第6話

 俺が考案したルートを辿る「雄川島わくわくツアー」(望海命名)は、大好評(碧だけだけど)のうちにそのほとんどが終了した。


 そして最後に訪れたのは峻の家であり、大衆食堂である「食事処くすみ」である。まあセンスもクソもないネーミングだけれど、峻の両親が切り盛りするこの食堂で俺たちはたらふく食わせてもらえるのだから文句は言うまい(もちろん料金は取られるのだが)。


「ほおら、どんどんお食べ。若い子はたくさん食べなきゃ」


 峻の母親がどんどん勧めてくる。このおばちゃん、完全に峻の性格から考えると真反対なんだよなぁ……。おばちゃんの言葉に俺の左隣に座る碧が嬉しそうに反応する。


「はひっ! おふぁちゃん、ほく、ほっとはへはいへふ!」

「碧、食べながら喋るな」


 俺たちはほとんど食べ終わっているというのに、碧は俺たちの倍以上もの量を注文してどんどんと食べていく。俺の見込んだとおり、こいつ大食いだ。


「どうしてそんなに食べるのにそのスタイルが維持できるのやら……」


 俺の向かいで奈津が何やら羨ましそうに碧の身体を見つめている。まあ、女子って普通食べ過ぎとか気にするらしいしね。望海も気にしてた。でも望海はいろんな所の成長が足りないからしっかり食べた方がいいと思うんだけど。


「むっ、今たっくん何か失礼なこと考えなかった?」


 ぷくっ、と頬を膨らませて右隣に座っていた望海は俺をジトッ、と見ていた。何で俺の考えてること分かったんだよ。


「ぷはっ! あー、食べた食べた! いや、本当に楽しかったよ、拓海! あの漬物屋のおじちゃんもいい人だったし、古本屋のおばちゃんも面白かったよ! あ、でもボクの中で一番面白かったのは奈津のお兄さんだけどね!」

「あのバカ兄貴のことは放っておいて……」


 奈津は苦笑する。色々な所を回る過程で奈津の家にも改めて行ったのだったが、今日は在宅であったやーにぃが碧に見とれてしまって色々と大変だったのだ。うまく喋れないは、持ってきたお茶をこぼすはで散々だった。


「えー、すっごくいいお兄さんって感じがしたんだけどねー。ボクもあんな兄妹がいたらよかったのになー」

「碧、一人っ子なの?」奈津がすぐさま尋ねる。

「うん、そだよ。兄妹とかいたことないからちょっとだけ憧れるなー」


 浩美ちゃんが言うには、碧は昔の記憶を失っているか、薄れている可能性があるということだったけど、今こうして話しているとやっぱり違和感みたいなものはない。家族構成とかに関しての記憶ははっきりしているみたいだし。

 やっぱり浩美ちゃんの勘違いじゃないのかな……、でも俺も確かに過去のことを語りたがらない、いや、語ることのできない碧を妙だと思った。


 まあ、今考えても仕方ないか、と思って左に顔を向けると碧がばっちり俺のことを見つめていた。


「え、な、何?」

「だから、今日はありがとう、って言ったんだよ。もー、何ぼーっとしてるのさ」


 碧は少し照れくさそうにニシシ、と笑う。その笑い顔も美しさの中にどこか無邪気な輝きを秘めていた。


「っていうか碧、付いてるぞ」

「へ?」


 碧の透き通るような肌の頬に米粒が付いている。ったく、がっつくからそうなるんだよ。俺はごく自然にそこへと手を伸ばし、それを取ってやる。またもや自然な動作で、俺はそれを口に運んだ。


 その瞬間、他の奴らの動きが止まる。

 俺は数秒かかって、自分が何をしたのかに気がついた。


「拓海ってば、大胆だね~」碧は特に動揺するような素振りも見せずに笑っていた。

「あ、あ、あんたこんな所で何やってるの!?」奈津は思わずテーブルをバンと叩いて立ち上がっていた。

「わ、悪いって! 俺もそんなつもりじゃなかったんだよ! ほら、ついいつもの癖で」


 とそこまで言って俺は失言を重ねたことに気づく。


「いつも……、お前はいつも家でそんなことをしてるのか? ……望海と」


 峻の的確なツッコミに今度は望海が顔を赤らめる。


「い、い、いっつもはそんなことしてないよ! ほ、ほら、たまにだって! もお、たっくん余計なこと言わないでよお!」

「す、すまんって望海。でもたまにって認めちゃうのな」

「だって嘘はつけないもん!」

「あんたたち、まさかそれに留まらず家では『あーん』とかやってるんじゃないでしょうねえ!?」

「な、なんでそんなに奈津が怒ってるんだよ! っていうかしてないって! ありえねえって!」

「本当か?」

「本当だよ! いや、どうして峻まで乗っかってるんだよ! これどうするんだよ! なあ碧!」


 状況はどんどん悪い方向に。碧はニコニコと、「楽しそうだねー」と笑っているだけ。いや、お前が事の発端なんだってのに。おまけにおばちゃんまでもが「若いっていいわねー」とか言ってニヤニヤしている。おばちゃんなんでもいいから止めてよ。


「――あー、そうだ! 碧! 実はこれで終わりってわけじゃなくてな。最後に一ヶ所だけ見せたい所があるんだ! ほら、暗くなる前に行きたいから、みんな行くぞ!」


 よし、グッドアイデアだった。別の話題でなんとか気を逸らすことに成功……、したと思ったけどどうにも奈津の目は納得してないな。これ、後で何言われるやら……。


 それでも、最後に紹介したい場所があったのは本当なので、俺たちは「くすみ」を後にする。

 碧への請求がバカ高くなってしまっており、碧が絶句したのは言うまでもない(初めてなのでおばちゃんがサービスしてくれた。おばちゃんありがとう)。

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