりこの場所は嫌だ。嫌な空気が流れていると思ってしまう。


「ちょっと、たっくん!」


 望海はそう言って俺を小突いた。親父さんはハハハ、と苦笑いを浮かべている。


「やっぱり変わらないか。拓海くん、君は本当に生粋の雄川島の人間だ。それに、親父の孫だよ」

「ええ、そうですね。たぶん親父さんよりもよっぽどじいちゃんの血を引き継いでいると思いますけどね」


 あからさまな敵意を向けすぎたか。だけどここは引き下がりたくはない。

 望海は困ったように俺と親父さんを見比べながら、やがておずおずと口を開く。


「そのことなんだけど、お父さん。おじいちゃんと仲直りしようとは思わない?」


 望海は、そう言って親父さんの顔をのぞき込んだ。それに対して、親父さんは困ったように笑いながら、テーブルを人差し指でトントンと叩く。


「うーん、それは難しい相談だな。親父が考えを改めるっていうんなら話は別だけど」

「それは、あなただって一緒じゃないですか」


 俺は、思わずそう言ってしまった。今まで、俺が胸にしまってきた、この思い。祖父の言葉を代弁する思いだった。


「どういうことだい?」

「だって、あなたのやっていることが正しいだなんて、なんでそう決めつけられるんですか。この島にはこの島なりにいい所がたくさんあるんだ。なんでそれを生かそうとしないんですか? どうしてそんな計画を立てるのか、俺には分からない」

「じゃあ、逆に聞くよ、拓海くん。君は単にこの島が変わることを怖がっているだけなんじゃないのかい?」


 変わることを、怖がる?


「どういう……」

「そのままの意味だよ。僕は、この天ノ島諸島に君よりもずっと長いこと住んでいる。だから、ここの良さなんて嫌というほど分かっているよ。そして、僕がここから離れていないのはここのことが大好きだからだ。それを踏まえて、僕はこのままじゃいけないと思っている」

「どうしてだよ……。このままでいいじゃないか。このままの暮らしが、このままのみんなのままでいいじゃないか。なんで、それをぶっ壊す必要があるんですか」


 碧がこの島にやって来て、俺たちは確かに変わった。でも、いつも変わらない関係の中に、碧というピースが加わっただけだ。基本的には何も変わっていない。きっとそうだ。


 ――少なくとも今は、だけど。


「このままでずっといられると思うの? このままだと、ここからは人がいなくなる。農業も、漁業もする人がいなくなる。君の言う、『このままのみんな』なんて存在しなくなるんだよ。変わらないといけないんだ、今」


 変わらないといけない。その言葉は、俺の心に深く突き刺さった。

 変わることのない関係なんてない。「このままのみんな」なんてない。いつか高校を卒業すればバラバラになる。いや、それよりも早く関係が変わってしまうことだってありえる。今の関係なんてもろく、壊れやすい。もしかすると、もう関係は変わり始めているかもしれないんだ。あの七不思議の伝説だってそうだ。


「まずはここをリゾート地として開発し、観光客の増加を目指す。そして、それに付け加えてここに移住する人を募集する。そうやって島の人口を増やしていく。これが、この後の計画だ。……これが、僕と妻の理想だ」

「……お母さんの?」


 望海が口を開く。その目は、幾分か戸惑っているようにも見える。


「そうだよ、望海。まだ話したことはなかったかもね。お母さんが亡くなる前に、僕と交わした約束。それが、ここをもっと活気あふれる、いい島にしてくださいってことだったんだ。……拓海くんの考えるのとはちょっと違うかもしれないけど、これが僕なりのやり方なんだよ」


 俺は、その言葉に言い返すこともできない。今の俺は、変わることを恐れている、という一言だけですべて片付けられるほど何も考えていなかった。雄川島の人たちの気持ちを代弁するつもりで話したのに、全くそんなことはなかった。俺は、何も考えていなかった。

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