第5話

 じいちゃんには結局何も言えず、そのまま二階に上がってきた俺は、しばらく迷った後、意を決して自分の部屋とは真反対の方向へと向かう。


「……望海、ちょっといいか」


 望海の部屋に向かって声を掛ける。しばらくして、部屋の向こうから「いいよ」という声が聞こえた。


 その言葉を待って、俺はドアノブを回して、部屋に入る。

 昔とは違うので、部屋に入ることも大分少なくなってしまった。望海は、俺の部屋を掃除しに来るので、ちょくちょく入っているが、俺が望海の部屋に入るのは、せいぜい宿題を教えてもらう時くらいだった。


 女の子の部屋とは言っても和室なので、そこまで小綺麗な印象は受けない。望海らしい、謙虚な性格が現れた部屋だった。


「どしたの、たっくん?」


 俺が部屋に入って突っ立ってるもんだから、望海が不思議そうに言った。


「あ、ああ、急にごめんな。……邪魔したか?」


 望海が自分の机に向かって何かを書いているのを見て言う。確か宿題はなかったはずだけれど。


「ううん! 大丈夫だよ! ちょっと日記つけてただけだから」

「へぇ、日記なんてつけてたんだ」


 俺は、少し気になり望海の元へと近づく。しかし、望海はサッ、と腕でそれを覆い隠した。


「だ、ダメだよ! いくらたっくんでも見せられないもん!」

「お、おう……、すまん……」


 プクッ、と頬を膨らませているその横顔がやけに愛苦しかったが、とりあえずそれは置いておこう。


「で、どうしたの?」

「あ、あー、そうだ。……あのさ、今日のことなんだけど」

「うん……」

「やっぱり……、行きたいのか?」


 えらく単刀直入になってしまったと思いつつも尋ねてみた。望海は困ったように笑いながら、「ひどいよね」と呟く。


「ひどい?」

「ひどいよ。自分は素直な気持ちを言わないくせに、私にだけ言わせようとするなんてさ」

「いや、俺は……」


 俺の素直な気持ち。そんなの、決まってる。それでもそれを口に出していいものか、迷ってしまう。


「俺は、…………望海の決めた道を応援するよ」


 結局俺は、じいちゃんと一緒なのかな。素直じゃないし、自分の気持ちも言えないなんて。


「そっか……、じゃあ私、あっちに行こっかな」

「えっ……、ちょ、ちょっと待てよ、そんな急に」


 応援すると言った手前、反対はできないものの急にあっさりと言われてしまうと焦ってしまう。確かに矛盾してるんだろうけどさ。


「……ぷっ、冗談だよ。そんなことあっさり決めたりしないって」


 思わず吹き出した望海の顔を見て、俺の身体から力が抜ける。


「な、なんだよ……、驚かせるなよ。っていうかお前、意地悪だな」

「そうかな。私はたっくんも意地悪だと思うけどね」


 俺が意地悪ってどの辺がだよ。


「……それにさ、少なくとも今はみんなとの時間が好きだから、簡単には決められないし、たぶんどちらかというとこっちに残りたいんだよ」


 俺は望海の言葉を黙って聞く。


「お父さんはさ、変わらないものなんてないし、変わらないといけないって言ってたよね。……確かにお父さんの言ってることは正しいと思うんだ。だけど、変わらないものもあると思う。その一つが私たちの仲の良さなんだよ。……ちょっと違うかな。変わらないんじゃない、変えないようにがんばる、っていう感じ」

「変えないように……?」

「そう。最近さ、いろんなことがあったよね。だから、私たちも変わろうとしてる。だけど、その中で私たちがお互いを信頼できなくなっちゃったらダメだと思うんだ。だから、変えないようにがんばる。それだけだよ」


 それだけ、か。それだけなのか。


 俺は変わることを恐れ続けた。このままのみんなでいたいと思っていた。


 だけどそれだけだった。


 望海は違った。望海は、このままのみんなになれるように努力しようと言った。俺と望海の差はそこにあった。


「…………お前、最近ちょっと変わったよな」


 ちょっと前までは、引っ込み思案で自分から積極的に行動を起こしたりすることのなかったような気がするのだが、最近は違う。いつくらいからだろうか、望海自身も変わっていくのだろうか。

 望海は照れくさそうに、また少し嬉しそうに笑った。


「そうかなー。たぶん、そう見えるのだとしたら、碧ちゃんが来たからだと思う。なんだかね、碧ちゃんを見てると、私もあんな風になりたいなー、って思えるんだ。たぶん憧れてるんだと思う、碧ちゃんに」


 ここで碧の名前が出てくるのは意外だった。碧に憧れているというのもまた、意外な事実だった。


「碧が来てからって一週間ちょっとしか経ってないじゃんか」

「それもそうだねー、ハハハ」


 でも、俺は思う。一週間あれば俺たちが変わるのには十分だ、と。

 変わらない、変えたくない、と思っていた。でも、なんだかんだ俺たちは気づかないうちに変わっているのだと思う。それでも、俺たちの関係は大きくは変わらなかった。


 変わらないように努力していたのか、それともたまたまなのか。それはまだ分からないけれど、一つ気づいたことがある。

 変わらないものなんてない。それは確かなことだ。それでも、変わらないからいいものだってある。矛盾はしている。だから、変わらないようにがんばるだけなんだ。それだけで、今はいいんだと思う。


「……たっくん、だからさ、たっくんもがんばろ?」


 望海ががんばろうと言っている。だから、俺はがんばる。望海のために、がんばってきた。それは今も昔も変わらない。


「……だな」

「七不思議の調査、楽しみだね」


 楽しみかどうかと言われると、少し不安なところもあるが、それでもこんなに楽しそうにしている幼馴染のような家族のような存在の女の子を前にして、嘘は出てこない。


「おう、俺も楽しみにしてるぜ」


 俺たちの、この島の運命を変えることになるかもしれない七不思議の調査。

 その冒険は、俺たちの物語は、明日幕を開ける。

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