第5話

「いや、それにしても……」


 十数分後、俺たちは鬱蒼うっそうとする森の中を歩いていた。正直、足場もあまりよくないので見つけるのには時間がかかると思っていた。それなのに――、


「本当に迷わず行けるとはな……」


 峻の驚きの声が示す通り、俺たちほとんど迷うことなくその場所までやって来てしまったのだ。

 ここまでうまくいったのは、望海が場所を大体覚えていたとはいえ、碧の勘によるものが大きい。


 森に入ってからハイテンションをさらに上げていった碧は、望海が迷ったところで「こっちだと思う!」と自分が思う方向に進みまくっていた。その結果、森の奥深くで立て看板がある場所に気づき、望海が「ここだ!」と声を上げたのだった。

 まさに、ラッキーガールと言える。強運の持ち主だ。


「本当に見つけっちゃったよ! 立て看板もあるしね!」

「だけど、神社なんてどこにも……」


 俺は立て看板の先を見つめる。そこは木が生い茂っていて、何かがあるようには思えない。ましてやこの先に神社があるなんてまったく思えなかった。


「まあ、それは行ってみないと分からないんだろうな」


 峻が呟く。その声も心なしか震えているような気がする。

 ……そりゃそうだ。相当不気味だもの。


「碧ちゃん、すごい! まったく迷うことなくここまで来れるなんて! だけどさ……」


 望海もはしゃいでいるのは確かなのだが――、


「……ちょっと怖いよね」


 不安げな目で辺りを見渡す。まあそりゃ怖いでしょうね。


「お、おい……、俺は何かあった時のためにこ、ここにいるからよ。み、みんなだけで行ってきても、い、いいんだぜ……?」


 最年長者であるはずのやーにぃがここで情けない発言。最初の元気はどこに行ったんだ。


「はいはい、とりあえず兄貴行ってきてよ。それで安全だと分かったらあたしらも行くから」


奈津が、呆れてやーにぃの背中を押した。やーにぃはもはや涙目だった。


「何それ、ひどい! 俺の身は心配じゃないの! ねえ、奈津!?」

「冗談に決まってんでしょ。ほら、みんな行くよ。しっかりみんな近くで固まって動こう」


 奈津がそう言うと、みんなが距離を縮める。なんだか、いつも以上に距離が近い。


「それと、何か危険を感じたらすぐに戻ること、いいな」


 峻が念押しするのに対し、俺は親指を上げて答える。


「おうよ、じゃあ行くぜ」


 先頭に俺と奈津。その後ろに碧と峻。最後尾にやーにぃと望海という布陣で立て看板を越え、俺たちは木の枝を掻き分け掻き分け中に入っていく。

 木の間を縫い、まっすぐ進んでいくと、やがて視界が開ける。


「これは……」


 その開けた先を見て、俺たちは息を呑んだ。こんなものあるのか、と思わせるような大きな鳥居と、それを覆うように張り巡らされている柵。まさに、石碑に書かれていたような光景がそこにはあった。


「おいおい、本当にあるのかよ。聞いてねえぞ」やーにぃはもはや峻の背中に隠れている。

「……やっぱ本当の話だったみたいだな」


 さすがの俺も認めるしかなかった。あの石碑に書いていたことが全て正しいのだとすると、本当にこの島はあと二年半で消えてしまうというのか……?

 俺は一旦その考えを頭から振り払う。この島が消えないように、俺たちはこの七不思議の謎を解き明かそうとしているのだから。


「そうみたいだね……、どうする?」


 望海が尋ねるが、答えは一つだった。


「進むっきゃねえだろ! 行くぜ!」


 俺たちは柵を慎重に乗り越え、迷わずに鳥居をくぐっていく。「え、ほんとに行くの? マジで?」とか言っていたやーにぃも一応はついて来る。


 鳥居の中は、特に何かがあるというわけでもなく、鬱蒼うっそうとした森が続いているばかりであった。光景は先ほどとあまり変わらない。

 だけど、一本の細い道がただまっすぐ続いていて、先が見えないくらいまである。


「お、おい。あんなに歩くのか?」やーにぃがひえぇ、と声を上げる。

「そうみたいだな。あの先に本殿みたいなものがあるのかもしれない」


 峻が言う。俺たちはともかく歩き続けるしかないと思い、歩を進めた。先は見えているのだが、なかなか近づいているようで近づかない。

 いや、……本当に近づいているのか?


