第6話

  ❤


 ここはどこだろう。

 それが目を覚ました望海が直感的に思ったことだった。そして、自分に触れる冷たい土や周りに蔓延はびこる木々を見て、状況を思い出した。


「……みんな、……たっくん」


 望海はゆっくりと起き上がると周りを確認する。そこには、さっきまであったはずのみんなの姿は誰一人なかった。

 それに、場所もどこか違うような気がする。周りが木々に囲まれている一本道であることは変わらないのだが、さきほどまで歩いていた道は少なくとも先が見えていた。

 なのに、今望海がいる場所は、先が見えない。先の方が闇に包まれている。


「たっくん……? どこにいるの?」


 望海は辺りを見渡す。


「峻くん? なっちゃん? 大和さん? ……碧ちゃん?」


 誰も呼びかけに答えない。


「誰も、誰もいないの? 私、……どうして?」


 自分だけが、取り残されたのか。それとも、他のみんなも同じような状況なのか分からない。

 だけど、望海は何となく理解した。これが、石碑に記してあった神隠しなのだと。


 だとしたら、もう帰れない? そう思った瞬間に、寒気が襲ってきた。

 ここで自分は死んでしまうのだろうか。誰にも見つけてもらえず、一人寂しくここで……。


 そんなの嫌だ。

 自分がいなくなったら、おじいちゃんはどうなるのか。たっくんも料理なんてそんなにできない。


 それに、もっとみんなと、……それに碧ちゃんと遊んでいたかった。

 だから、まだこんな所でへこたれるわけにはいかない。


 望海は、震える足で何とか立ち上がり、先に見える闇を見据える。

 闇の方へと、一歩進んだその時だった。


『――――ボクと遊んでくれない?』


「え?」


 何か温かい声が聞こえた。どこかで聞いたことのあるような、安心させてくれるような、そんな声。綺麗な女の子の声だった。

 どこから、というわけではない。何か、自分の心の中に直接語りかけているような、そんな気がした。


「あなたは、誰?」


 思わず、呟く。どこにいるかも分からない、声の主に向かって。


『ボクの声が聞こえるの?』


 声の主は少々驚いているようだった。


「はい、聞こえます」


『わあ、すごいや。ボクの声が聞こえるなんていつぶりだろう。やっぱり君を選んで正解だった。本当に、君は綺麗な心をしているんだね。ねえ、さっきも言ったけど、ボクと遊んでくれない?』


「遊ぶって何を? それにあなたは誰?」


『ボクは、ここにずっと住んでいるんだよ。ただ、ちょっとボクの暇つぶしに付き合ってくれたらいいだけだから、ね?』


 何となく寂し気に語る少女の声だった。それに、望海は少し心が揺さぶられる思いがするものの、勇気を振り絞ってその誘いを断る。


「……すいません。私には、帰らないといけない場所があるんです」


『君は、帰れないよ。だって、ボクが君を元の世界から隠しっちゃったから。だから、ずっとボクと遊んでくれるよね?』


「嫌です! 私を元の世界に帰してください!」


『どうしてそんなことを言うの? ボクはずっと、ずっと一人ぼっちなのに。ここにずーっと。君も、他の人たちと一緒なの? ボクのことを嫌って、それで逃げちゃうの?』


 それを聞いてなんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになる。どうしようかと考えるが、ここにずっといるわけにもいかない。


「ねえ、私はあなたのことが嫌いだなんてそんなことはないの。……あなたは一人ぼっちだって言うけど、そんなことはないかもしれないでしょ?」


『君もそんなことを言うんだ……。でも、ボクの心はずっと独りだったんだ。寂しかったんだ』


「でも、私には帰る場所がある!」


 みんなが自分を待っている。たっくんが、なっちゃんが、峻くんが、そして碧ちゃんが待っている。だから、ここに留まるわけにはいかないんだ。


『そっか……、じゃあ分かったよ。君の元の場所に返してあげる』


「本当ですか!?」


『うん、……君の望むままに。……それじゃあね、望海』


「どうして、私の名前を……?」


 しかし、それに返答はなく、望海の体は光に包まれた。そして、ここにやって来るときも吹いた突風に望海の体は吹き飛ばされるのと同時に、望海の意識も遠のいていった。


 次に望海の意識が覚醒したのは、元の神社の入り口であった。

 しかし、望海はその瞬間に感じる。

 どうして自分はここにいるのか、と。ここに来た理由が分からない。全く思い出せない。何より思い出せないことがもう一つ。


 ――私は、誰とここに来たのだろう?

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