第7話
俺が最後に案内する場所は言ってしまえば山の中にある。それを説明するためにはこの島の地形について改めて説明しなければならない。
この島は周囲が五~六十キロメートルあるので狭いようでそこそこ広い。そしてその特徴は、真ん中に大きな山がそびえ立ち、人々が住んだりして活気のある部分は周囲にあるということだ。不思議なことに、雌川島もほとんど同じような構図になっており、上空から見ると二つの山が並び立っていることになる。この二つの山は正式には双丘山(雄川山と雌川山)と言われているが、通称おっぱい山である。いや、変な意味じゃなくて本当にそんな風に見えるんだもん。しかも、昔からそう言われてるからその名前付けたの俺じゃないし。
まあ、そういう事情もあって本当に見るべきところなどほとんどない。山と海に囲まれた自然、そしてここに住む人々こそがこの島の魅力なんだから、それを見て欲しいと思って作成されたのが今回のツアープランってわけだ。
話を戻す。俺が案内する場所は、その雄川山の中腹程度に位置する。雄川山は標高で言うと二百メートルでごくごく小さい山だ。だから、俺の目指す場所はちょっとした軽い気持ちで行けるくらいの場所にある。
問題は、その場所をうまく見つけることにある。
「拓海ー、この山てっぺんまで登るの?」
碧が後ろから声を掛ける。まあ確かに終わりの見えない登山ほど苦しいものはないし、一応事実だけは伝えておこう。
「大丈夫、もうすぐ終わるから……、えーと、確かこの辺に」
俺は辺りの木を
「あったあった! この目印だ! よし、みんな行くぞ!」
俺は迷わずに目印を付けていた木の所で完全にルートから外れて登り始める。
「え、ええ? そっちに登山道はないよ!?」
碧は困惑したように声を上げるが、俺に続いて奈津や峻も追いかけていくのを見たのか、望海の「大丈夫だよ、行こ?」という声にも後押しされてついてきているようだ(どっちにしても俺からは後ろのことはよく見えないのであくまで推測)。
完全にルート脱線して歩くこと数分。出口は見えた。
「よし、当たりだ!」
そして俺は木の枝をかき分けかき分け、ついにその場所へとたどり着いた。
「うーん、久しぶりだなー!」
俺は疲れもあったのでぐっ、と伸びを入れる。やがて後続のメンバーたちもたどり着いたのを確認する。
「うっわー、すごい!」
碧が驚きの声を上げた。そこは、なぜか人の手が加えられたかのように開けた場所になっており、景色が一望できるのだった。ここからは、雄川島の様子や、美しい海が一度に見ることができる。
「あ、あそこが学校だよね! で、あれが奈津の家で、あれが――」
碧は楽しそうに眺めを楽しんでいる。てか、学校はともかく個人の家まで見えるんだな……。
「落っこちるなよ」
人の手が加えられているようだとは言っても実際に手を加えられているわけではないので、本当に何もない。端の方まで行って落ちないように俺は碧に声を掛けておいた。
「ここも久しぶりよね。それにしても、相変わらずこれだけは気味悪いわよね」
奈津が言ったのは、この広場の中心にある二つの
俺は人の手が加わっていないという話をしたが、一つだけ例外があり、それがこの石碑である。なにやら俺たちの背の高さほどもある石が広場の中心に一つ、そしてその数メートル外側に一つ存在しているのだ。
そして、気味の悪いことにそこには謎の文字が描かれている。日本語でも英語でもなんでもその文字で二つの石はびっしりと埋められており、確かに傍から見るとかなり気持ち悪い。
だけど、俺としては昔来た誰かが面白半分でイタズラしたのだろう、くらいにしか思っておらず、大したことではないと思っていた。だから、ここに来てもこれの存在はあまり気にしていなかったのだが――、
「ん? どうしたの?」碧が俺たちに近づく。
「いや、これが気持ち悪いよなっていう話だよ」
「あー、これね。なんだか色々と書いてあるねー」
「あぁ、少なくとも俺の知っている言語じゃないな。一応読もうとはしてみたけど、無駄な努力だと思ってやめた。どうせ誰かのイタズラだろう」
峻をもってしても読めないと分かったとき、俺たちは諦めざるを得ない、これはイタズラだという結論に達したのだ。
「ふーん……、ふむふむ。でもさ、これって
「はへ?」
俺は自分でも変だと思う声を上げる。なんだって、また新しい四字熟語?
「神代文字……、その可能性は考慮してなかったな」峻が唸る。
「碧ちゃん、まさか読めるの?」
望海の問いに、碧は「うーん」と少し考えてから俺たちの方に顔を向ける。その顔は太陽のように光輝いていた。
「うん! 読めそうだよ!」
いとも簡単に言ってしまう碧を、俺たちは唖然として見つめるのであった。
「……本当に、読めるのか?」
驚きであんぐりと口を開けたままの俺たちの代わりに、峻がそう尋ねる。
「うん! さすがに全部は無理だけど、大体のことは読めそうだよ!」
「ど、どうして……?」
奈津が口を開く。最後に、どうしてそんな文章が読めるのか、という言葉が省略されていたのは言うまでもないのだろう。
そもそも俺たちにとっては、俺や奈津はともかく学業優秀の峻や望海がまったくお手上げという時点で、これを解読するのをほとんど諦めていたのだ。
それを見た途端にスラスラと読めてしまうと言うのだから、その驚きは増すばかりだ。
「えーっとね、ボクのお父さんはそういう文字について研究していて、昔からずっとこれと同じやつを読んでいたんだ。だから、慣れてるんだよねー」
こういうのって本当に慣れで済ませられるのだろうか? 俺にはさっぱり分からなかったため、峻の方を見やる。
「……こういうのって、パッと見ただけで分かるものではないし、そもそも種類が多いから一つ一つを覚えてるってのはすごいことだと思うぞ……? いや、でも俺には分からない世界だな、本当にすごい」
少なくとも俺たちの学年の中では一番賢いと言っていい峻がそれだけ言うのだから本当にすごいことなのだろう。
俺たちは未だに驚きの空気に包まれていたが、それを打ち破るように望海が碧のもとへ駆け寄る。
「すごい! すごいよ、碧ちゃん! こんな難しい文章をあっという間に読んじゃうなんて! やっぱり碧ちゃんはすごいよ!」
それに対して碧は「そんなことないよー」と右手で頭の後ろを掻いていた。
「で、碧。その内容をそろそろ教えてほしいんだが」俺は、コホンと咳払いをして言う。
「あ! ご、ごめん。そうだったね。じゃ、この真ん中のやつから読むね」
碧がじっと石碑を見つめる。俺たちはその様子を、唾を飲んで見守った。
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