「なあ、おかしくないか?」


 俺は思わず声を上げる。


「おかしいよね」碧も同調する。

「全然、近づいていない気がする……」望海も同意見だった。


 峻は何かを考えていたが、やがて意を決したかのように顔を上げ、言った。


「戻ろう。何か危険な感じがする」

「え、まじで!? ここまで来といてそれはねーだろ!」


 この状況がおかしいと思ったのは間違いないものの、俺は反論するが、峻は毅然として言い放った。


「言っただろ、安全が第一だって。先は見えているのに、確実に一本道を歩き続けているのに、その先にたどり着かないなんておかしすぎる。本当に、神隠しに遭ってしまうかもしれない。もしくは……」


 それ以上はさすがの峻も言えなかった。だけど、その意味は誰もが理解したらしく、俺も口をつぐむしかできない。

 もしくは、もうすでに神隠しに遭っているのかもしれない。

 おそらく峻が最後に続けたであろう言葉は、信じられないという思いと、恐怖の念を持って頭の中をグルグルと回り続けていた。


「……分かった、戻ろう」


 俺が合意したことで、一同は後ろを振り返る。正直、これで後ろに何もなかったら……。

 そう思った瞬間だった。振り向いた俺たちを、突風が襲いかかる。


「うわっ!」


 体を吹き飛ばすほどの突風に思わず誰しもが顔を手で防ぐ。俺たちは、その場に立っていられずに、倒れてしまった。

 そして、徐々に冷静になっていく頭で考える。こんな山の中で、こんな風が吹くはずない、と。


 しばらくして、風は吹き止んだ。手に土の冷たい感触を覚えた俺は、自分がしっかりと生きていることを自覚する。

 そして、ハッ、と目を覚まし周りを見渡す。細い道ではあったが、みんながあちこちに倒れていた。


「拓海!」


 奈津の呼ぶ声がして、俺はその声に呼応するように起き上がって手を挙げた。


「……う、うう。ったく、何だよ今の風。おい! みんな、大丈夫か!」

「とりあえずは大丈夫」「イテテ、ボクはここだよー」「何、何だったんだ今の!? もう帰ろうぜ!?」


 その呼びかけに峻が、碧が、やーにぃが、みんなが応答した。


 ……みんな?


「おい……」


 俺の声は自然と震えていた。


「…………望海!」


 ――そこに、望海の姿はなかった。


「……クソッ! 望海! 望海、どこだあああ!」


 俺は、必死で望海の名を呼ぶ。あいつは軽いから俺たちよりも遠くに飛ばされているだけだ、またひょっこりと現れるに決まっている。俺はそう思って、辺りを隈なく探す。


「おい、拓海!」


 峻の呼ぶ声が聞こえる。そちらを見ると、峻が望海の鞄を持っているのが見えた。


「おい、それって……」

「ああ、望海の鞄だ。これを見る限り相当遠くに飛ばされたか、もしかして……」

「バカなこと言うんじゃねえ! おい、早く起きろ、望海! どこにいるんだよ!」


 神隠しなんてそんなもん信じるわけない。もう望海に会えないなんてそんなことあるわけない。

 俺はただその一心で、望海のことを捜し続けた。


「拓海、落ち着いて!」


 声を上げたのは碧だった。俺はお構いなしに遠くへと歩を進めようとする。


「ねえ、聞いてってば!」

「うるせえ! みんなも早く探せよ! 望海がいなくなったんだぞ!」

「拓海!」


 俺はその強い口調で、顔を上げる。目の前には今までに見たことのないような表情の碧が、俺の両肩を掴んで立っていた。


「……何だよ」

「拓海が焦ってどうするのさ。まずは落ち着いて、どうするかみんなで考えないと、ね?」


 そう言って、俺のことをジッ、と見つめる碧に俺は勝てねえな、と感じてしまう。


「……悪かった。ちょっとカッカしすぎたよ」


 そう言うと、ホッとした表情で碧が俺から手を離す。

 その途端、またもや突風が吹き荒れる。


「うわっ! ……なんだよ、またか!」


 先ほどよりも強い風が吹きつけられ、俺たちはその場に立つことができない。

 やばい、このままだとみんながバラバラになってしまう。そう思った俺は、目の前にいるはずの碧の腕を握ろうと手を伸ばす。


「碧!」


 だが、その手が碧を捉えることはなかった。強い風が吹き付け、俺は地面に叩きつけられてしまう。


 意識が朦朧もうろうとする。このままみんなバラバラになるのか。俺たちの絆なんてそんなもんだったのか。

 薄れゆく意識の中で、俺はある声を聞いた。


『余計なことをしないで』


 俺の頭の中に直接響くようなその声は、その内容に反して透き通るような綺麗な声だった。

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